第4話

男は暗い海を、昏い海を漂っていた。ほのかにオレンジ色の光を放つ、果ての知れぬ海を。落ちているのか昇っているのか、しばらくして地面のような感触がある場所に辿り着く。しばらく歩いてみて、なにかにつまずき転んでしまう。液体を踏む音を響かせ倒れこんだ。起き上がり、片膝をつくも床に広がる液体で滑り立つことはできず座り込んでしまう。眠気を覚ます為目を掻こうと手を挙げると、床に広がる液体の正体に気づく。手だけではなく身体中を真紅に染め上げていたその液体、それは血液の泉だった。意識して足元を眺める、広がっていたものは骸骨、臓物、生物を構成するであろう様々な物質がそこに転がっていた。周りを見渡してみるとオレンジ色に輝いていた光は、炎上する建造物が放つ光だと理解した。焦点の定まらない目でそれらを眺めていると前方から人が歩いてくる音が聞こえてくる。ひた、ひたと、裸足で歩いてるのであろう音が。やがて音の主の容姿が見て取れるまでの距離に近づいてきた。それは、白い肌の少女の見た目だが純白の肌は血で染まっていた。そして何より特徴なのは背中を突き破って出ている物、それは触手の様であり先端は鉤爪の形をとっている尾が九つ。少女は触手を器用に操り死体を除けながら男に近づく。少女は血にまみれた両の手で男の両頬を包み込み、顔をを近づけ額を男の額に付ける。少女は、微笑み静かな笑い声をあげる。男の意識はそこで途切れた。


白い天井と薬品の匂い、オリエントにあるいくつかの病院の一つだろう。目を開いて飛び込んできた様々な情報を受け止める。頭部に違和感を感じ触って確かめるとどうやら、包帯を巻かれているらしい。ベッドから身を起こしたユイは、傍らに椅子に座りベッドに突っ伏す様に眠っているユカリを見つける。その様子を見て少し吹き出すと、起こしてしまったのかくぐもった声をだしユカリが顔をあげる。まだ眠気が残る目を擦りながらユイを見つめるユカリ。

「ん・・・ぅ、ユイ?」

「うん、おはようユカリ」

すると先ほどまでの眠そうな表情とは打って変わり、泣きそうになるのを堪え言う。

「うぐっ・・・よかった、よかったよお」

涙声で言うユカリをまだ仲良く遊んでいた頃を思い出し、頭を撫でようと手を伸ばし一瞬躊躇うが再度手を伸ばし頭を撫で言う。

「ずっと看病してくれてたのか、ありがとうな」

と言うと、涙が滲む目を指で拭き答える。

「別に大したことじゃないよ。あ、そろそろ時間だ、それじゃあ用事があるから帰るね」

と、壁に掛けられた時計を見ると、大きく伸びをし立ち上がる。部屋を出る直前ユカリはユイの方向へと向き直り、

「えっと、ユイはまだ私の目のこと気にしてる・・・よね」

息を深く吸いながら慎重に言葉を紡ぎ。

「私は待ってるから、ユイがいつか踏ん切りをつけてまた、昔みたいに皆で遊べるようにって。それじゃあね」

自分はもう大丈夫だと、だからこれ以上苦しまないでくれと笑顔で言い残し部屋を後にした。

「待ってるか・・・みんな大人だなあ」

まるで浦島太郎みたいだと自嘲気味に呟くとまたドアが開く。視線を向けるとそこにはエルズが部屋へと入ってこようとしていた

「意識が戻ったんですね、よかった」

と花瓶に花を入れながら言うエルズ。相槌を打つユイだが意識を失っていたという事に疑問を抱き言う。

「俺は、意識を失ってたのか。どれくらい?」

先ほどまでユカリが座っていた椅子に座ったエルズは答える。

「えっと・・・2週間くらいかな。消滅した大和の近くで、ユイの機神が倒れてるのを見つけた哨戒隊が連れてきたらしいよ」

「ちょっと待て、大和が消滅したってどういう事だ?」

目を見開きエルズに詰め寄るユイ。興奮するユイをベッドに戻しながら、

「最初から説明、したほうがいいよね?」

と問う。ユイが頷きを返すと、エルズは画像を表示した仮想枠を表示する。

「午後6時くらい、都市部地下にあるエーテル炉が人為的に暴走。排気用の3塔は過剰なエーテル供給に耐えきれず自壊。その後空中に巨大な1つ目の術式が展開されて、あふれ出たエーテルはそこに吸収されていたらしいよ。この事態を見たオリエントと大和に駐留してた正規軍は事態収拾の為、戦力を投入。オリエントは万が一の為大和から緊急発進、そのおかげで商人組は大赤字みたいで。それから1時間大和の防衛戦力を突破した正規軍は、中央塔に到達。でも、」

新たに画像を表示する。そこには見覚えのある背部に四対の翼をもつ機神が写っていた。

「四聖機神、朱雀。四聖機神っていうのは、今は無き大企業、四聖が製造した砂塵戦を終わらせた機神の事ね。大戦後に突如行方不明になっていたらしいんだけど。あ、話を戻すね。朱雀と正規軍戦力が戦闘を開始して数時間後。エーテル炉の暴走を止めることは出来ず大和は消滅。それだけならまだ、いや全然良くないけど1番キツいのはこれだね」

