五千光年の夢
スピッツベルゲン島からサキが居なくなってから三日後。僕はようやく学校に登校した。
僕は精神的に立ち直れず、学校を二日も休んだ。失恋したわけではなく、寧ろ片想いが両想いになると言う幸せを得たはずなのに、僕はサキの望みを叶えた。僕はわざわざ自分の手でそれを見えなくした。
夢の中での夢のような出来事だった。
あれから何度も海岸に行き、寮に戻ってからまた海に行った。
結局、僕はサキの言葉を信じることにし、僕はこの島での生活を再開させたのだ。
再びここでの生活を始めたのはいくつか理由あってだが、もしかしたらサキがまたここに帰ってくるかもしれない。やっぱり現実は辛くて、厳しいだろうから。またこっちに逃げて来た時に傍にいて上げられるように、とか思って僕はこの島にもう少しいることにした。
「つまり、もう、だいじょうぶなんだね?」ナギサくんは僕に聞く。
「うん。心配かけたね」僕は言った後に少し恥ずかしくなった。
「元気で何よりだよ。話を戻すけどさ、その話、僕も聞いたことがあるよ」とナギサくんは僕の復帰を祝いつつ言った。
「ほんとに!?」
「僕はこの島に来てだいぶ長いからね。ああ、そうだ君が休んでいる間に男子が増えたんだよ」
「転校生?」
「そうだよ――あ、ほら」ナギサくんは教室の入り口を指す。「あのこ」
ナギサくんが指さした少年は、たった今教室に入ってきたところで、ナギサくんが手招きしたのを見てこちらへやって来た。
「おはよう、ウサギくん」
「……
突然の自己紹介に僕は少し面食らったが、僕も続けて初めましてと言った。
「名前はよくわからないんだけど、マサってよばれてます」
夕兎はよくわからなかったみたいで眉をしかめた。
「ウサギくんは過去のことを――つまり、死ぬ前の現実世界のことを覚えてるんだって」
「えっ……?」
「そう、ここが死後の世界だってことはさっき分かったんだ。いや、僕も自分のことをまだよく知らないみたいでね。ナギサという名も本名かどうか、ちょっと自信がない」
「現実と死後の世界の間だよ、ここは。死を選んだ人間が死を許されなかった人間が行きつく島――それが、スピッツベルゲン島」
「サキさんはそう言ったのかい」
僕は頷く。
「僕は現実世界で、人間は嘘ばかりだって気付いてしまって、それで死を選びました。簡単に言えば絶望したのです」
夕兎はそう言ってから、如何にも自然な雰囲気で自分の過去を語りだした。
***
学校の校庭には昼間の時間帯とは思えないほどのひとだかりができていた。早まるな、考え直せ、俺が悪かった等々上を見上げながら好き勝手言いまくっている。僕の死をこれほどのヒトに歓迎して貰えるのだから、これほど名誉なことはないだろう。それだけで自尊心を満たせる。弁当でも持ってくればよかった。
「僕が死んだら、僕はどこへ行くのかな?」
こんなことを考えるのは日本人ぐらいなもので、世界のヒトの多くはキリスト教やイスラム教など、それぞれ信仰している宗教の世界観を信じているから、当たり前すぎて考えもしないのだ。神仏集合を果たした日本は、一人の神様を信仰する文化は少なく、八百万の神を敬ってきたので死後の世界についても諸説入り乱れている。
「我が魂よ、風と水になりて永遠に――安らかに」
夕兎は最後に涙を流した。その意味は彼自身にさえ分からなかったけど、それは彼の生きた証しに違いはなくて、だからこそ彼と共に強風に流されていった。
榊原夕兎は学校の屋上から飛び降りて自殺した。
***
「ウサギくんは、そんなに辛かったんだ? 学校で何があったんだい?」
「いじめのたらい回しさ。最近は表面的じゃなくてね。ほら、スマホのアプリとかで
「夕兎……くんもいじめられたの?」
「ウサギでいいよ。その方がこちらの世界に馴染めそうだ。」ウサギはそう言って肩をすぼめる。「そうだな、いじめと言うほど酷かったとは思わないさ。なにかを強制したり、物理的・精神的に攻撃されたことは一度もなかったからね」
「じゃあ、何をされたの?」この質問はバカだったと、言った後に僕は思った。
「ん? 別になにもされはしないんだよ。ただただ無視されるだけさ。何を言っても反応してくれない。挨拶さえ返ってこない。自然とクラスの中で孤立するだけ、それだけさ」
ウサギはそう言うが、それがどれだけ辛いことか、僕は何故だか分かった気がした。もしかしたら僕の過去は孤独だったのかもしれない。
「傍目から見れば、喧嘩か何かで一時的に仲違いして、少し経ったらまた仲良しに戻った青春の日々にしか見えないだろうさ。別に辛いのはいっこうに構わないんだけど、僕にはその代わりが無かったからね。かけがえのない友人とか、恋人とか、将来の夢とか、目標とか。これだけは譲れないってものが無かったんだ。だから僕は負けてしまった。負けて死を選んだのに、どうやらまだ死んでないって言うんだから、世の中不思議なものだね」
ウサギはこの島でそれを見つけるつもりなのだろうか。それは探して見つかるものなのだろうか。見つけられたら彼は、また現実に戻るのだろうか。
僕は彼の嬉しそうな顔を見ながら、問答を繰り返していた。
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