カデンエレジー
相楽山椒
カデンエレジー
「おい、起きとるか……おいっ」
「何ですかコンさん。私、今しがたやっと休めたとこなんですよ」
「そんなんゆうとる場合ちゃうやろ、レビ、お前さっき不具合やったやんけ」
「っあ、あれは、この辺が使っている共同アンテナのせいですよ、私そのものはなんの不具合もありません、ええ」
とあるリビングの一角で、その密やかな会話は続けられる。
「はあ、また始まった。またいつもの話? まったく懲りないわね、ねえゲーくん?」
「僕は興味ないから、絡まないでくれるかなセンさん」
すると上の方から声が響く。
「きさまらここのところピリピリしとるのお。そういう不安定な気持ちは体に悪いんぞ?」
「ジジイ、ひっこんでろー」
「ライさんはいいわねぇ、この家建てた時からいるんでしょ? 永久就職ぅ、あたしもできないかなぁ」
「そうじゃ、お前らが来る前からずっとここにおる。その間に沢山の仲間が出ては去り……」
「あ、また始まったよ、ジジイの昔話。っていうか出ては去りってなんだよ」
「まあまあ、ゲーくん、年寄りは過去の栄光にすがるものです。もっとも歩んできた歴史は私も認めますがね」
初秋から晩秋にかけ、人は衣替えをし、生活スタイルを夏から冬へとシフトしてゆく。飲み物はアイスからホットへ、ラーメン店のメニューから冷麺が消え、押し入れからは冬用の布団が担ぎ出される。それと同時に家電製品の入れ替えも行われる。
「そろそろあたしは御蔵入りになるからねぇ。まあ、皆さんまた来年の夏にでもお会いしましょ」
「ハッ、お前はええのぉ。一年のうち働くんは三ヶ月くらいやんけ。俺なんかほとんど一年中やぞ、休めるのは暑くも寒くもない秋か春のひと時だけや」
「なによ、その代わりあんたいい契約金もらったんでしょ? この中で一番の高給取りじゃない。あたしなんて契約金四桁よ? 当然じゃない。それに夜は夜で暑くなったら急にたたき起こされるんだから」
「わしも昔はそこそこ高かったんぞぉ」
「ジジイひっこんでろ! それカタログに載ってる定価だし」
「ライさん気にしないでくださいね、最近ゲーくん反抗期なんです」
「へっ、なんだよレビ、保護者ヅラすんなよな!」
「ゲー君、少なくとも私がいなければ君なんかただの箱ですよ」
「へっ、そうは言うが、俺がいるから今のあんたがいるようなもんなんだぜ? これは黙っておこうと思ったんだがな……」
「それはどういうことですか?」
「ゲー! それは言わない約束――!!」
「へへ、大画面液晶……、でプレイしたいんだとさ! それでな、先任の奴は死んでもないのに捨てられちまった、あーひゃっひゃ!」
「な、なんてこと……」
しばし場はゲーの嗤いだけが響き渡った。
「時代のせいや、受け入れなあかんのもわかる……あんときは地デジ化とかあったしな」
ようやく口を開いたコンの言葉も虚しく、広いリビングに霧散してゆく。
「壊れたら修理する、修理できんかったらようやく捨てられる。昔はそれで良かった。これはわしらとしても仕方がないことじゃ。皆もそれは受け入れることはできるじゃろう。しかし近頃は全く世知辛いのぉ」
少なくとも現役選手を二十年続けたライはこのモノたちの中では最長老で、最も見渡しのいい位置から仲間たちの生き様を見てきていた。長いものならライのように二十年選手もいるが、短いものならば一年後にはいない。下手をすれば御蔵入りになったまま出てこないモノもいる。
ライの当初の仲間はこの家にはほとんど残っていない。部署は違うがここに来た時からの同僚だったレイはこの間、冷却不良という不具合を起こして新たなモノに入れ替えられた。ライと同じ目線でものを言う目の前のコンとて三年前にきたばかりの新参者だ。
「そういや今年の春に見たダイさんってどこいったのかしら? いつの間にかいなくなってたような気がするけど」
「ああ、あのモノは結果が出せなかったんですよ。まあ全責任がダイさんにあるとは私は思えませんが。もう少しチャンスを与えてやっても良かったんではないかと思いますよ。三週間で引導渡されちゃかないませんよね。彼を紹介した私にも責任の一端はあるわけですが……」
うなだれるレビを慮ってか、ゲーが口を挟む。
「でもあいつ怪しかったじゃん。アメリカから来たって言ってたけどさ、妙に自信満々で、ちょっと気に入らねぇなって思ってたよ」
「ああ、俺も嫌いやああいうやつ。腹に巻きついて何やっとるんかよくわからん。動くんやったらもっとダイナミックに動かんかい、ってなんぼゆうたろ思たわ」
「それにさ、去年の夏に中国から来たソウさん! 覚えてる?」
「ああ、覚えてる覚えてる!」
「一人で黙々と床掃除するのはいいけどさ、あたしに引っかかったまま動かなくなって、そのまま加熱して炎上よ? あわやあたしまで燃えるところだったのよ、ホント迷惑!」
「そやそや、俺ら上から見ててドッキドキしたもん。家のもんがすぐ気づいたらよかったけど、あのままやったらみんな燃えとったで」
「やっぱ家電は国産に限るよねー」
「ねー」
「国産最高!」
「そーだそーだ!」
いつもの会話を経てこれらのモノたちが行き着くのは常にこの結論である。
夜になり、リビングのテーブルには“秋の大商談会”と銘打たれた家電量販店の広告が広げられていた。
