第3話
神聖都市大和―――人類の生存拠点でも最大の規模を誇るその都市は、中央に天高く聳える塔、中央塔と幾つもの配管で接続された三本の尖塔、塔下に広がる大都市で構成されていた。北、南東、南西にある僅かに傾いて建てられた尖塔は、幾つもの排気孔を持ち都市部の地下にあるエーテル炉から中央塔と都市に供給されたエーテルの余剰量を放出することによって、都市を守る結界維持に用いられていた。中央塔の真下に広がる第一級区画の中を竜騎種の誘導を受けながらユイが乗るアスタロトが歩行していた。ユイは腕と足だけを合一化させコックピットに設置された計器類を眺めていた。
「ここが神聖都市大和ですか、到着早々研究所行きとは情報収集の観点から見てぶっちゃけますと最悪ですね」
声の主は、右の視界に宙に浮かぶ小さなメイド服に身を包んだ女だった。
「まあまあ、というかアリアさん、最初会った時そんな小さかったっけ?」
「私どもの様な者は、ユイ様が機体と合一化する際に用いてるデバイスと似た様な物を持っていますので。エーテルを纏め上げて擬似的な身体を作ることができます。エーテルという物は本当に便利ですね、発見した人様々です」
表情を変えずに喋るユイに苦笑し、アリアの顔を見つめ僅かに暗い表情を浮かべる。
「どうされました?擬似体に何か問題でも」
表情の変化を悟られたのかアリアが疑問を口にする。だめだなあ、と思いつつ
「いや、昔の知り合いに似てるなあって思ってさ」
苦笑いを浮かべ答える。
「昔の知り合いですか、よければ教えて貰えないでしょうか?」
問いに、あーと顔を上に向けシートにもたれかかる。
「昔、さ。仲良かった友達に怪我をさせて、そのせいで学校にも行きづらくなって数年引きこもってたんだ。そんな時に助けてくれたのがアリアさんにそっくりな女の子」
ふむ、と数度頷き、
「その女性が私に似ていると。では、私も一つ私に関する事を言わねば対等ではありませんね。実を言うと私も先日気付いた事が、昨日情報の整理をしていた所、起動以前の記録が消失しているという事に気付きました」
さらっと告げられた事実に目を見開き、どういうことだと問いかけようとしたが眼前に表示枠が展開される。内容は受け入れ準備が完了したこと、ゲートを開けるので指定の場所まで来いといった内容だった。ユイは先ほど言おうとしてけれど言えなかった言葉を飲み込み、いつでも聞けることだと納得させ機体を駆動させた。
中央塔の中は神社の本殿の様な内装で、実験用の機体が巨大な鳥居型のハンガーに接続されていた。指定されたハンガーにアスタロトを接続すると、飛翔用の術式を足に付けた作業員達が飛んでくる。
「お疲れ様ーさっそくだけどそれじゃデータ調査始めるねー」
「わかりました!」
そういえば、みんなは今頃どうしてるだろうかと思いを馳せつつ計器類に目を走らせた。
同時刻、大和の都市部を買い物袋を抱えて歩くユカリとライカの姿があった。
「大体揃ったかな?祭りの出店の用意は」
ローブを着たユカリの言葉に同じく袋を抱えたライカが頷く。ライカが買い物袋の中身を覗き込む。袋の中には電飾や飾り付け用の雑貨などが入っており、
「確かユカリん家の出店って術式の加護がついた小道具を売るんだったよな?」
「そうだよー。まあ、使わなくなった呪符を捨てるのももったいないから加護付けて格安で売ってるだけだけどね。それがどうしたの?」
問いにユカリが大事そうに抱え込む袋を横目で見て問う。
「いや、それならなんで食材を買ってるのかって思ってな。晩飯の材料か?」
問いにユカリは顔を赤く染め身を小さくし答える。
「こ・・・これはその、ユイに」
ははーん、としたり顔になったライカはユカリの頭を手で掻き乱し言った。
「健気だねえ、まあ頑張れ頑張れ!」
その時、正面から声が聞こえた。
「あれ?ライカ君とユカリさん、出店の買い物?」
声の主は、普段着に身を包んだキファだった。
「あ、キファ。キファも買い物?」
「ううん、暇だったから降りて来てみただけ」
そんな二人の様子にライカが、
「なんだお前ら、知り合いだったのか」
驚いた様子で言った。
「ちょっと色々あってね」
キファが、あ、と思い出したように二人に問う。
「そういえばユイさんを見かけなかったけど、ユイさんは祭りに来ないの?」
問いにライカは、そういえばそうだな、と一枚の写真を取り出す。
「あいつももう大和に何年も降りてないからなあ」
ライカが冷泉ユイと一人の女性が一緒に写っている写真をキファに渡す。
「御門・椿さんか・・・彼女が行方不明になってからだよね」
ユカリが、新しくなった右義眼を手で触れながら言う。
「ユイがなんというか、変わったのは」
暗い表情を浮かべる二人を見たキファが口を開き、言った。
「で、でも、行方不明ってきっと会えますよ!オリエントは世界中を巡ってるんです」
その言葉に、はは、と笑ったユカリが答える。
「そうだね、うん。きっと会えるよね」
空を見上げ、
「楽しいお祭りになったらいいなあ」
都市郊外の一角に街並み全てと距離をとって存在する西洋建築の家があった。邸宅の前の豪華な装飾が特徴の正門、その場所にオルガマリーは立っていた。よし、と、決心したように門を開け敷地内へと歩を進める
「おやあ、マリーじゃないかあ・・・ヒック」
二階の窓、そこにはワインの瓶を片手に顔を赤く染め、豪華なドレスに身を包んだ女性が身を乗り出し手を振っていた。オルガマリーは半目になり、
「よくこんな時間から飲めるねえ、アリス?まだ集まりまでは1時間もあるってのに」
ため息交じりに呆れた。それを聞いたアリスはまだ4割ほど残っているワインを飲みつつ酔いが回りきった笑顔で言った。
「前夜祭よお前夜祭!ウィ~ヒック」
するとアリスの後ろの方から清潔感漂う痩躯の青年がアリスを羽交い絞めにして引きずっていく。
「姉さんもうそんなに酒を飲んで!ほら。早く着替えて!」
「えー、別にいいでしょ~フィン。どうせ身内だけの宴会なんだしさあ」
等と文句を唱えるアリスをフィンと呼ばれた青年が無理やり連れて行くのを見ながら、オルガマリーは、変わらないなあと、そう思い家の門を開けた。
「で、そこでマリーちゃんが颯爽と現れてねえ。かっこよかったなああ!」
と、屋内で酔っぱらいの声が響いた。場所は、応接室とはいうには過剰な広さの空間。声はそこから、
「そんなかっこよかったマリーちゃんが今どうしてるかなあって思って、折角こうして宴の席まで用意したのに~!」
「用意したのは僕だけどね」
ソファーに座るオルガマリーと向かい合って座るフィン、そしてオルガマリーに寝転がるような姿勢で絡み付くアリス。帰りたい、酒臭い、もうやだ、と、オルガマリーは思いつつだが顔には努めて出さないようにし、
「もうその話何回目よ。先生もいいものよ?楽しいし元気もらえるしね。たまに、ええたまにだけど若さがうらやましくなるけどね・・・ふふふ。フィン君相手紹介してくれない?」
「僕に振りますかそこで」
言うと、三人は顔を見合わせ微笑を洩らす。フィンが外の景色を眺めつつ懐かしげに呟く。
「僕達三人がトライ・ブルームの異名で呼ばれていたのも、もう何年前のことでしょうね」
えーと、と、オルガマリーが思い出そうとする。するとアリスが、
「十七年前からよ、私たちがそう呼ばれ始めたのは」
懐かしいわねえ、と、残り少なくなったグラスを揺らしながら続ける。
「師匠に本気で死ぬんじゃないかとさえ思うレベルで扱かれてね、まあそのおかげでこうして生きているのだろうけど」
そういえば、と、オルガマリーが口を開いた。
「師匠は今日来ないの?アリス。あの人すぐ拗ねるから読んであげなきゃ駄目よ?」
問うたその時、フィンとオルガマリーがなにかを言いたげな笑みを浮かべた。オルガマリーが怪訝に思っているとフィンが口を開いた。
「師匠は・・・祭りの準備で忙しいそうですよ。なんでも大がかりな仕掛けでみんなを楽しませようとしてるみたいで」
フィンが立ち上がり窓際に立つ。いつの間にかアリスも立ち上がり出入り口の扉を開けていた。取り残される形になったオルガマリーは何かを言おうとしてしかし、アリスの言葉で遮られる。
「それじゃ、私たちも仕事がまだ残っているから先に出るわね。戸締りは別にしなくていいわよ」
