木曜日は面会日

さわだ

木曜日は面会日



東京の郊外に古い民家が一つ。

閑静な住宅街とは違い、雑居ビルや新旧の一戸建てやマンションが入り乱れて、細い路地には誰が置いたかわからない植木が散乱する下町の一角に古い木造の民家があった。

隣に小さなお寺があって、その境内の森と繋がっているような場所で周囲を竹塀で覆ってあり、今時珍しい平屋だった。

そんな家の前を少女が、少女の前に誰しもが美と形容したくなるような、セーラー服も背筋を伸ばし凜々しく着こなし、長い黒髪も艶やかに、右肩に一房だけ髪をまとめてお下げを流している姿は実に絵になる少女だった。

黒く大きな瞳の先には木造の古民家の玄関を見ていた。

玄関の柱には達筆な筆で書かれている表札には「大尾城(だいおぎ)」と書かれている。

そして柱の表札の横、木製の格子にガラスがはめ込まれた扉には、釘を刺して穴に引っかけられてもう一つの木製の表札がぶら下がっていた。

そこには大きな字で「面会謝絶」と書かれて、ちょうど引き戸の鍵の部分の上側にたてつけてあった。

少女は「面会謝絶」の表札を一目して、子供が思いがけず大好物の食べ物を見つけてしまったような屈託のない笑顔を浮かべた。

表札を確認して少女はすぐに踵を返してそのまま扉の左手に続く生け垣と家との間を、古い民家の庭先へと進む。

古民家の庭は枯山水の趣で、よく手入れがされていた。

苔にまみれた石灯籠、水が張ってある大きめの自然石に囲まれた蓮の浮いている池。

石を敷き詰めた道が縁側まで続いていて、地面には所々に小さな華が咲いていて、雑草の類いはあまり見られない。

庭の奥には大きな楡の木があって、陰が庭に落ちている。

少女は庭には特に興味がないのか、そのまま石畳を進み縁側へと歩みを進める。

縁側は戸が開けっ放しになっていて家の中は丸見えだった。

意外と広い十畳ほどの居間には壁一面に本棚が据えられていて、その前に小さな机が一つ置かれて居た。

何冊かの本と黒くて厚い古いノートパソコンが置かれていて、それ以外は特に何も目立つようなものはなかった。

ただ、机の下からだらしなく足が出ていた。

和装の男性の足下が庭へと向けられていて、だらしなく伸びる男性の足を見ても少女は特に表情も変えず、荷物を縁側に置き、靴を脱いで部屋に上がる。

短いスカートを器用に押さえながら脱いだ黒いローファーを整えて踏み石の上に並べる。

そして再び立ち上がると、机の近くまで進む。

一畳より一回り小さいくらいの大きさの机の下に上半身を隠して、腰から下の足だけを机から出している。

「先生起きてください」

だらしなく机の下で寝ている男は先生と呼ばれた。

「先生」

庭で木々の揺れる音がすると、障子ガラスが開けっ放しの部屋には心地よい風が流れる。

少女は靴下越しに足下の畳の柔らかさを感じながら、この部屋に流れる緩やかな雰囲気はきっと昼寝には今一番良い時間なのだろうと思った。

だが今日は木曜日だった。

少女はこの寝ている男を起こさなければいけなかった。

ゆっくりと少女は男の寝ている机に近づいて、頭の近くに腰を下ろす。

机の下で寝ている男の髪が見えた。

少女はゆっくりと息を吸って、少し笑いながら声をかけた。

「先生、生きてます?」

「うん?」

小さい声が聞こえたと思ったら、次は勢いよく机に頭をぶつける音が聞こえた。

「痛い……」

頭を盛大にぶつけた先生が頭を押さえながら這い上がってくる。

その姿を見て、少女はゆっくりとスカートを押さえながら立ち上がり、机の周りに散らかった本を拾い始めた。

「君、嫌な起こし方はやめ給え」

這い上がって出てきた男性は歳は若いが無精髭を蓄えて、目の周りに寝不足証のクマを付けた不健康そうな男が出てきた。

歳はそこそこで中年の男なのだが、髪の毛は収まり悪く、酷い癖毛で盛り上がっていた。

全体的に汚く、茶色の和装と家の外見に合わせて貧乏書生の様な姿だった。

「お仕事終わらなかったんですか?」

先生と呼ばれた男は、作家で小説を書くことを生業にしていた。

「そういうわけじゃないが、なんだか疲れた」

「原稿の締め切りまた近いんですか? 大変ですね」

「大変とはちょっと違う気がするが……まあこれ以外やる事もないしな、凄く面倒だ」

「終りが見えれば楽なのにですか?」

「なんだい急に?」

「先生この前言ってましたよ「僕は原稿が出来ない事はないが、いつ出来るからわからないだけだ、だから小説書くのは面倒だ」って」

「そんな事言ったかい?」

「ええ、先週の木曜日に」

まだ寝ぼけているのか、それとも単に間が悪いだけなのか男は頭を掻きながら大きな欠伸をした。

「しかし、早いなあもう木曜日なのか……」

気怠そうに男は机に顔を向ける。

「そうですよ」

拾い上げた本を机に置いて、少女は縁側に置いた自分の荷物を取りに行く。

「全く、なんで世界はこんなに忙しないか……」

机に頭を置いて先生は項垂れている。

「昼過ぎまで寝ていて忙しいんですか?」

「別に体を動かすことだけが忙しい訳ではないだろう?」

「今日もずっと寝てたんですか?」

「いや、今朝はちゃんと起きたさ」

「珍しいですね」

「うん、それで二度寝してさっきまで寝ていた」

「何も食べずにですか?」

「いや、確か納戸にあった饅頭みたいなものを食ったよ」

「お菓子じゃないですか?」

「他にこの家に食い物なんてないだろう?」

「即席麺とか買い置きありますよ?」

「作るなんてめんどくさい……」

少女は呆れもせずに鞄を持って、襖を開けて廊下の方へと進む。

「先生、とりあえず表の札を裏返しにします?」

「全く面倒くさい……」

「今日は木曜日ですよ」

先ほどから「面倒くさい」を念仏のように唱えている先生と呼ばれている男は一度も少女と顔を合わせなかったが、少女の存在を思い出したように顔を合わせる。

少女は瞳を大きく見開いて、その健康的な眼差しは周りを明るく照らし出す太陽のように、全ての生命活動を肯定的に捉えているのだろうと思わせるような明るい瞳だった。

そんな瞳を向けられた先生はジメジメとした暗所に生息するのが生き甲斐に見える。痩せた不衛生な男だった。

窓から光が入ってきて、先生の机に日差しが当たろうとしていた。

薄暗い古民家の部屋に日が差そうとしていた。

「誰だ木曜日を面会日なんて設定したのは?」

先生は眩しそうに目を閉じた後、机に膝を付いて先生はため息をついた。

「先生です」

襖を開けて少女は廊下に出ようとする。

「神成(かみなり)君?」

「なんですか?」

「君は何だか嬉しそうだ」

「ええ、だって今日は木曜日です」

「嬉しいのかね?」

「嬉しいです」

少女の返事は少しも疑問を感じさせない少し浮ついた声だった。

「君も変わってるな、名前も考え方も」

少女の名は音坂神成(おとさかかみなり)と言った。

「私が変わっているのは名前のせいですか?」

「まあ名前が変わってるからといって変わりもんになるくらいだったら、教育やらなんやらは必要ないな」

「先生だって変わってるじゃないですか?」

「僕のはアレだ、若干意識してやっているところがあるからね」

「どの辺意識されてるんですか?」

「ほら、こうやって着物を着ているとそれっぽいだろう?」

先生は着物の裾を握って神成に見せつける。

「先生は形から入るのが好きなんですか?」

「そうかもしれないね。我ながら目に見えて安心する形は好きなのかも知れないな」

先生は床に放り投げてあった上着を見つけて肩に掛けた。

「どうだい、僕は「先生」に見えるかい?」

「ええ、先生は先生です」

神成の目を細めて満面の笑顔を向けられて先生は自分が強烈な陽光に溶けていく氷のような気持ちになった。

「先生、それじゃあ表札を裏返しにしますよ?」

「好きにしなさい」

神成は振り返りもせずに襖を閉ざして薄暗い廊下を進んで、玄関まで行き持ってきたローファーを履いて内側から鍵を開けた。

立て付けが悪い戸は引っかかりながら開く。外に出ると目の前の道路には車が通ったり、学校帰りの小学生たちが家の前を横切った。

