第11話 サラトガ、反撃
「報告です! バレーフォージに向かって、ブリタニア帝国軍の蒸気精霊騎が5騎、進軍中です! また随伴歩兵も数百名規模!」
「これは……罠を仕掛けてどうにかなるレベルじゃなさそうだな」
「参りましたね……」
マーサとパウルは顔を見合わせた。だが葬式会場のような独立軍司令部に、突然場違いなまでに華やかな人物が現れた。
「遅くなりまして恐縮です! フランシュ王国よりラファイエット侯爵、義勇軍二百名を率いてただいま到着しました」
「同じく、スウェーダイン王国よりフェルゼン侯爵、到着しました。以後、よろしく」
ボロボロの大陸軍の軍装と比べ、二人の軍服はあまりにも眩かった。四人は固く握手を交わし、テントの外に出た。そこに直立する二機の蒸気精霊騎。
「ありがたい……三機対五機ならなんとかなるだろう」
「アークエンジェルの補修部品も、フランクリン殿から預かっていますよ。後ほど、お引き渡ししましょう。彼は今もベルサイユで、フランシュ王国の参戦工作をしています。なによりも独立軍の勝利が、参戦の後押しとなるでしょう。次の会戦の地は……?」
「ここですね。ハドソン川を渡河したサラトガ地域」
地図を前に話し合うマーサ達をよそに、パウルは眩しげに到着したばかりの巨人を見上げた。ブリタニア製の無骨なアークエンジェルとは異なる優美なシルエット。
その様子に気づいたフェルゼンは、同じく自らの愛機を見上げた。
「フランシュ王国王妃……マリー・アントワネット様から賜った蒸気精霊騎です。銘は、運命の
「なるほどな……それでは、是が非でも生きて帰らねば」
パウルはフェルゼンの背中を叩き、アークエンジェルの補給部品を載せた貨車へと向かった。
***
「……で、これは一体なんなんだ?」
パウルは途方にくれた視線を、フランシュ人の双子の技師に送った。
「これは蒸気動輪。蒸気精霊騎の足に装着すれば、時速60キロの高速移動が可能だよ」
「こっちは観測気球。僕たちモンゴルフィエ兄弟が発明した、空を飛ぶ装置さ!」
「……ベンジャミンはなんて言ってたんだ?」
「あー、『パウルさんは操縦の天才だから、遠慮なく装着していいよ!』って言ってましたけど」
「あいつ……。わかった。明朝には出発する。それまでにセッティングを頼む」
「「まかせといて!!」」
明朝のサラトガ地方には、朝もやが濃く垂れこめていた。
「視界が悪いな……」
「だーいじょうぶ! 僕たちの熱気球があれば、ブリタニア軍の動きは丸見えだよ」
モンゴルフィエ兄弟は布でできた巨大な袋の中に、蒸気釜の高熱を吹き込み始めた。次第に袋は膨らみ始め、地面から浮き上がる。それはやがて、下端に取り付けた籠ごとフワリと浮き上がった。
「では、この熱気球で上空から状況を伝達します。この通信機を持っててくださいね」
兄弟がパウルとマーサに渡したのは、ベンジャミンも使っていた雷霆精霊による通信機だった。そして兄弟は熱気球下部の籠に乗り込み、上空へと舞い上がっていく。
「ふわ〜、これはすごい発明ですね。あっという間に木の高さを越えました……」
驚くマーサの耳元に、兄弟の声が届く。
「ブリタニアの蒸気精霊騎、発見しました! 北西からサラトガ地域に侵入中」
「よし、アークエンジェルを囮に使う。ラファイエット公とフェルゼン公は森林で待ち伏せしていてくれ」
「了解!」
ブリタニア帝国の蒸気精霊騎は、アークエンジェルの同系機だった。パウルの操る機体を発見すると、半円状の弧を描いて包囲体制に入った。
「後退する!」
ブリタニアの蒸気精霊騎の射程距離ギリギリのラインの外側を、アークエンジェルは回頭した。だが、じょじょに距離が詰まる。
「しかたがない……マーサ、つかまっていろ!」
パウルは叫ぶと同時に、新しく操縦席に取り付けられた赤いレバーを引き上げる。ひときわ激しく蒸気精霊機関が唸りを上げ、アークエンジェルの脚の下に車輪が出現した。
蒸気動輪が回転し、滑るように巨体が走り始める。慣性の働きは、蒸気精霊によるオートバランサーを越えかける。必死に機体を立て直すパウルのひたいに、汗が浮かんだ。
やがて姿勢制御に慣れ始めると、パウルはマーサを見上げた。
「森に引き込む前に、随伴歩兵に対処する。機関砲を用意して、掃射してくれ」
「了解でーす!」
サラトガの草原の中を、アークエンジェルは疾走する。その速度はブリタニア精霊騎の動きを遥かに凌駕していた。その足元の歩兵たちは、巨人が撒き散らす鋼鉄の嵐によって薙ぎ倒されていく。
やがて戦場に立つのは敵味方合わせて6騎の蒸気精霊騎のみとなった。その時点ではすでにアークエンジェルも被弾し、蒸気動輪の速度も半分程度となっていた。よろめくように、サラトガ草原から森林へ逃げこもうとする。その背後をブリタニア精霊騎達は随伴歩兵の仇を取るべく追いすがった。
だが森林に入った瞬間、鋼鉄の巨人達に十字砲火が襲いかかった。ラファイエット公とフェルゼン公の蒸気精霊騎は、アークエンジェル以上の大火力と精霊騎の装甲を撃ち抜く徹甲弾を装備していた。
やがてサラトガの平原に静寂が戻った。動くものは独立軍の蒸気精霊騎、3体のみであった。このサラトガの戦いの勝利が、アメリア独立戦争の分水嶺となったのである。
***
サラトガの勝利を受けて、旧大陸列強がアメリア独立戦争に参戦する。対決するは無敵を誇るブリタニア帝国海軍VSフランシュ王国海軍。刻々と迫る決戦を前に、知将ベンジャミン・フランクリンの新兵器が忍び寄る……。次回、『チェサピーク湾、沸騰』。 猛る蒸気が未来を拓く!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます