第43話 呆然とした顔して、悪事を働いてますね

 二人のLINEメッセージがスマホに着信したのを確認した後、僕は清水の部屋に飛び込んだ。清水はコーヒーカップを左手に持ち両側の眉毛をやや上げ、少し口を半開きにしながら呆然とした表情をしていた。


 本当に驚いているのかな?怪しいなあ~まあいいか。


「どうしたの?」

「これ、田中さんと梶本さん二人から同時にライン来ちゃった」

 僕はスマホを差し出す。

「まだ、メッセージの中身を開いて見てないけど嫌な予感がする。どうしたら良いかと思って......」


「えっあごめん開いちゃったよ」

「えーそんなあ、既読になっちゃたよ!」

「ごめん、確かにちょっとまずいね。田中も梶本さんもちょっと話がしたいって。どうする?」


 こっこいつは~さっきまで何にも考えてないような”呆然”とした表情してたのに、ワザとやっただろう!!!!


「どうする?ってそれを相談しに来たの!どっちも既読にしたら返信しなきゃならないじゃないかあ、清水って頭いいの?そうじゃないの?時々分からなくなるよ!」


「う~ん、時々自分でも分からなくなる時があるね。で......だからどうしたいの?松川君は」

 

 清水君は大きな瞳でまぶたに力を入れ見ている。真剣な表情、でもこいつの場合どこまで真剣なんだか分らない。全く表情から気持ちが読めない。でもそれにしても、本当にイケメンだよな、梶本さんが好きになるのも分かるな。ちょっと左の目が少しだけ灰色がかっているところなんか変な意味じゃないけど魅惑的だな。


 いや、こんな事考えてる場合じゃないよなと我に返り、言葉を押し出すように返答する。

「どうしたいかって、どういう意味だよ」



 そして同時にはあ~と思わず心の中でため息を漏らす。こういう精神的に強い奴と話するのって疲れるよなあ。それにいつも通り会話の主導権とられているような気がするし......


「梶本さんと田中の態度を見れば分かるだろ?君みたいに相手の顔の僅かな表情の動きや、声の抑揚、手や目の動きで人の気持ちが分かる人にはもうかなり前から、分かっていただろう?彼女達の気持ちを」


 こいつは......知っているんじゃない、僕の事を分っている。その言葉がとてつもない強みを持って聞えると同時に、彼に向けられたものではないムカついた感情が沸いてきた。


 気付かない振りをしていた。何がと言われると戸惑ってしまうけど、答えを出さなければいけない時期が少しづつ近づいて来ているのは自分でも良く分っている。だけどこんないきなりじゃ、どうしたら良いのか......分らない。


「今は......やっと女の人と話せるようになった位なんだ。だから......」


「だから?」


「そこまで考える余裕が無いんだよね。梶本さんは言い方がきつい事がよくあるけど気さくだし、田中さんはいつも相手の事を考えて一歩引いてやさしい。二人とも可愛いくて僕みたいなのが関わっていいのかな、なんて......それで清水の事だから知ってるんだろうけど、あの、子供のころから親父と母親が喧嘩ばかりしてて、物心ついた時から怒鳴りあいを毎日見させられて育ってきたから、恐いんだ」


「女性が?人と関わりを持つことが?」


 僕は首をゆっくり振る。

「最初はそう思ってた、でも今は違う」


「何が?」

「自分も父親みたいに、自分の弱さを他人にぶつけるようになるんじゃ無いかって思えて、それが......恐い」

 ハッ、僕は何をこんな事言ってるんだ。

「あっ今の取り消し、っていうか忘れて、すまん!!誰にも言わないで、お願い」


「ああ俺は言わないよ」 ピッ!


 ピンポーン その時僕のラインが鳴った。

「松川君、梶本さんから来たみたいだよ」

 そう言ってスマホを返してもらう。

「あっ彼女、今日はもう疲れたからまたねだって、はは、ぐずぐずしてたから嫌われちゃったかな」

「そのくらいで、彼女が諦めると思う?甘いね~松君は?彼女結構しつこいよ、俺の経験からわかるけど」


 僕が黙っていると、清水は何か思いついたように左手を軽く顎にあてながら小声で言った。

「田中はまだ待っているんじゃないのかな」

「ああ、そうだ、どうしよう」

「待たせといて会わないのはよくないと思うんだよね、少しだけでも話してきたら」


「そうだね、じゃ、有難う清水。ちょっとリラックスできたかも」


「どう致しまして」

 松川が部屋から出て行き、ドアが閉められると清水は、一旦ミュートにした電話アプリのオンフックのミュートを解除した、通話相手は梶本。


「聴いてたかい?これが、彼の君と田中に対する今の正直な気持ちだと思うんだけど。お約束の件は果たせたかな?」

「ありがとう、あと清水君こんな事頼んでごめんね。でも知らなかったな、コーキの抱えている恐怖心がそんなに強いものだったなんて」

「それで、引いちゃった?もう松川君には興味なし?じゃあまた俺のほうに関心が向かうのかな~」

「ふざけないで!そんな安っぽいものじゃないんだから......私の気持ちに初めて入り込んで来た人、土足だったけどね......だから、今度は私がコーキを助けてあげたい」


「そうか......梶本さんの気持ちは、分かったよ」


「ありがとう。ただ清水君、コーキとの話、最後のほう声が急に聞こえなくなっちゃたんだけど」


「えっ?そう?おかしいな、俺のスマホの調子が悪くなったかな?ごめんね」

「いいよ気にしないで、聞きたかったことは大体聞けたから。有難う清水君」


「じゃあ頑張ってね」

「有難う、じゃあおやすみ」

「ああ、おやすみ」


 清水は梶本との会話を終えた後、一人考える。

(まあ、田中だけ味方するのもフェアじゃないし、彼女がどのくらい本気か試すにも好都合だったな。しかし松川君、君はちょっと困ったことになりそうだね、二人とも本気だよ。)


清水はシャワーに入りその時スマホが鳴ったことには気づかなかった。ラインは田中だった。

 一言 ”ありがとう” とだけあった。

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