第31話 これからも出し抜かれるのはほぼ間違いない
梶本さんが立ち去った後その場所での残された時間が3倍にも遅く感じられた。
「ごめん、僕の案はやっぱり失敗だったね、本当にごめん」
「しょうがないよ、松君は玲奈の為を思って言ってくれたんだから。私からは何とか言って取り成しておくから大丈夫、ねっ!元気出して、せっかくだから残りの食事たべちゃおう」
「うん」
気が抜けたような安堵感、自分の気持ちが伝わらなかった失望感がない交ぜになり食べ物の味が殆ど感じられないような感覚になり、食事は全然楽しめなかった。
電車で帰途につく途中、清水と田中さんはそれぞれ乗り換えの駅で降りていった。
二人が降りて行った後、目の前の空いた席に一人座って考えた。これで良かったのかな、結局僕の独りよがりだったかのかも知れない。ああやっぱり僕は駄目だ。
家に帰ってからもそんな否定的な考え方から逃れられない状態のまま週末を過ごしてしまった。
それから、数日は佐藤真のフェレット逃亡の件以外大したことも無く過ぎていった、まるであの週末が無かったかのように。
そしてそんな感じで学校生活を過ごしていたある日、田中さんが血相を変えて生徒会室に飛び込んできた。
「松君!!!!大ニュースだよ!!」
「どうしたの?いきなり?」
そしてその時清水がにやけて何か閃いたらしく、
「そうか、田中!とうとうお前の実家の家業が倒産したか!」
と輝くような爽やかな笑顔で応じた。うわっ顔とセリフが合わな過ぎ!
その次の瞬間、ボコ !! 田中さんのバッグが清水の顔面にクリーンヒット!
清水が顔を抑えてウズクマル。いやああんなに爽やかな顔でドス黒い事言われてもねえ......何故そこまで、おちょくり道を極めようとするかな。でも確かに面白いけどね。
「アホ!お前とそんな事言ってる暇はないわい!」
そう言うと田中さんは僕に振り返り早口でまくし立てるように話し出した。
「松君、この前の玲奈の件あれね、今日彼女と話をしてさあ、どうやら玲奈松君の言ったとおりお父さんの事ひっぱたいたんだって!おもいっきり無表情で」
「ええ!まさか!」
「そう!私もまさか信じられないと思ったんだけど、そのまさかなんだよね。それでね、玲奈のお父さん数日自分の部屋に閉じこもってその後部屋から出てきて手をついて謝ったんだって。それでね、目の前で浮気相手に電話して別れ話をしてスマホの女性関係のデータを全部消去してくれたんだって!」
「そっそうなんだびっくりした、でも本当に良かったね」
「うん遊園地の時一時はどうなるかと思ったけど、玲奈のお父さん真剣に謝ったみたい。自分の娘に無表情で叩かれたのはこたえただって。まだどうなるか分からないけど取り敢えず暫定的に許してやることにしたって」
「そうか、でもこれで梶本さんの件は解決だね」
「だけどね、ちょっと気になる変化かあったんだよね」
「どうしたの?」
「いゃー良くわからないんだけど、松くんの事いろいろと聞かれる事が多くなったような感じがするんだよね。何か自分で言っててだんだんムカついてきた!」
「はぁ?なんで?」
「わからない!!」
その時ドアが勢い良く開けられ梶本が入ってきた、前と同じように元気良く。
「こんにちは!」
でもひとつだけ違っていたのは、その視線は清水ではなく僕に向けられていた。おい何か見られてるよ、じーっと!怖いよ~
彼女の表情を恐る恐るもう一度見る。
「え!」
その表情から、彼女が何を考えているか大体分かった。でもまさか信じられない!以前は吊り上り気味だった瞳が下がり気味に、まるで梶本さんとは思えないほど微笑んでいた。初めて見たよ梶本さんって少し八重歯だったんだ......前の清水君へ向けていた無理な作り笑顔の時には絶対分らなかった。
そしてそんなどうでもいい事を考えている時いつのまにか彼女が、近づいてきた。
「この前はあんな態度を取って本当にごめんなさい。松川君の言うこと本当だった......そして本当にありがとう」
「いっいいよ、そんな事。でも、よかったね」
「今まで、松君みたいに本音でぶつかって言ってくれる人いなかった」
笑顔がやや赤みを帯びてくるのがよくわかる。
「あと、これ、この前のお礼もしよければ受けとって」
そう言って渡された箱を見ると、小さな鍵が入っていた。
「これは」
良く見ると、”K.M” 箱には僕のイニシャルが彫ってある鍵が入っていた。
鍵を僕に手渡すと彼女は生徒会室の窓まで僕をひっぱっていき、窓から自転車置き場を見るように促した。外には、高級そうなスポーツバイクが置いてあった。
「松君の自転車ちょっとお疲れぎみそうだったから、これが今のところ私にできるお礼。どうかな?気に入らなかった?」
「いや、すごいうれしいよ。でもいいのかな、こんなものもらってなんか鍵だけみても高級そう高かったでしょう?」
「ううん全然、気にしないでたいしたことないから。それとお願いあるんだけど、ちょっとメガネとってくれる?」
「え?そしたら殆ど見えなくなっちゃうんだよね」
メガネも新しいの買ってくれたのかな?まさかね。
「だから都合がいいの!」
次の瞬間、頭が真っ白になり頭が混乱して状況が全く理解できなかった。
ただ彼女が僕に抱きついてシャメを撮っている事だけが理解できてきた。
状況が読めてくると自分の顔が紅潮してまた訳が分からなくなってきた。
そして梶本さんは顔を僕の首の近くまで寄せて、小さな声でつぶやくように囁いた。
(あの事だけ、言わないでくれてありがとう...二人の内緒だよ)
そう言って梶本さんは立ち去りドアが閉められると、そこには微妙な雰囲気に取り残された3人。
珍しく呆然としている清水、既に顔が真っ赤に別の意味で紅潮している田中さん、口が真一文字に結ばれている。ピコピコハンマーの根元が、ああ折れている。
清水がこの沈黙に耐えられなくなったかつぶやくように言った。
「いやー松君、その自転車調べたけど、見てよこれ」
清水君のスマホに映し出されたスポーツバイクのウェブサイトを見る。高っ!