神成は笑いながら玄関に付けられていた「面会謝絶」の表札を取り外して裏側をのぞいた。

「面会謝絶」と書かれた表札の裏には「木曜面会日」と書かれていた。

神成は「木曜面会日」と書かれた面を表にして玄関の扉に掛けた。

「今日は面会日ですよね?」

神成が表札を裏返しにするのをどこかで待っていたのか、振り向くと数人のスーツ姿をした大人たちが立っていた。

「大尾城(だいおぎ)先生の面会日は今日だよね?」

「はい、今日は木曜日です」

声を掛けたスーツ姿の男性はホッとした顔をしていた。

「先生は?」

「居間の方に」

「是非お取り次ぎをお願いしたのですが……」

「それではお庭の方からお巡りください」

神成は手のひらを返して奥の庭へとスーツ姿の男達を通した。

「では失礼します」

「失礼します」

「お邪魔致します」

三人ほどの鞄や封筒を抱えた男達が神成にお辞儀して庭の方へと歩いて行った。

「先生、大尾城先生!」

玄関まで聞こえるくらいの大きな声を聞きながら神成はああ先生の嫌いな感じだと思いながら、再び家の中へ戻ろうとしたところで後ろから声を掛けられた。

「カミちゃん久しぶり」

「一美(ひとみ)さん」

玄関の前にはスーツ姿の女性が立って居た。

縁の細い眼鏡に茶色いショートボブカット、紺色のスーツで古い日本家屋よりオフィス街が似合う姿だった。

「お久しぶりです」

「やだ久しぶりなんて、一週間空いただけよ」

「そうですか?」

「まあ、毎週顔を合わせてれば一週間でも空いちゃうと久しぶりになるのかな?」

「すみません」

神成は手を前にして深々と頭を下げた。

「やだカミちゃん、別に頭なんか下げなくてもいいのよ」

慌てて一美は神成に近寄って弁明をする。

「もう先輩は起きてるの?」

「はい、出版社さんの相手をしています」

「ふーんどっちも懲りないわね」

一美は鼻で笑った後に持っていた紙袋を神成に差し出した。

「まあ、どうせすぐにあしらわれて帰るだろうから、ねえこれ出張のお土産なんだけど先に食べない?」

「じゃあ一美さん玄関から上がってください。皆さんお話があるでしょうから、先にお台所で頂きましょう」

「そうね、そうしましょうか」

古い玄関の扉を引くと木が擦れる音がするが、溝に金属を用いない古い木戸は思ったより力を入れずに動いた。神成の細い腕で引いてもすんなりと動いた。

一美は神成が木戸を引くときに両手を添えてゆっくり動かす姿を見て、やっぱりこの子は家が立派なお嬢様なのだということを改めて感心した。

一美から見て神成は一つ一つの動作がゆっくりで慌てることがない。扉を開けるのに丁度良い、無駄の無い感じがするのだ。

「どうしたんですか一美さん?」

「あっううんなんでもないの、お邪魔しますー」

一美が部屋に入ろうとしたとき、道路の方から大きな車特有のお腹に響く重低音のエンジン音が聞こえてきた。

玄関の軒先からほんの少し黒塗りの大きな車の頭が見えた。

「うわ黒塗りの運転手付き大型車って……」

一美は驚いているが神成はさして驚いている様子はなかった。

程なくドアが開く音がして眼鏡を掛けた痩せた中年の男と壮年に差し掛かったが、まだ気力、体力、頭髪に衰えの見えない立派な体躯の男が続いて現れた。

「こちらが大尾城先生のお宅かな?」

「はっはいそうです」

一美が応えると、眼鏡を掛けた痩せた男は振り返って後ろの背の高い男に目配りする。

「私は文化庁芸術祭実行委員の物です。先生にお目通りをお願いしたいのだが、失礼だがあなた方は?」

「私は丸川出版の編集部員です」

「私は音坂神成と申します」

二人の返事を聞いて痩せた男は義理は通したという不遜な顔をした。

「先生は今日であればお目通りを願えると人伝に聞いたのだが、ご在宅かな?」

「はい、今日は面会日ですからお庭からお巡りください」

「庭から?」

「はい、此方からが先生の部屋に一番近いです」

「失礼だが君は先生の?」

制服姿の神成を見て、男は品定めというよりは欠点を探すように顎に手を当てて見る。

「私は先生の身の回りをさせて貰っている近所の者です」

「身の回りの世話?」

「掃除とか洗濯……あと買い物にお食事の用意です」

如何にもお嬢様とした清楚で品のある華奢な女の子から、掃除洗濯という生活感溢れる言葉が出てきて細身の男は訝しんだ。

「なぜ君が先生の身の世話をしているのか?」

「偶々です」

「はぁ?」

フフっと神成はどんな偏屈が見ても屈託なく好意を覚えて微笑んでいてくれていると思わせる微笑みを浮かべた。

隣で一美が腕を組んで体を斜めにして、警戒心を露わにしているのとは対照的だった。

「今日は木曜日ですから、先生はどなたでも会いますよ」

神成がどうぞと手を裏手の庭の方へと向ける。

細身の男は後ろに立つ男を伺うように見ると、後ろの男は小さくうなずいて同意を示す。

まるで儀式なのか咳払いを一つしてからスーツの襟を両手で掴んで業とらしくスーツを伸ばしてから庭の方へと向かった。

「何アレ感じ悪い……」

一美が口を尖らせるが、神成はそのまま笑みを称えて玄関へと向かった。

「一美さん、お茶の準備しますね」

「あっうん」

程なくして庭の方から最初に入ってきた出版社の人間達が庭の方から出てきた。

「あれ、講評社と集団社さん、それに文潮社さんも」

「ああ、丸川のところ……」

一美と顔見知りの編集者が何人か立ち止まって、後数人の人間はそのまま家を出て行ってしまった。

「参ったよ役人が来て急に人払いだよ」

白髪交じりのベテランの編集者の男がつまらなそうにたばこを取り出して火を付けようとした。

「あの人達なんの用事で先生の所に?」

一美はさっとライターを取り出してベテラン担当者のたばこに火を付けた。

「ほら、例の賞の受賞拒否問題だろ?」

「ああ文化庁芸術祭の」

一美は職場でも話題に上った文化庁が主催の芸術賞に先生が選ばれたが、受賞拒否した話を思い出した。

「そう、大賞やるって発表してから発表会にも来ないし、受賞のコメントも出さないって前代未聞の大騒ぎってやつだよ」

「はぁ先輩らしいといえば先輩らしい」

一美は大尾城と大学時代の後輩だった。歳は離れているのだが、何となく作家と編集者の関係になっても先輩後輩の関係でよく

「変わり者だからって何もお上に盾突くことなんか必要無いのにな」

全く変わり者の先生にも困った者だと各社の編集者は頷きながら顔を合わせた。

「ただ先輩は授賞式とかそういうのが面倒くさいだけだと思いますけどね」

「それだけの理由で賞金やら後援やらを蹴るのか?」

出版社の男達は顔を訝しんだが。一美はどこか嬉しそうだった。

「今時ネットどころか電話もない家に住んでいるんだから、変わり者には違いないんだろうけど、社会の常識が通用しねえな」

先生の家には「通信手段」という現代文明を支えるネットワークという者が無かった。

「なんかそういうのって作家先生らしいじゃないですか?」

「いつの時代だよ、今の作家に求められているのはコミュニケーション能力だろ?」

「そうですか?」

「作品の善し悪しは当たり前だけど、今時ネットとかで常に情報発信しないとすぐに飽きやすい読者はすぐに新しい者に飛びついちゃうぜ?」

ベテラン編集者は深くタバコの煙を吸い込む。

「今時顔見せに来なきゃ連絡取れない作家先生なんて貴重品どころか博物館に入れておいた方がいいんじゃないか?」

「まあ確かに、でも私は結構好きですよこの木曜日」

一美は屈託なく笑う。

「ったくこの時代に木曜会なんてな……」

「何ですか木曜会って?」

一美の質問にベテラン編集者は急に咽せて、苦しそうに顔を下に向ける。

「君は文芸部に所属していて夏目漱石の木曜会知らないのか?」

「えっ夏目漱石ってあの「坊っちゃん」とかの?」

「そう、その夏目漱石が弟子とか編集者とか沢山の面会者に辟易して、木曜日だけに面会を許して、いつしか漱石山脈と呼ばれる一門が木曜会い集まって歓談する習慣が出来たっていうやつよ」

