第3話 ボストン港、炎上
「なんたることかぁあああ!? こっ、このような大ブリタニア帝国を虚仮にした新聞が野放しとは許しがたぁああい!! そうではないかね、ボースン君!!」
「はっ、その通りであると愚考致します」
ここはブリタニア帝国植民地総統府。巨大なマホガニーのテーブルの前に、禿頭の巨漢と半白の髪に生真面目な表情を浮かべた長身の男が立っていた。そしてそんな二人に冷酷な眼差しを投げつける片眼鏡の男。彼こそはブリタニア帝国の植民地たるアメリア最大の権力者、植民地総統サー・フレデリック・アーガイルであった。
「元はと言えば、卿の不手際だろう。無様な……私ならばとうの昔に拳銃で頭を撃ち抜いている」
「フ、フレデリック総統! わ、我輩はその耐え難き屈辱を耐え、彼奴らに鉄槌を下さんと……」
「結構。ジェームス大佐、貴殿にはまだブリタニア帝国ボストン駐留艦隊を率いる義務がある。だが、次はないと心得られよ」
「い、言われるまでもない!」
足音高く部屋を出て行った二人を見送った片眼鏡の男は、執務卓の上に広げられた新聞にもう一度目をやった。そこには「鋼鉄の巨人、ブリタニア商船を襲撃!! 不公平な紅茶税制に一石を投じる目的か!?」という大見出しが踊っている。ご丁寧なことに、不鮮明ながら写真までが掲載されていた。
「
窓辺から見える眼下のボストン港には、無数の蒸気精霊船が出入りしている。それこそがブリタニア帝国の繁栄を支えているのだと彼は確信していた。そしてそれを守るためならば、どんな冷酷な手段でも取るつもりだった。フレデリックは書記官を呼び出し、密かに命令を下した。
***
「これはブリタニア帝国のおそらく最新機動兵器だよ……よく手に入れたね」
「ふふ……パウルさんが凄腕の戦車兵だったからね! 魚とポテトのフライとラム酒だけで、いい買い物ができましたよ!」
「君に買われたわけではないぞ? 俺もアメリア独立という夢に賛同して……」
「はいはい、わかってますって。それより今朝の新聞、見てくれました? こいつで一面をバーンと飾ってやりましたからね! ブリタニアの連中、今頃キリキリ歯を食いしばって悔しがってますよ」
ここはアメリア独立戦線の隠れ家の一つ、ケープコッド。複雑に入り組んだ岬の奥深くに設けられた秘密のアジトである。そして蒸気精霊にならぶ次世代エネルギー源として注目される「
ベンジャミン・フランクリンは幼なじみであるマーサになかば強引に独立運動に巻き込まれ、現在はアメリア独立戦線の技術部門をただ一人で支えていると言っていい。その彼は聡明そうな青い瞳を輝かせ、鋼鉄の巨人のコクピットに顔を突っ込んでいた。
「蒸気精霊励起スクリーン、蒸気精霊式オートジャイロ装置、蒸気精霊を筋繊維に見立てたマニピュレーターシステム……まったく、とんでもないオーバーテクノロジーだよ。いったいどんな天才が……あぁ、開発者はジェームス・ワット博士か! ブリタニアに留学したときにお世話になったんだよね……そうか、例の理論がついに完成したんだ……」
コクピット内に押し込まれていたマニュアルをめくりながら呟く彼に、マーサはじれたように叫んだ。
「ベンジー! いつになったらこの子は動けるようになるんですかー?」
「蒸気精霊圧縮機をフル稼働させてるけど……あと8時間ほどかな」
彼は工房の隅に置かれた計器にチラリと目を走らせ、マニュアルを読み続けた。
「それじゃ、次の戦闘に備えて腹ごしらえをして一眠りしましょう! 徹夜で暴れて朝から記事の入稿までしましたからね。さすがの私も眠くてお腹もペコペコです」
「おいおい、また戦闘か?」
「ええ。メンバーからの連絡によれば、例の茶会事件からボストン港でアメリア船籍の船の出入りが制限されているそうです。このままじゃアメリアの貿易商達は大損害ですよ。と言うわけで、ボストン港を封鎖しているブリタニア帝国海軍をやっつけます!」
***
それから8時間後。ケープコッドを出発したアメリア独立戦線が保有するただ一つの輸送船スターズ・アンド・ストライプスには、20名ものメンバーが乗船していた。先の紅茶船(?)襲撃の評判は戦線の人気を一気に高め、志願者が殺到したのである。全員が手に手に拳銃や爆薬などを持っていた。やがてボストン港の明かりが見えてくると、マーサが演説を始めた。
「諸君! ボストン港を閉鎖しているブリタニア帝国の横暴は聞いていると思う! 連中はボストン市街に住む我々アメリア人の自由を奪い、一方的に苦しめている。今こそ、その暴虐に立ち向かおう! 出発だ!」
マーサは親指を立て、パウルが先に起動させていた蒸気精霊騎のコクピットに滑り込む。メンバーも親指を立てて、いっせいに小型ボートに乗り込んだ。
