第2話 アークエンジェル、起動

 無数のサーチライトが甲板を照らし出すと同時に、夜を震わす哄笑が響き渡る。甲板を見下ろす艦橋上に並んだ銃を構える兵士達の一段上に、ひときわ目立つブリタニア海軍の深紅の制服に黄金の懸章をつけた禿頭の巨漢が仁王立ちしていた。


「ぶわ〜っはっはっはぁ! 愚かなアメリア人風情がよくぞ我が艦の偽装を見破ったぬぁあ! いかにも本艦は紅茶を運ぶ輸送船などではぬぁい! 偉大にしてグレェエエトな大ブリタニア帝国の最新鋭戦艦『オリュンポス』であぁる! そして貴様らは我が軍の最高機密、蒸気精霊騎スチーム・パンツァーを見てしまったのだぁあからして、一人も生かしては返すわぁん!! 貴様らを断罪する我が輩は大ブリタニア帝国海軍所属オリュンポス艦長、サー・ジェームズ・バルバロッサ大佐であぁる! さぁ、観念するがよいわぁああああ…………ぬぬ?」


 虚空を見上げ、自らの感動的な演説に酔いしれていたサー・ジェームズ・バルバロッサ大佐が甲板を見下ろしたとき、人影はすでにひとつ残らず消えていた。


「ぬぉぉぉお! 人の話を最後まで聞かぬとは、なんと無礼千万な奴ら! これだからアメリア人どもは度し難いぃい! 我が忠実なる副官、ボースン君! 連中はどこへ消えたのかねぇぇえ!? 」

「はっ、閣下に申し上げます。連中は甲板から海に飛び込みました。ご覧ください。そのうち数名はすでに港の岸壁に泳ぎ着いております」

「ぬぁんたることぉ! なぜ連中が動いたときに発砲せんのかね、君たちはぁあああ!? 」

「はっ、閣下に申し上げます。『我が輩が命令するまで何人たりとも発砲してはならぬぅうう!』というご命令でしたので、発砲を控えさせていただきました」

「むぅぅう、我が輩の命令では仕方がぬぁああい! とにかく我が艦の秘密を見られたからには遙か地の果て、海の底までも追いかけるのだぁあ! 今すぐ水兵を派遣し、連中を捕えたまぇえええ!」

「承知致しました!」


 副官ボースンの命令により戦艦オリュンポスの船内から湧き出るようにあらわれた水兵達は二手に分かれて捜索を開始した。一方は2つのボートに分乗して海面を捜索し、もう一方は簡易桟橋からボストン市街へと突入していった。


            ***


「……『偉大にしてグレート』って、もろかぶりじゃないですか。新聞記者として到底許しがたい表現ですね」

「そんなことより、甲板が静かになったぞ」


 マーサとパウルの二人だけは海に飛び込んだ後、戦艦を停泊させる錨をよじのぼって再び船内に侵入していた。アメリア独立戦線のメンバーには、せいぜい派手に逃げ回るよう言い含めてある。地の利があるボストン市街で彼らが捕まる心配はほとんど無い。甲板上に目から上だけを出して人の気配が無いのを確認し、二人は足音を忍ばせて先ほどの鋼鉄の人形に近寄った。


「さて、どうする?」

「せっかくだから、これ、いただいちゃおうかなーって。なんかすごい兵器みたいじゃないですか」


 マーサがあちこち触るのを見ていたパウルは、ため息をひとつつくと人形の胸部にあるハンドルをひねった。圧縮された蒸気が小さく噴き出す音がして、扉が開く。あらわれた内部の空間は無数のハンドルやレバー、メーター類でぎっしりと埋め尽くされていた。そして中央部には高さを変えて縦に並べられた二つの座席。


「パウルさん、これ……知ってるんですか?」

「まぁ、昔いろいろあってな。こういう蒸気精霊スチーム・エーテルを使った戦車には慣れている。これほど大型の二足歩行タイプは初めて見るが……。下の操縦席に俺が乗る。マーサは上で索敵・武器管制をやってくれ」

「……ちょうど私の太ももの間にパウルさんの頭が入るんですが。流れるようなセクハラですね」

「それなら、君が操縦するか?」

「冗談ですよ。そろそろお迎えが来る頃ですし、出発しましょう」


 パウルがハッチを閉めると同時に、オレンジ色の内部照明が狭いコクピットを照らし出した。マーサは周囲を取り巻く無数の計器類に目をしばたたかせる。


「私はなにをすれば?」

「舌を咬まないように気をつけていてくれ。……蒸気精霊スチーム・エーテル供給管、接続解除」


 パウルはT字型のレバーを押し込み、慣れた手つきで次々とスイッチやボタン類をオンにしていく。コクピットの外でくぐもった音とともに蒸気精霊を供給していた配管が外れ、そのまま甲板に落ちる重々しい音がした。ひしめくメーターやランプが一気に点灯し、コクピット内を緑色に照らし出す。


