幼馴染もらくじゃない!

大槻すず

第1話 幼馴染ごっこ

「美紀ちゃん、喜多川くんと幼馴染ってほんと!?」

「え、うん…」

私は頷く。

「えーすごい!いーなー!」

なにがいいものか。

私はあいつの過去も、なにもかも知らないんだから。


あの日、

私がたまたまあの河原の道を通って帰らなければ、今でも私は、昔のままだったんだろう。表向きは強がってばかりで、内心では周りの視線に怯える日々を、過ごしていたのだろう。



あの日、くるくると回る自転車の車輪と、青い芝生の上に倒れているその人が、私の青春を180度変えることになろうとは、ほんのこれっぽっちも考えていなかったのだから。


♢♦︎♢


「あの…大丈夫ですか…?」

私は恐る恐る声をかけた。

母親に頼まれたお使いの帰り、家から10分ほどのスーパーから、私はいつもとは違う河原の道を通っていた。

運命というものが存在するのなら、私がしたその選択も、定められたことだったのだろうか。

とにかく、その日はなぜかそっちの道を歩いてみたくなったのだ。


そして、私が見つけたのは青い春の芝生の上に倒れ込んだ1人の人と、音を立ててハイスピードで回転する逆さまの自転車だった。


「あ…すみません…」

その人はか弱い声を出して、ゆっくりと顔を上げた。

少し鼻の頭が赤くなっているものの、自分と同年代の、しかもかなり整った顔の少年だった。


「ついスピードだしすぎちゃって…」

へらへらと笑いながら少年は立ち上がる。

この状況を見れば、自転車で転倒したのだろうということは容易に想像がつく。

少年は照れ臭そうに笑った。


「あぁ…」

私も、どう返していいのかわからず苦笑する。

「本当、大丈夫なんで!すいません!」

少年はそう言って倒れている自転車を起こした。

「うわっ」

その拍子に、籠の中に入っていた鞄が転がり落ち、中のものがその場に広がる。

「あ…」

私は慌ててそれを拾った。

「すいません…」

少年は申し訳なさそうに言う。

「いえ、大丈夫ですよ」

私はそれを少年に手渡そうとしてふと気づいた。少年の鞄の中に入っていたのは、私が通う高校で使われているのと同じ教科書だった。

「あ…俺転校してきたんですよ。教科書販売特別に今日受け取ってきて…」

私たちはすでに、前年度の最後に受け取っている。2年用と書かれたその教科書と、領収書が一枚。


2年4組 喜多川 悠馬


「あ…私と同じクラス」

ぽろっとこぼした私のつぶやきに、彼は驚いて目を丸くした。

「ほんとですか!すげぇ偶然!」

彼は満面の笑顔で言った。

「俺、喜多川 悠馬っす!えっと…」

「深海 美紀です」

私が名乗ると彼、悠馬は自転車のハンドルをつかんで言った。

「じゃあ、深海さん!途中まで一緒に帰っていいか!?俺、全く知らない土地で知り合いもいなくて不安だったんだ!せっかく偶然に同じクラスの人に会えたんだから、新学期始まる前に仲良くなりたい!その方が安心だろ?」

「え…いいけど…」

私は少したじろいだが、すでにそいつは私の横に並んで歩き出していた。


「仲良くって…私と仲良くしても意味ないのに」

私はそう呟いていた。

「え…それどういう意味?」

はっとして見上げると、彼は私を不思議そうに見ていた。思っていた以上に背が高い。私は恐る恐る口を開いた。


「だって…私クラスに未だ馴染めてないし」


うちの学校は3年間、クラス替えがなく同じメンバーで過ごすことになっている。すでに1年が過ぎたにもかかわらず、私はうまくクラスに溶け込むことができていない。仲いい子がいないわけではないし、たいして嫌われているというわけでもないはずだ。それでも、どうしても教室では1人で過ごすことが多いのだ。近寄りがたい雰囲気でも出しているのだろうか。いや、そんなつもりはないのだが…。


私の言葉をキョトンとした顔で聞いていた彼は、なぜか突然にっこりと笑って言った。


「じゃあ、俺と一緒に一から始めてみる?」


それが、全ての始まりだった。


♢♦︎♢


「じゃ、俺と君は今から幼馴染。いい?俺のことは悠馬って呼んでね、自然にだよ?」

彼はそんなことを言い出した。

「え…」

「いいから!俺に任せて!ね?」

意味がわからない。今さっきであったばかりの人が幼馴染?

「設定は…どうしようか。君さ、なんか特殊な経歴ない?なんでもいいよ。この街以外に住んだことある?」

悠馬に聞かれて私は頷いた。

「私も転校生だったから…小学校の時にこっちに来た」

「じゃあそれだ!」

悠馬は楽しそうに話し出した。

「俺と君は隣の家に住んでいた幼馴染。でも君は小学生の時に家庭の事情で引っ越すことになった。でも俺とはずっと連絡を取ってたまの休みには会っていた。そんで、俺の親の転勤先が、偶然、君のいる街と一致!どう?ちょっと運命的」

確かに、それが本当の話なら出来すぎている。運命といっても過言ではないだろうが…

「いや、でも、そんなことしたって…」

「だーいじょうぶだって!俺がなんとかするし!君はうまく話を合わせてくれればいいの!うまくいくって」

そんなわけがない。こんなの、ただのお遊びだ。クラスメートを騙すだけの…

「では改めて。今から言うこと全部覚えてね。俺の名前は喜多川 悠馬。身長180くらい。体重家族構成は両親と兄が1人。この転校は父の仕事の関係で…別に残ってもよかったんだけどね。一人暮らしはお金かかるし大変だし?俺家事とかできねぇーし。ここに、引っ越し先に君がいたからって理由も付け加えといてね」

悠馬は楽しそうに喋り続ける。

「兄貴は今大学生で京都に下宿中。てか、彼女と同棲中。俺は彼女はなし。部活はー…いろいろやってたな。バスケもサッカーも野球も…決まったのには入ってなかったし、スポーツならなんでも!好きな食べ物はラーメンで、嫌いな食べ物はなし!うーん、他は?他になんかある?」

悠馬ら私の顔を覗き込んできた。

「へっ!?あ、いや…なんだろう…」

「ま、いいや。次君ね」

「え?」

私は首を傾げた。

「え?って…自己紹介だよ。詳しくね。幼馴染なんだから、基本的なことは知ってなきゃだろ?」

「あ、えっと…」

私は自分のことをとりあえず思いつく限りあげていった。


「へー、一人っ子なんだ!そんな感じするわ。え、読書?うーん…俺も漫画ならよく読むけど…それじゃだめか?」

悠馬は私の話にいちいち反応を返してくれた。

「あ、お前んちどっち?あ、こっちか、了解」

いつの間にか、もう家のすぐ近くまで来ていた。


「俺の情報は覚えた?」

「あ、うん、なんとか…」

「ならよし。始業式、楽しみだな!」

悠馬はそう言って自転車にまたがった。

「また連絡くれよ。学校始まってからボロ出さないようにもう少し話そうぜ」

私はこくこくと頷く。

「よっし。じゃーな、美紀!」

悠馬はそう言って、手を振ると元来た道を自転車を走らせて帰って行った。

「え…」

てっきり、同じ方向なんだとばかり思っていたのに。何も言わずに送ってもらってしまった。お礼も言えずに。

「変な人…」

私はまだ、悠馬がなんであんな提案をしたのか、よくわかっていなかった。悠馬のリズミカルに飛んでくる言葉に圧倒されているうちに、いつの間にか話はまとまっていた。


「新学期、どうしよう…」


私は深くため息をついた。

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