第13話 ヨークタウン、決戦(上)

「いよいよ、このときが来ましたね……」


マーサとパウル、そしてベンジャミン、ラファイエット公、フェルゼン公が見下ろすヨークタウンの平野に、アメリア独立軍が展開していた。


「ああ。コーンウォリス将軍も必死だろう。この戦いに負ければ、アメリア大陸からブリタニアの拠点が消滅するんだからな」

「なりふり構っていられないだろうね。虎の子の蒸気精霊騎も、惜しみなく出してくると思うよ」


ベンジャミンはアークエンジェルを整備するモンゴルフィエ兄弟に手を振った。


「アークエンジェルの調子はどう?」

「正直、動いてるのが不思議なくらいですよ。精霊管のあちこちが劣化して、いつ破裂してもおかしくないです」

「……あと一戦持てばいい。それが最後の戦いになる」


顔を曇らせるベンジャミンたちに、パウルは力をこめてうなずいた。


「こいつなら、きっと……応えてくれるさ」


マーサもあとに続いた。


「そうですよ! 戦争が終わったら、この子はどーんとアメリア政府議事堂の前に飾ってあげましょう。建国の英雄として」


「ここ数ヶ月の包囲、そしてチェサピーク湾海戦の敗北により、ブリタニアの武器と食料は底をつきつつあると思われます。このままの状態を保っても良かったのでは?」


ラファイエット公の発言に、ベンジャミンが答えた。


「残念ですが、われわれも余裕があるわけじゃありません。この一戦でブリタニアを降伏させなければ、これ以上は……」

「とにかく総攻撃は明朝だ。勝てばいいだろう?」


パウルはふたりに向けて片目をつぶる。その単純さに二人は肩をすくめた。


「たしかに。ここまで来れば、もう運命の導きに身を任せるのみですね。よしない事を申し上げました……お許しください」

「いいえ。その冷静なご判断、明日の戦いでも頼りにさせていただきます」


一方、ブリタニア帝国アメリア総統府は混乱の極みにあった。


「本国からの増援はまだか!? このままではアメリア独立主義者どもの思うつぼだ!」

「チェサピーク湾は封鎖されております……増援は見込めますまい」

「コーンウォリス将軍! この責任はどう取られるおつもりか!?」

「アーガイル総統。結局のところは、あなたの失政が全ての原因という事だ。責任を軍人だけに押し付けないでいただきたい」

「なっ……なにをいまさら……っ!」


誰もが固唾を呑むその空間で、ただひとり空気を読まない存在がいた。


「グフフ……ついに我輩の力が必要になったようですなぁ!?」


それは半人半機械のバルバロッサ大佐であった。副官はすでに肉体を失い、蒸気演算頭脳として大佐の右肩に取り付けられている。


「貴様に何ができるというのだ! 自慢のプロイセナ傭兵もあっけなく倒されたではないか」

「ふーはははぁ! プロイセナ傭兵など最初から捨て駒! 我輩の切り札は、当然ブリタニア帝国貴族の駆る蒸気精霊騎! 先ほどカナディア連邦国境から届いておりますぞ?」

「ならばっ……ならばその力で賊兵どもを討ち滅ぼしてくるがいい!」

「承知致しましたぞ! では、吉報をお待ちいただきたい!」


       ***


「マーサ、準備はいいか?」

「オール・オーケーですよ、パウルさん」


コクピットのオレンジ色の光の中、パウルとマーサは機体の最終チェックをしていた。


「なあ、この戦争が終わったら……マーサはどうする?」

「独立戦争は単なる通過点ですよ。私の人生の目的でも目標でもありません。これからは国づくり……政治家としての仕事をするでしょうね。パウルさんは?」

「俺は……そうだな。田舎に引っ込んで、農場でもやるかな。そのときはアークエンジェルを退職金代わりにくれないか? 戦闘機動はできなくても、畑の開墾には役立つだろう」

「ふふ……良いですね。戦場の鬼神が平和の象徴となる。独立政府にはなんとか取り計いましょう」


そのとき、蒸気精霊スクリーンに輝く点が浮かび上がった。


「来たな。さあ、最後の戦いだ!」


外部モニターに切り替えられたスクリーンに、血の色に塗られたブリタニア帝国の蒸気精霊騎、六体が映し出された。その距離、およそ三百メートル。


独立軍の砲兵による援護射撃が始まった。だが戦闘機動状態に入った蒸気精霊騎に、ことごとく回避されていく。そもそも対人用の旧式滑空弾では、鋼鉄の装甲を貫けようはずもなかった。先頭の精霊騎から、外部スピーカーで大音声が戦場に響き渡った。


「ぐわーはははっ! 反乱軍の雑魚どもめ、踏み潰してくれるわ!」

「あの声……生きていたのか。もう十分だ。一般兵は下がらせてくれ! 」


かくして、決戦の地に鋼鉄の騎士たちが激突した。

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