「68万、なるほど、お金持ちのたいしたことないっていう意味が良く分かったよ」
その時後ろで、バコッっていう音と共にピコピコハンマーが破壊された音が聞こえた。ああ、僕が何をしたっていうんだろう、しかもいつのまにか清水はいないし。
「すまん、同志!時には見捨てなければならぬ時がある!」
生徒会室の外で、清水はつぶやく。
あああ~多分見捨てられたあ!なんだよこの”僕何にもしてないのにいつの間にか追い詰められた感!半端ないんですけど!
「まつ君~ちょっと聞いていいかなあ~」
田中さんは頬を真っ赤にして青い目を潤ませ、少しだけほっぺたを膨らませている。赤と青のコントラストが綺麗だなあ~だけど、何これ?可愛いけど同時に恐怖も感じるって何かの新感覚?
「あ、あの、それ以上近づかないでね...ああもうダメです目の前がモノクロに」
「なるわけ無いでしょう!さっき玲奈とあんなことしても大丈夫だったんだから!」
「いやっ!あれは、その突然だったといいましょうか!」
「それでもさあ~ふこうへいだよね~そう思わない?」
汗が滴り落ちる。
次の瞬間、僕は自分でも驚くくらいダッシュで後ずさりしてドアを開けると、生徒会室を勢い良く飛び出していた。
幸い高性能の自転車で逃げられる!とその思いだけで、自転車置き場まで降りてきた、だけどその自転車は......
既に無かったーーースマホにLINEが入る。
今日は2次案件解決したので、早めに終了!お二人で好きなだけごゆるりとしていってネ!
「あのやろう~てめ!!清水逃げるなっていうか、お前バス通学だろう!下校に人の自転車使うな!どろぼー!」
むなしく響く僕の雄たけび。
「せめて......僕を置いてかないでえ~」
その時、後ろから気配を感じた。ああ表情を見なくても分かる。そうか...今日は自分カレンダー年数回の天中殺だったかもしれない。
後ろを振り返る、顔を真っ赤にした田中さんがいる。息をゼエゼエしながら近づいてくる。ああわかったよ、モノクロでも何でも......でもせめて保健室までは運んでネ。
自転車を止めて後ろを振り返ると、校門で田中が松川に抱きついている光景を見ながら俺は堪え切れない笑いをかみ締めていた。
「そうだやっぱり、田中には松川だよね。なんせ6年も待っていたんだから」
でも、やっぱり駄目みたいだな。もう倒れこんでいる。さあて戻って松君保健室まで運んでやるか。それにどうせまた明日から、訳分からない案件がまた舞い込んでくるから、彼の体力も温存してやらないとな。
そう言って、俺は自転車を校門に向けて漕ぎ出そうとするとスマホが鳴った。
「はい」
「佐藤だ、松川は元気でやっているか?」
「ええ、ようやく慣れてきた感じですね」
「そうかそれは良かった。しかし話は変わるがこの前俺の机においてあった領収書、あれはなんだ?全部で45万とあるが」
「まあ、今回どうしても必要経費が重なりまして」
「バカもん!!おまえ、1ヶ月で1ヶ月半の経費を使い切るとはどういうことだ!」
「まあ、そういわず梶本玲奈の件解決しましたから。理事会にも報告は先行でしておきましたよ。優先事項だったんでしょう? よかったですね、献金額が4番目に多い梶本玲奈の両親が離婚にならなくて。離婚になっていたら母親の郷里に梶本も引越し転校となっていたでしょうからね」
「まあったっくお前という奴は、可愛いげのないやつだ。まあいい今月の経費については、俺の方からも上手く言っといてやる。だがあまり無駄使いは勘弁してくれよ本当に」
「それよりも先生、何か用件があってかけて来たんじゃないですか?」
「ああ?そうだ忘れるところだった。実は白石菜月の件だがこの前とうとう両親が打つ手が無くなって理事会を通じて私のところにまたお鉢が回ってきた。悪いんだが人数も増員したことだし取り掛かってくれないか?」
「はいはい、了解です」
そういい終わると俺はスマホを胸ポケットにしまいこみ、
「まあ人使いの荒いことだ」
そう俺は独り言を言うと自転車を学校へ向けてこぎだした。
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