第6話

陽光が照りつける青空の下、枯れ果てた大地を走る艦影がある。遊撃艦オリエント、艦首にそう記された全長約5キロ程の艦影は各所に焦げ跡や銃痕を残しながらも走行していた。オリエント東部居住区の上空を、艦の進む速度に合わせ飛行する影が2つ存在した。1つは青と白に塗装された機神アスタロト、残りの1つは飛空艇で、側面のハッチが開かれている中には武装した姿のユカリ、ラグナ、ライカの3人が搭乗して外の様子を眺めている。飛翔器が奏でる澄みやかな音と風を切る音とは別の音が4人の目の前に表示された仮想枠から響いた。

『オペレーターから第29遊撃隊へ、長時間の哨戒任務お疲れ様です。あと1時間程で第30遊撃隊と交代の予定となっています』

仮想枠には第29遊撃隊のオペレーターを務めるフィオナの顔が映っていて目の下にはクマがあり疲れが見て取れた。ユイは視界の端に映る計器類を処理しながら答える。

「こちらV01了解」

通信を返し仮想枠を閉じると機体の高度が下がりつつある事を機体が知らせた。急ぎ背部飛器の出力を上げ高度を上げる。

「飛翔器の損傷、浮遊島に着いたら直してもらえるかね・・・・」

飛翔器の片翼が黄色に染まった機体ステータスを見てため息を吐く。すると視界の端に新たな仮想枠が表示された。それは音声のみを再生するためのもので、おそらく部隊員の会話でも捉えた物だろうと思い、耳を傾ける。聞こえてきた音声はライカの物だった。

「出発して1週間、こうも何も無いと本当に戦争中なのか疑わしくなってくるな・・・・」

ライカが凝った身体を伸ばしながら誰かに宛てた訳でもなく呟く。その呑気とも言える言葉に苦笑しながらライカへの通信回線を開く。

「人類の2大拠点が落とされてるのに随分と余裕だな。じゃあこれからはお前1人で頑張れよ」

と笑いながら冗談めかして言うとライカは、はっとした後ばつの悪そうな表情を浮かべる。

「冗談だよ冗談・・・・・まあそのなんだ、悪かったな」

突然謝罪を告げられたユイは目を点にし、は?と声に出した後ラグナへの通信窓を開く。

「なあラグナ・・・・俺あいつとフラグかなんかでも立っちゃってるの?ライカさんルート攻略始まっちゃった?」

「ふははは、まあ貴様らの仲は学園の漫研の一部の女生徒の間で話題になっていたらしいからな。話を聞くに数冊のドウジンシとやらがあるようだな。まあこんな時世だ好きにさせてやれ」

「やだ!そんな世界見たくない知りたくない!!」

「最低だなこの畜生共!!」

1つため息を吐くと、

「竜騎連合襲撃の時、お前の事置いて行って悪かったな」

申し訳なさそうな顔で言うライカにユイは笑みで応じる。

「ああそんな事か、別に謝ることでもないだろ」

「そんな事って、お前下手したら死んでたんだぞ?」

んー、と、何かを考え込む。

「別に今生きてんだから良いじゃねえか。それで気が済まないってんならそうだな・・・・戦争が終わって色々落ち着いたらジュースでも奢ってくんね?」

「はあ・・・・お前がそれでいいんならな」

ライカがため息と共に、しかし笑顔で答えた瞬間後方にあるカタパルトから第30遊撃隊が続々と射出され、こちらに向かってきていることが仮想枠で部隊全員に知らされた。それを見たライカは背伸びをしながら立ち上がる。

「やっと交代か。ラグナ、ユイ、飯でも食いに行くか?」

誘いに2人がどうしたものかと考えていると、表示された仮想枠を見つめていたユカリが言葉を発した。

「ねえ1部隊の規定人数って何人だっけ?」

ラグナが答える。

「確か機神が1~3機、騎士兵が15人、魔術師が5人だったと思うがそれがどうしたのだ?」

「うん・・・・第30遊撃隊の部隊人数がちょっとね」

ライカが会話に入る。

「部隊人数が足りてないのか?といっても俺らもこんな少人数だし、この前の襲撃でどこも人出が足りてないんだろ」

「ううん、違うの。少ないんじゃなくて多いんだよ。それに陣形も変でーーー」

言いつつ集まっていたラグナとライカの元へと歩み寄り仮装枠を見せると同時に、ユイの方にも映像を中継する仮装枠を転送する。表示された物は、1つの交点を守るかのように14の交点で円になる様に囲まれていた。やがて15の交点が部隊の横に並ぶように到達する。ユイがアスタロトの頭部ユニットを動かし、奇妙な陣形を取る第30部隊を見つめると、