「へぇそういうのがあったんですね」

「本当に知らないのか?」

ベテラン編集者が呆れるが、一美は恥ずかしがるような様子は無い。

「たぶん先輩も知らないんじゃないですか?」

「ああ明治は遠くなりにけりだな」

「えっ明治生まれなんですか」

「昭和だよ、アンタもそうだろう?」

「会社に平成生まれの子がドンドン入ってきて肩身狭いですね」

ベテラン編集者は大きなため息をついて、吸い終わったタバコを持っていた携帯灰皿を取り出して押しつけた。

「はぁせめてあのお嬢ちゃんの煎れたお茶くらい飲んで帰りたいが?」

「カミちゃんですか?」

「そうそう、あの綺麗な女の子……いつも座っていると黙ってお茶を出してくれる、今時信じられないくらいお淑やかな女の子」

ベテラン編集者は初めて笑顔を浮かべた。

「あの子は一体先生のなんなんだ?」

「近所の子だって言ってましたよ?」

「それにしたって甲斐甲斐し過ぎるだろ? 弟子かなんかなのか?」

「先輩みたいな人嫌いが弟子なんか取る分けないじゃないですか」

「ああ、そりゃそうだが」

ベテラン編集者は口ごもる。

「付き合ってるとかそういうことでもなさそうですしね」

ハッキリ言うなあと他の編集者も含めて頷く。

「先輩、そういう所は聖人並ですから、大学時代もずっと一人だった筈だし」

「まあ、よく分からんがでもあの子の出してくれるお茶は旨いんだよな、なんだか分からないけど」

ベテラン編集者だけでなく、他の編集者も口々にそうだそうだと声を揃えた。

「いつもお茶と一緒にニコッと笑ってくれるんだよ。なんかセーラー服着た女子高生にお茶入れて貰ってるだけで悪い気がするのにな」

「お菓子もちゃんと袋から出されて当分で、なんて言うか品があるんだよな、品が」

男性編集者が皆鼻の下を伸ばしている姿を見て、一美は若干引っかかるモノを感じた。

「あれ、そういえばお嬢ちゃんは?」

「買い物に出ましたよ?」

編集者達は皆落胆して肩を落とした。

「じゃあここに居てもしょうがねえな、また来週出直すとするか……」

皆一様に肩を落としてゾロゾロと門から出て行った。

「皆さんお帰りですか?」

玄関から再び神成が顔を出した。

「えっ? ああ、そうみたい」

「皆さんの分のお茶をご用意したんですけど……」

神成は少し困った顔をした。

「良いじゃない、帰っちゃったもんは仕方が無いんだから、私たちだけでお菓子頂きましょう?」

「そうですか?」

「そうそう、来る者拒まず去る者追わずがこの木曜日のルールでしょ?」

「そうなんですか?」

「多分そうよ」

「そうですか」

神成は初めて気がついたように満面の笑みで納得した。

「じゃあ一美さんどうぞ」

神成に勧められて一美は嬉しそうに玄関を上がる。

神成は一美が上がるとゆっくりと玄関を閉めようとした。

「あら、響子ちゃん久しぶり」

玄関の前には髪を真っ直ぐに伸ばした女の子が一人立っていた。

怯えているのか表情を固めて、手には大きな花束を抱えている。

「どうしたの?」

女の子は神成が通っていた華道の先生の孫娘だった。

顔見知りなので神成が声を掛けると、女の子は少し驚いたのか上半身を反ってその後花束を抱き抱えるようにしてそのまま道を歩いて神成の視界から消えた。

神成は追いかけようとしたが、すぐに顔に手を添えて何かを思案する。

そして、ゆっくりと玄関の引き戸を閉めた。

引き戸の外側には「木曜面会日」の表札が変わらずに下げてあった。





「別にお茶出しに行かなくてもいいんじゃない?」

一美が台所の小さなテーブルで持ってきたお土産を口にしながら、怠そうに神成に話しかける。

「お客様ですから」

自分と歳が倍くらい離れている女の子の献身さを見て、何もせずにお菓子を食べてる自分が悪い人間に思えてくる。

自分が持って行こうかと声を掛けようと思ったが、それでは尚のこと準備だけさせたみたいで気が引けた。

結局一美は台所でお菓子を食べるしかなかった。

神成は三人分のお茶とお菓子をお盆に乗せて、先生と文化庁の役人が居る部屋へと向かった。

神成は自然な動作で腰を落として襖を開ける。

「失礼します」

挨拶と同時に神成が居間を覗くとそこには机の上に肘を立てて、役人二人に対して露骨に不服そうにする先生の姿があった。

「神成君、別にお茶を出さなくてもいいさ、こちらの方はもうお帰りだ」

廊下に座りながら神成はすこし困る。

「一美さんが買ってきてくれたお土産なんです、折角ですから」

「大丈夫もう用は済んださ」

先生の言葉に、後ろに下がって聞いていた眼鏡の役人が業と聞こえるように舌打ちする。

「先生、どうしても受賞を拒むのですか?」

背の高い体躯のしっかりした役人が背筋を伸ばして話しているが、先生はだらしなく背中を丸めて机に寄りかかっていた。

「別にタダでくれるんだったら貰うさ」

「私たちは何も対価を要求した覚えはありませんが?」

「受賞者コメントに、授賞式、スピーチや何やかんやあるってさっきそっちの方が言ってたでしょ?」

