第4話 帝国軍、出撃

 マサチューセッツ州ボストンから東へ300キロ。ペンシルバニア州フィラデルフィアのさる邸宅で、円卓を囲む12名の男女が激論を交わしていた。これこそ、マーサの呼びかけでアメリア植民地13州のうち12州の代表が集まった第一回大陸会議である。


「ブリタニア帝国に逆らうなど狂気の沙汰だ! マーサ・ワシントン殿はなにを考えておられる!?」

「まぁ、待ってください。皆さんは本当にこのままでいいとお思いですか? ブリタニア帝国議会に私たちの声を届ける代表すら送ることもできず、すべては植民地総統の命ずるがまま。重税を搾り取られ、まともな食事を子供達に与えられない親があふれる我らがアメリアを」

「そ、それは……」


 マーサは丸眼鏡をクイっと引き上げ、言い放った。


「いいですか? 私たちはブリタニアの連中に、言うべきなのです。『代表なくして課税なし』とね」

「代表なくして……!?」

「課税なし……!?」


 ハリのあるマーサの声が部屋に響き渡ったとき、集まった各州の代表達はその言葉を口の中で繰り返した。この時代、各州の代表達は基本的には職業的政治家である前に商人であり、資産家であった。その彼らにとって最も苦々しいものこそ、彼らの富を奪うブリタニア帝国の税法だった。


「そうだ! これ以上、連中の勝手にはさせられん!」

「今こそ、我々アメリア人の意思を示そうではないか!」


 がぜん勢いづいたのは、大陸会議の三分の一をしめる愛国派であった。彼らはマーサを筆頭としたアメリア独立支持派である。だが残り三分の一をしめる帝国派、様子見の中間派は彼らのような性急な独立運動を疑問視していた。


「しかし……我々には軍隊も何も無い。いったい、どうする?」


 マーサは微笑みを浮かべた。


「おっしゃる通り、まだ戦うべきときではありません。ですから、まずは連中の立法権を拒否します。もう私たちは連中の税法には従わない。私たちは私たちの定めた法にのみ従い、に税を納めようではありませんか。それから当面の間、ブリタニア帝国との貿易をボイコットします。連中には砂糖も茶も衣料も何もかも売ってやりませんし、買ってもやりません。。我々はアメリア内で自給自足するのです。私は大陸会議に植民地諸州による『大陸通商断絶同盟』の結成を提案します!」


           ***


 僅差で成立した「大陸通商断絶同盟」は、ブリタニア帝国植民地総統府に激震をもたらした。片眼鏡を震わせ、サー・フレデリック・アーガイルは凶報をもたらした書記官を睨みつけた。


「愚かなアメリア人どもめ……皇帝陛下に逆らうものがどのような目に遭うか、思い知らせてやる。帝国陸軍に命令せよ。連中の武器庫があるというコンコードを焼き払え!」

「はっ!」


 きびすを返す書記官を見送り、アーガイル総統はボストン港を見下ろした。明らかに出入りする船が減っている。忌々しいアメリア独立派に従う商人が大多数であることの証明であった。


           ***


 ブリタニア帝国陸軍ボストン駐留部隊を率いるサー・トーマス・ゲイジ将軍は、美しい女の胸元にもたれかかりながら、自らの爪をやすりで磨いていた。磨き終えたその美しい楕円をうっとりと見つめ、ため息をつく。


「それで? コンコードへ出陣せよと?」

「はっ」


 答礼する副官を見向きもせず、ゲイジ将軍は女の顎をくすぐった。


「やれやれ……これだから植民地暮らしは嫌になる。早くロンドンに戻りたいよ」

「うふふ……トマス様ったら。そのときは私も連れていってくださるわね?」

「もちろん」

「でも、まずは今回の戦いですわ。お気をつけていってらっしゃいませ」

「私が鍛えた戦列歩兵は無敵だよ。アメリアの田舎者どもなど……ああ、君は別だよ……相手にもならないさ」


 体重を感じさせない動きでサー・トーマス・ゲイジは立ち上がった。女は甲斐甲斐しく彼に軍服を着せかける。その真紅の布地こそ、ブリタニア帝国の象徴であった。彼は三角帽をかぶり、自らの姿を鏡で確認する。


