-とあるギルド職員の独白-
赤い光が窓から差し込みマルクス学園の広い講堂を赤く染め上げる。
つい数時間前までたくさんの人々であふれていたこの場所も、今は十数人程度の人がまばらに残る程度になっていた。
しかもそこに残るは学園の教師に国の役人、更には私と同じギルド職員が数人。幼い人影はすでにそのなりを潜めていた。
元気が有り余っていると言わんばかりの喧騒も、人影と同時に鳴りを潜めたが――その様子に一抹の寂しさを覚えるのは一体なぜなのだろう?
否、子供たちの元気な姿を目にすることができるというのは、ただそれだけで楽しいものだ。
普段騒がしい冒険者やハンターたちを相手にしている私にとっては、騒がしいのは別に苦にはならない。
むしろ可愛い子供たちが相手となれば、普段よりも有意義であるというものだ。
私は頭をすっぽりと覆い隠すように被った帽子を被りなおしながら、そんなことをぼんやりと考えた。
髪の毛と帽子の布地が擦れる音が微かに聞こえると共に、人ならざる私の耳は、隣にいる人達の話声を捉える。
「いやー、それにしても今日は凄い子が現れましたなぁ! あれ程の素養を持った子供など早々現れるものでもないでしょうに」
「いや、全く!! 七属性持ちに魔力量は平均の十倍ですからな、しかもその属性が上位属性と変異種属性目白押しともなれば騒ぎになるのもしょうがない!!」
……うん、やっぱり話題の中心は今日現れたアルマース家の子供の話、か。
まぁ、無理もない、魔力量に関していえば私たちさえも上回る量、さらに上位種と変異種が大半を占める魔導属性。
それだけでも話題としては事欠かないことだろう。
しかも、アルマース家といえば我が国グランセルで、すでに没落しているとはいえ有名な貴族。
あの龍殺しの魔導騎士「雷鳴のエクイエル」をはじめとした、数々の著名人を世に送り出してきた家系だ。
更にその出自をたどってみれば、王族とも関係もあるという由緒正しい一族である。
……まぁ、最近ではそれほど有名な人物は出ていないみたいだが、それでもその血筋は途絶えていなかったということなのだろう。
「――ここだけの話、その子のアビリティポイントですが五十七だったようですよ?」
「っ?! なんと? それは本当ですかな!?」
「ええ、その子の測定官から直接聞いた話ですから間違いはありません。ですが驚くのも無理はないでしょう。私も測定官になって初めてですよ。これほどまでの数値の子は」
”人の口には戸が立てられない”とはよく言ったものだ――心の中に湧き出してきたそんな思いを、決して表に出すことはなく、そのまま心の片隅へと追いやっておくことにした。
というのも、今まさに彼らのしている話の内容というのは、本来ならばこのように噂話などで話題に挙げてはいけないものだからだ。
アビリティポイント――それは魔導属性を測定すると同時に密かに測られているとある数値を指し示すもの。
そこまで考えて、そういえば、と、あることを思い出した。
――今日合った私の尊敬する人間の一人、仕事の先輩でもあったイリスさんにかけられた一言。
せっかくの休日をギルドマスターに潰されて憤っていた私に対して、あの人はこういった。
「ふふ、それだけアルトちゃんがギルドマスターに信頼されてるってことよ」
あの言葉は、まさしく正しかったのだ。
私たちが所属する冒険者ギルドは、真っ当な組織だ。
国からの援助を受けて業務を行っているが故、有事の際は国に協力するし、逆にこちらに協力してもらいうことだってある。
その最たる例が、今日のような魔導測定の測定官の請負だろう。
だが、この測定官の請負というのは、実のところギルド職員ならば誰しもが受けられるものではなく、ギルドマスターが慎重にその人
選を行い、”信頼が於ける”と判断されたものに限られる。
その理由が、このアビリティポイントだ。
アビリティポイントとは――大昔の酔狂な大魔導士が作り出した魔法を使い測定されるものであり、簡単に説明するならば、人の”可能性”を表した数値。