先生は後ろの役人を指さした。

「先生のお仕事を煩わせるような事は致しません。内容に関しては此方ももう一度調整させてもらいます」

手前の確りとした体躯の男は壁まで突き抜けて届きそうな張りのある声で応えた。

「調整したってやることはあるんでしょ? なんで僕がそんな面倒なことをしなきゃならないんだろうか?」

男の張りのある声も、だらしない先生にはまるで響いていない様だった。

「先生、先生の作品はこの時代を象徴する作品だと私どもは思っています」

「そりゃどうも」

「ですから確りとした評価をして、日本に、いや世界に広めるべく努力をするべきだと私どもでは文化形成の使命を持ってその任に勤めさせていただきます、是非協力してください」

「面倒だ」

文化庁役人の熱意も先生には届いてないどころか、益々態度を硬化させているようだった。

「先生に迷惑は決してお掛けしません」

「ここに来られてこういう話をされていること自体迷惑なんだけど?」

「迷惑ですか?」

「迷惑だね、他の客が来れないだろう」

神成はなんで客なんか来るんだ面倒くさいと文句ばかり言っている先生の姿を思い浮かべた。

「先生はなぜこのような面会日を設けるのですか?」

「そりゃあだって面倒だからじゃないか」

「面倒?」

「ああ僕はやっぱり他人と違って才能が有るからか、僕に対して要求をしてくる有象無象の人達が多い。バラバラに来られて相手してるのも本当に面倒なんだ」

ハッキリと自分に才能が有ると先生が言い切って。後ろの眼鏡の役人は呆れているが、神成や手前で聞いている上役の役人は顔色一つ変えなかった。

「だから一週間の内に面会日を作ればその日だけはどんなことが合っても我慢すれば、あとの六日は穏やかに過ごせる。そこが僕の世間との唯一の妥協点だ」

それ以外は一切交流しないと先生は自分に言い聞かせているようだった。

「僕は勿論あなたがくれると言っている賞や賞金に一ミリも興味が無いなんて事はない。自分の作品を評価してくれる事は単純にありがたいというか、もちろん悪い気はしない。だが面倒が、世間との関わりが増えるくらいならそんなものは御免被るね」

「世間との関わりが嫌ならなぜこんな面会日を設けたり、都内の平屋にすんでるのですか? 人が嫌なら山奥にでも住めば良い」

奥に座る眼鏡の男が先生と顔を合わせずに吐き捨てるように言った。

「そういう事が出来る程、僕に生きることについての献身さがあれば良かったんだが、あいにく生きる上で近所の商店街まで徒歩三分のこの場所ほど楽な場所もないのでね。山奥になんか住んだら僕は山から降りるのが面倒くさくて、すぐに飢えて死んでしまうよ」

その徒歩三分の商店街にすら行くのが面倒くさくて、木曜日に来る神成の作る料理で二日三日を過ごし、それ以外は米と総菜だけで過ごしている先生の食生活を知っている神成は先生が山奥に住んでいたら死んでしまうという話は嘘では無いと思った。

「人がたった一人で生きていけるなんて事は今となっては幻想なのは知っている。孤独を選んでたって誰かや社会の仕組みの中でしか生きていけやしないさ」

そこまで語ったあと先生はチラリと神成の方を見た。

「まあ、僕が貴方たちの賞を拒むのは社会の仕組みに組み込まれることに対する心理的な造反みたいなもので、決して理性的な反応ではないことは百も承知だ」

「ではどうして?」

「僕は家を出るのが面倒なんだ。来るのは別に構わないがここから命に関わるような事がなければ出て行きたくはない」

「そんな理屈が社会で通用するのか?」

我慢が出来なくなったのか、先ほどから突っ掛かる言い方をする奥に座っていた役人が吐き捨てるように言った。

「まぁ僕に才能が有るウチはね。こうやって他所から人が来てくれるんだから、この環境を維持できるだろうね」

眼鏡の役人に嫌みを言われても、先生は何処か楽しそうだった。

「すみません折角煎れていただいたお茶だ頂いてもよろしいか?」

「別に飲んですぐに帰るんだったら構わないよ」

神成は部屋の中に進んで役人二人にお茶と一美のお土産を小皿に置いた盆を畳の上に置いた。

眼鏡の役人は手を出さなかったが、もう一人の男は旨そうに少し冷めてしまったお茶を飲んだ。

「先生もどうぞ」

「うん」

先生は机の上に置かれたお茶を一口煤って、すぐにお菓子を一口、二口とすぐに食べきってしまった。

「旨いお茶だ」

「そうなのかい?」

そうなのかと先生は神成の顔を見る。

「別に特別なことはしてませんけど?」

神成も不思議そうな顔をした。

「ここは良いお住まいですな、情緒がある」

「ただの借家だ」

「こんな立派な苔庭が有るのに?」

「庭の端に大きな木があるだろう? それが樹齢が百年を超えて区から伐採許可が下りなくて、立て替えがいっこうに出来ない大家から見れば不良物件。奥の林は寺の借景で一年中日陰が多くて陰気な庭だよ。だが神成君が最近よく手を入れてくれるのでな、前よりは見栄えが良くなった」

