第2話

ミカエル達の襲撃を退けて一週間。オリエントは表面の居住区や貨物区等から高い音をいくつもあげていた。音の正体は、損傷箇所の修理を行う作業員達のものだった。前日のミカエルの襲撃で損傷を負ったオリエントは艦の修理をしながら神聖都市大和へ移動していた。


オリエント後部の居住区域の一等地に他の家と比べても広大な敷地を持つ和風建築の家があった。表札には冷泉家と書いてあり、中では門下生が慌ただしく屋敷を出入りしていた。屋敷から少し離れた所、まるで隔離されるかの様に建てられた離れに冷泉ユイは住んでいた。慌ただしく床を走る音を聞きながら目を覚ます。縁側に出ると、保存容器に入れられた軽食がお盆に載せられ置いてあった。ユイはお盆を持ち片手で抱え、空いた手で空中に通信窓を表示させると母親宛に感謝の意を伝える内容のメッセージを送る。机にお盆を置き制服に着替えながら口に放り混んでいると目の前に通信窓が表示される。担任のオルガマリーからだった。内容は、

『ユイ君、お早うございます。あの機神の件で数日間の取り調べでお疲れのところ申し訳ありません。最近オリエント学園に転校してきた転校生にオリエントを案内させてあげて下さい。先生達は事後処理で動けなくて、他の人も艦の修理のアルバイトとかで動けない様なのでユイ君お願いします』

といった内容だった。ユイは息を吐き、

「こんな時期に転校生って・・・まあいいか、わかりましたっと」

了解の旨を知らせるメッセージを送り食事を口に掻き込み靴を履き家を出る。玄関で来客を見送る母親と祖母が見えた為回るように遠回りの道で正面の門から出ようとすると、来客のうちの一人がこちらに気付き嫌な笑みを浮かべなにかこっそりと話を始める。ユイはそれをさして気にする様子でもなく正門から出ると母親へ

「それじゃあ母さん、出かけてくるわ!」

と、軽く手を振り学校の方へ歩き出した。それを聞いた祖母が嫌そうな顔をして、

「ふん、冷泉家が代々宿す魔眼を持って生まれて来なかった癖にまだ当主面してるとはねえ。困ったもんだ」

母親はそれを聞いて俯いている事しかできなかった。


校門の前に一人ポツンと人影があった。日が煌々と照らされた校門の前に立つのは、整備服を着た少し日に焼けた肌の少女。首にかけられたドッグタグにキファ・エルズと名前が書かれている少女は襟を掴み、

「あっつい・・・」

服の内側に空気を送り込みながら呟いた。オリエントには走行中に巻き上げられた砂嵐や魔獣が、市街に入り込まないようにするための防護術式で組まれた透明な壁が存在しているらしいが、気温の調節機能もつけて欲しいくらいだと愚痴をこぼしつつ景色を眺めていると遠くのほうから制服を着た男子生徒が歩いてきているのが見えた。冷泉ユイだ。エルズは寄りかかっていた校門から身を離し、ユイを待つ。目の前でユイが立ち止ると、

「えっと・・・君が最近転校してきたっていう生徒?」

少し気まずそうな表情で話しかけてくる。エルズは笑いながら、

「はい、最近オリエントに引っ越してきた整備科のキファ・エルズです。今日はよろしくお願いします」

握手を求める手をユイに差し出す。ユイもそれに応え握手を返し、

「ああ、よろしく。それじゃ行こうか」

歩き出した。


オリエント後部中央区画にある商業区画、そこでは人々が行き交い金銭のやり取りが絶え間なく行われていた。ユイが隣を歩く、周りの景色を物珍しそうに眺めるエルズに、

「ここは商業区画って言ってな、物の売買とかの金銭の取引が行われる場所で通称`豊穣通り`って言われてんだ。丁度学校が近くにあるから寮も置いてあるな」

説明をしつつ次はどこに行くべきか思案していた。

「へー・・・ここで貿易の物資をさばいたりしてるんだ」

エルズがメモ用に展開している表示枠に書き込みながら答える。すると何かを見つけたのか目を細め、

「ねえ、あっちの区画ってなに?」

商業区画を抜けた先に微かに見えるクレーン等の重機が稼働している区画を指さしながら尋ねた。

「ああ、あっちの区画は工業用の区画だ。オリエント内部の点検や機神の整備なんかも―――」

「機神!?機神があるの!?」

ユイの応答に被せるようにエルズが興奮した様子でユイに詰め寄り、

「そんな区画があるなら早く言ってよー、早くいこ!」

今までとは逆にエルズが、

「え!ちょっと待っ―――」

ユイの静止を無視し走り出した。ユイはその光景に少し懐かしさの様なものを感じて、すぐに頭を振り感じたものを振り払いエルズを追いかけた。


機神整備区画、そこでは損傷した箇所の応急修理やクレーンで発着用のハッチに運ばれ哨戒に向かう機体の動作で生じた音が響き渡っていた。そしてその中をほかの場所より比較的人が少なく危険性が少ない場所を冷泉ユイとキファ・エルズが歩いていた。前を歩くエルズは目を輝かせながら、