「準備はできているな?」

「はっ。戦列歩兵200、騎兵30。駐屯地中庭にて待機しております」

「よろしい」


 彼は副官の開けた扉をゆうゆうとくぐり抜け、中庭に整列した兵士達を見渡した。副官が続き、扉を閉める。……それを確かめた瞬間、部屋に残された女は先ほどまでのとろけるような媚態を消し去り、手紙を書き始めた。


           ***


 ここはアメリア独立戦線のアジト、ケープコッド。巨大な洞窟の中央に横たわる鋼鉄の巨人を見上げつつ、10代後半の少女と20代前半と思われる青年が入ってきた。


「しかし、『立法権の拒絶』に『大陸通商断絶同盟』とはな。ブリタニア帝国は黙ってないだろう」

「ふふふ。それが狙い目ですよ。今の大陸会議や市民に「皇帝派」はさすがに少なくなりましたが、事なかれ主義の「中間派」を動かすにはブリタニアに動いてもらわないとね。ベンジー、留守番ご苦労様。なにか動きはあった?」


 鋼鉄の巨人の右上腕部の整備をしていた少年が、手に付いた油を拭きながら近づいてきた。


「おかえり、マーサにパウル。ついさっきだけど、君に宛てた連絡が来ていたよ。ゲイジ将軍のところに潜入してるメアリー・スーからだね」

「どれどれ……おっ、さっそくブリタニアが動きましたね。大陸会議が武器を保管しているコンコードを襲うみたいです。ベンジー、アークエンジェルは持っていけます?」

「コンコードなら大陸鉄道がつながってるからね。今夜にでもボストン港からコンテナに積み込んでしまおう。君たちがブリタニアの駐留海軍を壊滅させてくれたから、おそらくノーチェックのはずだ」

「じゃ、パウルさんはアークエンジェルについててください。私は一足先にボストンにいって、民兵を募ってきますよ」


 手を振って出ていったマーサを見送り、ベンジャミンはパウルを見上げた。まだ成長期のベンジャミンに比べ、パウルは頭一つ分は大きい。


「さぁ、アークエンジェルに蒸気精霊を供給するよ。パウル、手伝って」

「わかった」


 保護眼鏡と耐熱手袋、耐熱エプロンをベンジャミンがパウルに放る。受け止めた青年は着慣れた服を身につけるように、それらを装着した。


「へぇ、さまになってるね」

「戦車兵ってのは半分、整備兵みたいなものだからな。供給弁、開けるぞ」


 パウルが鋼鉄の巨人の横腹についた両手持ちの円形ハンドルを握り、力を込めて回す。重々しい音を響かせて開いた供給口に、ベンジャミンが蒸気精霊の圧縮ポンプのホースを繋ぐ。前後に揺さぶって留め具が確実にロックされたのを確認したパウルが親指を立てると、ベンジャミンが装置を稼働させ始めた。律動的な駆動音とともに、蒸気精霊が鋼鉄の巨人の胎内へと送り込まれていく。


「さて、あとは整備機材を準備しなくちゃね」

「こんな大物を整備する機材を用意してあるのか?」

「ふふ、もちろん!」


 そう言うと、彼は洞窟の奥へパウルを引っ張っていった。その先にあったのは、鋼鉄製の貨車だった。扉を開けると、旋盤を始めとした加工機械がぎっしりと詰め込まれていた。


「こいつが僕の作った『工房貨車』! あらゆる加工機器をそろえてあるから、材料さえあれば何でも作れる。蒸気精霊騎の補修部品だってね。車輪とコネクタを取り替えれば馬車で引っ張ることも鉄道に連結することもできるよ。あとこっちは『材料貨車』。鉄から木材、貴金属までたっぷり備蓄してあるんだ」

「すごいな……資金はどこから?」

「マーサの資産とか僕自身の特許収入とかね。さあ、出発の準備を始めよう!」


            ***


 密かに武器弾薬が備蓄されていた大陸政府の武器庫、コンコード。独立の意思を示す大陸政府に対し、ブリタニア帝国総統府はコンコードを破壊するための軍を派遣した。その情報をつかんだマーサ率いるアメリア独立戦線は、ブリタニア軍を迎え撃つべく急行する。


<次回、「大陸鉄道、疾走」。猛る蒸気が未来を拓く!>


 

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