先生は神成に目配りする。

「失礼ですがどういったご関係で?」

「関係?」

「妹さんですか?」

「はは、彼女は制服着てるのを見れば女子高生だと分かるでしょ? 僕とは歳は倍以上離れてるよ」

「では此方のお嬢さんとはどういったご関係で?」

「知らない」

「はぁ?」

「実は僕も彼女が何者かよく知らないんだ。近所に住んでる事くらいしか知らない」

「ご冗談を」

「僕は暇な嘘を付くほど他人に対して打算的ではないよ」

「本当ですか?」

「本当ですよ」

お盆を抱えて神成は応える。

「私も先生の作品読んだ事ありません」

「そうなのかい?」

「ハイ」

ハッキリ答える神成に向かって先生は感心した顔つきをしていた。

「じゃあなんでこんな所でお茶出しを?」

眼鏡の役人に問われて、神成と先生は顔を合わせる。

「私が勝手に入ってきて、勝手にやっているだけです」

「なぜ?」

「だって木曜日はこの家は誰が来ても先生が文句を言わない日ですから」







至極納得のいかない顔をした役人が帰ると、待っていたかの様に様々な人間が先生の家を訪れ始めた。

「ふーん、表に止まっていた大きな車は役人の車だったのか、狭い道路に止めやがって邪魔くさかったな」

近くの商店街で八百屋を営む男が縁側に腰を下ろしてお茶を飲んでいる。

「ええ、もうお帰りになりましたけど」

神成がお盆を持って微笑む。

「配達に寄ろうと思ったんだけどよ、なんか行きづらくて遅らせちゃったよ、ごめんよ」

「いつもありがとうございます」

「いやいや、これくらいどうってことないって」

八百屋の男は照れているのか、しきりに首に掛けた手ぬぐいで顔を拭いていた。

この八百屋さんも神成の煎れるお茶のファンだった。

「先生、また書いたから添削してください」

居間の奥の方から元気な声が聞こえる。

「ちょっと読むだけだぞ?」

「ありがとう先生!」

「先生……次は私のも」

先生の机の前には若い神成とは違う制服姿の女の子が二人、結構な厚さの紙の束を先生に差し出していた。

歳は神成より若く、地元の公立の中学生二人組だった。

一人は髪を短く肩口で切りそろえ、眉毛も凜々しい元気な女の子、もう一人は眼鏡を掛けて前髪を綺麗に揃えて両肩口の髪を結んでいる。

二人は静と動の対照的な様子で、声の大きい活発な子は近所の酒屋の娘で名を晴子と言う。

もう一人の静かな子は近くのマンションに住む、芽羽子(めうこ)と言う名前だ。

「ったくめんどくさいな……おい一美が見てやればいいじゃないか編集者だろう?」

「この子達は先輩に見てもらいにわざわざ来たんでしょ、ちゃんと読んであげてください」

「お願いします!」

若い二人の女子中学生は深々と頭を下げたので、先生もそれ以上何も言えずに原稿用紙に目を落とす。

「先生、そんな子供の原稿読んでないで、ウチの原稿お願いしますよ……」

いつの間にか戻ってきた編集者達が横から口を出す。

「集団社さん、抜け駆けはやめましょうよ抜け駆けは!」

「先生、そろそろウチにも書いて下さいよ……」

「先生、ウチに何卒、何卒お願いします!」

「おじさん達ちょっと私の傑作読んで貰うんだから邪魔しないでよ」

晴子が声を上げる度に先生は五月蠅いのかしかめ面をする。隣に座ってお茶を飲んでいる一美は楽しそうだった。

この様に本棚のある広めの居間はいつの間にか様々な人で埋め尽くされていた。

「あら響子ちゃん」

そこへ更にもう一人客人が現れた。

神成が玄関で見かけた女の子が再び花束を持って庭の端に立っていた。

「どうしたの?」

一瞬声を掛けられて驚いた後、女の子はゆっくりと縁側に近づいた。

「これ、おばあちゃんが……先生に持って行けって」

「ありがとう、凄い綺麗ね」

花は大きく咲いていて、今にも大きな花に耐えられずに包みからこぼれ落ちそうだった。

「先生お花、凄い大きな芍薬の花ですよ」

薄いピンク色の大輪の花を咲かせた芍薬の花束を女の子は大事そうに抱えて持ってきた。

あまりにも鮮やかで大きな花束と少女が抱える儚げな姿に居間にいる一同が目を奪われた。

「うん? ああ大家さんのお孫さんか……」

「おばあちゃんはお元気、響子ちゃん?」

響子は小さくうなずいた。

「おばあちゃんが、お姉ちゃんまた来てねって言ってた」

「是非また伺いますってお伝えしてね」

響子のおばあちゃんは神成の華道の先生でもある。

最近体調を崩されていたので、週一回の習い事に通うのを止めていたのであった。

「先生お花、活けてきましょうか?」

響子から貰った花束に顔を少し近づけて、甘やかな香りを神成は楽しむ。

「ああ頼むよ」

「響子ちゃんいらっしゃい。お台所でおやつ用意してあげる」

神成に呼ばれて響子は縁側の踏み石に履き物を脱ぎ散らかして、駆け上がるように部屋に上がってきた。

「いやーなんだか絵になるなああの娘は」

編集の一人がぼそっと言った。

「やっぱりお嬢様学校に通う子は私たちなんかと違うね」

晴子と芽羽子が顔を合わせてため息をついた。

「神成さんの白いセーラー服って坂上のお嬢様学校の制服だよね?」

坂上にある神成の通っている女子校は近隣では有名な私立の主にお金持ちの子供が集まるお嬢様学校だった。

「なんであんなお嬢様学校の子がこんな所に入り浸っているの?」

「君たちだってこんな所に入り浸ってるじゃないか?」

「私とメウは先生に憧れてこの家の門を潜ったんです」

正確には玄関の前でオロオロと入るか入らないかを迷っているところを神成に声を掛けて貰って、家に上げてもらったのが最初だった。

「君たちが僕に尊敬の念があったなんて知らなかった」

「酷い! 私たちはいつも先生の作品に傾倒して、学校でも布教活動を……」

「その前にこの誤字脱字だらけの原稿をどうにかしたまえ、人に見せる以前の問題だぞ?」

数ページ読んで先生は晴子の原稿を放り投げた。

「あっちょっと、ちゃんと見てくださいよ!」

見なくても分かると先生は手を振った。

「おい一美、お前からも校正をやれとちゃんと言ってやりなさい……一美?」

なにやら考え事をしていたのか一美は腕を組んで考え込んでいた。

「なんだそんなに真剣に考え込むようなことか?」

「やっぱりおかしいですよ先輩」

「なんだ?」

「あんな大輪の花束が似合う誰がどう見ても美少女って言う子がこんなにも甲斐甲斐しく面倒見てくれるなんて、どんな宝くじ当てるよりも難しい確率です先輩」

「そこまでか?」

「うーん確かに」

晴子も芽羽子も腕を組んで考え込む。

「そうだな」

外野の三人の編集者達も腕を組んで考えこんでいた。

「そうに違いねえな」

まだ次の配達に行かずに油を売っていた八百屋も一美の疑問に同意した。

「やっぱりどうしてあんな美少女が髪がモジャモジャで無精者で人嫌いの社会不適合者の先輩の相手をしてくれているんですか?」

「一美お前の所にもう二度と書かないぞ?」

「頼んだって書いてくれないじゃないですか? この際先輩の原稿より、カミちゃんとの馴れ初め教えて貰った方があたしは嬉しいです!」

先生は居間にいる全員の視線が自分に注がれている事に気がついた。

「たいした話じゃない」

「そのたいした話じゃない事を聞きたいんでしょ?」

居間に居る全員がジリジリと先生の机に迫る。

先生は面倒くさそうに羽織の裾を握ったり、机の上の本を整え始めたりした。