「おいおい、あそこにいるのってもしかしてラグナスカか?」

円の中心に竜騎連合の次期盟主候補であるラグナスカが見えた。ユイの声に飛空艇の中に居た3人が側面ハッチに集まる。第29遊撃隊の左に位置する円の中心には、円を構成するオリエント所属の正規軍とは違う装備、王家竜騎種の近衛兵がラグナスカの四方を固めている状態で飛行していた。ユイは、視野を拡大させて遠くに見えるラグナスカを視界におさめる。騎士兵が装備する鎧を着け、背中の飛翔器で危なげなく飛行していた。

「なあラグナ、竜騎種ってお前みたいに全身が鱗で覆われてるんじゃないのか?」

人の身体に竜騎種の飛翔器を生やした姿のラグナスカを見ながら、飛空艇の中から外を見つめるラグナへ通信を飛ばす。

「なんだ知らんのか。竜騎連合の先代の盟主様が人間との間に儲けた子供がラグナスカ様nなのだ。普通はどちらかの親の性質のみを持って生まれてくる筈なのだが何故か半人半竜となって生まれたらしい」

「へえ・・・・」

ユイはラグナスカを見る。するとラグナスカもこちらを見つめていた。

「・・・・」

なにか小声で呟いたようだが風を切る音や飛翔器の音で聞き取ることは出来なかった。

「なんだったんだ?」

ラグナスカが自分に発したであろう内容を疑問に思いつつも視線を機体の正面に戻す。正面の進行方向、そこには浮遊する巨大な島が見えた。島を目で見つめると軽快な電子音と共に浮遊島の名称とそこまでの到達予測時間が表示された。オペレーターを務めるフィオナの声が響く。

「これより当艦は浮遊島ブリタニアへの入港手続きを開始します。第29遊撃隊は帰艦後、準稼働状態で待機してください」

聞こえた瞬間視界に格納庫への最適ルートが表示される。ユイは機体の方向を変え飛翔器の出力を下げる。

「よし、それじゃあ帰艦するか・・・・」

腕部マニュピレーターを動かし後方の飛空艇へと合図を送る。まず最初に飛空艇が格納庫へと向かいその後ろを周囲を警戒しながら飛行していく。見ればラグナスカが居る第30遊撃隊も同じ機動をとっていて、最後尾には無理を言ったのだろうか護衛の近衛兵を遠い所に置いたラグナスカがユイと同じように飛行していた。見れば先ほどと同じくラグナスカはこちらの機体を見つめていた。たまらなくなったユイがラグナスカへの秘話回線を開く。

「あ、あの~ラグナスカ様?」

突然秘話回線を掛けられたラグナスカは少し驚いた顔を浮かべた後、近衛兵に悟られ無い様に表情を作り直す。

「む?どうしたのだ、白の機神のパイロットよ」

笑顔を作り言うラグナスカにユイは頬を掻きながら返す。

「えっと、さっきから俺の方を見てた気がしたんですけど・・・・」

それを聞いたラグナスカは微笑を浮かべる。

「ああ、ばれていたか。いやなに、竜騎連合を救ってくれた機体だ。興味が湧くのは当然だろう?」

「いや、俺は別になにも・・・・あの戦闘の事はほとんど覚えていませんし、それにお父様も」

言い淀むユイを見てラグナスカはユイの言葉を遮る。

「敬語はいらぬ。普通に話せ」

「....え?」

「我が領地を救ってくれたのは事実であろう?確かにお父様は死んでしまったがいつかは我が治めねばならない国だ、それが早くなっただけよ。だから気にするな、それと敬語はいらぬ。えっと・・・・名は何と言うのだ?」

「ユイ、冷泉ユイです」

ユイが自らの本名を告げるとラグナスカが大きく頷き笑顔で言った。

「それではユイ、これからもよろしく頼むぞ?」

言いつつユイへと軽く手を振りながら速度を上げ格納庫へと向かうラグナスカ。先に待機していた近衛兵が意見するのを聞き逃しながら着陸姿勢に入るラグナスカを呆然と見つめていると、残っているのが自分だけだという事に気づくと急ぎ自らも速度を上げ着陸姿勢に入ろうとする。視線の先には空に広がる上層区画、その下に連なる中層区画、そしてその中層区画から地上に伸びる下層区画の3区画で構成された浮遊島ブリタニアがもう目前まで迫ってきていた。

「・・・・?」

見れば浮遊島の中層区画、平民や工業労働者が多く住む場所から此方を見下ろす金髪の少女がこちらを見下ろしていた。それだけでは何も気にする程ではないのだが、アスタロトの頭部ユニットが少女の背後に渦巻く濃密なエーテルの渦がユイの注意を引いたのである。しかしその疑問を脳裏に押し込めると、降下し迫る格納庫の壁で消えていく浮遊島の全容を見送りながらユイは脚部ユニットをカタパルトへと接続した。


浮遊島ブリタニアの上層区画、いわゆる上流階級と呼ばれる者が多く住まうエリアの中心部にある巨大な城の城内、普段は静寂に包まれているその城も今日ばかりは異様な騒がしさを見せていた。鎧を纏った騎士兵が城を慌ただしく行き交う中謁見や宴席に使われる様な大広間、そこにある王族が座るような豪華な椅子、今は空席だがその隣で眉をしかめながら苛立たしげに指を鳴らす壮年の男が居た。男の傍に鎧を纏った1人の騎士兵が走り跪く。

「上層区画の捜査、ただ今完了致しました!」

跪つきながら言う兵士を視線だけを動かし見るとため息と共に言った。

「ご苦労・・・・それで。姫様は見つかったか?」

兵士が顔を上げる。

「キャベンディッシュ様・・・・それが、姫様はおそらく中層区画に降りたものかと。現在中層区画から下層区画に通じる道に見張りの兵を置き調査中であります」

告げられた調査結果にキャベンディッシュと呼ばれた男が眉間の皺を指で解しながら答える。

「よろしい、調査を継続しオリエントの重役が到着するまでにはなんとか姫様を見つけ出せ。下がって良いぞ」

「は!!」

立ち上がり急ぎ調査に戻る為に騎士兵が退室するのを見送ると、キャベンディッシュが懐から傷だらけの懐中時計を取り出し時刻を確認した後呟く。

「オリエントの代表者到着まで後数時間程か。はあ、エリザベス様はどこへ行ったのやら・・・・」

隣に鎮座する年季の入った豪奢な長椅子を一瞥し室外へと歩き出した。


午後の爽やかな風が吹く空の下、ユイは軍事区画を離れ冷泉家の邸宅に居た。数日前オリエント司令部から、居住区の大部分を切り離し浮遊島下層区画に臨時に接続し戦闘用の船体を取り付けるという通達があったためこうして荷造りに駆り出されたのである。やがて自分が寝泊まりしていた離れから、箱積みした荷物を運びだし終わると汗を拭き庭に待機している小型の飛空艇を見つめる。曰く母の私物らしいがあんなものを買う財力がまだこの家に有ったのかと思う。

「ユイ、お疲れ様。お茶でもどうですか?」

声が聞こえた。振り向くと本宅の方から着物を着こなした母がお茶を乗せた盆を持ってこちらに微笑みかけていた。

「ああ、母さん。それじゃあ貰おうかな」

答えると母が離れの縁側に盆を置き座る。彼女は穏やかな目でユイを見ると、

「聞きましたよ、神聖都市の事も竜騎連合での貴方の事も。これからどうする予定なんですか?」


これからどうするのか。聞かれたユイはなぜ母が自分が詳細不明の機神に乗っていること、なぜいつ死ぬかもわからない最前線にいるということを聞かないのか、そう疑問に思い

「それより聞かなくていいのか?俺が乗ってる機神の事、よくわからないけどあれはどう見たって普通じゃない。それに俺が居る場所もいつ死ぬかもわからない最前線だぜ?」

と、尋ねた。聞いた母はため息を1つ吐いて、

「質問に質問で返すのは貴方の悪い癖ですよまったく。まあ答えますが、あの機神がなんであろうとどんな戦場に居ようと、それは貴方が望み選んだ事でしょうから私はどうも言いませんよ。それに貴方、なんだかんだで生き延びて笑顔で逝きますよ。目元とかお父さんそっくりですし」

父親の事が話に出ると息を飲み、身体に冷えた汗が出る。・・・・あれは確か、ユカリの魔眼が暴走したその日、魔眼を抉り取ろうとした時に躊躇してしまったのだ。その瞬間ユカリが動きだし魔眼の力を俺に発した瞬間父が身を挺して目の前で細切れになってしまったのを今でも覚えている。父は確か政治家で次期オリエント代表官となるだろうと有力視されるほどの人物だったらしい。そんな父がろくに家督を継ぐこともできない自分を庇って死んで幸せだったのだろうかと。その様な事を思い暗い表情になっていたのだろう。母が咳払いを1つ入れる。するとユイの視線が母に向けられる。母は先ほどの穏やかな表情のままに、

「まさかユイ、あの人は自分を守ったせいで死んでしまって不幸だったのではないか。なんて思っていませんよね?」

思っていたことをそのまま口に出され目を見開くと母が大きいため息を吐く。

「はあ・・・・まったくもう、子を守って不幸だと思う親子がいますか。確かにあの人は政治家で常にオリエント市民を守るために自分を捧げるんだー。って言ってましたがそれは政治家としてのあの人の願いですよ。あの人の本当の願いは父親として貴方を守ることだったんですよ?」

「なんだよそれ、政治家としてどうよその矛盾した願いは」

今まで思い悩んでいた父の自分に対する感情を聞き安心したのだろうか、頬が少し歪むのを感じるが押しとどめる。

「良いんですよそれで。人なんて矛盾の塊なのですから・・・・」

そう言いつつ邸宅を懐かしげに見つめる母の横顔は、少し悲しく見えた。しかしすぐに表情を整え先ほど感じた悲しげな顔はどこへやら先ほどの穏やかな表情に戻る。

「それで、話は戻しますが貴方はこれからどうするんですか?」

そう言われ頭を掻き上げ空を一瞥する。

「んー・・・・今はなにになりたいとかなんのために生きるだのそういうのはまだよくわかんねえけど。今は世界中を見てみたい、だから今は遊撃隊に居たい・・・・うん」

それを聞いた母は数回確かめる様に頷くと、

「そうですか、まあ貴方は簡単には死なないでしょう。好きなように選びなさい。お父さんは敵を多く作る人でしたけどほら貴方には―――」

言いつつ正門の方へと手を伸ばす。それにつられ正門の方を見るとそこには、エルズ、ラグナ・ディノ、ライカ、ユカリの4人がこちらに視線を送っていた。エルズが手を伸ばした母に気づき無邪気に手を振り返す。その様子を見て少し笑った母が言葉を続けた。

「素敵なお友達がいるじゃありませんか。ほら、もう荷造りは終わったのでしょう?行ってあげなさい」

立ちあがり背中に手を添えた母に押され勢いのまま前につんのめり裸足のまま地面に落ちそうになるが、なんとか体勢を整え靴を履く。振り返ると母がいつの間にやらお茶を盆に乗せ本宅に戻る準備を済ませていた。

「いってらっしゃい、ユイ」

母の声に笑顔で、

「うん、いってきます」

背を向け正門へ歩き出した。


浮遊島下層区画に設けられた地上走行型艦船用ドッグにオリエントが接続されている。いつもは小型輸送艦などのエンジン音が響くだけの、あまり使われる事がないドッグが今日は高い音を幾つも響かせていた。それらの音の正体は、艦の補修を行う作業用の機神や人から生じた物だった。そしてその行き交う人々を格納庫の入口の隅から遠巻きに眺める1つの人影があった。人影の正体は身長が160センチ後半の大きさで、少し傷が目立つ外套によって全身を隠した人間だった。そして何よりも特徴的だったのが、背後の本来は垂れ下がっている部分が不自然に持ち上がり人影の頭の高さまで頂点を形成している事だった。やがて補修の金属を叩く甲高い音の中に別の音が混じり出す。それはブリタニアへの移住者とその移住者の荷物が運び出される事と、開かれたオリエント側のゲートから続々と多種多様な人間がこちらに渡って来ている事によって生じた音だった。それらを目に留めた外套を纏った人影が、集団をじっと見つめ始める。

「ーーーーっ!?」

やがてある1つの人影を見つけると驚きからか声を漏らした。その声を咳払いで搔き消しながら人影は身を翻し、急ぐように整備区画から飛び出していった。


浮遊島への移住者の集団、その中にはユイ、ライカ、ディノ、ユカリ、4人の姿もあった。5人は下層区画の出口にある上層区画までを貫くエレベーターの前に来ると、ユカリ、ディノの2人が立ち止まり。

「それじゃあ私達はこれから中層で手続きを済ませてくるけど、2人はどうするの?」

ライカが答える。

「俺の家はユイの家が荷物を上層に個人輸送する時に一緒に入れてもらったからなあ、まあ適当にそこらの辺りを歩いてるわ」

ライカの言葉にラグナスカが思い出すように目を細めた後に言った。

「そういえばライカの家は代々ユイの家に仕える家系であったな・・・・」

そのディノの呟きを聞き取った道行く女子生徒らしき人物が、


「やだ・・・・主従関係のふとしたきっかけからのラブロマンス!?」


「まさかのライカ受け・・・・」


等の声が聞こえユイとライカがひい、と声を発し青い顔を浮かべ耳を塞ぐ。しばらくしてユカリとディノの背後にあるエレベーターが、軽やかな電子音を鳴らし到着した事を告げる。ディノが青ざめ耳を塞ぐ2人の様子を笑いながらエレベーターに乗り込み、ユカリもエレベーターに乗り込むと遠慮がちにユイの方へ手を上げ、

「じゃ・・・・じゃあね、ユイ」

と小声で言った。

「?・・・・ああ、またな」

耳を塞ぐ状態を解いたユイがユカリの手振りに同じ様に応じ見送る。さて、と1息ついたユイがライカの方を向き、中層区画へと繋がるゲートを指差す。

「それじゃあ行くか。・・・・ところでお前今幾ら財布にあるよ?俺は銀貨5枚に銅貨30枚、それと珊瑚大社の無料キャンペーンの空中展開型の加速術式護符が10枚あるけど」

歩き出しながら懐の財布を確認する。尋ねられたライカも、自分の財布を確認すると青ざめた顔を浮かべる。

「銅貨10枚・・・・」

はあ、とため息を吐き半目でライカを見る。

「それだと外食もできないじゃねえか、お前この前まで金貨5枚持ってただろ。まさかまたギャルゲーに使っただなんてーーー」

そこまで言いかけて言葉を切り周囲を見渡す。気付けば先ほどまで絶え間なく雑踏の音で騒がしかった道が、自分とライカ以外の人影が消えていたのである。ライカもそれに気付き無意識の内に腰の展開式の簡易長剣に手が伸びる。しばしの静寂の後、ライカが声を上げる。

「なんだこの音・・・・?」

応じ、耳を澄ましてみると微かに鈴を鳴らす様な軽やかな音が聞こえ次第にその音は増え、大きくなっていった。やがてその音が最高潮に達すると2人の前方の空間に波紋が走った瞬間空間が両開きに裂け、外套と仮面を纏った小柄な人間が軽やかな足取りで出現する。人間は剣を構えたのか刀身が鞘を走る音が響くと、外套から刀身が突き出る。

「おいおい、ありゃ騎士兵か?」

ライカが人間の背後から出るエーテル粒子と剣先を見つめ呟く。その後ユイが唾を飲み込むと言う。

「にしたってどうやってこんな事をーーー」

言い終わるより早く騎士兵が動いた。背部に光翼らしき物を召喚した騎士兵が、猛烈な速度で2人に接近し右の手に持った長剣でユイを狙う。

「ーーーっ!?」

反応が遅れたユイの腹に剣先が直撃しようとしたその瞬間、長剣を展開したライカが剣を抜いた勢いそのままに騎士兵の剣を弾く。

「ユイ、離れてろ。後、援護頼む!」

左手で自らの財布をユイに投げ渡し、襲いかかる人間との斬り合いに移ろうと剣を叩きつける。しかしライカの剣先は、突如後方に急加速した騎士兵を捉えられず地面を削る。ライカはすぐさま体勢を整え後方へと下がった騎士兵へ突撃する。財布を受け取ったユイは、

「貨幣45枚に護符10枚・・・あまり保たないぞ!」

言葉と共に護符を2枚取り出し1枚を空中へと放り投げると同時に走り始める。すると額に術式陣が表示され、足が地を蹴り進み速度がつくとすぐさま術式が割れユイの身体が加速する。すると護符の補助効果で速度についていけるレベルに肉体が補強された。並の騎士兵や竜騎種ならばわざわざ術式の力を割いてまで補助を受けるまでもないのだが、停滞種のユイには必要な物だった。その事実に複雑な思いをしながらも握ったもう一枚の護符を発動させる。護符が粒子状に霧散するのを確認すると、

「ーーーっおらあ!」

掛け声と共に取り出した5枚の硬貨を放り投げる。するとそれぞれの硬貨が行く先に術式陣が表示され衝突する。しかし硬貨は弾かれる事なく術式陣へと飲み込まれると、甲高い音を上げ白いエーテル粒子の尾を引きながら弾丸の様な速度でライカと剣を交える騎士兵へと殺到した。


迫る硬貨弾に気づいた騎士兵も強引にライカの剣を弾き、先ほどの加速と同じくだがしかし小さくなった光翼を前方に展開し強引に後方に下がる。それでもなお迫る硬貨弾を弾こうと両手に保持した剣で斬り払おうとする。目測で見てみれば迫る硬貨弾の速度は銃弾よりも多少速い程で、停滞種ならばともかく騎士兵ならば問題では無い。そう判断し、剣を構え横薙ぎの一撃を放つ。やがて全5発の硬貨弾が剣と接触したその時、斬り払おうと剣を横にスライドさせようとした騎士兵が予想外の衝撃に息を飲み、

「重・・・・いぃ!!」

苦悶の声をあげる。これが銃弾ならば斬り払えたのだろう。だが加速術式というものは設定された目標に到達するまで使用者の限界を考慮せず加速を続けていくというもので、それにこの硬貨弾の加速は停滞種にのみ適用される追尾式の補助術式までもが添付されたものだった。これにより硬貨弾は設定された対象、つまり騎士兵の肉体に到達するまで永遠に加速を続けていくというものでそれを見落としたが為に対処を誤った結果、右手に持った剣が弾かれ生じた隙に5枚の硬貨弾が身体に叩き込まれた。鈍い音が5度響くと騎士兵の体内の空気が吐き出され怯んだ騎士兵が多少の隙を生む。接近するライカがその隙を見逃すはずも無く接近後、左手に残る剣を蹴り落としそのまま騎士兵に体術をかけ組み伏せる。

「やっと捕まえたぜ・・・・ったく、それじゃあ見せてもらおうか」

言うと同時に仮面を掴み取り外す。

「きゃっ!?」

声音の高い悲鳴に似た声が聞こえ、まさかと思いその声の主であろう騎士兵を見る。

「・・・・はあ?」

騎士兵の素顔を見たライカが信じられないと言わんばかりの疑問の声をあげ、駆けつけたユイも同じ様な反応を示す。ライカの下に組み伏せられた騎士兵の正体。それは、

金髪のロングヘアーが特徴の涙目でこちらを睨みつける女性だった。


 「A班は第1から第5番ハンガー、B班は6から11番ハンガーだ。11から28正規軍の整備兵が担当する。そして嬢ちゃんは俺の班に入ってあれの整備だ。それじゃあ作業始め!」

ブリタニア下層区画の艦船ドックと隣接する形で置かれた機神用ドックに集まった整備兵達が、整備班長の一声で一気に自分の持ち場へと駈け出す。一息ついた整備班長が傍にそびえる準稼働状態のアスタロトを見上げた後視線を自らの整備班員と新しく加わったエルズの方に目線を動かす。

「それじゃあ嬢ちゃん、期待してるぜ。何せあんたは機神の大手生産元の出雲式から、お墨付きで送られてきたんだ。しっかり働いてもらうぜ?」

ドスを効かせた整備班長の声に一部の若手の整備兵が青ざめた顔をする。しかしエルズは至って普通に、しかし少し興奮した様な面持ちで答える。

「はい!よろしくお願いします!」

そのエルズの返事にまた若手の整備兵が青ざめた顔をして隣の、同じく顔を青ざめさせている男に小声で話しかける。

「確かお前も最初あんな事言ったよな?」

「ああ、その時何故か整備班長に怒鳴られたんだよな。あの子大丈夫かよ・・・・」

と心配する声が聞こえ、エルズが頭に疑問符を浮かべていると頭が突然揺さぶられる。

「うわわ!?」

急いで視線を戻すと、整備班長の太い腕がエルズの頭を鷲掴みにして頭髪を掻き乱していた。

「良い目をしてるな嬢ちゃん。それじゃあ嬢ちゃんと俺は頭部とコックピット周り、お前らはそれ以外の場所をやれ。よし、始め!」

整備班長が号令をかけると先ほどと同じ様に各自の持ち場へと駆け出す整備兵達。整備班長とエルズがそれを見ながら、腰に装備された箱の様な機械のスイッチを入れる。すると機械が静かな音をあげると足裏に円形の浮遊術式が召喚されると、2人の身体が上昇を始めすぐに頭部ユニットの正面に到達する。見ればカメラアイの部分を覆っていたバイザーは取り外され、中には青白い四角の結晶体が敷き詰められていた。頭部ユニット以外にも各部のアスタロトの装甲が取り外されフレームと内部構造が剥き出しにされていた。開け放たれたコックピットハッチにエルズが入り込み機器を調べ始める。

「どうだ嬢ちゃん、なんか分かりそうか?」

「嬢ちゃんじゃ無いですよ。えーと、なんだろこれ・・・・出雲式製でも無いしナーデル・ブルク製でも無い。・・・・信じられないけど個人製作ですよ、これ」

頭を掻きながらディスプレイに表示された文字を指差す。製造者を示す場所にはただ1文字、ソロモンと表示されていた。整備班長がコックピットを覗き込みエルズと同じ様にディスプレイを見る。

「ソロモン?・・・・お前、ソロモンっていやあ砂塵戦をやってた頃に生きてたノアの弟子だぞ。一体何百年前に作られたんだよこいつは」

コックピットから身を離した整備班長が冗談混じりに呟いた。すると飛翔器を整備していた班から声が上がる。

「班長!来てください!!」

「ああ?まったく・・・・一体どうした!?」

飛行術式を展開し背部に向かうと、整備兵達が飛翔器から離れ全員が驚いた顔を浮かべていた。

「班長、ここの部分が・・・・」

指差した飛翔器の右翼部、格納庫に運び込まれた当初は所々がひび割れ等の損傷が目立っていた箇所だが今は新品同然の状態に戻っていた。整備班長がある1点を凝視すると、

「この装甲、自力で再生してやがる」

驚きのあまり目を剥き高度を上げ飛翔器に近付く。目を凝らして見ると細かい傷痕が所々に残っているが、傷痕が青白く輝くと次第に埋まり始め数秒とかからず再生は完了した。その様子に驚いていると背部以外の整備班からも声があがる。どうやら機体各所でも再生が始まったらしい。更に取り外され遠くに置かれた装甲も輝き始め再生を開始し格納庫内がちょっとした騒ぎになる。