それじゃ、と応接間の外へと消えていく。
「では僕もここまでで。あ、今日渡したいものがあるので今夜、ここに来てくださいね。それじゃ」
アリスを追ってフィンも一礼をして去って行った。二人が去り際に見せた笑顔、いつも通りの笑顔のはず、なのになぜか胸にこびりついて離れなかった。
神聖都市大和中央塔内部、多種多様な種族が行き交う塔内を、冷泉ユイは歩いていた。ユイが展示されているエーテル炉のモデルや人類史の年表を眺めていると横合いから栄養ドリンクが差し出される。差し出してきた主はキファ・エルズだった。お疲れ様、と、こちらを労った後ユイの隣で歩き始める。エルズは容器が半透明の底面に術式枠が表示されているドリンクを飲みながら、
「このドリンク、飲み終わった後は容器が分解されて空気と混ざるようになってるんだって、珊瑚大社って戦闘用の術式しか作ってないって聞いてたのに」
と、どことなくよそよそしい様子で話しかけてくる。それに気づいたユイがエルズに問いかける。
「・・・なにか隠してる?」
聞いたエルズがわかりやすく肩を震わせ、あはは~と笑みを浮かべる。
「そ、そんなことないよ!え、えっと今日のお祭りさ、僕大和初めてだから一緒に行かない!?」
と、慌てて取り繕うエルズをユイは半目で見、そして
「ああ、良いよ。別に一緒に行く相手もいないし」
答える。エルズは、ありがとうございます、と、礼を言った後何か思ったのか小首を傾げ疑問を口にした。
「あれ?ユカリさんとは?」
ユイは、頬をかき少し言い辛そうにした後,
「ユカリとは昔に色々あってね、ずっと一緒にいるとその事を思い出して会い辛いんだ」
はぐらかされたことに気づいたのか、うつむきなにかを決心するように息を吸い込み言った。
「あの、ユイさんの昔の事、よかったら話してくれないかな?」
問われたユイは苦笑いを浮かべ首筋に手を当てた。自分のことはわざわざ人に言うほどのものではない、と思いつつ、しかし自分たちのことを全く知らないこの娘に話して一体どんな言葉を返してくれるのかとも、思った。だから、過去を思い返しながら口を開いた。
「俺の家は元々、後継ぎとなる人物適齢期を迎えると、右目に眼球を刻んで常人には扱えない魔術を使って国に尽くすのが使命っていう家でな。俺が適齢期を迎えた時、例年通りに、俺の時は右目だったかな・・・術式を刻む手術が始まったんだ」
深く息を吸い、手が当時の事を思い出し震えているのを自覚しつつ、
「手術が終わって二~三日は正常に魔眼が機能してたんだけどね、ある日を境に目が見えなくなって、次は耳が、その次は手と足が、って感じで動きづらくなったんだ」
横のエルズが驚き目を見開く。ユイは自分の動悸が更に早くなるのを感じた。
「俺も、家の人たちもなんとかして元に戻そうとどんな事でもやったんだ。でも」
右目を手で軽く触れる。よく見ると何重もの線が張り巡らされ、もうほとんど機能していない目を手で撫でながら、
「残ったのは、失敗作の無能な子供だけだった」
あれ?と、
なぜ自分は話すつもりのなかった、他人に話した事の無い所を話しているのだろう。
しかし、口は動く、
「後継ぎに困った冷泉家は、当時オリエントの孤児院にマギを大量に宿す子供が居るって情報が入ってな。その娘の名前はユカリ、知ってるだろ?で、ユカリを養子に迎え入れた後、魔眼を刻んだんだ。ユカリは伝統に則って襲名して、問題は全部解決したかのように見えたんだ」
でもな、と、前置きをして。
「ユカリの魔眼が暴走してな。止めようとしてたくさんの人が犠牲になって、俺が」
息を吸い震える手を抑え
「ユカリの右目を抉ったんだ」
エルズが息をのむのが脇目で見えたが気にする暇もなく、
「結局、何者にもなれなくてさ。できたことと言えば親友の目を潰したことだけだ・・・」
呟いたその時。自分の目からいつの間にか涙が流れていることに気が付いた。服の袖で涙を拭う。
「ははは、ごめんな暗い雰囲気になっちゃって。それじゃ行こうか」
と、祭りが行われるであろう場所へ歩き出そうとしたら手を引かれた。振り向くとエルズが手を握っていた。
「きっと、ユカリさんはユイさんに感謝してると思うよ、なんとなくわかるんだ。えっと・・・その、最善と思って頑張った自分を捨てないであげて!」
ユイが驚いた様子でエルズを見ているとエルズは我に返ったのか、
「はっ!?え・・・えっとそのごめん。皆の事なにも知らないのに好き勝手言っちゃって」
握っていた手を離し頭を下げた。
「いや、別に大丈夫だよ。うん、ありがとう」
謝るエルズを宥め二人は祭りが行われる場所に向かった。
時刻が七時を迎えたころ、街は祭りの活気と明りで賑やかさを生み出し始めていた。市街中心部にある大広間では様々な出店が開かれ、浴衣や普段着に身を包んだ人々が歩いていた。
「あれ?ユイとエルズさん。二人だけ?」
と、ライカ、ラグナの二人と共に歩くユカリが歩くユイとエルズの二人を見つけ声をかけた。
「はい、ユイに色々と教えてもらってた!」
「へ~どんなこと?」
と、ユカリ、エルズの二人がガールズトークに入り始めたのを見たライカがラグナとユイを手招きし呼び寄せる。するとラグナがユイの肩を掴み、
「おいどういうことだ貴様あ!我らに内緒であのような女子とフラグを立てるなどと!」
竜騎種の筋力で揺らし始める。ライカもそれに続く形で、そうだ、そうだと乗り始める。
「おいおい、エルズとは今日あったばかりだから!なにもあるわけねえだろ、いいから離せ!」
「む、それなら良いが・・・」
と、ラグナがユイから手を離すとライカが二人に耳打ちをする。
「で、お前ら毎年恒例のあれを始めるぞ」
目を輝かせ道行く人々を見るライカ。それに続く様に見るラグナ。
「うむ、第四回理想の女性を探そうの会だな。・・・やはり、中等部女子の無邪気さというものは保護欲と父性が刺激されるな。守りたい。ところでお主はどうなのだ?ユイよ」
と顎を撫でながら言うラグナを半目で見ながらユイは、道行く人々の方ではなくガールズトークを続けている二人の方を見て口を開いた。
「・・・俺は、やっぱりこう年上のお姉さんに、例えばオルガマリー先生の腰のラインとかが・・・」
「だよな!だよな!やっぱり年上ってのはさいk」
と、ライカがユイに同調しようとしたが次の瞬間、そこにはユイ以外の二人の頭上に浮かび上がった術式により地面に叩きつけられ倒れ伏す二人の姿。それを見届けたユカリは冷ややかな顔から一転いつもの笑顔に戻り唖然とする二人に話しかけた。
「はい、あの馬鹿三人組は置いといて私たちは私たちで楽しみましょ?」
笑顔で話しかけユカリは、困惑するエルズを連れ人混みの中へと消えていった。
既に日も暮れ薄暗くなっている邸宅の前にオルガマリーは立っていた。宙に浮かぶ来客を知らせるための仮想呼び鈴を鳴らすがなんの反応も帰ってこない。
「んー、寝てるのかなフィンは。まあいいか」
と、門を開け邸宅内へと入る。少し歩くと数刻前に三人で宴会をした部屋が見えてくる。ノックをするも反応らしいものは返ってこず、ドアノブを回すと鍵は開いているようだった。オルガマリーは怪訝に思いながらもドアを開けた。部屋は宴会を開いた時の散らかり様とは打って変わり、家具は片づけられなにも無い空間が広がっていた。そしてそこには、
「フィン・・・!」
身体中から血を滴らせ部屋の中心に跪いているフィン。急いで駆け寄るも既に呼吸はなく心臓の鼓動も止まっていた。目を閉じさせた後遺体を横にしたオルガマリーはフィンを囲むように血で描かれたものに気づく。それは魔法陣だった。六芒星を円で囲む形で描かれており中心には血で濡れているファイリングされた数枚の紙と、血文字が描かれていた。記された字は、
「`逃げろ、そして追え、鎮魂街へ,・・・」
鎮魂街とは死んだ者の魂が行き着く場所、世界の心臓部へと繋がる街と言われている伝説上の町、それを今更何故。血文字を確認したオルガマリーはファイルの中の紙を確認する。内容は、七十二個の異なる魔方陣が描かれた紙と、血で汚れほとんどが判別不可能な航路図のようなものが入っており、残りは血で読むことはできなかった。オルガマリーは思う。こんなことが少し前にもあったなあと、その時もフィンが血まみれでアリスが血で濡れた包丁を持っていたのだった。困惑するオルガマリーをドッキリだとネタ晴らしをする二人を思い出す。部屋の扉を開けフィンを見たとき今回もそうであれと心の中で期待している、と。
「冗談はやめてよ・・・」
弱音を吐いたその瞬間、音が聞こえた。地が、なにか巨大な構造物が割れる音が。急ぎ窓を開け放ち音の正体を確かめる。見えたものは、神聖都市大和を象徴する三棟の巨大な塔とその三棟をも凌ぐ大きさの塔がひび割れ、漏れたエーテルが街を破壊しながら荒れ狂っていた。
「二人とも、エルズちゃんを見なかった!?」
パニックになり逃げ惑う人々の中三人が立ち往生していると息を切らせたユカリが駆け寄ってくる。
「エルズがどうしたのか?」
とユイが問うと、ユカリが少し驚いた後答える。
「それが人ごみにもまれてる内にはぐれちゃったみたいで」
聞いたユイは意を決する様に深く息を吸い、
「ユカリ、ちょっと箒借りるぞ!」
ユカリから箒を奪い取り走り出した。
「ユイ、どこ行くんだよ!」
三人の制止を振り切りユイは逃げ惑う人々とは真逆の方向、青く光り輝く中央塔へと飛翔を開始した。
邸宅で塔の崩壊を見たオルガマリーは窓枠から身を離し部屋の外へと走り出そうとした。瞬間、眼前に術式が展開されるのを見た。真紅に輝く術式は、甲高い、金属を切り裂くような音をあげる。衝撃系の術式だ、と気づいた瞬間顔面に猛烈な衝撃が襲ってきた。術式はオルガマリーの周囲の壁ごと外へと吹き飛ばした。体が中庭へと放り出され、地面に向け高速で衝突するコースを描いているのを実感する。オルガマリーは痛みに耐えながら急ぎ術式を組み立てる。術式が完成したその瞬間、背後に一対の光翼が展開される。一回転し、先に足がつくが勢いを殺し切れず数メートル地面を削りようやく止まった。
「平和ボケして衰えたね、マリー」
声と共に空間が赤く輝くと光の中からアリスが現れる。アリスは宴会の時の豪華なドレス姿とは打って変わり、真紅のローブと目深にかぶった魔女帽に三メートル程の大きさの巨大な杖を持っていた。深くかぶった魔女帽で口元がかろうじて判別できるマリーを見据えながらオルガマリーは、
「アリス–––」
何が起きているの?と、問おうとした瞬間アリスの声で遮られる。
「ねえ、マリー。エーテル炉を私たちが造る時もこんな綺麗な光を出してたわね」
まだ、三人で好き勝手やっていた時期のことだ。エーテル炉は地脈を流れるエーテルを組み上げ分解し燃料を精製する炉だ。
「何が起きているのか知りたそうね。いいわ、教えてあげる。私達は、エーテル炉を暴走させることによって生み出された大和千年分のエーテルを収束、それをもって縛神壁を破壊しま〜す。うふふ」
言い終わると同時に中央塔の真上に中心を横線で区切られた円形の術式が出現する。すると横線が開かれ巨大な単眼が現れた。
「そんな事をしたら、砂塵戦の続きが始まるのよ。そんな事をしたら今度こそ何もかも滅びるぞ!?」
「そうねえ–––」
上空では事態を把握した大和に駐留していた人類軍の機神が中央塔へと飛行していった。尚も笑みを崩さないアリスが告げる。
「でもこれしか無いらしいのよねえ。でしょ?先生」
アリスが通信窓を開き画面をオルガマリーの方向へ移動させる。通信窓には妙齢の男が映っており笑顔だ。
「いやあオルガマリー君久しぶりだねえ!」
「先生・・・!」
オルガマリーが睨みつけると、苦笑いを浮かべ乾いた笑いをあげながら先生と呼ばれた男は口を開く。
「そんな睨まないでくれたまえ。今回のエーテル炉の暴走は世界の救済に必要なんだ」
「世界の救済?どういう事です!」
「問うばかりでなく考えたまえよ。でもまあ師弟のよしみだ、少しだけ教えてあげよう」
一息。
「このままだと、なにをせずとも滅ぶよ、世界は」
続いて
「終世期、僕たちはそう呼んでるけどね。これ以上は言いたくないから言わないよ」
「意味のわからない事を!」
叫び通信窓を叩き壊す。勢いのまま背中の光翼をアリスいる方向へと加速させようとして、
「–––––」