「そもそもカミちゃんとは一体どうやって知り合ったんですか?」

「ああ神成君と知り合ったのはほんの数ヶ月前この家でだ・・・・・・」

「この家で?」

「この家だ」

先生は目を閉じた後、何か記憶の奥底から引っ張り出そうとして出てこないのか、眉間に皺を寄せてしきりに首を傾げる。

「神成君はまあ言ってみれば僕の……鎖のようなものだ」

「鎖?」

「いやちょっと違う、なんというかその……あっ」

先生は閃いたような顔をしたが、口に出そうとした言葉をまた飲み込んだ。

苦い薬を我慢して喉の奥に押し込めようとしているような、役人相手に啖呵を切った時とは違い、頬を膨らませて何とも子供っぽい拗ね方をした顔だった。

「僕と神成くんの関係なんてどうでも良いだろう、余計な事は詮索しないでくれ」

「ちょっと先輩、中途半端にしないでくださいよ!」

「五月蠅い、お前らウチで時間潰しやがって他に行くところあるだろう!?」

先生は一美以外の編集者の方を振り向いて急に怒鳴り始めた。

「なんだか騒がしいわね」

台所で花を花瓶に、勿論先生の物ではなく神成が用意して置いてある陶製の白い花瓶に花を活けながら神成は手際よく芍薬を花瓶に指す。

テーブルでは花を持ってきた女の子が、甘く入れたミルクティーをゆっくりと飲んでいた。

「準備できたから行きましょうか?」

「ここが良い」

「あら、どうして?」

「人が沢山いる」

「人が沢山居るところ嫌い?」

響子は小さく頷く。

「私も嫌い」

神成は花瓶を持ち上げて居間を出ようとする。

後ろからマグカップを持って響子が付いてくる。

神成は振り返りもせずに、花瓶を皆が居る居間まで運ぶ。

襖は開いていたのでそのまま神成は花瓶を持って部屋に入る。

すると部屋に居た全員が芍薬の花を生けた花瓶を持つ神成の方を向いた。

「皆さんどうしたんですか?」

「ああっごめん、ちょうどみんなで神成ちゃんの事を話してたから……」

「私の話ですか?」

「そうそう、ねっ先輩」

「僕は別にしてない」

先生は腕を組んで面白くない顔をする。

「私の話なんて面白くないですよ」

部屋の中で皆の視線を浴びながらも、神成はゆっくりと先生が座る机の前まで進んで、腰を下ろして花瓶を置いた。

原稿用紙やら本が乱雑に積まれた机の上に、白い芍薬が大輪の花を咲かせて場を華やいだ物にするはずなのだが、机の奥に座る先生は不健康そうな暗い顔で対照的だった。

机の横で微笑んでいる神成と花が織りなす華やかな雰囲気と比べると何とも陰湿な感じで、並ぶと益々並んでいる意味が分からなかった。

「ねえ神成さんと先生の関係って?」

我慢が出来なくなったのか、晴子が単刀直入に聞いた。

「私と先生の関係?」

「そう、もしかして付き合ってるとか?」

「お付き合いしてないですよ」

神成の返答は照れもせず、間を置かない素早いものだった。

茶化しながら話した晴子もどうすれば良いのか分からずに言葉が続かなかった。

「先生は鎖みたいなものだって言ってましたけど……」

恐る恐る芽羽子が呟く。

「鎖?」

神成は先生の方を向くが、先生は目を合わさずに机に広げた原稿を見る。

「私は何をつなぎ止めているんですか?」

「たいしたもんでは無いさ」

つまらなそうに先生は机の原稿を見ている。

「おい、君はこれを面白いと思ったのか?」

「私ですか?」

芽羽子がまるで怒鳴られたように上半身を伸ばして驚く。

「先生が日常の事をよく観察して書けと前回おっしゃられていたので……」

「だからって永遠とカレーの作り方をレシピみたいに書かれてもこんな話を読んでて……若干面白いな」

先生は急に真面目な顔をして原稿を読み始めた。

「えっどれどれメウの原稿私にも見せて下さいよ」

「やめてハルちゃん恥ずかしいから」

二人の中学生が先生が持っている原稿に飛びつく。

「こら引っ付くな鬱陶しい」

皆が騒ぎ始めたので、神成は立ち上がって台所に行って晩ご飯の準備をしようと思った。

今日は八百屋のおじさんも沢山の野菜を用意してくれた、冷凍室の肉を使えばそれなりの料理が作れるだろう。

「あっ」

ふと気がついて神成は先生の方を見る。

「先生」

「なんだい?」

部屋は一瞬静かになる。

「繋ぎ止めた私は鎖みたいに重いのですか?」

先生はニヤリと笑った。

「ヒモでは体裁が悪かっただけだ」

神成は嬉しそうに居間を後にしたので、残った者はみな不思議そうな顔をした。

「お姉ちゃん嬉しそう」

部屋の端で飲み物を飲み終えた少女が神成を捕まえて不安そうに抱きつく。

「そうね、人の役に立つのは嬉しいことよね」

じゃああっちに行きましょうかと少女を連れて、また神成は賑やかな居間を後にした。

襖を閉めると、居間ではまた何やら議論が始まって賑やかな声がしてきた。

こうして先生の家では木曜日は様々な年代の人間が皆先生に会いにやって来る。

そんな事になったのも自分に原因が多少なりともあるのかと思うと、神成は満足を覚えていた。

神成が先生とこの家で会ったのは偶然だった、曜日は水曜日で面会日ではなかった。

先生の家の近所のお花の先生に会いに行く為に家とは違う方向に学校帰りに歩いていた。

いつも通る道が工事中で道がふさがれていたので偶々違う道を通ると古い古民家が、先生の家がある道路を通った。

こんな所に神社とその隣に古い家が有るのは初めて知った。

そして初めて知った家の玄関を上がる事になったのも神成には初めての体験だった。

古くて掃除もされていない古民家の玄関は既に朽ちた廃墟のような雰囲気を醸し出していたが、扉に付いていた「面会謝絶」の表札が何だか神成には心に引っかかった。

今考えればなぜその扉に心を引かれたのか分からない。

神成は「面会謝絶」と札が掲げられた標識を言葉通りには受け取れなかった。今おもえば誘われているような気すらした、あからさまに拒否をするなんて、うまく行かないで拗ねている子供が相手の譲歩を引き出す方法だ。

掃除をしていない荒れ放題の門前を前にしばし立ち尽くしてしまった。

内門すら無く、そのまま庭へ続いていたので神成は気になるまま庭へと入っていった。

完全な不法侵入なのだが神成は何も迷い無く、誘われるように庭へと回った。

庭は殆どが木の陰に覆われていて暗く湿っていた。

静かな、道路の車の音も聞こえず、古い竹製の柵で遮られただけの庭は都内とは思えないほどの静寂に満たされていた。

木と庭を半分支配している苔類が音を吸い取っているのか、風も無い日だったので庭は静かでやはりこの古民家は人なんか住んでいないのではと思った。

静かな所々雑草が生えている庭が何だか神成は不思議と気に入ってしまった。

人の家に勝手に入って、庭を見ているなんてなんて不謹慎な事をしているのだろうと神成は分かってはいたが、不思議とこの場から出て行く事はしなかった。

神成は誘われるように踏み石を歩いて、庭の中程へと進んでいった。

そこで一瞬足を止めたのは、庭から見える居間の扉が大きく開けられていた事だ。

開けられた扉を見て初めてここに人が住んでいる家だと言うことに気がついたように、神成はハッとして立ち止まる。

だが居間には誰も居なかった。壁に備え付けられた本棚には沢山の本が敷き詰められて、さらに本棚から溢れてしまったかのように本が雪崩に流されたように床に、さらには庭に面した縁側まで散らばっていた。