魔導属性を測定すると同時に、将来その子供が”どれだけ大成するか”それを図るものだ。
この数値が高ければ高いほど、その子は将来英雄として活躍する可能性が高くなるというわけだ。
ちなみに上限が100となっているらしい――ちなみに普通ならばこの数値は一を下回る数値がほとんどであり、この数値が5以上となればそれだけでかなりのものらしい。
国の子供たちの将来を見据えて……そういえば聞こえはいいが、この魔導属性の測定というのはつまるところの”試金石”。
”才能”のある人物に目星をつけて、国に引き入れるに値する人物の選定のための儀式だ。
……それを踏まえればアルマース家のご子息が、公言を禁止されてなお騒ぎ立てられるのも納得だろう。
このアビリティポイントが何を根拠に測定されているのか――所持する魔導属性か魔力量か、それとも性格や血筋に影響するのか、下手をしたら”その全て”が影響しているのかもしれない。
いずれにしても、七属性もの魔導属性を保持し、平均の十倍以上の魔力量を持っている元貴族の家柄のご子息。
それだけの才能を持っていれば、高いアビリティポイントが測定されても別段不思議な話ではないのかもしれない。
その能力だけで、すでに過去の英雄と比べても遜色ないものなのだから。
だけど、疑問に思うこともある。
私は再び、私がまとめた資料に目を落とした。
そこに書かれているのは、昼間に私が魔導属性を測定した一人の子供の情報が記載されている。
当然私がまとめた資料なのだから、内容自体は頭に入っているのだけれど……やはりどうにも腑に落ちないのだ。
仮にアビリティポイントが所持する魔導属性や魔力量、血筋などに影響するのだったなら、なぜこの子のポイントはこんな数値になっているのだろう?
確かに……魔力量は通常と比べればかなり優秀なほうだ。
だがむしろ、特出した点といえばそのくらいで、他に際立って目立つ点は存在しない。
特出している魔力量にしてみても先ほどから話題に上がっているアルマース家のご子息に比べれば、三分の一ほどしかないというのに。
それなのに、この数値アビリティポイントは一体なんだというのだろうか?
「――三十八ポイント、か……なんでこの子はこんなに高いのかなぁ」
黒い髪の毛に、黒い瞳という珍しい容姿の男の子。
イリス先輩の息子のアルクス君だ。
魔導属性や魔力量、血筋ではない”何か”、その”何か”をあの少年が持っているというのだろうか?
だとすればそれは一体何なのか?
確かにかの少年は、今日私が魔導属性を測定した他の子供たちと比べると、様子が少し違っていた。
目を輝かせて、一心に魔導属性の測定器具をのぞき込んでいたアルクス少年。
その時に少年が宿していた感情の種類自体が、他の子供たちのそれとは違ったのかもしれない。
他の子供たちのそれが”未知なるものに対する好奇心”だけだったのに対し、少年のそれはほかの子供たちのそれにプラスして”自分の持っている能力に対しての好奇心”を持っていたような……
まるで、自分のことを知ることができたことに対する喜びを表していたような、そんな様子だったようにも思う。
そしてそれは、”訳も分からずこの場所に連れてこられた他の子供たちとは違い、この場所が何を行う場所かをしっかり理解していた”ということだ。
――はたして三歳児でそこまで精神が成熟している人物などいるものなのだろうか?
私もそうだけど、妖精エルフ族は人間たちに比べればはるかに長い寿命を内包している種族だ。
そんな私たちから見れば、人間の子供の成長は驚くほどに早い。
その様子はまるで生き急いでいるかのようだ。
だが、そんな人間の子供の中でもアルクス君は様子は異様で、異端だ。
それほどまでの急ぎ足で、いったい彼はどこに向かおうとしているというのだろうか?
彼が一体どのような可能性を秘めているというのだろうか?
それを思うとなぜか心が踊る。
私は手元の書類を眺めながら、一人の少年の行く末に想い巡らせるのだった。
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