「へえ、最近はLED電灯も安くなったのね。クリアな光、五種類の調光機能でお勉強からムーディなライティングまでを自在に演出だって。しかも省エネ! この電灯も家建てた時からついてるものね、そろそろ変えてもいいかしらね? サトミもおもわない?」そう言って母親は天井を見上げる。
「えー、別にいいんじゃない、用は足してるでしょ。夜しかつけないものだし。それはそうと、あたし、昨日バイト帰りに電気屋で覗いたんだけど、4Kテレビ、めっちゃ綺麗なの!」長女は六桁の金額が示された商品を指さす。
「比べてみなきゃ何とも言えないわよ、それにまだ買って五年でしょ、ダメよ」にべもなくその意見を退けたように思えるが、テレビ好きの彼女は満更でもない。
「でも、やっぱオリンピックは4Kで観たいよぉ。朝方だってなんか映り悪かったしぃ」
そんな話はよそに、別の紙面を懸命に覗き込むのが長男である。
「それよりこのマッサージ器ほしいよなぁ、効きそうだなぁ」
「コウイチはどうせすぐ使わなくなるじゃない、前の低周波なんとかっていう腹筋鍛えるとか言って買ったやつどこやったの?」家計を握る母親はコスパにうるさい。それは彼の会計であったとしても口出さずにはおれないのだ。
「そうだよ、お兄ちゃんは典型的な安物買の銭失いよ。激安のネットショップで見つけたとか言ってたお掃除ロボット燃えたでしょ、勘弁してよねー」
掃除ロボットが燃えた件は、輸入代理店にさんざん嫌みを言って、社会問題にするぞと脅して返金させたという苦い思い出がある。それを今更ほじくり返すかと長男は反撃に出る。
「うるせえよ、あのダイエットマシンはサトミもつかってただろうが、全然効かないっていうか、お前食いすぎだっつーの!」
喧嘩寸前の歳の近い兄妹をよそに小学生の次男は父親に擦り寄る。
「ねえ、父さーん。欲しいゲームがあるんだけど、このハード対応してないんだよぉ」
「ダメダメ、クリスマスまで待ちなさい、約束だろ? に、しても今日はちょっと冷えるなぁ、エアコンつけてないのか?」父親は次男の言葉を最後まで聞くことなくさらりと躱し、掃き出し窓の上に据えられているエアコンを一瞥する。
「そうね。シンジ、エアコンのボタン押してくれる?」
「はあい」
「扇風機もいらんだろ、コウイチ、片付けときなさい」
「はいはい」
「サトミ、テレビつけて。九時から見たいドラマあるの、ほら前に言ってた――」
「ああ、あれかぁ。あたしも見るぅ」
「おいおい、こりゃあ、ライ爺、あんたも潮時やないんか……」
「い、いや、まだ大丈夫じゃ。あの様子ならすぐには換えんて。それよりぬしらの方も気をつけねば……ごっ、ごほごほ」
「ジ、ジジイ!」
「大丈夫じゃ、蛍光灯が切れかかっておるだけじゃ」
「トランス不良じゃないでしょうね? 来年なったらいないなんて洒落になんないよ? あたしはそんなのゴメンだからね!」
「はあはあ。まだまだ、わしはいけるわい! 心配せんとお前はいけ」
「畜生、畜生ぉ、そりゃ僕は処理速度も一世代前だから……」
「ゲー君、だいじょうぶだ。君にしかできないソフトだってあるんだ、まだまだ遊んでもらえるよ。名作ゲームってのがあるんだろ?」
「へへっ、レビ。わかってないなぁ。シンジ君が欲しがってるハードは過去のソフトにも対応してるんだよ。買い換えられたら僕は用済みさ。あんたたちのように耐えればなんとかなるってもんじゃないんだ。わかっていたさ……こうなるこ――」
「ゲー君!――君だけを、君だけを捨てさせたりなんてできない、いっそ私も!」
「だめじゃ、レビ! お前が壊れたらこの家の家計は大打撃を受ける。せめて東京オリンピックまでは待つんじゃ!」
「ライさん……ならば尚更です、私が犠牲になればみんなが助かるんですよ!」
「レビ! そんなことしちゃダメだ! もっと自分を大切にしなきゃ。短い間だったけど付き合ってくれたことには感謝してる、だから僕の分まで――!」
「お、およよよよぉー……レビ、ライ、わしはもう長くここに居すぎたようだ。もうこんな悲しい思いをするのは嫌じゃ、若者が次々とわしの眼下で去ってゆく……いっそわしが!」
「ライ! いけません!」
「ジジイ!」
「お前らぁ! 軽はずみなことするもんやない。俺らはこの時期、最も気をつけなあかんねや! ちょっとしたミスが命に関わる! 感情に流されて使命を忘れるな。気ぃひきしめぇ!」
「コンさん……す、すみません」
「コン、あんたこそ何してるの! ちっとも部屋温まってないわよ!」
「え? ああっ! 冷房のまま運転してるやん! シンジ君!!」
「みんなっ! 生きるのよ! 来年あたしが帰ってくるまで……生きて! 待っていて!」
「セン!」
「センさん!」
「なあ! 押入れいっぱいで扇風機入らないけど、コレどーする?」
「あれ? 電灯チラチラするわね? もしかして壊れたのかしら?」
「ん? ねえ母さん、テレビの電源入らないよ。リモコン壊れたかな?」
「ねえ父さん! 今なら古いハードを半額で買い取ってくれるって書いてる、十一月末までだよ!」
「おい、なんかエアコン全然効いてないんじゃないか? 寒いぞ、やっぱ床暖房かなぁ」
「ふふ、いずれにしてもお父さんのボーナス次第ってところよね」
「わーい」
「期待してマース」
世間はボーナス商戦直前、とある家族のリビングは沸き立った。
カデンエレジー 相楽山椒 @sagarasanshou
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