第5話 大陸鉄道、疾走

 「ボストン市民諸君! 諸君はこのまま黙ってブリタニア帝国の横暴を見ているつもりか? 彼らは我々の『自由』を叩き潰そうとしている! 自由とは何か? 働く自由、商売をする自由、納税する自由、法律を作る自由、代表者を選ぶ自由だ! ゆえに! 我らは今、『武器を取る自由』を行使する! 実力を持って、我らの自由を勝ち取るのだ! 大陸会議は勇猛果敢な諸君の参戦を待望している!」


 戒厳令下のボストン市街のあらゆる路地で、マーサ・ワシントンは炎のような弁舌を振るっていた。次第に聴衆は熱狂し、剣や銃を持ち出し、それらを天に突き上げて賛同した。もちろん巡回するブリタニア兵は黙って見過ごすはずもない。だが興奮した群衆はマーサと彼らの間に立ちはだかり、逮捕を妨害した。


 さらにボストン郊外に散らばる村落にもマーサの仲間……アメリア解放戦線のメンバーが派遣されていた。それらの村落からも、数名から十数名という単位で義勇兵が集まっていく。その数、およそ二百名。彼らはボストン市街の郊外に集められた。ここに、最古のアメリア兵が誕生したのである。


               ***


 一方、パウルとベンジャミンも深夜のボストン港に潜入していた。アメリア商人のボイコットにより、ボストン港は静まりかえっていた。アメリア解放戦線に賛同する港湾作業員により蒸気精霊騎はクレーンで吊り下げられ、輸送船から桟橋へと移される。さらにそこからは大陸鉄道職員の誘導により、パウルは貨車へとアークエンジェルを歩ませた。闇夜を振るわせ、鋼鉄の巨人は鉄道へと近づく。首尾よく貨車の中に蒸気精霊騎を格納したパウルはコクピットから降り、誘導してくれた鉄道職員と握手した。


「それにしても……よくもブリタニアの連中が気付かないものだな」

「はは、これが植民地支配の難しさですよ。いかに連中が威張り散らそうと、実務は我々がいなければ回らない。うるさい上長の弱みを握って黙らせれば、我々のやりたい放題です。ちなみにブリタニア軍のコンコード派遣部隊を載せた列車は約8時間先行していますが、途中でを起こして大幅に遅延……せいぜい2時間程度の先行になっているはずです」

「なるほど……現地の人間は敵に回したくないものだな。」


 振り返ると、ベンジャミンが工房貨車と材料貨車を鉄道に連結させていた。


「お待たせ。出発しよう!」

「ご武運をお祈りします」


 律儀に敬礼する鉄道職員にパウルも答礼し、ベンジャミンは片手を上げる。闇夜を貫く巨大な汽笛が吹き鳴らされると同時に、蒸気精霊の白い煙に包まれた大陸鉄道は重々しい響きを立てて動き始めた。


          ***


「いや〜、なかなか来ないから心配しましたよ!」

「結構な人数が集まったみたいだな」


 大陸鉄道はボストン郊外の平原で速度を落とし、待機していたマーサ一行と二百名のアメリア兵を乗せた。アメリア独立戦線がチャーターした大陸鉄道には、ベンジャミンが運び込んだ大量の武器弾薬が搭載されていた。義勇兵が持参した武器はほとんどが旧式の滑腔銃のため、マーサは全員にライフリングを施した狙撃銃に取り返させ、ベンジャミンが現地到着までの間にその操作をレクチャーすることとなった。


「それで……連中に追いつく方法は?」


 パウルはマーサが広げた地図を眺めた。


「コンコード駅から、レキシントンのメリマク峡谷にある武器集積庫までは徒歩で約4時間。連中は正規の街道を取るはずですが、我々はアークエンジェルのハンドアンカーを使い、断崖をよじ登ります。先回りしたところで連中を待ち伏せるって寸法ですよ」

「しかし連中は、戦車もない戦列歩兵だろう? 勝負にならないと思うが」

「そりゃそうです。でも今回のアークエンジェルは兵員を運ぶだけ。ブリタニア兵を倒すのは義勇兵の仕事ですよ。彼らに自信をつけさせ、さらに街に帰ったらさらに大勢の義勇兵を募る宣伝役を果たしてもらわなくては」

「了解。では、現地につくまで一眠りさせてもらおう。君もすこしは休んだほうがいいぞ?」

「ありがとうございます。でも、いよいよ独立戦争の引き金を引くわけですからね……興奮して眠れそうにありませんよ」

「肝心なときに寝不足で倒れないでよ? 睡眠薬でも処方しようか」


 二人が打合せをしていた客車の入口に立っていたのは、貨物車両で義勇兵に銃のレクチャーをしているはずのベンジャミンだった。


「あれ、もう終わったんですか?」

「うん。あとは実戦で学んでもらうしかないね」

「アークエンジェルで兵員を運ぶと聞いたが、方法は?」

「兵員輸送用の箱を用意するよ。崖の上からハンドアンカーを使って巻き上げるんだ。乗り心地は最悪だと思うけど、そこは我慢してもらうってことで」

「なるほど……では、またあとで」


 パウルは鋼鉄の巨人を見上げ、二人に軽く手を振って客車へと移動した。そんな彼を見送ったマーサとベンジャミンの視線が交差する。


「パウルさんて……謎だよね。元戦車兵って言ってたけど。名前からするとプロイセナ王国出身かな?」

「そうだね。ウィルヘルム二世が率いるあの軍事大国……蒸気戦車スチーム・タンクを大量に配備して、ヨーロッパ大陸を席巻してるっていう噂だし。それにしても、いきなりこんな二足歩行戦車……蒸気精霊騎スチーム・パンツァーみたいな実験機を使いこなすなんて僕も信じられない」

「ブリタニアのスパイって可能性は?」

「……それはないんじゃないかな。パウルがスパイだとしたらムチャクチャだよ。今日までにどれだけブリタニアに損害を与えたと思う? 戦艦を三隻も沈めてるんだもの……天文学的な金額だよね」

「そっかー。なら、その可能性はおいておこう」


 マーサは眼鏡を取ってレンズを拭き、椅子に座り直した。


「ぜんぜん話は変わるんだけど。今回の独立戦争に勝つためにはフランシュ王国の参戦が不可欠なんだよね。だからベンジー、開戦したら大陸政府の外交官として行ってきてくれる?」

「あー、いいよ。大陸政府でヨーロッパ社交界に顔が利くのって、僕か君くらいしかいないもんね。じゃ、それまでにパウルに工房の使い方とか教えなきゃな」

「ん、ありがと。それじゃ、私も寝なきゃ……ベンジーは?」

「僕はこれから兵員輸送用の箱づくりだよ。おやすみ」


 ***


 ブリタニア帝国軍を追跡するアメリア義勇兵達。彼らは大陸会議が集積した武器集積庫を守りきれるのか。レキシントンのメリマク峡谷に独立戦争の開始を告げる銃声が鳴り響き、撃ち抜かれた犠牲者の叫びがこだまする。


<次回、「独立戦争、開幕」。猛る蒸気が未来を拓く!>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る