もはや廃墟のような景色に神成は言葉を失ったが、本に埋もれた部屋から初めて小さな物音が聞こえた時に初めてこの家は廃墟では無くまだ人が住んでいることに気がついた。

「誰かいるのですか?」

声を出しても返事は帰ってこない、神成は不法侵入者だと罰せられる恐怖よりも自身の好奇心が上回った事を感じながら恐る恐る部屋の中へと近づく。

ゆっくりと部屋に近づくと、沢山の本が部屋の真ん中に山のように不規則に積まれている箇所があった。

よく見るとそこには人の手が隠れていた。

手は微動だにせず、まるで人形のようだった。

ゆっくりと神成は近づいて、遂には縁側近くの一段高い踏み石の所に来た。

そこには土まみれの茶色いゴム製のサンダルが有った。

神成はもう止まらなかった。後から振り返れば大胆な事をしたなと思うのだが、そのときは必然というか、躊躇する理由は全くなかった。

誇りっぽい部屋、綺麗に糊を効かせている神成のお嬢様学校の制服で上がるには躊躇するくらい埃とゴミだらけの部屋に神成は靴を脱いで上がっていった。

そして本に埋もれて動かない一人の男を発見した。

男は顔を天井に向けて、寝息すらしてないのか微動だにせず床に寝ていた。

一瞬、神成は死んでいるのかと思ったが、葬式で見たことのある祖父や祖母の棺の中の死に顔とは違ってまだ色が合った。

しかし、動かない男を見ているとなんだか不安よりも安らぎを覚えていた。

見ず知らずの男の顔を見ながら、なぜか神成は安心をしてしまった。

ゆっくりと神成は手を伸ばす、触れるか触れないかの近くまで神成の手が伸びると男の瞼はゆっくりと開いた。

伸び放題の癖のある髪と髭。

窪んだ目元に黒いクマが刻み込まれた相貌、目は真上に天井を見ていた。

慌てて神成は手を引っ込めたが、男は目を開けたまま動かなかった。

本当に生きているのか不安になって、神成は上体を前に起こして男の目を覗きこんだ。

目だけがゆっくり動く、男と目が合ったまま神成は見つめていた。

「君は?」

「音坂神成(おとさかかみなり)です」

それ以上会話は続かなかった。

一分だろうか?

十分だろうか?

神成自身は結構長い沈黙があった気がしていたのだが、実際の時間は数十秒程度だった。

「カミナリ?」

「はい、私の名前です」

「随分と粋な名前だ」

「ありがとうございます」

自分の名前を肯定的に捉えられた事があまりなかったので、神成は思わず礼を言ってしまった。

「大丈夫ですか?」

「何が?」

男は自分の状況を理解してないようだった。

「死にそうですよ?」

「誰が?」

「貴方です」

「僕が?」

男は目だけで周りを見渡した。

「そうか、僕は死ぬのか?」

「死にたいんですか?」

「いや、死ぬのは怖いさ」

「じゃあ生きないと……」

男は目を閉じて一言呟く。

「面倒くさい」

それが初めて神成と先生が会った日の出来事だった。

それ以来先生が定めた木曜日の面会日を知ると、毎週欠かさず先生の家に訪れるようになった。






「じゃあ先生また来週ね」

真っ赤に赤ペンで校正された原稿を誇らしげに旗のように振りながら晴子は大きな声で挨拶した。その隣で芽羽子はお辞儀して、大事そうに先生に校正してもらった原稿用紙を胸に押しつけて持っていた。

先生は応えずに手を追い払うように振った。

編集社の人間や一美は今日も戦果が無いと分かると、お茶を飲んだら早々に引き上げていった。

晴子達は残って、後から来た近所の子供と響子と一緒になって遊んだ後に帰って行った。

「全く、あいつらはここを社交場か何かと勘違いしてるんじゃないのか?」

「違うんですか?」

出した湯飲みやグラスを片付けながら神成が聞く。

「君もそう思っていたのかい?」

「先生も木曜日を楽しんでるように見えますけど違うんですか?」

「僕はこれから訪れる一週間の静寂を得るために今日という日を我慢しているんだ」

不服そうに先生は机の上に置いてあったタバコを手にとって縁側の方へと向かった。

すっかり日が暮れてしまったので、庭は居間の電灯に薄らと照らされて居るが、奥の方は暗所になっていた。

その先に何があるわけでも無いのに、先生は庭を見ながら煙草を吹かした。

テレビもパソコンも携帯電話も無い家は静かで、普通は落ち着かない感じがするが、先生は何か考えているようで、何も考えずに煙草で肺の中を煙で満たしていた。

「先生、この本は本棚に入れて良いんですか?」

「ああ、それは調べ物に使ってるからそのままでいい」

「彼方の山は?」

「しまっていいよ」

「こっちは?」

「それもしまっていいよ」

部屋の片隅に積まれた本の山を神成は黙々と片づけていく。

「あっその朱色の装丁の本を取ってくれ」

「これですか?」

「そうだ」

古くてすっかりくすんでしまった朱色のカバーに絵文字のような曲がりくねった漢字が描かれた本だった。神成は知らなかったがそれは石鼓文と呼ばれる中国の古い文字だった。

礼も言わずに本を受け取ると、そのまま縁側から庭に足を出して先生は本を読み始める。

神成はそのまま部屋の片付けを続ける。

そして一週間前と同じ状態になるまで神成は掃除を続けた。

本を片付けて、軽く箒を掛けて埃を部屋の外へと履き出す。

「先生退いてください」

縁側で本を読んでいた先生は言われるがまま、また机に戻って本を読む。

書生でも家政婦でもなんでもない神成は献身的に、というよりは先生など関係なく、逆に掃除の邪魔だと思っているのではないかと思うくらい、先生を巧みに退かしながら部屋の掃除を進めた。

「先生、またおかず作り置きしておきましたから食べておいて下さいね」

「ああ」

「あと八百屋さんにお支払いしましたから戸棚からお金使いました」

「ありがとう」

「一美さんのお土産も戸棚にまだ残ってるので食べて下さい」

「君は食べたのか?」

「はい頂きました」

「そうか」

喋っている間も神成は手を止めずに部屋を片付け続けて、あっという間に部屋は整理整頓された秩序を取り戻し、まるで先ほどまで沢山の人間が訪れた事など跡形も残さずに、全て元通りに片付けられてしまった。

ふと部屋に目をやって、先生は綺麗な部屋を見て少しつまらなそうな顔をした。

「綺麗な部屋だ」

机に肘をついてため息を付く。

「僕の部屋じゃ無いみたいだ」

「不満ですか?」

「いや、ありがたくて僕は君に足を向けて寝られない」

「ありがとうございます」

微笑む神成を見て益々先生は眉間に皺を寄せた。

「君はやっぱり空から落ちてきたのか?」

「なんですか急に」

「いや、君は何なのだろうかと思ってね」

「私がどうかしたんですか?」

神成は本を抱えて先生の座る背にある本棚に本を詰めていく。

「君が居なければ僕はあの時死んで居たんじゃ無いかな?」

「そんな大袈裟な」

「まあ一週間くらい飲まず食わずだったからな、あのままだったら本当に死んでたかも知れない」

「どうしてあんなになるまで何もしなかったんですか?」

「面倒だったから」

「面倒であんな脱水症状寸前の状態になるんですか?」

「偶にね、まあ四年に一度くらいの感覚でああいう何もかもが面倒な時があるんだよ。心が面倒に耐えられなくなって押しつぶされて、身体が深い沼のような所に落ちて身動きが取れない感覚に陥るのさ」

「そんな事が有るんですか?」

「君も歳を重ねれば分かる」

生きていてご飯も食べたくなくなるくらいの倦怠感に包まれることなんか本当に有るのだろうか?