と、一瞬躊躇った後1枚の画像を見せる。それは、

「大和千年分のエーテルを吸収した詳細不明の単眼の術式は、エーテルを収束後縛神壁へ照射。縛神壁は消滅・・・・したよ」

人類種を長きに渡って天敵から守り続けていた筈の壁は無残にも跡形もなく消滅していた。

「一応まだ、轟神種がゲートを使ったって報告は来てないね。それでこれからのことなんですけど・・・ユイ?」

見ると、ユイが目を見開き過呼吸ともとれる呼吸をして胸を押さえていた。

「いや、大丈夫だ。続けてくれ」

ユイが続きを促すとエルズは心配そうに見つめる。

「うん・・・・人類軍は現状1番縛神壁に近い竜騎連合に集中。対策を練っているみたいだね。オリエントは今までの輸送任務は解除されて、これからは人類軍所属の遊撃艦として活動するみたい。オリエントはユイが寝てる間に竜騎連合に待機中。こんなところかな」

エルズがカーテンを開ける。見えた景色は、飛翔器から粒子を放出し飛行する様々な竜騎種が見えた。艦を降りた先に見える竜騎連合は、周りを過剰なまでに武装された防壁とそれに囲まれる都市部分で構成されていた。民間人が住むような施設は少なく、多くの施設が武装され簡易的なカタパルトを備えていた。

「そうか・・・・そのための今までの訓練だと思ってたけど、まさか俺達の時でか」

ため息を吐く。すると何かに気づいたように顔をあげる。

「そういえば、アスタロトは今どこに?」

それを聞いたエルズが画像を表示した仮想枠を表示する。それには格納庫らしい場所で整備を受けるアスタロトの画像が表示されていた。

「足のフレームが分解されててそれを修理してる途中。修理が終わり次第本格的な武装を取り付ける予定なんだ。僕も整備団の一員なんだよ」

と自慢げに言うエルズ。

「お前が?大丈夫かよ・・・・」

と心配そうな表情をするユイを見てエルズは頬を膨らませる。

「えー、なにその言い方。これでも僕は整備の腕は最高って期待されてるんだから!」

「はいはい、期待しておくよ」

ユイはため息交じりに呟く。その時、閉じられたはずの扉が開いていて、そこには看護師が立っていた。

「冷泉ユイさーん、点滴の交換しますよ」

するとエルズが立ち上がり

「それじゃ僕は帰るね、またねユイ。あ、今度また都市の方に行こうよ。僕ここ出身だから案内できると思うよ」

と、笑顔で手を振り帰るエルズを見送る。点滴が交換されるのを横で感じつつ黄昏色に染まった風景を眺めながらユイは眠りについた。


ユイが病院から退院したのはそれから数日後の事だった。正面入り口から出ると太陽の眩しさに目を狭める。するとタイミング良くバスが来たので乗り込み席に座る。しばらくしてバスは扉を閉め走り始めた。窓枠に肘を乗せ手で顔を支えながら、ユイはこれからの事を考え始める。オリエントが軍属になったという事は自分達も正式な部隊として再編され、実戦に出ることになるのだろうか。轟神種との初戦闘の時は、機神に乗れた高揚感、あの時は無我夢中で刃を振るったが、その時の感触を思い出し手のひらを開いては閉じる。鞄の中から鎖が外されたロケットペンダントを取り出し開く、中には笑顔で写り込む母子と、その隣に誰か写っているのは見て取れるが、そこは黒ずんだ汚れで塗りつぶされていた。午後1時、まだ太陽が煌々と照りつける時間帯にバスは竜騎連合へと繋がるターミナルの前で止まった。バスの搭乗口から降りると、

「ユイー、こっちこっちー」

と、遠くから手を振るエルズが見える。エルズはいつも通りの作業服に身を包んでいた。近づくと、エルズが前を行く形で歩き始める。

「じゃあ、行こうか」

入国手続きを済ませ人混みを掻き分けながら進んでいく。

「なんでこんなに人が多いんだよ・・・・」

エルズを見失わないように着いて行くがどれだけ歩いても人混みが開ける気配がないのにうんざりしたように愚痴をこぼす。

「今日は、竜騎連合の王様と王子様がパレードを行うんだって!」

汗を掻きながらユイの元へと人混みに押し出されるエルズ。しばらくして人混みが開け開けた場所に出る。

「ひとまず街に降り・・・・れないねあれは」

エルズが苦笑し頬を掻く。エルズが言った通り左右に見える都市部へと降りるための階段は既にカメラを構えた人々で埋まっていて、降りるのは一筋縄ではいかなそうだった。どうしたものかと立ち止まっていると遠くの方で歓声が聞こえる。