砕かれた。ガラスが割れるような術式の破砕音に重ねるように、転移術式を起動し足元で真紅の光を渦巻かせるアリスが言った。
「早く逃げなさいオルガマリー。そろそろオリエントも避難のため大和から離れようとしているわ」
一息置き声には出さず口を開く。
「––––」
気がつくと目の前にアリスの姿は無かった。今も大和には地が割れる音が響いている。
「くそっ!」
オルガマリーは再度光翼を展開しオリエントが格納されている場所へと飛行した。
大和の中央塔内部は既に崩落で瓦礫が零れ落ちていく中冷泉ユイは瓦礫を避け飛行していた。しばらくアスタロトが格納されている場所へと繋がる扉に辿り着くが崩落で塞がれていた。どうしたものかと思案していると瓦礫が吹き飛ばされ煙の中からアスタロトが現れる。
「ユイ様、お乗りください」
コックピットハッチが開くと共にアリアの声が響く。乗り込みデバイスに手足を入れると即座に機体との合一化が開始される。
「この揺れはエーテル炉が暴走しているものと思われます。至急撤退を」
機体を走らせながらユイは言う。
「アリアさん、エルズを見なかった!?」
するとすぐにアリアがオリエントの住民データベースにアクセスし、大和中の監視要する術式にアクセスし一瞬で解析を終わらせ言う。
「どうやらオリエントに戻っているようです、ご安心を。それよりもご自身の安全を–––」
アリアの声を遮るように警告音が鳴り響く。
「敵です!システムを戦闘モードに移行します」
「くっ、こんな時に!」
急制動をかけ背中にマウントされた野太刀を抜き放つ。すると天井が突如崩落する。瓦礫を避け天井へと視線を向けるとそこには、左右四対の翼を展開した真紅の機神がゆっくりと降りてきていた。ユイはその機神を見て唖然としていたが、アリアの声が耳に響く。
「ユイ様、撤退を!」
「っ!」
急ぎ出口へと足を動かすが、真紅の機神が急降下しアスタロトの前に着地する。
「っ!・・・邪魔だあ!」
勢いのまま野太刀で切りつける。が、しかし刃は届く事なく真紅の機神の手によって捕まれ止まっていた。
「なに!?」
急ぎ刃を戻そうとした瞬間、真紅の機神が動いた。手の力だけで野太刀をへし折り刃から手を離す。次に、右手のひらを開くと術式が展開されアスタロトのコックピットハッチを貫こうとする。ユイはスラスターの出力を警告を無視して全開し上昇する。機神の攻撃は狙いがズレアスタロトの右足に当たる。すると次の瞬間、フレームを含む右足の全パーツが分解され、バランスを崩された所へ蹴りを打ち込まれ壁に激突する。急ぎ機体を立て直そうするが、真紅の機神が背部の翼を輝かせ急加速、腰にマウントされたナイフを取り出し首筋へと突き込まれる。
「かはっ!・・・あ!」
フィードバックにより苦しそうに呻いた後意識を失うユイ。その後機神が何かの術式を起動しアスタロトの全機能が停止する。機神がナイフを抜き、再度構える。
「お前さえいなければ・・・!」
そう聞こえた気がした。機神がナイフをコックピットへ突き立てようとした瞬間天井の空いた穴から義骸を纏った轟神種が剣を実体化させ機神を切りつける。機神は、アスタロトから跳びのき離れた所に着地した。義骸の正体、それをユイは知っていた。それは先週の襲撃の時の、ザフキエルが纏う筈の義骸だった。だがそこでユイの意識は途切れた。義骸はアスタロトを抱きかかえ入ってきた穴から飛び去っていった。機神は、義骸が去っていった穴を見つめその後向き直り中央塔の外へと出る。視線の先、そこには、人類軍の浮遊艦船と機神が中央塔へ向かってきていた。それを見た機神は口部ユニットを開き空へ咆哮、翼が輝き飛翔を開始した。
数時間後、神聖都市大和は消滅した。溢れ、都市を余す所なく飲み込んだエーテルは空に浮かぶ単眼へ吸収されていった。すべてのエーテルを吸収すると単眼は傾き縛神壁がある方向を向く。単眼の前に幾枚かの魔方陣が開かれエーテルの照射が開始される。照射された縛神壁はなす術なく光に飲み込まれ、消滅した。
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