第2話 自業自得

「喜多川 悠馬です!」

黒板の前に立って悠馬は元気よく挨拶をしていた。


あれから、なんども夢であると思い込もうとしたが、毎日のようにくるメールが確かに現実だと告げていた。


数日が経って、ついに始業式の日が訪れると、HRの時間、案の定転校生の紹介が始まった。


「全然知らない街だけど、幼馴染もいることだし、早く馴染んで楽しくやっていきたいです。よろしく!」


そう言うと、悠馬は一番後ろの席にいる私に向かってにっこりと手を振って見せた。

クラス中の視線が不思議そうに私と悠馬を見比べているのがわかる。

その時、私の静かな高校生活がガラガラと音を立てて崩れていくのがわかった。


♢♦︎♢


「えぇっ!?幼馴染!?深海さんと喜多川くんが!?」

「うん♪昔は隣の家に住んでてさ。一緒に学校行ったりしてたんだ。な?美紀」

「う、うん…」

悠馬は私の肩に手を置いて自慢げに話した。

「えー!それでたまたま転校先が一緒って…すごい偶然じゃん!」

「だろー?」


どうしてこうなった。

休み時間、悠馬はすぐに私のところに飛んできた。クラスメイトを何人も連れて。

こんなに私の机の周りに人が集まったことなんて、初めてだ。

悠馬はその甘いルックスと気さくな性格から、あっという間にクラスの人気者だ。これだけの才能を持っているなんて、昨日知り合いがいなくて不安だと言っていたのは一体どこのどいつだ。


「こいつ、学校ではこんなんだけど、ちょー面白いから!な?」

私の肩をバシバシと叩いて悠馬が言う。

「えー、まじで?」

「深海さん、いっつも本読んでばっかだから、うちら話しかけていいのかわからなかったんだよ」

「え、いや、そんなことは…」

ない、こともないのかもしれない。

確かに、私は休み時間のたびに読書に熱中してしまっていた気がする。他にすることがあるわけでもなかったからなのだが、それが周りとの壁を無意識に作ってしまっていたらしい。

「でもよかった!うちら拒絶されてるわけじゃなかったんだね!」

「うんうん。だってさ、深海さん可愛いし。こんな美人が真剣に読書してたら邪魔できないじゃん」

クラスメイトたちは口々にそういい始めた。


「び、美人!?」

がたんっ、と音を立てて立ち上がった私に、周りのみんなは目を丸くして、一斉に笑い出した。

「やだぁ、そんなにびっくりしなくても!」

「本当だ!深海さんっておもしろーい!」

「な?言った通りだろ?」

悠馬がそう言って、私に目配せしてきた。

確かに、悠馬のおかげで私も少しだけ、クラスの中に入れたような気がする。けど、なんか悔しい。勝ち誇ったように笑う悠馬を、私は横目で睨んでやった。


♢♦︎♢


「ばいばーい、美紀ちゃん!」

「また明日〜」

昇降口でクラスメートたちが声をかけてくれる。

「あ、うん。また明日…」

こんなことは初めてで、どうしたらいいのかわからない。

「喜多川くんも、またね〜」

「おうっ、じゃーな!」

何より、平然と隣にいるこの男が、一番どうしたらいいのかわからない。

「あの…」

「ん?」

悠馬はしゃがんで靴を履きながら私を見上げた。

「どうしたよ、美紀。怖い顔しちゃって」

「まさか、一緒に帰る気…?」

悠馬はきょとんとしてからまたにっかりと笑った。

「おう!幼馴染だからな!」

「……」

返す言葉が見つからない。

「…そんな嫌そうにするなって。だって俺、まだこの辺のこと詳しくないんだぜ?迷っちまったらどうすんだよ!まだあんまり仲良いやつもいないし、美紀だけが頼りなんだ!だめ、か…?」

まるで子犬のような目で見つめられ、言葉に詰まる。

「…わかったよ」

「っしゃ!」

ガッツポーズをして悠馬は私の横に並んで歩き出す。

「なぁ、どっか寄ってかね?オススメの店とかないの?」

「ない。私が寄り道なんてする人間に見える?」

「…見えない」

「わかってんじゃん。そういうわけだから…」

「じゃあ、どっか発見しにいくぞ!」

いきなり、悠馬は私の腕を掴んで駆け出した。

「はぃ!?」

「いーから!放課後の寄り道なんて高校生の定番だろ!俺らの行きつけの店、見つけようぜ!幼馴染だし!」

幼馴染って言えばいいと思ってるでしょ。

私は呆れて仕方なく悠馬についていった。


思えば、あの日あの河原で倒れているこいつに声をかけたからこうなったんだ。要するに自業自得。

今更、実は幼馴染でもなんでもなく、出会ってまだ数日しか経ってない赤の他人だなんてクラスのみんなにばれたなら、私はきっと嘘つきのレッテルを貼られ、また前のようになる。いや、さらにひどいかもしれない。

それをこいつがわかっているのかどうかは定かではないが、幼馴染になる、なんて提案に乗ってしまった時点で、私は悠馬に弱みを握られたことになる。

そもそも、なぜこんな突拍子もない提案を受け入れてしまったのだろう。

私も大概、あほなのかもしれない。


腕を引かれる痛みとともに、そんなことを考えていた。

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