「パウルさん、オッケーですよ。ハッチを閉めてください」
「了解」
ゴゥンと重々しい音とともに、分厚い鋼鉄の蓋が閉じられる。
「マーサ、あと2分でボストン港のブリタニア帝国海軍に接敵するよ。戦闘中は退避してるから、片づいたら連絡くれる?」
「はいはーい、いつも通りね。よろしくー」
彼らの両耳には、ベンジャミンが開発した雷霆精霊を使用した通信装置がつけられていた。
「感度良好。これでもうコクピット内でも怒鳴り合わなくてすむわけだ」
「そうですねー。小粋なアメリアンジョークでも披露しましょうか?」
「……それはまた今度だな。敵船までの距離20メートルに接近。アークエンジェル、発進する!」
パウルはペダルと操縦レバーを操作して蒸気精霊騎をしゃがませ、一気に跳躍させた。
***
「まず一隻目!」
マーサはブリタニア帝国の戦艦にアークエンジェルが着地すると同時に、赤いコンソールを引っ張り出した。自動的に右手にセットされた蒸気精霊機関砲を艦橋に向け、発射ボタンを押す。腹に響く重低音とともに、戦艦の艦橋が粉みじんになった。
同時に周辺のブリタニア帝国の軍船からサーチライトが照射され、パウル達を照らし出す。そして躊躇なく集中砲撃が始まった。たちまち彼らが乗っていた戦艦に大穴が空き、蒸気精霊騎にも何発か着弾する。乗り組んでいる二人はその衝撃に振り回された。
「もっ、もげはっ! おっと……眼鏡美少女レジスタンスリーダーとして有り得ない声を出してしまいました。今のはリテイクで!」
「……この船はもう駄目だ。飛ぶぞ!」
戦艦の主砲が直撃したにも関わらず、蒸気精霊騎は無傷だった。
"昔乗っていた戦車ならあっという間に鉄屑になってたな……"
闇を引き裂く戦艦の主砲の火線を引き連れて飛び上がったアークエンジェルは、首尾よく二隻目の戦艦に着地。同時にマーサが蒸気精霊機関砲弾を艦橋に叩き込み、二隻目の戦艦も沈黙する。だがその瞬間、凄まじい衝撃とともに甲板が揺れた。宙に浮いた蒸気精霊機の機体は体勢を崩し、海の上に放り出される。
「わー! この人形って泳げませんよねー!」
「味方の船に突っ込んできた! くそっ、正気か!?」
パウルは反射的に蒸気精霊騎の右手にセットされた蒸気機関砲を緊急パージ。マニピュレータを必死で伸ばす。だが突っ込んできた軍艦の甲板のヘリまでには、数メートルの距離があった。
「ハンドアンカー!」
レバー横のボタンを押した瞬間、アークエンジェルの右手が内蔵された鋼線を引き出しながら射出。轟音とともに、戦艦の側面装甲に突き刺さった。
「ヒュー! パウルさん、かっこいい!」
「ベンジャミンに聞いておいて助かった! ワイヤー巻き上げ!」
甲板と海の間で宙づりになった鋼鉄の巨人は一気に甲板近くまで引き上げられる。メリメリといやな音がして甲板が剥がれ落ちそうになる中、パウルは必死で左手を操作し、なんとか甲板上に機体を持ち上げた。
「貴っ様らああああ! ここで会ったが百年目ぇえええ! 覚悟せよぉおおおお!」
「うわ、聞き覚えのある声。生きてたんですね」
「ああいうお偉いさんは生き残る。……死ぬのは最前線の戦車兵ばかりだ」
いっせいに戦艦上の主砲群がぐるりと回頭し、パウル達に照準を合わせようとする。さすがに零距離射撃の直撃を受ければ、蒸気精霊騎もタダでは済まないと思われた瞬間。
アークエンジェルは大剣を抜剣し、甲板上を薙ぎ払った。同時に砲塔が誘爆する。
「ふふふ……カ・イ・カ・ン! ざまーみやがれですよ、ブリタニア!」
「ベンジャミン! 潮時だ!」
「はーい、もう近くまで来てます! 右舷後方!」
燃え盛る甲板上に立ち、白い蒸気を吹き上げる蒸気精霊騎は炎の魔神が顕現したかのようであった。固唾を飲んで旗艦の戦いを見守っていた残り二隻のブリタニア帝国戦艦も、圧倒的な戦力差に撤退を開始する。だが港に入りこむ前に巨大な火柱が上がり二隻ともゆっくりと沈み始める。ボートで忍び寄ったアメリア独立戦線のメンバーによる爆破工作であった。燃え盛る炎はボストン港を真昼のように照らし出していた……。
***
「ボストン港を封鎖していたブリタニア帝国海軍、壊滅!!」
その凶報に対するブリタニア帝国植民地総統府の対応は、まるで予定されていたかのような「無期限の戒厳令発令」であった。それに対し、マーサは第一回「アメリア大陸会議」招集を決意する。
<次回、「帝国軍、出撃」。猛る蒸気が未来を拓く!>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます