第5話

オリエント艦内臨時司令部は、各戦闘エリアからの各部隊の救援要請や損害報告等で悲鳴の様な報告の山で半ば恐慌状態に陥っていた、巨大な青の粒子の塔が出現するまでは。起こり続ける理解不能な現象に司令部はただ観測することしかできなかった。

「あの粒子の色はエーテルじゃねえ、あれは、マギなのか?」

映し出される映像を呆然と見つめながらマーカスが呟いた。その顔は作戦開始時の飄々とした態度とは打って変わり、口にしていたお気に入りの煙草が床に落ちるのにも気付けない程になっていた。

「ありえません」

と、傍らに立ち同じように映像を見つめるヒルダがマーカスの言葉を否定した。ヒルダは言葉を続けて

「本来マギは、ごく稀に産まれるエーテル粒子への耐性を持たない停滞種が宿す物質の筈です。もしあの光の塔がマギで構成されているとしてもあれだけの量を保持出来る筈がありません・・・・」

周囲に聞こえる大きさで淀みなく言い放つ。

「じゃあ、あれは一体なんなんだよ・・・・」

マーカスは懐から一枚の写真を取り出す。その写真には今まさに離れた都市部で唸りをあげる光の塔とまったく同じものが写っていた。


光の塔の周囲をガブリエルは飛行していた。

「この光、まさか・・・・まあいい」

と、顎に手を当て思案していたのを止めると右手に長剣を召喚し天へと掲げる。

「どのような隠し手を持とうが我の勝利は揺るがぬ!」

召喚した長剣の刀身が光に包まれると、包む光がその長さを伸ばし始め雲上まで到達する巨大な光の剣が形成される。

「今度こそ消えるが良い、愚かな失敗作よ!」

ガブリエルが天へと掲げた光剣を光の塔へと振り下ろそうとしたその瞬間、今まで竜巻のように渦を巻いていた塔の動きが止まった。それを認識しながらもガブリエルは、

(構わぬ、何をしようとも砂の一摘みほどの抵抗でなにができようか。このまま、潰す!)

振り下ろした光剣の勢いを速め光の塔を両断しようと刀身を包み込む光の密度を上げる。甲高い叫び声の様な音をあげながら振り下ろされる光剣が停止した塔へ触れる直前、それは起きた。塔の上端から下端まで一気に1本の線が走ったのだ。まるで足を広げた蜘蛛の様に左右に裂ける動きとほぼ同時進行で、塔を構成していた粒子がほどけ桁違いな青の粒子の濁流が竜騎連合を包み込んだ。濁流は今まさにこちらを切り裂かんとしていた光剣の光を消滅させ所有者のガブリエルを飲み込んだ。

「ぐぅう、うおお!」

飲み込まれたガブリエルは叫びをあげ背中の光翼の出力を全開にすると真下へとその出力のすべてをぶつける。上方向へと加速の力を受けたガブリエルは粒子の濁流を抜け出すことに成功した。

「なんだ、なんなのだこれは!?」

我を忘れ叫び声を上げるガブリエル。するとある1つの地点から一際大きな光の塊がこちらへ向かって来てるのが見えた。常人ではただ光の塊にしか見えないそれをガブリエルは認識することができた。

「あれは、あの白ブリキか!」

長剣を構え直す。

(どんなからくりかは知らんが、正面から出てきた瞬間を斬り伏せる)

そう思考した直後それは来た。濁流を突き破り現れるのは、十字の飛翔器を青く輝かせガブリエルへとまっすぐに突き進んでくるアスタロトだ。

(速い!!)

そう思考した直後、反射的に剣を振り下ろすも間に合わず両手をアスタロトに掴まれ両手を握りつぶされる。

「がっ・・・・あああああ!」

握り潰され血をまき散らす手の感触、今まで一度たりとも感じたことの無い痛みという感覚にガブリエルは絶叫する。すると、両手を掴むアスタロトから響くような声がガブリエルの脳内へと届いた。

「消えて、いなくなれえええええええ!!!」

それは、先ほど自分が貫き殺したはずの人間の声だという事に気づいたガブリエルは顔を憤怒に染め叫んだ。

「この、人間風情があああああああああ!!」

叫ぶガブリエルを連れ復活した白と青の機神は遥か空の彼方へと飛翔していった。


都市部が手のひら程の大きさに見える高度まで上昇したのを確認したユイは行動に出る。機体後方に噴射していた十字の飛翔器と機体各所に取り付けられた補助スラスターを逆噴射へと変える。それと同時に左手を相手の左腕の中ほど辺りへと持っていき確かに掴んだのを確認すると、両脚部をガブリエルの義骸の胴体へとぶつけ、飛翔器の出力を全開にし機体を回転させる。その結果、ガブリエルの左手は繊維をひきちぎる音と大量の出血を伴いながら身体から引きはがされた。ユイはその勢いのままガブリエルを足場にする形で蹴り上げ上空へと飛翔し、先ほど腕をもいだガブリエルの方へと向き直る。ガブリエルは右手で左腕の出血を抑えながら

「はあ・・・・はあ、殺す。ただ殺すだけでは飽き足らん!永遠に体を再生させ、死に続ける生き地獄を与えてやるぞ人間!」

右手に長剣を召喚し光翼を輝かせ高速で飛来するガブリエルに、ユイも同じように右手に長剣を左手には突撃砲をハードポイントから抜き放ち構えると、飛翔器を輝かせガブリエルへと突撃した。加速する白と青の軌跡が衝突する。衝突により発生した衝撃は空に広がる雲を吹き飛ばし、地上に待機していたオリエントにも被害を及ぼす程の物だった。互いに衝突し鎬を削るアスタロトとガブリエルの剣、均衡を最初に崩したのはガブリエルの方だった。ガブリエルは光翼の左翼へと粒子を集中、爆発させる。それによりガブリエルの身体は右へと猛烈な勢いで押し出され、アスタロトを後方へと送る形となる。

「追いつける!」

言葉を発した瞬間義骸の目が輝きを放つ。神託権能が発動し自身があの憎々しい機神に容易く追いつき剣を突き立てる光景が、脳裏で再生されたのを認識したガブリエルは笑い、自身を反転させ追撃に入る。追われる形となったユイも飛翔器の出力を上げ撃墜されまいと速度を上げ回避軌道に入る。

(なぜだ・・・・?)

ガブリエルに1つの疑問が生じた。いくら速度を上げ、相手の行動を先読みしても一向に追いつける気配がなかったのである。それどころか両者の距離がますます離れつつあるのでは、と思い始めてすらいた。

(っ!?ありえん、ありえんことだ!)

と、自らの思考を否定するも止めることは出来ずある一つの結論にたどり着いた。もしかしたら―――。


もしかしたら自分は、この相対する敵に勝つことができないのではないのだろうか?と。


その思考に至った瞬間眼球に刻まれた術式が発動する。神託権能が先ほどの結論に反応し発動したのだ。

(―――っ、まずい!!)

そう、焦りを抱いた瞬間前を行くアスタロトが一つの動きを見せた。右手を自分の前方へと伸ばした、その瞬間前方に青色の7角形の壁が出現した。

(なんだあれは!?)

ガブリエルが出現した壁を見る、するとすぐにその壁の正体は判明した。

「大気中の塵をエーテル粒子で縛り付け壁を形成したのか!?」

ならばこのまま突き進むのはまずいと停止しようとしたその時、

「答える義理はない」

ユイは返事と共にアスタロトを盾に回転させ、7角形の壁に着地する。音速を超えた速度からの着地の影響か、すさまじい轟音をならした壁にはすでに亀裂が走っていた。ユイは飛翔器の出力を上げ再度加速に入ると共に壁を両脚部で蹴り上げ速度を稼ぐ。蹴り上げた衝撃で割れる青い壁を背にアスタロトはガブリエルへと接近する。ガブリエルは接近する敵から逃れるため上方向へと光翼を爆発させ、下方向への脱出を試みる。しかし、ガブリエルの身体が下方向へと動いた瞬間に上を通りすぎる形となったユイはアスタロトの右手に装備された長剣を回転させ逆手持ちの構えをとると、ガブリエルの背中へと剣を突き立てた。剣は人間でいう右肩甲骨の辺りに刺さりガブリエルの身体を切り裂きながら左腰の辺りで停止した。

「があああああ!」

ガブリエルの叫び声が響くコックピットの中、アリアへと指示を飛ばす。

「アリアさん、脚部補助スラスターの出力全開!」

「かしこまりました」

了解の言葉と共に脚部スラスターが全開になる。ユイは刺さった長剣を軸に機体を回転させ空いている左腕部で突撃砲を装備すると、ガブリエルの傷口へと銃身をねじ込み引き金を引く。

「落ちろ堕ちろ墜ちろ!!」

ねじ込まれた銃身に青い雷光が走った瞬間、光弾が次々と傷口へと殺到し血肉を掘り進んでいく。

「ぐぅああ!は、離れろ!」

と光翼を爆発させ力任せにばらばらの方向へ加速する。振り落とされまいと右手で差し込んだ長剣をより深く差し込み、視線で突撃砲のモードを変える。すると差し込まれた銃身が傷口を押し広げ上下に変形する。引き金を引く、すると分かれた粒子の充填が銃身に青い雷光が走る。なおも抵抗を続けるガブリエルに、

「堕ちろと言った!」

機体の各所の補助スラスターと飛翔器を全開にし自機とガブリエルの上下の位置関係を逆転させる。そしてすぐさま引き金を引く。瞬間、最大まで充填された粒子が鎖から解き放たれた猟犬の様に勢いよく放たれ、傷口を抉りガブリエルの身体を空へと押し上げていった。追撃をかけようとした瞬間、ユイの身体中に激痛が走る。

「ぐうっ!」

突然の痛みに顔をしかめ機体のバランスが崩れてしまう。痛みを堪え機体を立て直し地面へと墜落するのを避け着地をする。息を吐くユイにアリアが声をかける。

「いかがなされましたか?ユイ様」

「突然痛みが・・・・あれ?」

気付いたら先ほど感じた激痛は消えていた。痛みの正体を不審に思っていると警告音がコックピットに響く。上空を見るとそこには、純白に染まった空と体中から血を流しながらも光り輝く剣を天へと掲げているガブリエルがいた。浅い呼吸を繰り返すガブリエルはただ一言

「死ね・・・・」

憎悪のみの純粋な殺意を言葉に剣を振り下ろした。瞬間、純白の空は割れ、砕け散った破片がガラスを引っ掻く音を掻き鳴らし我先にとアスタロトへ殺到する。警告音が鳴り響くコックピットの中ユイは、両手の武装を投棄し右手に装備された天砕雷を起動する。

「天砕雷の軌道を承認、機体固定を開始します」

アリアの言葉と共に脚部に装着されたピックが地面に打ち込まれ、テールバインダーが変形し地面へと差し込まれ機体が固定される。

「粒子供給ライン、天砕雷を最優先供給対象に設定」

右手に装備され大きく体の後ろに回され構えられた天砕雷が、大気を揺らしながら巨大な粒子の杭を形成していく。

「射出タイミングを搭乗者へと譲渡、いつでもどうぞ」

アリアの言葉と共に射出の決定権がこちらに譲渡した旨の仮想枠が表示され、十字の照準用仮想枠が表示される。ユイは奥歯を噛み、揺れる十字の照準枠の遥か彼方を見据え、

「―――当たれええええええ!」

十字の照準枠が合致し赤に色を変えた瞬間振りかぶった天砕雷を振りぬいた。大気を震わせ周囲の半壊していた建物を基礎ごと吹き飛ばした射出の衝撃を受け、右腕部は後方へと弾かれる。天砕雷が冷却により生じた蒸気を排気する音が響くころには放った杭は、殺到していた無数の白い弾頭と激突し空に莫大な光を生じさせた。光の下アスタロトの元へはどのような攻撃も飛来することはなかった。放った杭がすべての白の弾頭を飲み込み、砕いたのだ。しかし杭は弾頭を飲み込むだけでは止まらなかった。放たれた杭はその勢いを緩めることなく上昇、ガブリエルを飲み込まんと飛来した。

「ふっ・・・・」

目前に迫る粒子の奔流を認識しながらもガブリエルは一切の行動をとらなかった。傷つけられ、最後の力を振り絞った一撃も砕かれた今はもう光翼を用いた移動も行えない程に消耗していた。

(最初から、勝てるわけがなかったのだ)

光に飲み込まれ、体が崩れていくのを実感しながらガブリエルは思考する。

(この光の感触これは・・・・あの裏切り者の)

意識はそこで消滅した。


「終わった・・・・のか?」

遥か上空で爆発の轟音が響くのを聞きながらユイはコックピットの中で呟く。頭部ユニットとの合一化を解くと見慣れたコックピットを眺めているとアリアの義体が表示される。

「ユイ様、ガブリエルの撃破おめでとうございます。これより当機は準戦闘モードに移行します、お疲れ様でした」

一礼をしてアリアが消えると両手が差し込まれている円筒状のデバイスが光を失い元の上下に開いた状態へと戻る。ユイは一息吐きシートに背を預け伸びた後にコックピットハッチを開ける。飛び込んでくる日光に顔をしかめ、そしてアスタロトの胴体へと昇り座り込む。直後、日光を巨大な影が遮り、風が来た。見上げて見えた物は、輸送艦だ。輸送艦は高度を下げアスタロトに近づきながら後部ハッチを開ける。そこには既に整備団が機神受け入れの用意を完了させている。

「ユイ様、機体を移動させます。ご注意を」

とアリアの顔が映し出された仮想枠が表示されると同時にアスタロトが輸送艦に向かい歩き出す。艦内はこちらに手を振る整備団の人で埋まっていた。人混みの中にはエルズも居てこちらに手をふっていた。やがてアスタロトが機神用のガントリーに接続されると続々と整備団がアスタロトの周囲に集まってくる。整備団の中には整備兵らしからぬ恰好をした者も多く、よく見てみると複合企業出雲式と記されたプレートを胸に付けていた。仮想ワイヤーを使い機体から降りた瞬間こちらに集まってくる整備団にもみくちゃにされる。

「お前やるじゃねえか!あんな芸当ができるなんてなんで隠してやがった!」

「ガブリエルを倒すなんてよ、人類史に残る快挙だぜこりゃ!」

頭をもみくちゃにかき回され整備団の勢いに飲まれ何も言葉を発することができない。そうしてようやくして喧騒が収まり整備団と調査団の興味がアスタロトに向き始めた頃集団の隙間を縫うようにして抜け出した。疲弊しきったユイは近場にあった壁に備え付けられた簡易長椅子を見つけそこに座り込む。

「大丈夫?はいこれ」

と、飲み物を渡してくるのはこちらを心配そうに見るエルズだった。

「ああ、ありがとなエルズ」

飲み物を受け取り飲んでいるとエルズが隣に腰かけた。エルズは声を潜めながら、

「アスタロト、出撃前と随分変わったけどなにがあったの?」

「そっち側から映像で見えてなかったのか?」

尋ねるとエルズは首を縦に振り、

「うん、アスタロトが青い粒子に包まれた時にこっちの映像は急に途切れちゃって」

「そうなのか・・・・まあ俺も戦ってるのに夢中でよくわかってないけどそんなので良いんだったら―――」

「その話、俺にも聞かせてくれねえか?英雄様よ」

戦場で感じた事を話そうとした瞬間、前方から響く野太い声で遮られる。顔を上げるとそこには、斜めに大きく入った傷跡が特徴の男と傍らには赤髪の女性が歩って来ているのが見えた。男達はユイの前で止まると、

「第29遊撃隊通称ヴァルキリーズの冷泉ユイだな?少しばかり付き合えるか?」

命令するような声音で言った。ユイは怪訝そうな視線を男に向けた後、襟に着けられた少佐の階級章を見るとすぐさま立ち上がった。

「わかりました」

「随分と物わかりの良いことで。それじゃあこっちだ、行くぞ」

と歩いてきた方向へユイを連れ男たちが歩き出そうとした時、男が

「あ、そうだ。そこの整備兵の嬢ちゃんも来てもらうぜ」

ユイを心配そうに見ていたエルズが自分が呼ばれたことに気付くと目を見開き自分を指さす。

「ええ、僕も!?」

「そうだよ、さっさとしろ」

男たちはまた元来た方向へ歩き出す。エルズも急ぎ後を追った。


臨時取調室、そう記された仮想枠が表示されている部屋にエルズとユイ、傷の男と赤髪の女のそれぞれ2人組が向かい合う形で座っていた。

「俺の名前はマーカス、階級は少佐。こっちの無愛想なのがヒルダ、階級は確か・・・・中尉だったか」

「大尉です、間違えないでください」

と、足を殴打する音と共にヒルダと呼ばれた女性がマーカスの言葉を訂正する。痛そうに足を見たマーカスだったが、こちらを見るとすぐさま表情を厳つく、赤子が見たら泣き出しそうな表情になった。

「話を戻すぞ。冷泉ユイ。お前が乗っていたあの機神、機体名はアスタロトらしいが。あの機体を見つけた経緯とかについては俺らの研究部門が調べることになっているしある程度の出処が見つかっているから言わなくて良い、だが一つだけ聞きたいことがある」

マーカスは3枚の画像が表示された仮想枠を表示するとユイの方向へ画面を向ける。1枚目の画像はガブリエルに貫かれ機能停止したアスタロト、2枚目は青い粒子の奔流を突き破りガブリエルへと突撃する1枚目とは似ても似つかないアスタロトが写っている画像、そして3枚目は画像が大きく乱れ詳しくは判別し辛いが天砕雷を空へと放つアスタロトが写っている事が確認できた。

「お前さん、1回ガブリエルに完全に殺された筈だぜ。生体反応が消失してたことも確認済み、なのになんで生きててあの機体は出撃直後とは全く違うどの資料にも載ってねえ形になってやがる。お前、あの粒子の中で何を見た?」

「俺は・・・・アリアにこのままじゃ死ぬぞって言われて、なんでも使ってくれって言ったら青い粒子に飲み込まれてそこから先は意識がはっきりしなくて・・・・」

頭を片手で掻きながら自分が何をしていたのかを思い出そうとしても、その記憶だけが靄がかかったように思い出せなかった。

「アリア・・・・そいつは誰だ?」

と、マーカスが眉間に皺を寄せ問いを口にした瞬間、ユイの後方に青い光の渦が出現した。光の渦から出てくるのは、人間と見紛う程の完成度の義体を纏ったアリアだった。

「はじめましてで、よろしいですね?当機の個体名はアリア・キシャ、アスタロトの管理AIを務めさせていただいております。そこから先は私が話した方が早いかと思われますが、いかかが致しますかマーカス少佐?」

と、深々と一礼をした後に動じる事なくマーカスと向かい合うアリア。マーカスは、舌打ち混じりに背もたれに背中を預けると、懐から煙草を取り出すもアリアの方を見て火を付けずにそのまま口に入れた。

「あんたの方が詳しいってんならな、それで?あの機体は一体何なんだ?」

「アスタロトのことですね。ソロモン型機神29番機である当機は、エンジェルダウンに投入されました。ですが当作戦で生じた詳細不明の大規模な爆発により当機は消滅した筈なのですが・・・・どういう理由かこうして最構成された模様です」

首を傾げながら曖昧な返答を返すアリアにため息を吐くマーカス。以降もマーカスが質問し、アリアが知らぬ存ぜぬといった態度で答える光景が続いた。その様子にユイとエルズは呆然としているといつの間に立ちこちらの近くへ来ていたヒルダが、言い合いを続けるマーカスを冷ややかな目で見つめながら口を開いた。

「あそこで意味のない問答をしてる中年親父は放っておいて、少し外を歩きませんか?」

微笑みながらしかし裏に感じる威圧感にユイとエルズは

「「は・・・はい」」

そう言い3人は臨時取調室を後にした。


3人が部屋を出るのを横目で確認したマーカスは1つ咳払いをして、会話を終わらせる。

「さて・・・・それじゃあ本題に入るか」

マーカスを半目で見る。

「わざわざ3人が出るまで待ってから本題とは、見た目に似合わず律儀なのですね。第01番隊所属の騎士兵、マーカス少尉・・・・今は少佐でしたか」

うるせえ、と返したマーカスは続ける。

「お前が言えた事か、あいつらをここから出すためにわざわざ転移術式まで使いやがって。エンジェルダウンで生じた正体不明の爆発とはよく言ったもんだな全部覚えて嫌がるくせによ。ええ、あれをやった張本人さんよ?」

語気を強めた問いにアリアは一瞬眉をひそめる。

「第1次轟神種掃討作戦、通称エンジェルダウン。重層断崖で生じた大規模な武力衝突に、当機を含む15機が対メタトロン用として投入されました―――」

続けようとしたアリアの言葉を遮るようにマーカスが言う。

「表向きはそうだろうな、だがお前達はあの日あの場所で味方の軍が居るのにも関わらず、機体のジェネレーターを暴走させ自爆。無数の渓谷で構成された重層断崖を人の立ち入れない謎の青い粒子が吹き荒れる地獄に変えやがった。答えろよ、なぜあんな事をしやがった!?」

椅子から勢いよく立ち上がり右手で机を叩くマーカス。左手は腰のホルスターに入れられた銃に触れ何時でも抜けるように手をかける。声を荒げたマーカスに一切動じなかったアリアが答えた。

「青の粒子?・・・・ああ、真エーテルの事ですか」

「真エーテル、なんだそいつは?」

「あなたに答える義務は無いかと判断します」

アリアがそう答えた瞬間左手をかけた銃を抜き放ちアリアの心臓部へと狙いをつけ

「そうかよ」

引き金を引いた。


夕暮れ時の光でオレンジ色に染まった眼下に広がる廃墟と化した都市部を3人は甲板に立ち見下ろしていた。

「人類軍最大の拠点もたった半日でこのざまですか。あっけないものですね」

行方不明者の捜索が行われている街を見下ろしながらヒルダが呟いた。眼前、遥か南の方にオレンジ色に照らされた空に浮く幾つかの島が見える。

「浮遊島ブリタニア、オリエントがこれから行くであろう浮遊島です。あそこは兵器産業が盛んなのであまり貴方達には合った物は買えないでしょうが・・・・」

振り向き告げるヒルダにエルズは目を輝かせながら、

「じゃあ各企業の設備とかも見れるのかなあ・・・・」

仮想枠を開き自分が行きたい場所を片っ端からメモしていたエルズはふとユイの方を見る。ユイは額に汗を滲ませヒルダを睨み付けていた。

「そんな世間話をするためにわざわざこんな所まで連れてきたのか、あんたはそんな人じゃないだろ」

低く洩らすユイにヒルダが眉を軽く上げため息を吐いた。

「忘れるわけがありませんか、貴方から御門椿を奪ったのは私とマーカス少佐ですものね。それで?今はいなくなった彼女の代わりにエルズさんを守って絶賛贖罪中といったところですか」

ヒルダが言い、続ける。

「悪いことは言いません。あのアスタロトという機神、あれは間違いなく貴方の手に余る代物です。取り返しがつかなくなるその前に、降りなさい。今なら私から少佐に進言しておきましょう」

ヒルダにまくしたるように言われたユイは気圧されたのか数歩下がる。

「お、俺はそんなつもりじゃ・・・・」

なにか反論をしようとしてしかし何も言うことが出来なかった。静かな緊張感が張り詰めて少し経ったその時、臨時取調室がある方角から金属を切断するときの様な甲高い音が響いた。

「っ!?」

ヒルダが驚いた様に目を見開き取調室にいるはずのマーカスと連絡をとろうと通信用仮想枠を開く。しかし反応が返ってこないのを見ると輸送艦の内部へとつながる扉へと走り出す。場を見ていることしか出来なかったエルズもヒルダに続き走り出そうとする。

「僕たちも行かなきゃ!」

俯くユイの手を掴み走り出す。

ああ・・・まただ、そう思った。すると、

「っ!?」

腕全体を6角形状に細かく区分けする様な線が走ったかの様に見えた瞬間、鋭い痛みが走り手を強く離してしまう。

「ユイ?」

右手を確かめていると聞こえたエルズの声に視線を上げる、エルズは突然の拒絶に戸惑い目を瞬かせていた。

「あー、迷惑だったよね・・・・ごめん」

苦笑いしながら言うエルズに、

「いやそういう訳じゃ。大丈夫、1人で歩けるから」

慌てて取り繕う。

「そっか、じゃ行こうか」

ヒルダに少し遅れて2人は駆け出した。


マーカスは呆然としていた。ほとんど接射と言っても過言ではない距離で引き金を引いたにも関わらず、銃弾は発射されず撃たれたアリアは傷ひとつ負っていなかった。数分前、マーカスが引き金を引いたその時にアリアが手のひらを壁へと翳した。その瞬間マーカスは時が止まるのを実感した。時間系の術式の発動されたもののうまくいかなかったのかはわからないがどうにか目の機能だけは生きていた。手を翳された外壁は30センチほどの長方形に捲り上がった。捲りあがった物には目もくれずアリアが翳した手のひらを握ると青い光が長方形に走り先端が鋭利な剣先に加工される。重力を制御しての圧縮か!、そう思った瞬間加工された4枚の剣が来た。飛来した4枚の剣の内2枚はマーカスが構えた拳銃へ突き刺さり銃弾の発射を妨害、残る2枚はマーカスの眼球に目と鼻の先まで接近して止まった。そして止まった時間が動き出した。

「衰えましたね、それに脳もですか?私を止めるのに騎士鎧装も持ってこないとは」

更に剣先を近づけながら冷ややかに告げるアリアにマーカスは冷や汗を浮かべながら椅子に座りなおす。

「人間、歳には勝てねえものなんだよ。お前と違ってな」

挑発的な笑みを浮かべ言った瞬間、出入り口のドアが開いた。見れば焦った表情のヒルダとユイとエルズの3人組が続々と部屋へと入ってきた。 ヒルダは剣先を突きつけられるマーカスの様子を見るやいなや、腰のホルスターに収められた拳銃を抜こうとしてしかし、

「やめとけ、俺も死んじまうじゃねえか」

マーカスの声でその動作を止める。1つため息を吐くと、何が起きているか把握できず呆然としているエルズとユイへ言った。

「あー・・・・もうお前ら帰って良いぞ。これ以上お前らを拘束しちまうと殺されかねん」

手をユイ達の方へ払いながら言うマーカスにユイ達は意識を取り戻す。

「い・・・・良いんですか?」

恐る恐る尋ねるユイに、

「あー早く行け行け、そしてこの暴力メイド姉ちゃんを連れて行ってーーー」

くれと言おうとして更に剣先が近づく。ひぃと悲鳴をあげる。

「ア・・・・アリア?帰ろうか」

呼びかけられたアリアは、剣先を元の壁の場所へと当てがい壁の修復を始める。

「呼び捨て?ユイ様の私に対する好感度も上昇傾向にあるという事でしょうか・・・・まあいいでしょう、かしこまりましたユイ様」

3人が取調室から完全に出て行ったのを見送るとマーカスは椅子に全体重を預けもたれかかる。

「死ぬかと思った・・・・」

「年甲斐も無くはしゃぐからですよ。それで、結果の程は?」

乱れた服装を直しつつ問いかけてくるヒルダ。それを契機にもたれかかっていた状態から立ち上がり懐から煙草を取り出し吸い始める。

「ああ、あの女間違いねえ」

机の引き出しから1枚の封筒を取り出し1枚の写真を取り出す。写真はすでに日に焼けボロボロになっていたもの、辛うじて捉えられた人物は判別できた。それは何かのパレードの様子を捉えた写真で写っていた人物は、民衆に向け手を振るアリアと瓜二つの人物と傍で同じく手を振る2人の男だった。

「魔眼を生み出し、轟神種を創り出した賢者と言われるノア。大戦直後に行方を眩ましてたみたいだが」

写真を見つめ紫煙を燻らせながら言うマーカスにヒルダが言う。

「しかしノアは人間では?砂塵戦は数百年と続いたのですよ」

「そうなんだよなあ、他人の空似を疑うところだが、銃弾を高等魔術の重力制御で・・・・それにあいつは禁忌術式の時間系の術式まで使ってやがったな。そんな事ができる奴なんてそうそういねえぞ」

艦内中に張り巡らされた監視術式に接続し映し出されたユイ達を見る。

「それにこのガキだ。なんの能力も持たない停滞種がなんで機神を起動できて、あんな桁違いな力を行使できてるのか・・・・しっかり監視する必要があるな」

一層煙草を吸い込み大量の煙を吐き出すマーカスの様子を見ながらヒルダが書類を手にする。

「そうですね、ブリタニア到着まで1週間。やるべき事は山積みです」

外に見える壊れ果てた街並みとかつて人類を守護していた縛神壁を見つめ呟いた。

「一体この世界で何が起きているのでしょうか・・・・」



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