「こんなに人が集まるなんて、そんなにすごいのか?王様は」

「そりゃあそうだよ。32代目盟主に就任したラグナリュート様は砂塵戦の時に、迫る轟神種の軍勢から見事都市部を守りきったんだもん。その人気もすごいもんだよ」

「へえ、そりゃあすごいな。で、今はどの辺りなんだ?そのラグナリュート様は」

「えっと都市部最奥の竜騎城から来るから、まだ数時間はかかるだろうねえ」

「おいおい、まじかよ」

と、前髪を掻き上げため息を吐く。ふとエルズを見ると先ほどの明るい様子とは変わり口を閉じ沈黙していた。

「エルズ?・・・・おーい、どうしたー?」

表情を凍りつかせたままエルズが口を開くその目は今までの快活な彼女だとは思えず寒気がした。エルズが閉じていた口を開く。

「光が・・・・」

「光?一体なにが———」

空が瞬いた。瞬間、飛来した無数のエーテル弾が竜騎連合の各地に降り注ぎ街を抉った。吹き飛ばされた建物は、大小の爆発を各地で起こし巻き上げられた爆風は立っている人々を吹き飛ばした。

「げほっ・・・・ごほっ!エルズ、大丈夫か」

土煙で咳き込みながらユイは無意識に庇ったエルズを見る。エルズからは先ほどの無機質な表情は消えていた。

「うん、私は大丈夫。それよりも一体なにが」

問われ煙が晴れてきた空を見上げるとそこには、空中に開いた暗い穴から巨大な戦闘艦や義骸を纏う轟神種、人間サイズの轟神種が見えた。

「轟神種、なんでこんな所に。前線はもっと先の筈じゃ!?」

ユイが目を見開き叫ぶ。すると眼前に仮装枠が表示された。フレームカラーが緊急の場合を示す赤に染まった仮想枠には、緊急事態発生、オリエント所属戦力は直ちに帰還及び装備を整えろ、と記されていた。

「くっ、とにかく戻るぞ!」

と、ユイはエルズの手を引き来た道を戻り走りだした。


1時間前、天高くそびえる竜の意匠が特徴的な城の一室。そこにラグナリュートとその息子であるラグナスカは居た。人間に竜騎種の飛翔器を生やした見た目をしたラグナスカが嬉しそうに着たばかりの礼装を、親であるラグナリュートに見せつけていた。

「見てくださいお父様!似合ってますか?」

聞かれたラグナリュートが嬉しそうに目を細めながら、

「そうだのう・・・・お前も随分と立派になったものだ」

ラグナスカの頭を撫でながら言った。すると出入り口の扉をノックする音が響いた。

「ラグナリュート様、お時間です」

「おお、もう時間か。では行こうかラグナスカよ」

「はい、お父様!」


「ん、夢・・・・」

焦げ臭い匂いで目が覚める。ぼやけた景色を映す目をこすりながら周囲を見渡す。

「な、なんだよこれ・・・・」

先ほどまで手を振り歓声をあげていた民衆は瓦礫に押しつぶされた者、怪我を負い苦しそうに呻く者で周囲は溢れかえっていた。その光景に唖然としていると上の方から声が聞こえた。

「ラグナスカ、無事か・・・・?」

ラグナスカの上に覆いかぶさるようにしてラグナリュートが瓦礫を背に受けていた。ラグナスカは急いで這い出ると父にかぶさっている瓦礫を除けようとする。

「お父様、いったい何が起きたのですか!?」

「わからぬ、だが今は民の救出を―――」

瓦礫から出て周囲を見渡したラグナリュートが言葉を止める。

「お父様?」

問うた瞬間、ラグナスカはラグナリュートにタックルをされ後方に吹き飛ばされ建物に衝突する。

「お父様、何を―――」

驚いた表情で口を開いたラグナスカは言葉を言い切ることなく途中で固まった。自分にめったな事では拳をあげる事はめったになかった父は、とても穏やかな目をしていてそれはまるで、生きていることを諦めた様に感じた。瞬間、突如白い塊が父を目の前で踏みつぶした。

「え・・・・?」

見上げて見えた父を潰した物の正体は、剣を肩に担いだ義骸を纏った轟神種だった。

「我が名はガブリエル、祝福を受けるが良いよトカゲ共」

ガブリエルと名乗った轟神種は、空を舞う竜騎種に告げ剣を抜き放った。


『緊急事態発生、各部隊メンバーは装備を整え所定の場所で待機せよ。繰り返すーーー」

サイレンが鳴り響くオリエント艦内をユイとエルズは走っていた。向かう先はアスタロトが格納されている格納庫。目の前に突然通信用の仮想枠が出現する。表示されている人物は、アリアだった。

「ユイ様、お急ぎください。アスタロトは準稼働状態で待機中、部隊員も集まっています」

「部隊員?それって・・・・」

先に到着していたらしい部隊員の詳細を聞こうとした時、言葉を遮る形で新しく仮想枠が表示される。

「部隊員はユイ様を入れて全4名、ライカ様、ラグナ様、ユカリ様でございます。部隊名は第29遊撃隊ヴァルキリーズとなっております」

「あいつらか・・・・」

嬉しさで笑みを浮かべるがすぐに表情を戻し格納庫の扉を開ける。

「遅えぞユイ!」

と、ライカの声が響く。ライカの表情はいつものおちゃらけた表情とは違い余裕がなくなっていた。ライカは刀身が折り畳まれた銃剣一体型の武装と背中に簡易的な飛翔器を装備、ラグナはいつもと変わらず、ユカリは長砲身のエーテル砲、戦闘用に走行とエンジンが増設された箒を持っていた。ユイも用意された機神搭乗者用のスーツに着替えると三人の元へ向かう。

「状況は?」

ユイが尋ねるとラグナが答えた。

「都市内部に出現したゲートから侵攻してきた轟神種と現地戦力が交戦中、オリエント戦力は現在待機中といった感じだ」

「待機?街が攻められてるのにか!」

「我とて故郷が焼かれていく様を見たくはない。しかし無策で突撃したところで意味はないだろう」

「うん、それに出撃用のハッチも閉じられてるしね・・・・」

と、ユカリが悲しそうな表情で話す。すると4人の前に通信用の仮想枠が表示される。

『第29遊撃隊聞こえていますね?こちらはオリエント司令部オペレーターのフィオナ、これからは私が貴方達のオペレーターを担当させていただきます。現在敵勢力の奇襲攻撃により現地守備隊は壊滅状態、第29遊撃隊は救援に向かってください』

と、オペレーターを担当するフィオナという人物から通信がかかってくる。4人は頷き合い

「「「「了解」」」」

と言い出撃用のハッチへと向かった。

「アリアさん、行ける!?」

コックピットに乗り込んだユイがアリスに尋ねる。

「いつでもどうぞユイ様」

とお辞儀をした後エーテルで構成された義体が飛散し次の瞬間アスタロトが起動を完了した。視界の端に機体の破損状況を知らせるための仮想枠が映し出され、すべての計器の確認作業が完了すると消えた。すると次にアスタロトに新規に搭載された武器の一覧が表示された。出雲式甲型長刀、ナーデル・ブルク式試製突撃砲、マガジン式エーテル防盾、簡易式追尾術式弾頭、高濃度エーテル射出式天砕雷、等の武装が装備されているらしい。機体が搬送され射出ブロックまで機体が移動させられる揺れを感じ気を引き締める。

『コールサインは冷泉ユイ、ユカリ・サンダルフォン、ラグナ・ディノ、音無ライカの順番でV01からV04とします。ヴァルキリーズは轟神種と交戦しこれを撃滅してください。尚現在ラグナリュート様とラグナスカ様が行方不明となっております。見つけた場合は優先して救助を。では出撃してください』

カタパルトに機体が降ろされ接続される。傍へ目をやると輸送機に乗り込む3人と、手を振る整備員の中で手を振るエルズを見つけた。エルズがこちらの視線に気づいたのか片目を瞑りサムズアップをしてくる。

「出撃準備完了、射出タイミングをアスタロトへ譲渡します」

エルズに思わず笑ってしまったユイだったが機械音声に意識を戻される。右マニュピレーターを操作しエルズの方へ同じようにサムズアップを返すと、

「V01、アスタロト、出撃します!」

カタパルトが火花を散らし機体を艦外へと投げ飛ばす。背部に新しく装備された2基の飛翔器が白のエーテル粒子とは違う青の粒子を勢いよく吐き出し重力を物ともせず機体を加速させ戦火の中へと飛び込んでいった。


「ーーー工業区画にて新たな敵集団出現、第27遊撃隊が交戦を開始!第1次防衛戦、突破されました!」

「15から17までの遊撃隊を向かわせろ!」

「第29遊撃隊が突入を開始した模様です」

オペレーターの報告と同時に休む暇もなく動き続ける戦況ウィンドウを冷静に見つめていた男がいた。

「これでオリエント全戦力の投入は完了・・・・か。情けねえなあ」

とため息混じりに言う男。

「何がですか?マーカス少佐」

と傍に控えていた赤髪の女性が尋ね、マーカスと呼ばれた男が答える。

「ヒルダか・・・・そりゃあお前、全29隊の戦力と言っちゃ聞こえはいいがそのうち正規軍のみで構成されてんのはたったの5隊。しかもその正規部隊はオリエント周辺空域の制空権の維持で、都市部への介入は行わないんだと。まったく上の方々は何を考えているんだか」

「大方、防衛線が崩壊した時にいち早く撤退する為でしょう。現状、彼らの勇戦に期待するしかありません」

と表情一つ崩さずに告げたヒルデにマーカスは不満気な顔をする。マーカスは懐から煙草を取り出し口に咥えると、

「こんなところで死ぬんじゃねえぞ若いの」

と悔し気に呟いた。


「つぇりゃああああ!!」

義骸へ勢いよく太刀を振り、勢いのまま叩きつけそのまま建物に衝突する。両断しようとするも刃は敵の身体を両断することなく途中で止まってしまった。絶命寸前の轟神種が道連れとばかりに右腕に装備されたエーテル砲を突きつけてくるのが見えた。

「このっ、やろお!」

ユイは太刀から手を離し腰のハードポイントに接続された突撃砲をマニュピレーターで保持し、敵の身体に突き付けフルオートで射撃を開始する。吐き出された弾頭が肉を抉り、バランスの取れたある意味芸術的な形をした義骸を削り取っていく。やがて義骸の活動が停止すると死体から野太刀を抜き、近くの建物へと身を隠す。

「V01から各機へ、状況は!?」

「こちらV02、索敵継続中。この周囲に敵影はもう確認できない」

「V03、異常なし。ラグナスカ様らしき人物も見当たらない」

「V04、異常なしだ。実践仕様の鎧の調子も最高だ」

と廃墟の窓から轟神種が吹き飛ばされてくる。続いてフルフェイスの鎧に身を包んだライカが体勢を立て直す隙を与えず剣を突き立てる。止めを刺したのを確認したライカが背中の飛翔器を使いアスタロトが隠れている建物の屋上へと着地した。

「なあユイ・・・・」

突然ライカから通信が入る。

「どうした、わざわざ秘話回線なんか開いて」

「お前、何人から慣れた?」

通信枠に表示されたライカの顔は暗く敵の血で濡れた手を握ったり開いたりを繰り返していた。

「いや、俺はそういうのは特に・・・・」

「ああ、そうかお前は義骸相手だから、相手の表情とかがわかりにくいのか。ラグナはまだしも生身の俺は、敵の怯えた表情や痛みに耐える表情が、キツい・・・・三人目からはもうそれも薄れてきたけどな」

「ライカ・・・・」

周囲を警戒するライカを心配そうに見ていると、砲撃音とは違う甲高い音が戦場に鳴り響き青空を白く染め上げた。次の瞬間巨大な風の塊がヴァルキリーズを襲った。

「ぐぅう!!」

ユイは機体の脚部のスパイクを展開し地面へと突き刺す、がそれでも機体の姿勢が崩れそうになるのを見ると手にしていた太刀を突き刺し制動をかける。仲間達も地面へと降りなんとか飛ばされまいとしているようだった。しばらくして風が止むと周囲の建物は跡形もなく崩れ吹き飛んでいた。ふとセンサーが、上空の純白に染まった空が粉々に割れ白い粉のような物質が振っているのを認識する。

「あれは・・・・?」

と、ユイが疑問を口にした瞬間、けたたましい警告音が鳴り響くと共に焦った表情のフィオナが映し出される。

「戦闘に参加している全戦力に勧告します!至急、地上へと降下上空に対し防御姿勢をとってください!繰り返します―――」

次の瞬間、はるか上空を舞っていた粒子が金属を削るような甲高い音をあげ形状を変え始めた。次の瞬間ユイの脳内に謎の映像が突然再生される。それはもとからあった記憶の様に違和感など一切発せずユイの脳内で発生した。

(これは、こいつに初めて乗った時の!?)

再生された映像は、雪の様な粒子が降る中立ち尽くすアスタロト、するとすぐさま次の映像に切り替わる。映像は無数の閃光が地上へと降り注ぐ閃光の中アスタロトと1人の轟神種が戦闘を繰り広げている映像が短く再生され途切れた。

「っ!?全機、今すぐ俺の機体の下に集まれ!早く!」

なにかを感づいた様子のユイが仲間へ通信をかける。すでに地上に降りていた仲間たちはそれを聞くとすぐさまアスタロトの足元へと集合する。ユイはアスタロトを片膝立ちの状態にすると、左腕に装備されたマガジン式のエーテル防盾を起動し空へと掲げる。防盾が起動するとアスタロトの周囲が青い防壁で囲まれた。次の瞬間、自らを槍の穂先の様な形に変えた白い粒子が光速で竜騎連合へと降り注いだ。弾着点の周囲は次々とクレーターが形成されていき、降下が間に合わなかった部隊や、住居を盾にしていた部隊等が塵一つも残さず消えていく光景がセンサーに次々と映し出された。そしてヴァルキリーズがいる地点にも閃光が降り注ぐ。閃光はアスタロトが展開していた防御壁に直撃すると周囲の建物へと弾かれていく。

「ぐうう!!」

防御壁の耐久値が目まぐるしく減少していくのを確認しながら弾着の衝撃がフィードバックされるのを必死にこらえる。しばらくして降り注ぐ閃光が止むのを確認すると同時に限界を迎えたのか防御壁が砕け散り、両腕の防盾から空になったマガジンが排出される。

「はあ・・・・はあ、全員無事か?」

「うん、ユイの防御壁のおかげで皆大丈夫みたい」

「それよりユイ、他の部隊の状況わかるか?」

他の部隊との通信を試みようとするが失敗する。どうやら降り注いだ粒子の影響で通信が困難にされてるらしい。

「いや、ダメだ。どこにも繋がらない」

「むう・・・・八方ふさがりという訳か」

4人がこれからの方針について悩んでいるとフィオナからのノイズまみれの通信が入る。

「オペレーターから・・・!北東・・・・メートルに新たな轟神種を発見・・・・」

「メタ・・・・エルの出現を・・・・の足元、ラグナスカ・・・・」

望遠魔術で捉えた映像が各隊員の視界に表示される。それを見たラグナが驚いた様子を見せるとすぐさま、背中の飛翔器を全開し単騎で先行していってしまう。

「おい03!各騎、対象の救助に向かうぞ!」

残される形となった3機も後を追うように続々と移動を開始した。


ガブリエルが剣を振るい放った閃光は周囲の建物を根こそぎ抉り取り、半径100mの周囲を旋回していた竜騎種を地へと叩き落とした後に潰し尽くした。巻き上げられた粉じんと閃光の圧に吹き飛ばされたラグナスカはガブリエルの足元に居た為か閃光に巻き込まれず軽傷で済んでいた。安定しない視界の中瓦礫の山から這い出る。目前に居たはずのガブリエルは背中に光翼を展開し地上を離れようとしていた。

「と、父さん?」

父を呼ぶ声に気づいたのかガブリエルがラグナスカの方へと視線を向ける。

「お前は、ラグナリュートの養子ラグナリュートか。父に会いたいか?冥土の土産だ」

声と共に左足を軽く振る。ラグナリュートの全身に生暖かいものが降り注ぎ何かの塊が眼前に落下する。

「え・・・・?」

それは、上半身のみになった父親だった。

「あ、ぁ・・・・うぁあ!」

父の亡骸を抱き、叫ぶラグナリュート。二人を見下ろすガブリエルが泣き叫ぶラグナスカへ左手をかざす。左手に白い粒子が集まりやがて1つの光弾となる。

「では、さらばだ。哀れなトカゲよ」

光弾が発射されようとしたその時、飛来した誘導式のエーテル弾頭がガブリエルへと襲い掛かる。

「ちっ・・・・」

舌打ちと共に目標をラグナスカからエーテル弾頭へと変更し、即座に光弾を放つ。放たれた光弾は殺到するエーテル弾頭とぶつかり爆発する。青と白が入り乱れる爆炎を引き裂き1機の機神と2人の人間と1人の竜騎種が、飛翔器を全開し突撃してくる。

「・・・・あの閃光の中生き残るか。少しは楽しませてくれたまえよ?」

手にした剣に光を纏わせたガブリエルが太刀を構え突撃をしてくるアスタロトと衝突する。


「V02はガブリエルの取り巻きの排除、V03はラグナスカの救出、ユカリはサポートを頼む!」

「「「了解」」」

ガブリエルへと太刀を叩きつけながら各員へ指示をとばす。

(くそっ、なんなんだよこいつは!)

ユイは焦りとなにか気持ち悪さのようなものを感じていた。どこを攻撃しても的確に防御され、飛翔器の出力を上げ押し込もうと思考し行動しようとした瞬間押し返されるといった、思考を読まれているとしか思えない状況だったのだ。

「アリアさん、頼める!?」

ガブリエルと一進一退の鍔迫り合いを繰り広げながらアリアに尋ねる。

「何なりと」

「ありがとう、じゃあ―――」


自分が考えた作戦を伝える。

「ユイ様の負荷が激しくなると予想されます。それでもよろしいですか?」

「ああ、頼む」

するとラグナからの通信が入る。

「ユイ、ラグナスカ様を避難させた!ガブリエルを頼めるか?」

「もうやってるさ!」

ラグナからの通信が終了すると、鍔迫り合いの状態から力任せにガブリエルを引きはがすと空へと高度を上げる。先読みをしなかったガブリエルを不審に思いながらも納刀し、腰のハードポイントに接続された突撃砲を抜き射撃を開始する。ガブリエルは、降り注ぐ弾頭を全て剣で弾き落とすとアスタロトを追い高度を上げ始める。追いつかれまいとスラスターを逆噴射し後退射撃を試みるも全ての射撃を避けられ距離を詰められる。残弾が少なくなった突撃砲を投げ捨て再度太刀を抜きガブリエルへと突きを放つ。しかし、見透かしたように避けられ眼前までガブリエルが接近してしまう。太刀を引き戻そうとするも腕ごと掴まれ操作が利かなくなっていた。

「そうか、貴様がザドキエルを退けた白ブリキか。だが失望したぞ」

(通信に割り込むのか!)

ガブリエルに押しつぶされまいと飛翔器の出力を上げる。

「この程度の敵に退けられるとは、ザドキエルの底も知れる。そうは思わんか?」

「そいつは、どうかな?」

ガブリエルのこちらを見下す言葉に笑みを持って返す。

「なに?」

と、ガブリエルが疑問を持った瞬間、アスタロトがユイの意思とは別に自律稼働を始める。

「エーテル射出式天砕雷の起動を確認!」

右腕に装備された天砕雷が起動すると共に機体の出力の9割が天砕雷へと回されたことが表示される。唸りを上げ余剰の青の粒子を吐き出しながら巨大な青い光の杭が形成されていく。大量の警告を示す仮想枠が表示されるがことごとくを無視。やがて天砕雷の充填が完了すると、やかましく警告音が鳴り響く機体を動き出す。右腕部を機体の後方へと持っていかれ、勢いをつけガブリエルの胸へと叩きつける。

「射出します!」

瞬間、射出の衝撃を逃すため右腕部の装甲がパージされ吹き飛ばされていく中、天砕雷に充填された粒子が膨大な粒子の杭となりガブリエルを突き穿つ。天砕雷が放った杭はガブリエルを貫き、遥か空の彼方へと飛んでいきやがて爆散した。武器の情報が更新され現射程距離という項目に1.6kmと追加されたのを横目で確認しながらユイは息をつく。