まだ制服を着ている神成には想像も付かなかった。

「本当に先生は死ぬつもりだったんですか?」

「まあ今から考えればあそこでくたばっていても別に良かったのか知れない」

笑いながら先生は満足そうだったので、神成は少し困った顔をした。

「私は余計な事をしたんでしょうか?」

「そうだね、余計な事といえば余計かも知れない」

助けて貰っておいて先生は余計な事と切り捨てた。

「でも目を開けて君の顔を見たとき僕は何か得がたい経験をした気がする」

「どんな事ですか?」

「面会謝絶と玄関に札を置いても来るヤツは来るんだなってね」

「あんな札があったら逆に気になりますよ?」

僅かに神成の言葉に怒気が含まれていて、先生はこの神成という不思議な少女も怒る事があるのかと思った。

あの、部屋で動けなくなった時分に声を掛けてくれたとき、なぜだか酷く安心した。

ああ一人になるのも楽では無いと心の中で何かが諦めに変わった。

「それにしてもどうして家に上がる気になったんだ?」

神成は少し考えてから先生の顔を見た。

そして、誰も居ない暗い庭先を見る。

「お花の先生にご近所に有名な小説家の先生が居るって話は聞いてましたから、何となくは知ってたんです。でも面会謝絶の札がぶら下がっているとは思わなくって、それで興味を持ったんでしょうね……家の前に偶然着くまでは意識してなかったです」

神成は偶然先生を見つけた。

「先生を居間で見つけたとき私はコクトーさんの事を思だしたんです」

「ジャン・コクトー?」

「私の家で飼っていた犬の名前です」

「小さい犬かい?」

「いえグレート・ピレニーズです」

「確か大きな犬だよな?」

「私が小さいときは背中に乗れました」

そんな大きな犬が飼えるのだからやっぱり神成の家は金持ちなのだなあと先生の関心は少しズレたところにあった。

「小さいときから一緒で、ずっと一緒に暮らしてたんですけど高校に入るときに亡くなってしまいました」

「それは残念だな」

「ええ、私には凄く大事な存在だったんです。お散歩が好きでよく外に連れて行けってなついて来たり、大きいから散歩も大変でしたけど」

グレート・ピレネーズは子供くらいだったら引っ張れる程のおおきな犬だ、気性の激しい犬ではないのでまだ安心が出来るが、それでも世話は大変な犬だ。

「亡くなるまでずっと一緒に居るんだってそんなわけないのに、本当に、ずっと一緒にいるんだっておもってたんです」

自分に言い聞かせるように神成は先生の方を見ずに薄暗い庭を見ていた。

「それでなんでコクトー君が僕と重なるんだい?」

「私も良くが分からなかったんですけど、今日すこしわかりました」

神成は背筋を伸ばして先生の方を向く。

「先生が私を鎖と言ってくれたから」

「もしかして僕はコクトー君の代わりなのかい?」

「コクトーさんの方が自分でご飯を食べに来るから手が掛かりません」

一瞬の沈黙の後、居間には先生の馬鹿笑いが響いた。

「はは! 僕は犬畜生の代わりか」

「私、変な事を言いました?」

腹を抱えて机に伏せて笑う先生を見て神成は近づいて行く。

「僕は自分の命を繋いでくれた空からの楔だと君のことを思っていたんだけど、まさか飼われているとは思わなかった。確かに犬は自分が飼われているなんて気がつきもしないし、気にもしない、社会性の高い生き物だからな」

「別に先生を飼ってるなんて言ってませんよ?」

先生は上体を起こしてまた笑う。

「まあ、この家の家賃は僕が払っているがね、でも確かに身の回りの世話をして、餌を与えられて飼っているのと何か違いがあるかと言われればそうもないね。いや、全くもって僕は女子高生に飼われている駄目なおじさんと言うわけだね?」

「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」

「あっしまった、今日の文化庁の賞を受ければ良かった」

「どうしたんですか急に?」

「だってそしたら授賞式には飼い主と一緒に出ないと、君に紐を持たせて僕は首はを付けて口で賞状を貰うさ、そうすれば賞も箔が付いた」

嫌みなのかそれとも本気なのか分からないが、先生は子供のように無邪気に笑った。

「変ですかね?」

「いや、正しいよ君は。他人がどうあれ、君は正しいのさ」

「またここに来て良いんですか?」

「来週の木曜日だったら何時でも良いさ、木曜日は面会日だからね」

先生は嬉しそうに、役人が来たときの不機嫌そうな顔とは真逆の子供のように大らかに笑った。

神成は笑っていいのか分からなかったので無表情のままだったが、一瞬だけ手に持った本を先生に投げつけてそんなに笑うような事かと抗議をしようかとも思った。しかし先生は益々喜びそうだったので黙って本棚に仕舞った。

「それじゃあいつもの通りに表札を裏返しにしておいてくれ」

「分かりました」

片付けが終って神成が帰ろうとすると先生は決まって玄関まで見送りに来る。

靴を履いて神成は鞄を持って外へ出ようとする。

「先生はなんで「面会謝絶」の表札を出して置くのですか?」

神成が今更な事を聞く。

「まあ、最初は出版社の連中が毎日の様に押し寄せてくるから、面倒で出していたんだが、以外と他の客も来なくなったんで楽でいい」

「一人は寂しくないんですか?」

「君は寂しいのか?」

「偶には寂しくなります」

「それは僕だって同じだ、だから木曜日を面会日にしている」

「週に一回でいいんですか?」

「週に一回ぐらいが丁度良いのさ」

「そういうもんですか?」

「僕にとっては世の中と付き合うというのはそういうものだ、他の人間はどうかしらないが、僕には毎日誰かと顔を合わせるのは面倒だね、だから作家になった。作家は作品で世間と関われば良いからな、書いてるウチはみな僕個人の事を見ないで作品の方を見てくれる」

「何だか……逆に面倒くさいような気がしますね」

「僕が面倒くさい人間だと言うことは知っているだろう?」

「先生と話してると何だかどうでも良くなってきますね」

「そうかい?」

今時これだけ電子ネットワークが発達して毎日多くの人間が日々の出来事を相互に共有しているのに、先生は一週間に一回しか会うことが出来ない。

後は一日中家に引き籠もって暮らしている。

羨ましいような羨ましくないような生活だが、なんだか神成にはとても愛しい慎ましい生活のような気がしていた。

ふと神成はだからみんなこの家に来るのだろうかと思った。

「それでは失礼します」

神成は深々と頭を下げた。

「うん、気をつけなさい」

神成は玄関を出るとすぐに扉にかかっている「木曜面会日」の札に手を掛けてひっくり返す。

「面会謝絶」の文字が表になる。

また翌週の木曜日まで、この扉が開かれる事は無い。




END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

木曜日は面会日 さわだ @sawada

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