黄昏戦記
珊瑚丸
序章「黄昏へ至る者達」
第1話
その世界は幾つもの白い線が走る空と荒れ果てた荒野だけが広がっていた。砂塵の地、遥か昔に地球と呼ばれていた星の俗称である。砂塵の地を駆動音を唸らせながら走行する一つのものがあった。それは輸送船だった。丸まった艦首、後方に居住区や貨物室を内包した艦、艦底部には無数のキャタピラが地面を削りながら地を進んでいる。艦影は先頭から最後尾まで数キロに及び、船首に黒字でオリエントという名前が書かれていた。輸送船の艦名である。
オリエント内部にチャイムが響くと共に機械音声が響く。
『現在時刻、午後一時。現在、高速居住輸送艦オリエントは、浮遊島ブリタニアでの貿易及び輸送任務を終え現在は神聖都市大和へと向かい航行中です。到着は1週間を予定しております』
艦の現在地を知らせる合成音声が響く。チャイムが鳴り終わると同時に居住区の中央にある校舎から続々と生徒が建物から出てきた。白いコンクリート製の横に長い三階建て、前後に二棟。正面の門には「艦立オリエント学園」と記された表札があった。チャイムが鳴り終わると校舎に取り付けられたスピーカーから声が響く。
『騎士兵科、竜騎兵科、魔術師科は実技演習を開始してください。繰り返します、騎士兵科目、竜騎兵科ーー』
同時刻、校舎へと向かい全力疾走する青年がいた。
「くそっ!よりにもよって今日が実技演習かよ!?」
平均よりも痩せた身体を息を切らして走らせ普段近道としてよく使う道を進む。しかしいくら進んでも校舎は見えてこなかった。
「あれ?もう着いてもいい頃合いなんだけど・・・」
いくらか進んでみると見たことのない大広間に出た。大広間は暗く辛うじて数歩先が見える程だった。青年は携帯端末を取り出しライト代わりに前に進み始める。すると錆だらけの赤い鉄の板の様な物があった。青年は怪訝に思いながらその鉄の板に触れる。瞬間鉄の板の様な物が輝きだし、今まで暗闇で満たされていた部屋がどこからの光か照らされる。青年が今まで鉄の板だと思っていたそれは、全高15メートル程の人型の機械の装甲だった。
「・・・ぁーー」
青年がなにか言葉を発しようとした瞬間視界は光に飲み込まれ、青年はいつの間にか教室に立っていた。
「っは!え、俺いつの間に教室に来たんだ?うーん、疲れてるのかな・・・って早く行かなきゃ!」
少年は鞄から金属製のパーツを数個取り出し組み立て始める。数分後出来上がったそれは白と青のカラーリングで構成され青年よりも一回り大きく、槍の様に先に行くにつれて細く後部には純白に輝くフィンがあり、さながら箒の様な形をしていた。
「よし、出来上がりは問題ない。演習はもう始まってるかな、怒られるよなあ・・・」
青年は小声でこれからの事を不安げに呟きながら、目を瞑り箒を垂直にして額に当てる。すると箒のフィン部が青い粒子を吐き出し、重力に逆らい浮遊し始めた。青年はそれを満足気に見つめた後廊下側の壁まで移動する。
「助走はこれくらいで充分かな、よし!」
青年はまっすぐ校舎外へと開け放たれた窓に向かい箒を先端が斜め上、後部が斜め下を向く様に構え走り出した。ぶつかりそうになる直前に跳躍、窓枠を足場に青年は空中へと飛び出す。重力に従い落下しそうになる、青年が箒に跨がるとフィンから先ほど以上の粒子が吐き出され青年を空へと運んでいく。居住区がある程度見渡せる高さまで上昇すると同じ様な箒に乗った学生達が艦外へと行くのが見えた。
「外での演習か・・・って、急がないと!」
青年は焦った様子で加速し飛翔していった。
「それじゃ、実地演習始めるよー!」
艦上部に集合した生徒達が見つめる先にいる女性の声が響く。黒いとんがり帽、少し襤褸が目立つローブに身を包んだ女の声が響く。両手には後尾にフィンが付いた巨大な長銃が握られていた。
「演習内容はいつも通り。魔術師科の担当区域である艦上部を飛行し、近づいてくる魔獣を術式で追い払うこと。竜騎兵科の担当区域に入らないようにね。はい、返事」
「はい!」
「うんうん、元気なことは良きことかな。それじゃ、行こーー」
女性が箒を空へ向けようとした時生徒達の中から手が上がる。
「どうしたの、ユカリさん?」