「すごい・・・あれって出雲式のver2.5フレーム?いや、2.8かな・・・」

ユイを無視して機材の考察作業に耽っている。ユイが対処に困っていると、

「おっ、ユイじゃねーか」

背中を叩かれ振り返ると背後にはいつの間にか幼馴染の音無ライカが立っていた。

「ずっと取調室に缶詰だったんだってな、お疲れさん。俺はバイトだけど、魔術師のお前がこんな所でどうしたんだ?」

「最近転校してきたっていう子に案内しててな、キファ・エルズって子なんだけど」

答え何やら必死にメモを取っているエルズを指差し答える。ライカが近づくのに気付いたエルズが、

「あ、こんにちは。最近転校してきたキファ・エルズです、よろしくお願いします」

と挨拶をした。ライカもそれに応じ

「俺は音無ライカ、騎士兵科だ。よろしくな」

互いに握手を交わす。するとエルズがほかの機神とは離れた所に置かれた機体を指さした。機神アスタロトである。エルズは目を輝かせながら、

「あの機神って見たことないんですけど、どこ製のなんですか?」

と二人に尋ねた。ユイが答え辛そうにしているのを見たライカが、

「さあな、整備長曰くどの記録にも載ってないんだと。実はあの機体はな、先週の襲撃のときにこいつが乗り込んでミカエルの一人のザドキエルを撤退させたんだよ。到着予定の大和で調査をする予定になってる」

と説明する。エルズは驚き、

「ええ!?それってすごいことじゃないですか、大快挙ですよ!」

ユイに詰め寄る。ユイは頬を掻き苦笑しつつ

「そんなことないよ、たまたま運が良かっただけで本当は―――」

「オリエント全乗組員にお知らせいたします。当艦はまもなく神聖都市大和への入港作業に入ります。繰り返します―――」

ユイの言葉を遮るように目的地に到着したことを知らせる艦内放送が響く。それを聞いた三人は外に出ると艦首方面に、天高く聳える三本の塔と三本の塔の中心に建つ塔とその下に広がる大都市が見えた。


オリエントは大和の外縁部にある大型艦用のハンガーに入ろうと減速を始めていた。ハンガーはUを逆さにしたような形をしていた。減速が終了し、オリエントがハンガー内で完全に停止をすると、数々の足場が接続され、たくさんの整備員達が修理に駆け出してくるのがみえた。その様子を見たユイがエルズに

「それじゃ、俺は機神の搬入作業に立ち会わなきゃ。一人で帰れる?」

と尋ねると、

「・・・わかりました、見たかったなあ機神の動くとこ」

がっくりと肩を落としエルズは帰って行った。するとライカが

「じゃあ俺もそろそろ帰らないとな、じゃあな頑張れよ」

ユイの肩をたたき帰り道を歩き始める。

「おい、ユイ!機体のセットアップ始めてくれ!!」

色黒の体格の良い整備長が大声で呼ぶ声を聴いたユイは急いでアスタロトから垂れ下がる仮想ワイヤーをつかみ機体に乗り込む。機体との合一化を済ませると発進の許可が出るのを待つ。これで少しでもこの機体の事がわかれば、と思いつつ開かれたハッチに機体を動かし始めた。


都市の中心に建つ塔の最上階、そこには三つの人影があった。一つは窓際に立ち都市を見下ろす者、残り二つは後ろの方で酒を飲んでいる。酒を飲む軽装鎧に身を包んだ女が窓際に立つ男に話しかける。

「祭りの準備はどうだい、大将?」

問われ、大将と呼ばれた男が答える。

「順調も順調さ。なにせ今回は若い子達が来てるからね、現役だったらなあ」

男は眼下に広がる都市とドックで修理を受けるオリエント、そして調査のため中央塔へと向かう機神アスタロトを見て一言、

「ようこそ、黄昏へ至る者よ」

呟き、握られた手は何かをこらえるかのように握りしめ震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る