「蒸気精霊エンジン回転開始……内部圧力上昇中………起動圧力に到達。起動コンタクト


 鋼鉄の巨人が目覚めるかの様に身震いした。全身の稼働部に蒸気精霊が循環し、余剰分を各関節部の排気口から噴き出す。夜気の中に猛然と吐き出された白煙に包まれる巨人は、さながら活火山の火口に横たわる炎の神のように見える。


 律動的な蒸気精霊エンジン特有の振動が操縦席に伝わると同時に、正面と左右の蒸気精霊スクリーンに外部の映像が映し出された。艦橋上に顔を真っ赤にしている先ほどの禿頭の男がいる。パウルが緑色のダイヤルをひねると同時に、コクピット内に聞き慣れた先ほどの大声が響き渡った。


「だっ、誰だぁあああ! 我がブリタニア帝国が誇る最新鋭兵器を勝手に起動させたのはぁぁあああ! 許さぁああん! 許さぁあ」


 再びダイヤルをひねると、音声は聞こえなくなる。顔を真っ赤にして口を開閉させる男の姿は、無声映画のコメディ俳優のように滑稽だった。


「では、いくぞ? 蒸気精霊騎スチーム・パンツァーアークエンジェル、発進する!」


 押し込んだハンドルとフットペダルに反応した鋼鉄の巨人は、甲板固定用の鎖を無造作に引きちぎり立ち上がった。重心が一気に上がった船は大きく揺らぐ。パウルは器用にハンドルとペダルを調整し、姿勢を保った。


 禿頭の巨漢が拳銃を乱射し、甲高い音が鳴り響く。だが鋼鉄の巨人の装甲に傷ひとつつくことは無かった。


「パウルさん、さっきの『……発進する!』って言わなきゃダメなんですか?」

「戦車兵時代の習慣だ。それで、お迎えとは?」

「来ましたよ。あそこです!」


 マーサが指さす右舷後方に中型の貨物船が見えた。甲板部分は広く、鋼鉄の巨人を載せることも可能なようだった。


「では、行きがけの駄賃にこの船を沈めていこう。マーサ、右上の赤いコンソールを前に持ってきてくれ」

「こうですか?」


 マーサの操作に連動して、蒸気精霊騎の右肩に格納されていた蒸気精霊式機銃が巨人の右腕にセットされる。同時に操縦席正面の蒸気精霊スクリーンに円形の照準器が表示された。


「コンソール上の赤いボタンを押せば弾が出るはずだ。艦橋当たりを狙ってみるといい」

「うへへ……ポチッとな」


 マーサが謎の台詞とともにボタンを押すと、凄まじい蒸気雲とともに20ミリ蒸気精霊機関砲弾が乱射された。一瞬で艦橋は原型をとどめないほどに破壊される。


「うふふ……イケナイ快感に目覚めてしまいそうですね。こっちの青いコンソールはなんだろ?」


 マーサが青いコンソールを引き出すと、自動的に機銃が格納され、左肩に格納されていた長さ5メートルほどの巨大な諸刃の大剣を巨人は引き出し、正面で構えた。


「よし、これでとどめを刺す。照準を甲板に合わせてくれ」

「はいはい。では……えい!」


 照準を甲板に合わせて青いボタンを押すと、巨人は持っていた大剣を甲板に突き立てた。パウルが機体出力をあげるのに合わせ、大剣は艦底までを貫き、船体そのものをまっ二つに分断した。


「離脱する!」


 巨人は甲板を蹴り、迎えにきていた貨物船に飛び移る。その背後では猛烈な蒸気を噴き上げながら、戦艦オリュンポスがゆっくりと沈んでいった。


          ***


 一方、戦艦オリュンポス沈没地点から若干離れた海上。


「ぬぅあああああぁ! 陛下からお預かりした我が輩の戦艦が! し、沈んでしまったではないくぁあああああ!! しかも、最高機密たる蒸気精霊騎スチーム・パンツァーまで奪われるとはぁあああ! くぉの失態、死んでも詫びきれぬぅうううう! 忠実なる副官ボースン君! 私はどうするべきかねぇぇえ!?」

「はっ、ここは捲土重来を期すべきと考えます! まずは新大陸総督府へ向かうべきかと」

「よかろうぅぅぅうう! 覚えておれ、アメリアの逆賊どもめぇぇえええ! この屈辱、サー・ジェームズ・バルバロッサは決してわすれぬぞぉおおおお!!」


 かくしてマーサ・ワシントン率いるアメリア独立戦線は謎の新兵器、蒸気精霊騎スチーム・パンツァーアークエンジェルを手に入れた。果たして、彼らの未来に待ち受けるものとは……? 


<次回、『ボストン港、炎上』。猛る蒸気が未来を開く!>

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