名前を呼ばれた生徒、右目に義眼を入れているユカリ・サンダルフォンという女生徒が答える。
「オルガマリー先生、まだユイが来てません」
「んー、誰か休みの連絡とか聞いてる人はいる?」
問いかけに誰もが首を横に振る。すると音無ライカと名前が刻まれた装甲を脚部と腕部に装着した青年が声を上げる。
「いつも通りの遅刻じゃないのか?というか噂をすれば来たみたいだ」
青年が指を差した方向を見る教師と生徒達。そこから飛んでくるのは、急いだ様子の箒に乗った青年。
「ん〜冷泉ユイ君、これで何回目だい?」
オルガマリーが笑みを浮かべながらユイに近寄る。
「ぜえぜえ・・・きょ、今日はあいつの命日で墓参りに行ってたから」
「・・・ああ、そういえば今日だったねあの子の命日。まあ次からは気をつけてね」
そう言い指を空中に走らせると四辺が箒のデザインのウインドウが出現する。画面には天高く聳える仄かに青白く光り輝く壁が写しだされていた。
「まだこの星が砂塵の地と呼ばれる以前の神話、それをモデルに姿を変えた轟神種との戦争が始まってからもう何年経ったか・・・覚えてる人はもういないんだろうね。それじゃ轟神種との戦争、通称砂塵戦と呼ばれる戦争についてアマラさん答えてもらえる?」
「あ、はい。ええと・・・人類は圧倒的な戦闘力を持つ轟神種に敗戦を重ね、現在の人類の生存できる場所は神聖都市大和、竜騎連合、浮遊島ブリタニアの三都市のみとなっています。ええと・・・」
ユカリが言い淀むとライカが手を上げる。オルガマリーがライカと目を合わせ許可の頷きを返す。
「そんな折、人類は粒子資源エーテルを兵器に転用すること、竜騎種との同盟によって戦線を重層断崖まで押し戻す事に成功。その後は轟神種が移動に用いるゲートを封じるために巨大な壁、縛神壁を建造し現在に至る。こんな感じか」
良い終えライカが息を吐くとオルガマリーが拍手をしライカとユカリを賞賛する。
「すごいすごい!よく復習してるね。さて、それじゃあ長くなっちゃったしそろそろ演習始めようか。さあ、皆準備して!」
号令に次々と各々の持っている物の起動準備を始める。
「えー、こほん。飛翔開始!」
生徒達が全員飛び立ちはじめると同時に、艦尾方面の一部の装甲が開く。装甲が開いた奥にはもう一枚ハッチがあり、今まさに開こうとしていた。中には肩に白鷺と書かれている全高15メートル程の白い人型の機械が、肩と足が艦に固定されている状態で吊るされていた。ハッチが開き終わると次々と固定が解除され艦外に白鷺が放り出されていく。放り出された白鷺達は背面と肩に装備された飛翔機を使い滞空する。ほとんどの機体は艦尾方面を飛び、一部の装甲が赤に染められた機体は艦首方面に向かった。艦首方面へと飛ぶ機体に気流を乱された魔術士科の生徒達の態勢が大きく崩れた。
「おっと!くそ、もっと別の場所を飛べよ」
態勢を崩したユイが通り過ぎていく機神への文句を呟いた。それを聞いたユカリが機神のセンサーに拾われないように小声でユイに話しかける。
「まあまあ、機神乗りは私達とは違って手と足を機体と一体化させてる分負荷が大きいから操縦も難しいんだよ。それに私達はエーテルが使えないから・・・」
ユカリの最後の一言に空を飛ぶ魔術士科の生徒達の表情が暗くなる。
「魔術士科といえば聞こえはいいがエーテルが使えない種族である停滞種が宿すマギを、ギリギリ戦闘に耐えうるレベルまで強化する。いわば間に合わせの部隊と言ったところであるな」
集団から遅れて追いついてきたその人物の名は、ラグナ・ディノ。竜のような見た目をしており背中に取り付けられた、翼の形をしている飛翔機からエーテルの光を吹き出し飛行していた。
「おお、ラグナ。遅かったじゃんか、というか数合わせってなんだ数合わせって!魔術士でも頑張れば機神だって倒せるんだからな!」
「我の飛翔機は飛べるレベルまでのエーテルを貯めるのに時間がかかるのでな、確かに小型魔獣の相手は機神では不向きなこともある、すまない言いすぎてしまった」
「別にいいけどよ、そういえばお前ってーー」
ユイがラグナに向かって何か質問しようとした瞬間、全生徒の目の前にウインドウが出現し、警告音を鳴らす。次の瞬間、魔術師科の生徒たちの上を飛んでいた機神が白い閃光に包まれ爆散した。
「ぐっ・・・いったい何が!?」
破片を避けながらユイは上空を見上げる。そこには男と女の姿をした二人の天使がオリエントを見下していた。先ほどの閃光を放った術式の名残だろうか、男のほうの天使の右手の先に光り輝く金色の光が舞っていた。もう片方の女性型の天使は、男の天使の数歩後ろで目を瞑り巨大な槍を構えていた。
「まさか、あれって・・・轟神種なのか?」
爆発から逃げ延びた生徒が青ざめた声で呟く。轟神種が侵攻の際に用いるゲートと呼ばれる術式は、縛神壁が造られて五十年その効果を発揮し続け人類の生存圏への侵入を阻んできたのである。今この場に轟神種がいるという事は、縛神壁が無力化されたという事を表していた。
「しかもあの二体、ミカエルのザフキエルとガブリエルだろ?義骸を纏える数少ない天使の中でも最強格がなんでこんなとこに!?」
圧倒的な個体性能を持つ轟神種の中でも随一の実力を持つ精鋭個体集団ミカエルの襲撃と一部の轟神種が纏うことの出来る義骸。義骸は轟神種がエーテルを使い自身の身体を巨人と化す術式。義骸を纏った天使はたった一体でさえ人類種に致命的な打撃を与えうるとさえ言われている。その事実が生徒たちの絶望に拍車をかけていた。絶望し動けない生徒たちの前に先頭を飛行していた白鷺が戻ってくる。一部が赤く塗装された教官専用の機体である。
「狼狽えるな!相手はたったの二体、この数でかかれば大和まで辿り着ける。辿り着きさえすれば大和の戦力が我々を援護してくれる、それまで耐えろ!」
その一言に武器を構えるユイと生徒たち。
「機神隊が先行し騎士兵と魔術師隊は援護だ。行くぞ!」
移動輸送船オリエント上空、五十年間続いた平和は破られた。後に黄昏戦と呼ばれる戦争の開始である。
戦況はもはや戦闘と呼べるものではなく、虐殺と呼んでも過言ではなかった。最初に突撃した機神隊が近接短刀を男の天使、ザドキエルに突き立てた瞬間機神の腕が砂細工の様に散った。その様子に驚き動きを止めた機神を女の天使、ザフキエルが的確に関節部を貫いていく。全滅するのにそう時間はかからなかった。援護を任せられていた魔術士隊も二体のミカエルと伴って現れた通常個体の轟神種の攻撃で陣形を崩されていた。
「ザフキエル、ここは任せた。私はあれを探す」
「・・・承りました、ザドキエル様」
ザドキエルは逃げ惑う者達を一瞥した後最初の攻撃で開けた大穴に移動していく。それを見たユカリが叫ぶ。
「あいつ、艦内に。くっ!」
ユカリが右目を閉じ再度開く。右目には先ほどまでは無かった光が渦巻いていた。艦内に向かおうとするザドキエルに向かい右手を向ける。
「空を吸え、閉じ込めろ。空を吐けーー捻じ切れろ!」
移動していたザドキエルが停止した次の瞬間、ザドキエルの体は上下半身、両手両足がそれぞればらばらの方向に捻じ切られ落下していった。
「や・・・やったの?」
ユカリが安堵し息を吐いた。その瞬間。
「ユカリ!!」
その声が聞こえたと同時、アマラの目の前に先ほど捻じ切れ落下した筈のザドキエルが現れる。
「しまっ!?」
逃げようと思考し行動しようとした瞬間ユカリの右視界は黒く染まった。
「え・・・?」
左目を動かした先に見えたのは剣の様な物が自分の義眼があるであろう部分に突き刺さっている様子だった。
「っぁ!・・あああああーーー!!!」
声にならない叫びを落下していく。その瞬間、圧倒的な実力差に絶望していたユイの思考は白く染まった。
「てめえ、何をしてる!!」
本能が立ち向かうなと警告してくるのをお構いなしにザドキエルへと突撃していく。ザドキエルはユイの方へ視線だけを動かすとなにか呟いた。ユイがそれを理解するよりも早く、それは来た。瞬間、ユイの右手が肩からまるで風車の様に血しぶきを吹きながら腕が回転していた。
「・・・えーー?」
ユイはバランスを崩し艦内へ落下していく。
「ユカリちゃん!ユイ君!」
オルガマリーが救助に向かおうとするがザフキエルが間に割って入る。
「くっ!」
「なるほど、先ほどのゴミとは違いあの魔眼は中々使えそうだな・・・」
ザフキエルは落下して蹲るユカリがいる方向へと転換し移動を開始した。
ユイが目を覚まして一番最初に目にしたのは慣れ親しんだ石畳だった。どうやら建物にぶつかる事なく落下したらしい。少し離れたところに愛用の箒が落ちているのが見えた。立とうとして右腕がない事に気づく。
「ぐぁ・・・くうっ!」
痛みに耐えながらも左手で這い進んでいく。
「まだだ・・・まだ終われない、終わっちゃ駄目だ。まだなんにもーーかはっ!」
喀血し進む事も出来なくなる。視界が滲む、涙だろうか、もうそれもわからなくなっていた。
気がつくとユイは青空が広がる穏やかな平原に座り込んでいた。失った筈の右腕はなぜか何事もなかったかの様にそこにあった。
「ここは?・・・ははは、結局死んじまったのか俺は?」
「お待ちしておりました、冷泉ユイ様。歓迎いたします」
背後から声が聞こえた。驚いて振り返ったユイの目に飛び込んだのは、身長160cmくらいのメイド服を着こなした女性だった。その女性を見て目を見開いた。
「っ!?」
「何か?」
「ーーーいやなんでもない。あんたは一体」
「はじめまして・・・と言うべきでしょうか。私の名前は、アリア・キシャ。冷泉ユイ様、お迎えにあがりました、お乗りください」
「乗るって・・・何に?」
ユイが疑問を口にしようとした瞬間キシャの背後になにか巨大な物が落下、土煙を巻き起こす。土煙が晴れ落下物の姿がはっきり見える様になる。
「これって、今朝の・・・」
落下物はユイが今朝迷い込んだ場所に保管されていた機神だった。機神は白で塗装され、装甲は最低限しか取り付けられておらずフレームが剥き出しの部分も見て取れた。
「二十九型機神アスタロト、全七十二機の聖機神の中でも随一の機体かと。時間がありません、お乗りくださいユイ様」
「乗れって言ったって、俺は機神のテストで適性なしの評価を受けたんだぞ。それに他の科目だって・・・!」
「存じ上げております。すべての科目においてF評価、ついたあだ名は〈無能〉のユイ」
「くっ・・・知ってるならなんで!?」
「ですが、アスタロトは貴方を選んだ。適性がないのであればあの時点であなたはアスタロトに殺されていた。それともーー」
淀みのない目で冷静にキシャと名乗った女性は言う。
「三年前と同じ様に逃げますか?約束は必ず守る、あなたはあの時誓っている筈です。選びなさい冷泉ユイ」
「なんで、三年前のことを・・・あんたは一体」
「それに現在ユカリ様にザドキエルが接触中です。おそらくユカリ様の左目、歪みの魔眼を取り除く気でしょう。どうしますかユイ様?」
「ああもう、わかったよ!やってやるよ、乗ればいいんだろ!」
ユイが声を荒げコックピットブロックから垂れ下がる仮装ワイヤーを掴みコックピットブロックに入り込む。中にはモニターが数個と筒状の機械が腕と足が来る位置に取り付けてあった。ユイは筒状の機械に腕と足を入れるとユイの腕と足の大きさに合う様に回転し変形する。次の瞬間腕と足が何かに刺された様な痛みが走ると、腕と足に青い線が無数に走り鈍い光を放ち始める。
「パイロット承認、順応確認、起動完了。ユイ様、いつでも」
「まさか本当に動かせるなんて。えっと・・・網膜合一開始」
腕と足に走る線が眼球にも走り視線の位置が高くなったのを感じる。機神の目を自分の目とすることに成功した証拠だった。
「間に合ってくれ!」
取り付いてるコードを切り離し、来た時には無かったはずの入り口に向かって走り出した。
その頃ユカリは近づいてくるザドキエルから血まみれになりながらも地面を這い、逃げようとしていた。ユカリは生まれつき不自由な足を右目でマギを制御して足を健常者と同じレベルで動かせていた。
「なぜ逃げる。命は取らん、右目のその魔眼を貰うだけだ。なに、今の人類の技術なら義眼程度の物すぐ造れるのではないか?」
ザドキエルが近くの建造物の複数の鉄骨をユカリの進行方向に投げ道を塞ぐ。ユカリはもうこれ以上は進めないと判断しザドキエルの方に振り向き睨みつける。
「ほう?遂に眼を差し出す気になったか?」
問いに血を吐きながらも答える。
「嫌だ、この眼は渡さない。この眼は、ユイが私をこの場所に繋ぎ止めてくれた証なんだ。それをあんたなんかに渡すわけにはいかない!」
震える足を無理やり動かし立ち上がる。身体中が悲鳴を上げるが、どうせ死ぬなら這いつくばって死ぬよりは立って人間らしく死のうとそう決めた。
「そうか、では・・・死ね」
「ーーっ!!」
恐怖の余り眼を瞑る。その瞬間ザドキエルの隣に建っている建造物が粉塵をあげ崩れ始めた。崩壊する建物から出てくるは、巨大な刀を構えた機神アスタロト。アスタロトは突撃ざまに背中のハードポイントに接続された野太刀を引き抜きザドキエルに振り下ろす。
「なにっ!?」
回避しようとするも間に合わずザドキエルは左腕を切り落とされ、痛みの余りたたらを踏む。
「ぐっ・・・うおあああああ!!」
右腕から噴水の様に吹き出したエーテル粒子が宙を舞う。
「ユカリ、無事か!?」
声の主がユイだという事を認識したユカリは倒れこみ涙と血で滲む眼で機神アスタロトの背中を見つめる。
「あはは・・・もう、遅いよユイ」
言い終わると同時に張り詰めた緊張の糸が切れたのか気絶するユカリ。ユイはユカリを手ですくい上げ近くの無事そうな建物の屋上にアマラを避難させ、ザドキエルの方に向き直る。
「くそっ・・・殺してやる。殺してやるぞ人間!」
右手に剣を構え突撃してくるザドキエル、迎え撃つかの様に野太刀を肩に構え直しユイも突撃を始める。ぶつかる直前に急制動をかけ勢いを乗せた野太刀と長剣が激突した。
「ぐっ、この人間風情があ!」
ザドキエルは、片腕という事もあり攻撃をうまく捌く事が出来ず防戦を強いられていた。一方ユイは極めて冷静で、機神に乗ったことなど一度も無いはずのユイが轟神種の精鋭個体を圧倒していた。ザドキエルが長剣を引き戻し凄まじい勢いで突きを繰り出す。コックピットを抉り出すコースだ。ユイは、懐に入られまいとザドキエルの右腕ごと長剣を切り落とすため上段からの斬撃を放つ。長剣と野太刀が衝突する寸前、ザドキエルが剣から手を離し右腕を自分の方に引き込み斬撃を回避する。
「ここまでだ、人間!」
ザドキエルはエーテル粒子を纏め上げ一瞬で剣として構成、勢いのままコックピットに突き立てようとする。
「くっ!」
急ぎ機体を立て直そうとするが野太刀は完全に振り切っておらず無理に動こうとすればその隙を突かれ殺されてしまう。死を覚悟した瞬間ユイの脳内に何かの映像が流れ込んでくる。どこかの戦場だろうか、アスタロトが複数の機神と戦っている映像が脳内で再生された。
「ーーーぁあっ!」
気がつくとユイは、振り切り地面に刀身がめり込んでいる野太刀の柄尻をマニュピレーターで包み込む様に持ち力任せにひっくり返した。機体を左に動かし回転する刀身を避け、両足を曲げ姿勢を低くしこちらに向かってくる柄を掴み直す。ザドキエルがしゃがみ込んだアスタロトを斬りつけようとするも、背面装甲をかする程度でアスタロトを通り過ぎてしまう。ユイは野太刀を構え直しザドキエルに向き直り勢いのまま右斜めからの袈裟斬りを放つ。野太刀は人間ならば鳩尾あたりの場所まで斬り込みそこで止まった。
「っっっ!があああああああ!!」
ザドキエルが痛みの余りに悲鳴をあげアスタロトを離そうともがく。
「逃がすか・・・ぐっ!」
ユイが更に深く刀身を切り込ませようとした瞬間、巨大な槍がアスタロトに直撃した。あまりの威力に数十メートル後退して野太刀を地面に突き刺しようやく止まる。
「何だ!?」
槍が降ってきた方に目を向けるとそこには、ザフキエルがザドキエルを抱え撤退しようとしていた。
「まだだ!逃がして・・・たま・・・るか」
追おうとした瞬間ユイは気を失い、アスタロトも停止した。
ザドキエルとザフキエルは轟神種の生活圏であるネバーランドの方に向かい飛行していた。
「この私が人間ごときに手傷を負わせられるなど、あってはならん事だというのに!なんなのだあれは!?」
傷口を押さえ喚くザドキエル。
「おそらく人類軍の最新鋭機かと。量産も未だされていなさそうですし」
「そんな事は分かっている!ええい、くそ。行くぞザフキエル!」
「はい、ザドキエル様」
ザフキエルは顎に手を当て先ほど見た不可解な機神の事を思い出す。
(まさかあの機神は・・・いやそんな筈はない、あってたまるものか!)
二体の天使達はオリエントを睨みつけ、夕焼けの空へと消えていった。
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