「まったくなんなんだこの機体は・・・・おい、落ち着けお前ら!」

整備班長が騒ぎを落ち着かせようと機体を離れる。コックピットに取り残される形となったエルズは騒ぎに一切関心を向けなかった。いや、向けられずにいた。コックピット内のディスプレイを調査中ある1つの画像データを見つけなんとなしにそれを開き、エルズの意識は凍りついたのだ。ディスプレイに映し出された最優先対象というカテゴリ分けされたフォルダに格納されていた画像、それはキファ・エルズの写真だった。


金髪の少女を下に押し倒す形となったライカは焦っていた。なにせ年齢が年齢だ。筋骨隆々な騎士兵や女騎士兵等はいるが、それのほとんどは20代後半からの見た目がほとんどでこんな細い少女は初めてだった。どう対処したものかと悩みふと少女の顔を見ると顔を真紅に染め拳が震える程に握りしめていた。

「ああ、痛かったか?悪い」

と、身を離そうと動かした瞬間左手に何か柔らかい感触が伝わる。疑問に思い視線を落とすと少女の胸を押し込む形で自分の左手がそこにあった。

「あっ・・・・」

疑問や嬉しさ、様々な感情が混ざった声が漏れた瞬間少女の赤面が最高潮に達すると同時に少女が口を開く。

「許さん!!!」

次の瞬間ライカの視界は光で染まり気がつけば中を舞っていた。

「「!?うおああああ!」」

とっさに状況を把握し足を下にし着地すると体重を落とし制動をかける。ユイも衝撃で同じ位置まで吹き飛ばされてきていた。2人は視線を少女に戻すと身に纏っていた外套が外された少女の身体には、白を基調としたエッジの効いたフォルムに金色の装飾が施された騎士兵専用鎧装を見に纏っていた。右手には白銀に光り輝く剣が一振り握られていて、刀身には高濃度のエーテル粒子が渦を巻き刀身を更に輝かせていた。少女が2人を睨みつけると剣を高々と掲げると握られた白銀の剣が眩く光を発し始める。

「逃げるぞライカ!」

ユイがこのままここに居てはマズいと直感で察しライカを伴い走り出そうとした瞬間、少女が剣をゆっくりと下ろし刀身が地面と水平になった瞬間、大気を切り裂く轟音と共に巨大な嵐が白銀の剣から放たれた。嵐は周囲の建物を削り取りながら逃げる2人を喰らおうと速度を上げながら突き進む。

「やべっ!」

追いつかれもはやこれまでと思い後方へ振り向いた瞬間視界を1つの人影が横切った。その人影は燕尾服を着た白髪混じりの壮年の男性だった。壮年の男が迫る竜巻へと手をかざす。直後、嵐が壮年の手のひらに触れた瞬間他方向に力が散らされたのか嵐はあらゆる方向に曲がり、しかし男性の背後には少しも届くことなく消えていった。周囲は壊された建物の土煙が充満していて少女の姿が見え辛くなる程だった。完全に嵐が消えた事を確認した男は振り向き座り込む2人に手を差し伸べ言う。

「お怪我はありませんか?」

「え・・・・あ、ありがとうございます」

手を取り立ち上がると男は柔和に微笑み、

「申し遅れました。私はキャベンディシュと申します、それではしばしお待ちください」

言い終わると同時に、舞っていた筈の土煙が突風にでも吹かれたかの様に消えた。前方では少女が不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「我の邪魔をするとは貴様、何者ーーー」

だ、と言おうとしたその時、振り向いたキャベンディシュの顔を見た少女の顔が凍りつく。少女が青ざめた顔でキャベンディシュを指差しながら、

「キャ・・・・キャベンディシュ。な、なんでこんな所に」

今にも泣き出しそうな震えた声音で言った。問われたキャベンディシュは、はあ、と1つため息を吐き、

「今日はオリエントから客人をもてなす日だというのに城内にはおらず、挙げ句の果てに聖剣を持ち出してこの様な場所で隔離次元を造るなど前代未聞です、暴君にでもなりたいのですか貴方は」

まくし立てながら怯える少女に近づいていく。キャベンディシュが足音を1つ鳴らすたびに少女が、ひい、という悲鳴を漏らすが当のキャベンディシュは気にしてないといった様子で。

