第4話


― 十五日目 ―

  

「ねぇあなた。本当はどこのお家のご出身なの?」

 

 緑芳(かんば)しい王宮の中庭で、私は極楽鳥の群れに取り囲まれてしまった。

 ひぃふぅ……うわ、七匹もいる。

 半年に一度開かれる園遊会の席での出来事である。

 空は高く澄み、吹く風は程よく髪を梳く。

 こんな素敵な日に何で私は、目に痛い極楽鳥の相手をしなければならないのか?

 無論、方々、名のある貴族の姫君たちに違いない。もしかしたら人妻も混じっているかもしれないけど。

 そのうちの一人、一番前に立っていたご婦人が一歩前に出た。

 

「あら、この方、お頭もお悪そうだけど、お耳もお悪いのかしら? どこのお家のご出身と尋ねたのだけど、大層ぼんやりしていらっしゃるわ」

 

 つややかな黒髪を高々と結い上げた(どこをどう盛ったら、こんな複雑怪奇な髪形になるんだろう?)、紅色のドレスのその女性は巧みに扇を畳んで私を指した。すぐさま他も同調合戦だ。

 

「本当ですこと、お気の毒に」

 

「それにしてもなんて貧弱なご様子なのかしら?」

 

「本当はどちらの御出自なの?」

 

「ダンジュー家の……」

 

 私の言葉はすぐに遮られてしまう。

 

「養女だっておっしゃるのでしょう? 存じてますわよ。ですから元々のお家の話を聞いているの」

 

「それは……夫に直接聞いていただけますでしょうか?」

 

 しかし、頼みの夫はさっきから姿が見えない。別の極楽鳥と、どこかで楽しんでいるのかも知れなかった。

 

「夫! あなたみたいなさえない方が、レーニンクライク伯爵を夫と呼ぶのはおこがましいですわ」

 

「……」

 

 別に呼びたいわけでもありません……とは言えないので私は黙った。

 それにしても、きれいな人だ。色んな色合いの紅色で統一されたドレスは、見たことがないような凝ったデザインで彼女の華やかな容姿を引き立てている。

 他の極楽……いや姫君達は、それに比べるとやや地味に見えるくらいだ。極楽鳥より派手な生き物……孔雀と言うべきか。

 

「どうやってあの方に取り入ったの? 何か脅しでもしたのかしら?」

 

 脅されているのは私の方である。

 

「……無礼な方ね」

 

 私が仕方なく黙っているので紅孔雀はイライラしてきたらしい。その様子を見て極楽鳥の一人が前に並んだ。

 

「こちらは、アルべイン侯爵様のご長女ローザ様ですよ。ずっと伯爵様の恋人であられた方。その方を前に何か言う事はないのですか?」

 

 多分恋人はあなた一人でもなさそうですよ……とも言ってはいけないんだろうな。私は仕方なく適当な言葉を探した。

 

「ユージーン様をお好きなのですか?」

 

 おっとこれは流石に直球過ぎたか? 紅孔雀も、極楽鳥たちもうっと息を呑んでいる。

 

「え? ええ無論。私たちは以前から愛し合っておりますのよ。無論、伯爵様はたくさんの人脈をお持ちの方。あの方を想う女性はそれこそ星の数ほどいるでしょうし、伯爵様の方も如才なくお相手されていると思いますが……」

 

 紅孔雀はそこで意味ありげに言葉を切った。

 

「でも、私は特別な存在なのです」

 

「特別?」

 

「ええそう。だから、あなたが何か仔細があって伯爵様のもとへ参られたと察するのです? 一体どうやって……」

 

 これは中々の洞察である。まぁ、その中身はおそらく見当違いなのだろうが、恋する女の勘は侮れない。

 

「まさか、身籠ったなどと偽って……」

 

「ありえません!」

 

 任務中は冷静をもって良しとするシノビから思わず本音を引き出す女の執念、恐るべし。

 

「まぁ当然ですわね。だってあなたはユージーン様のご趣味からは程遠いし……きっと、何か間違われたのね」

 

「……はぁ」

 

 自己完結も素晴らしく堂にいっている。

 

「でも、いずれ捨てられるとわかっていて、妻に収まるのはどんな気持ちがなさって?」

 

「……いえ特に何も。でも、あまりそのことは声高に言わない方がいいと思います」

 

 私は控えめに警告をした。利口な女ならこれで察するはずだから。

 紅孔雀は悔しそうに真っ赤な唇をゆがめた。

 

「……ユージーン様は何を考えているのかしら? 後でちゃんとお尋ねしなければ……あなたもいい気にならないようにね」

 

「そうそう」

 

「幸せね。身の程を知らないと言うのは」

 

 口々に私を嘲りながら、紅孔雀と極楽鳥の集団は去って行った。なんだっていい。これ以上の面倒は御免である。

 私がほっとして、庭木を見ていると背後に黒い気配が――

 

「ここにいたか……ローザ達と何を話していた?」

 

 ああ、なんでもう少し早く来てくれなかったのですか? ともやはり言えない身の上が恨めしい。

 

「いえ別に……」

 

「いいから言ってみろ」

 

「……ローザ様が閣下の特別な存在で、私があなたの妻になったのは何かの間違いだと承りました」

 

「ふぅん……それでお前はなんと?」

 

「特に何も……その通りですと」

 

「……」

 

「まぁ、ローザ様……ですか? お気持ちは分かります。私なんかが閣下の妻になってしまったのであの方の誇りが傷つかれたのでしょう」

 

「あの者たちとは付き合いがなかったとは言わんが、今となっては面倒なだけだ」

 

「……はぁ」

 

「お前は……」

 

「あ、あそこにいるのはアンジュー州の醸造王と言われる商人ですよ。東屋の陰でサンタンジェロ公爵の副官と話しています。ひとっ走り、探ってきましょうか?」

 

 私は視界の隅に、陰謀めいた人影を見とめたので、何か言いたげな伯爵の注意をそちらに向けた。

 この数日の社交でサンタンジェロ公爵の身辺探索はかなりの成果を上げている。もしかしたら紅孔雀の望みが叶うのも、案外早いかもしれない。だが、伯爵は私から目を逸らし、大きく息をついた。様子が変だ。

 

「あの……?」

 

「……ああそうだな……頼む」

 

 あれ? なんかすごく興味がなさそうだ。ひょっとして、ヤマを外したかな? しかし、これ以上この場に止(とど)まっても拙いだろう。辺りにはまだ極楽鳥たちの気配がする。

 

「お任せを」

 

 私は品よく頷いて、召かし込んでいる割にさえない顔色のレーニンクライク伯爵の前を辞した。

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