第9話 ボストン、包囲戦
「ここに第二回大陸会議はマーサ・ワシントンを総司令官とし、ブリタニア帝国に対し宣戦布告する!」
凄まじい熱気に包まれたフィラデルフィアの大陸会議議事堂に、割れんばかりの歓声が鳴り響いた。たちまち参加者は議事堂を飛び出し、大陸会議の決定を触れ回る。たちまちフィラデルフィアの街中に熱狂が感染し、その知らせはアメリア大陸の植民地全土を揺るがした。
「大陸軍の目標は敵の本拠地ボストン。攻め込まれる前に、こちらから奇襲するとしましょう」
***
ブリタニアの植民地総督府が所在するボストンには、ブリタニア正規軍4000名が大西洋を越えて到着していた。率いるのはウィリアム・ハウ将軍である。
***
ボストンに向かうアメリア大陸軍とブリタニア軍は各地で激突した。ブリタニア軍の戦列歩兵に対抗するのは、アメリア独立義勇軍のミニットマン……森林などを利用して襲撃する猟兵である。
ライフリングを施されたアメリア軍の長銃の射撃精度はブリタニア軍を上回っていたが、練度と兵の総数に圧倒され、戦局は停滞していた。
「アークエンジェルを使えば、義勇兵の犠牲が少なくて済むのではないか?」
「いいえ……出してしまえば、ブリタニア側も蒸気精霊騎を出してくるでしょう。あの子を失ったら、私たちは抵抗もできずに蹂躙されます。出さなければ、相手もそう簡単には出せませんから」
「我慢くらべと言うわけか……」
パウルは唇を噛んだ。マーサのいる義勇軍司令部には、次々と前線から負傷兵たちが運び込まれてくる。彼らのほとんどは満足な治療も受けられず、死んでいくのだ。
***
「貴っ様らぁあああ! いったいいつまで無駄飯を食っておるつもりだあぁああ! さっさと反乱軍どもを叩きのめさんかぁ!!」
全身を半ば蒸気精霊機関に置き換えた禿頭の巨漢……バルバロッサ大佐は、プロイセナ傭兵部隊の隊長であるザイトリッツを呼び出し、激しく机を叩いていた。
「敵の蒸気精霊騎の行方がわからないうちは、こちらも手を出せますまい。我々は準備万端、整っているのですがね」
「……ぐぬぬ……。もう待てぬ! 皇帝陛下はご立腹だ!! このボストンを包囲する反乱軍どもを蹴散らせば、奴らも蒸気精霊騎を出さざるを得まい。いますぐ、出撃せよ! 目標はボストンを見下ろすドーチェスター高地を占拠しようとしている反乱軍の砲兵部隊だ」
「……先に動いた方が負けると申し上げたこと、お忘れなく」
鋼鉄の鷲と呼ばれた男は大佐を冷たく見下ろし、歩き去った。
***
「前線より急報! ボストンから敵軍の蒸気精霊騎が出撃しました! その数、三体! 目標はドーチェスター高地の砲兵部隊と思われます!」
「パウルさん、ひっかかりましたね」
「ああ……そろそろ奴らもしびれを切らす頃だ。それに実際、ボストンを見下ろすドーチェスターに重砲陣地を築かれれば、連中としても守り切れないだろうしな」
***
「ようやく出撃ですね! 腕が鳴ります!」
「……油断するな。我々が戦場を選んだつもりになっているが……これが選ばされたのだとすれば……」
「たとえ罠だとしても、我々プロイセナ傭兵騎の三位一体攻撃は無敵ですよ! ……あっ、いました!」
彼らの目指すドーチェスター高地の頂点に、鋼鉄の巨人が腕を組み、待ち構えていた。
「あれが反乱軍の蒸気精霊騎か……いくぞ、私に続け!」
ザイトリッツを頂点とした三角の陣形を取り、プロイセナ傭兵団の蒸気精霊騎が突撃を開始した。戦闘出力に引き上げられた蒸気精霊機関が、凄まじい轟音と白い水蒸気を吹き上げる。それは蒸気精霊騎を、あたかも白いマントをたなびかせた中世の騎士のようにみせた。
「初めての蒸気精霊騎同士の戦い……しょ、正直怖いですね」
「俺としてもアメリア独立政府軍の最高司令官と戦うのは緊張するぞ。おまえに怪我でもさせたら、大陸軍はおしまいだ。……他の奴らに操縦をまかせるわけにはいかなかったのか?」
「最高司令官だからこそ、最前線に立つ必要があるんですよ。それに、私は生身で戦場に立つよりはここの方が安心できますし」
「まぁ、いまさらだな。そろそろ連中は第一の罠のエリアだ」
正面の蒸気精霊スクリーンにプロイセナ傭兵達が映し出されていた。その先頭の蒸気精霊騎が、突然地面の中にめり込んだ。事前にパウル達が掘っておいた落とし穴だった。
「まず一機!」
アークエンジェルは蒸気精霊機関砲をセットし、斉射する。下半身を地面に埋めたプロイセナの蒸気精霊騎は回避することもできずに大破した。全身に空いた穴から、盛大な蒸気雲を吹き上げる。
その間に接近した二機の蒸気精霊騎はアークエンジェルを挟み撃ちにするように機動した。だが。
「いまだ、蒸気精霊ウィンチを巻き上げろ!」
塹壕に潜んでいた大陸軍兵士が、プロイセナ傭兵騎の足元に隠していたワイヤーを引き上げた。回避に失敗した精霊騎は、空中で一回転し地面に叩きつけられた。
そこをすかさずアークエンジェルが引き抜いた大剣を撃ちこんだ。蒸気精霊騎の急所である腰部の駆動系を破壊する。
最後に残った一機は、形勢不利を悟り撤退した。大陸軍が勝利の凱歌をあげ、アークエンジェルに向けて敬礼した。
「ふう……なんとか上手くいったな」
「ええ。これでボストンは陥落させられるでしょう」
狭い操縦席でパウルとマーサは頷きあった。だが、それはまだ独立に至る長い戦いの序章に過ぎなかった。
ボストンを陥落させたマーサ率いる大陸軍は、ニューヨークに布陣する。だが弾薬と兵員の不足により、次第にブリタニア帝国軍に追い詰められていく……。
次回。『ニューヨーク、陥落』。猛る蒸気が未来を拓く!
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