「はあ・・・・はあ、いくら俺の思考を読もうが別の奴に機体を動かされちゃ流石に対応できねえだろ」

荒れる息を整え機体を自動操縦に切り替える。疲れを癒す為にシートにもたれかかる。仲間の状況を確かめる為に通信をかけようとした、その瞬間―――。

アスタロトの右上半身が飛来した閃光に飲み込まれた。

「・・・・は?」

ユイは視線を右に向ける、そこには機体に搭乗した時にはあった筈のコックピットの右半分が跡形もなく消え都市部の景色が見えた。かろうじて動く頭部ユニットを動かし攻撃があった方向を見る。そこには、たった今天砕雷で貫いたガブリエルが全くの無傷で、手には天砕雷が射出したエーテル杭が浮遊していた。

「惜しかったなあ、白ブリキ。貴様が我に斬り合いなど挑まずに初撃で不意打ちにこの杭を使っていればまだわからなかったものを・・・・」

と、エーテル杭を指で遊びながらガブリエルは呟いた。

「どういう、ことだ?」

ユイは血走った目でガブリエルに向かい叫ぶ。

「ふん、我らメタトロンはなそれぞれが固有の能力を持っているのだよ」

と、なにか術式の様な紋様が特徴的な義骸の目を指先で叩きながら続ける。

「我の能力は神託権能。我の意思通りに我が認識する世界を書き換える能力、我が勝つと思えばどのような条件でも勝利し、死ねと願えば我と相対する全てが死に絶える。だが、実に不便な能力でね、この能力はオンオフが利かないのだがまあそれも関係ないことか」

エーテル杭を指で遊ぶのを止めると杭を握りしめ、背中の光翼を展開した瞬間、ガブリエルの姿が消えた。

「くっ、どこに!?」

ろくに動かない機体を動かしなんとか退避しようとした瞬間、機体が大きく振動する。背後になんらかの手段で移動したガブリエルがアスタロトの頭部ユニットを掴んでいた映像が仮想枠で視界に表示される。

「たった100年そこらの生涯、今死んだとてそれ程変わるまいよ」

頭部ユニットが握り潰され視界が暗く染まる。背部装甲に杭を当てたガブリエルは一言、

「死ぬがよい」

そう呟き杭をアスタロトへ突き立てた。アスタロトは杭に背部から前部を貫かれ機能を完全に停止した。


「ユイ!!」

アスタロトが貫かれるのを遠方で二人と共に見ていたユカリが叫び、ユイの元へと飛び出そうとする。

「おいユカリ!なにする気だよ!」

正気を失った表情で飛び出そうとするユカリを、ライカが羽交い絞めにしながら怒鳴りつける。ユカリは取り押さえようとするライカを気にも留めず、アスタロトを見つめたまま、

「だって、ユイがこんなところで死ぬはずないもの・・・・ずっと一緒って4年前に・・・・」

空虚な瞳でそう呟いていた。ライカはそれを見て、なにか得体のしれない者に侵される様な悪寒に襲われる。悪寒を振り払うように舌打ちをすると、

「ユカリ、すまねえ!」

拘束を解いた瞬間ユカリの前方へ回り込み腹部に掌底を打ち込む。鈍い音を立てた一撃は一瞬でユカリの意識を奪い去る。

「ラグナ、撤退するぞ」

意識を失ったユカリを担ぎそう告げた。

「撤退だと!?敵に後ろを見せ、あまつさえ親友を見捨てて逃げるのか!?」

ライカの判断に怒り、襟を掴んで持ち上げ怒りを露わにする。

「だったら・・・・」

少しも目線を外すことなく見つめてくるラグナに掴みかかれたライカは、目を逸らし今にも泣きだしそうな表情で続ける。

「だったら、お前ならあの化け物に勝てるのかよ!無理だろうが!!・・・・終わりなんだよもう!!」

破壊され尽くしもう砲撃音も仲間の部隊の声も聞こえなくなった戦場を背後にライカは怒鳴り散らした。

「・・・・ぐう!」

ラグナは何も言い返せず掴んでいたライカを離すと空へ高度を上げ始める。ライカも背部の飛翔器を起動し建物の上を高速で移動していく。ふと背後に振り向くと、機能停止に陥った右半身を失ったアスタロトが地上に落下していく光景が見えた。


激しい、鉄の塊を地面に叩きつけたかの様な音と衝撃でユイの意識は回復した。

「ん・・・・どう、なったんだ?」

状況を確認しようと身体を動かそうとするも、身体が、主に右半身が少しも言う事を利かないことに気づく。顔を動かし右半身があるであろう空間へと目を向ける。そこにあるはずの身体は、押しやられた機械や装甲らしき物で押しつぶされ影も形もなかった。

「ああ、俺はガブリエルに貫かれて。・・・・それで俺は―――」

死ぬのか、そう思うと共に身体に残った僅かな体温も消えていくのを感じ死を実感する。意識が薄れていく中、部隊員の幼馴染達の事を考える。

(あいつら、無事に逃げ切れたかな・・・・)

口から血を吐き終わりが近づくのを実感するとかつての記憶がフラッシュバックの様に次々と思い出されていく。

(これが走馬灯ってやつか・・・・)

思い出す記憶は、懐かしい幼馴染達との学校でのバカ騒ぎやテストの事の様な他愛の無いものばかり。

(懐かしいなあ)

そう思った瞬間ある一人の少女の事を思い出す。

(は、忘れられるわけねえもんなあ・・・・椿のことなんて)