「まあその事については追々やるとしましょう・・・・この者達には後で私から謝罪をするので今はお戻りください女王陛下」

「なぜ我がーーー」

反論を口にしようとした少女をキャベンディシュが睨みつける。すると、

「ひぃ!・・・・わ、わかった。帰る、帰りますから!」

慌てた少女が宙に手をかざすと、この奇妙な空間に現れた時と同じような空間の割れ目が出現し少女がそこに入っていく。しばらくして割れ目が完全に消えたのを確認したキャベンディシュは、2人の方へ戻ってくるとすぐさま頭を下げた。

「この度は我が主がこの様な迷惑をお掛けして誠に申し訳ございません。なんとお詫びをしたらよいかーーー」

「いやいや、別に大丈夫ですよ!・・・・というか女王陛下ってまさか」

そのまま放っておいたら永遠に続きそうな為、キャベンディッシュの声をライカが塞ぐ。ライカのあの少女に触れた発言にユイが、急に何かを思い出した様な表情をした後続く。

「ああ、そういえばどっかで見たことあるなあの女の子。えーと確か・・・・」

仮想枠を開き情報サイトに接続するとすぐに見つかった。

「浮遊島ブリタニア第13代女王エリザベスって・・・・おいおいまじか」

青い顔を浮かべ頭を抱えるユイとライカ。2人の脳内には、絞首刑にかけられる自分達の姿がいやに鮮明に投影されていた。


浮遊島高層区画にある王城内部の謁見の間に、エリザベスは不機嫌そうな表情で座っていた。

「いつになく不機嫌そうな顔だなエリザベス」

気がつけば正面にある大扉から赤髪で人間の背中に飛翔器を生やした人と竜の中間の様な、男が呆れた様に笑いながらこちらに歩ってきていた。

「何用だラグナスカ・・・・会談は明日の筈であろう?」

「予定を繰り上げられないかと数日前に連絡を入れておいたのだが・・・・その様子だと聞いてない様だな。まったく、皇位を継承してまだ間もないとはいえそろそろどうにかした方が良いのではないか?」

ラグナスカの発言に更に眉間の皺を深める。

「皇位も継承してなかったお前が言うなお前が!というか急に変わりおったな貴様は・・・・本当にラグナスカか?」

笑みを浮かべ冗談めかして言うエリザベスにラグナスカも笑みで応じる。

「そりゃあ変わりもするさ、父上はもういないのだから。・・・・まあ私の身の上話はまたその内聞けば良いさ。それよりも本題に入るぞ」

表情から笑みを消すと、幾つかの画像を表示し仮想枠ごとエリザベスの方へと空中をスライドさせ送る。

「まず1つ目は哨戒隊がここ浮遊島に轟神種の集団が接近、その中にはメタトロンのザドキエルとカマエルも確認されたらしい。それともう1つ北にある露出地脈道を調査中の部隊が消息を絶った」

それを聞いたエリザベスが額にに手を当て苛立たしげな表情を浮かべる。

「ちっ・・・・まだ聖剣の修復は終わってないというのに。わかった・・・・すぐ対応する」

「すまぬな、ではまた」

背を向け歩き出したラグナスカを見送ると、誰もいなくなった室内でため息を深く吐き背もたれに体重をかけると目を閉じる。すると脳裏に隔離次元で戦ったライカとユイの事が浮かぶ。

「ああ、忌々しい!特にあの騎士兵だ!!」

肘掛を指で何度も叩き今日あった事を忘れようとする。身体を触られたという不快感もあるが、ある1つの疑問がライカをエリザベスの脳内に留まらせていた。エリザベスは思う。・・・・確かにあの時、やりすぎたと今では猛省しているが。あの騎士兵に抑えられた時に放った閃光は死にこそはしないもののかなりの威力を持って放たれた筈で、至近距離での直撃で無傷でいられる筈が無い筈なのだ、と。

「しかしあの騎士兵は無傷で済んだ・・・・いや、済ませられたというべきか」

エリザベスはあの時見ていた。閃光に吹き飛ばされ意識を失った騎士兵を。あの時、自分はこのままではまずいと思い、衝撃吸収用の術式をあの騎士兵に符呪しようとした。その時に見たのだ。浮遊島に住まい環境の整備やエーテルの管理を担う精霊。彼らは自らが選び抜いた選りすぐりの人間にしか近寄ることすらしないが、あの時確かにあの騎士兵の周囲に異常な量の妖精が集まり、失った意識を呼び戻し体勢を立て直させたのだ、と。そこまで思考してエリザベスはある1つの結論に至る。代々続いた王家の血統を根本から消し飛ばすある1つの結論を。しかしすぐさまその結論を否定する。

「ふん、まさかな。異邦人が担い手に成れるなどと・・・・」

視線を右上に向け天窓を眺める。時刻はもう午後12時を回っていた。


同じ空の下、無数の轟神種の集団が確かにそして高速に浮遊島への距離を縮めていた。

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