[32]
― SS-515「ひりゅう」―
刹那、遠くから爆発音が聞こえた。その音がだんだん接近し、耳をつんざくような轟音になる。海面と海底からの反響が互いに艦体に当たった後、轟音はやがて消えていった。
「ソナー、今の音は?」山中が聞いた。
《1番から発射された魚雷が爆発しました》
「兵器の効果は?」
《確認できません》
「機関室からです。現在の速力ですと、電池の残量があと3時間とのことです」
機械制御盤についている徳山が沖田に報告する。
「ディーゼル・エンジンを停止。ここからはAIPで航行する」
沖田の命令は電話員によって機関室に伝えられた。
―「長征14」―
魚雷誘導用の電線から信号が返ってきた半秒後、轟音とすさまじい衝撃が「長征14」の艦首を襲った。艦体は左へ傾いた。周りの音を耳で聞くというより、身体で感じると表現した方が適切だった。敵の魚雷は迎撃に発射した魚雷が爆発する一瞬前に爆発したに違いない。そして、「長征14」は2発の魚雷から同時に衝撃を受けた。
「くそったれめ」
陸は悪態をついた。それを聞いた楊はまだ自分が生きていることを実感した。
「まさか我々に攻撃をしかけてくるとは!」
各種ディスプレイには、警告を示す黄色や赤色のランプがいくつか点灯していた。艦の航行や戦闘能力を損ねるような被害はなかった。
陸は海図台を取りついた。「長征14」の眼の前には、死火山が南北に2つ、門柱のように海底からそびえ立っている。どちらも海底から1200~1500メートルの高さだ。北側の山から進んだ先に大陸棚が広がっている。
「副長、君が『そうりゅう』の艦長なら、どうする?」
「針路を北に取って、この海域から離れます」
「何故だ?」
「大陸棚に上がって換気をするためです。これまで私たちの魚雷に追い立てられて、敵のバッテリーが干上がっていることが考えられます」
陸はうなづいた。
「そうだ、奴らの動力は我々と違って無限ではない。北側の山に待ち伏せして『そうりゅう』の後ろを回る。奴の退路を断った後、魚雷をぶち込む。山の間を進むぞ。操舵、方位165。深さ1200につけ」
「方位165、深さ1200、了解」操舵員が答えた。
― SS-515「ひりゅう」―
《発令所、ソナー。いま何か音を捉えました!エンジン音のようです。このコンタクトをS24とします》
「発令所、ソナー」山中は言った。「S24の距離と方位は?」
《距離は4500。方位は165です》
沖田は海図を綿密に読んだ。海底に死火山が2つそびえている。どちらも海底から1200~1500メートルの高さだ。
「この山の反対側だな」
沖田は南側の山を指した。
「そうですね」山中が答える。「2つの山の内側で音が跳ね返ってきて、それを捉えたんでしょう」
《発令所、ソナー》相原が報告した。《S24のパッシヴ・ソナーのコンタクトが断続してあります。コンタクトのパターンはM18と同一か、それに近いです》
沖田はうなづいた。山中が進言する。
「M18はどこかで私たちを待ち構えています。そう考えるべきです」
沖田は音響測深儀のモニタ画面を見つめた。南側の死火山はすぐそこだ。海底を這うように進む「ひりゅう」の上、大きな山がそびえている。沖田は低い声で言った。
「北側の山を越えれば、その上はもう大陸棚だ。この山を通過すれば、敵はこの山で待ち伏せて後ろをとるだろうから、私たちは終わりだ」
「では、南側の山の裏に隠れたほうがいいとお考えですか?」
沖田は首を横に振った。
「ゲームのルールを変える必要がある。何らかの方法で」
本条は思わず口を開いた。
「デコイを使うとかでしょうか?」
沖田は本条の問いに答えなかった。発令所に心配と不安がまじりあった雰囲気が漂いはじめる。
―「長征14」―
「副長、これで最後だ」陸は言った。
あの日本の潜水艦を仕留められるのは、この艦しかいない。あとはこちらの予想通りに相手が動くかどうか。陸はそう考えていた。自分の読みが正しいかどうかは、時間が経てば自ずと判明する。その時は、原子力潜水艦である自艦が有利である。
「敵がデコイで偽装することはないのでしょうか」
「デコイには惑わされない。ソナーはパッシヴ・モードにして敵を探知する」
陸はソナーに命じる。
「発令所、ソナー。奴のエンジン音を捉えたらただちに報告しろ」
《ソナー、発令所。了解》
「探知したら、すぐに65をぶち込んでやる。副長、5番と6番に魚雷を装填」
「5番・6番に、タイプ65を装填」楊が復唱する。
「いつでも撃てるように準備しておけ。艦内に戦闘無音潜航を通達」
発令所の通風機が停止する。人いきれと機器類が発する熱で、たちまち部屋の温度が上昇する。陸は汗が滲む額をハンカチで拭う。乗組員たちは敵艦を捉える瞬間を逃さまいとして、各種ディスプレイに黙々と注意を向けている。
俺の読みは正しいはずだ。陸は胸中でそう念じ続けていた。
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