どこかの名家の邸宅だろうか、そこの正門に母親らしき人物と手を繋ぎ不安そうな目をした幼少期のユイが居た。ユイが見つめる先には、神官の装束に身を包んだ大人たちに連れられて車に乗せられる御門椿が居た。車に乗る直前、椿は急に立ち止りユイの方へ振り向いた。椿は瞳に涙を浮かべ今にも泣きだしそうな顔で声には出さず、ユイだけを見つめ言った。たすけて―――と。

「っは!・・・・ぐぅあああ!!」

その光景を思い出した瞬間、消えかけていた意識が戻ったユイは、どうにかこの状況を打開できないかと無事な左のデバイスを動かし始める。

「そうだ、まだだ。まだなにも果たせてないじゃないか・・・・」

痛みに堪え顔を歪めながら言葉を紡ぐ。

「死ねない、死ねるかこんなところで!」

と、叫んだ瞬間アリアが現れる。しかし、その様子はいままでの人間としか思えない精細な義体ではなく、ノイズが至る所に走っていて形を保つのに精いっぱいといった感じだった。

「ユイ様、このままでは貴方様は十中八九死亡します。ですが貴方様が望めばまだ助かる余地はあります、如何いたしましょうか?」

「そんなの、生きたいに決まってるよ。まだ生き残る道があるなら、なんでも使ってくれ」

それを聞いたアリアは更にノイズが酷くなった義体で一礼をした後、手で空を切った瞬間。

『拘束機構解除:第1フェーズ:移行開始......完了』

オレンジ色のフレームで囲われた見た事の無い形式の仮想枠がユイの前に表示される。仮想枠はほんの一瞬、地球を抱く女神の様な絵を表示した後すぐに、

『72機神第29番機アスタロト統括OS:Twilight:初期化....完了:起動....完了:搭乗者冷泉ユイの初期接続を開始....完了』

これは?と思った瞬間。

「っ!・・・・かはっ!?」

アスタロトに接続するときに現れていた青い線の様な物がより数を増やし、繊維を引き裂くような音と共にユイの全身を駆け巡った。痛みに堪えるユイの前に更新されたオレンジ色の仮想枠が表示される。

『ようこそ、黄昏へ至る道へ』

と、表示された瞬間アスタロトは青い粒子の奔流に飲み込まれた。

(なんだ、なにが起きてる!?)

あたりを見渡しながら気付いた、先ほどまで押しやられた装甲や機械で潰されていた右半身は何事も無かったかのように元に戻り、失われたはずの機体の右半身も元に戻っていた。するとまた、新しい仮想枠が表示される。

『不要武装と不要装甲を検知、排除、再構成します』

次の瞬間、アスタロトに装備されていた筈の装甲や装備が青い粒子となって霧散していった。

『正規装甲の召喚フェーズへ移行』

表示された直後、フレームのみとなったアスタロトの周囲に装備が召喚された。空間を割り最初に現れたのは、武装や装甲の固定具となるハードポイント。ハードポイントは、背部、肩部、腕部、脚部にパーツが接続されていく。次の瞬間、召喚音を響かせながら現れるは数々の白と青に塗装された装甲と武装で、風を切り飛行するパーツ群が次々と接続されていく。背部には十字型の飛翔器、腰部には左右それぞれに1振りの長剣、ほかの箇所にも大小さまざまな飛翔器や装甲が装着されていく。

『特務武装:天砕雷:の再インストールを開始』

他のどの召喚音よりも大きな音を響かせて現れたのは、先ほどまでアスタロトが装備していた大きさが腕全体よりも大きな天砕雷ではなく、腕の半分ほどの大きさに小型化された天砕雷が右腕に装着される。最後に青と白の光が機体を走り、全行程は完了した。すぐさまユイの前にアリアが再度表示される。

「ユイ様、壁が晴れます。疑問は後ほどに、今は戦闘に集中を」

「ああ、わかった・・・・」

離れていた右腕を再度デバイスへ繋ぎなおす。自らの身体を走る線がより深くなったことを実感する。機体との合一化の感覚はいままでの物とは段違いで、細やかな粒子の動きでさえ感じ取ることができそうだと思い、すぐに気を引き締め青い壁の先を見つめた。


突如発生した青の粒子の奔流を見つめる影が2つあった。影は竜騎連合を囲む城壁の上に座り込み戦場を眺めているのは壮年の男性と少女だった。少女は口にした飴を舐めながら、

「始まっちゃったね、゙先生゛とやらが考案した救済計画が」

表情は笑っていてそれはまるで、傍らで遊ぶわが子を慈しむ母親の様な表情だった。

「ああ、そのようだな・・・・」

と、傍らに立つ男が続ける。

「だが、結局は大勢は変わらん。荒野にいくら花が栄えても砂塵がすべてを壊し、世界は黄昏を迎える。幾度も見てきただろう?」

と、問う男に少女は

「あはは!そうだねえ、でも゙今回は゛違う気がするんだよねえ・・・・なんとなく」

小さくなった飴を舌で転がすのを止め上下の歯で挟み込む。少女は笑顔で、

「まあ、頑張って欲しいかな」

挟んだ飴玉を噛み潰した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る