第2話

 先輩は椅子の下などを確認しているが見つからない様子だ。そんなにはっきりとは覚えていないけど、先輩が部屋に入ってくるときポーチを持っていたような気が……。

「皐月さん、確か買い出し用品と一緒にポーチも置いてたと思うよ」

「そうそう先輩さっきポーチを置いてきたじゃないですか!」

「なんか思いっきり目が泳いでる気がするんだけど」

 勢いよく声を上げてしまったせいで耕太が疑いの目で見ているし、昭彦さんまで驚いているようだ。墓穴を掘ってしまった感じがする。ケーキの穴に埋まりたい。

 先輩は、ポーチ持ってきたはずなんだけどなと呟きつつも、取りに戻ろうと立ち上がりかけたが、今度は逆に昭彦さんから呼び止められた。

「皐月さんは今日の主役なんだから座っていてよ。あの部屋にはプレゼントも置いてあるから、あんまり入って欲しくないし。耕太くんと繭ちゃん、悪いけどポーチを取りに行ってくれる?」

 耕太は一瞬戸惑った様子を見せたけど、席を立った。なんだろう、私と一緒に探しに行くのが不服とでも言うんだろうか。それはこっちも同じだ。


 廊下を歩き、入り口近くのリビングまで戻る。耕太の後に続いてリビングに入ると、残してきた荷物がそのまま置いてあった。

 問題集。参考書。お菓子。ノート。筆記用具。プレゼント。

「先輩のポーチないね」

「ないな」

「どこに隠れてるのかな」

「と言うか、さっきポーチ見たって言ってなかったか」

 耕太の戯言は聞かなかったことにして、再度置いてあるものを確認していく。やはり見当たらない。そんなに小さなものでもないから、すぐに見つかるかと思ってたのに。

 家に入る前には見かけたので道に落としてしまったという心配はないけど、少しだけ不安になる。一体ポーチはどこへ行ってしまったんだろう。煙のように消えてしまったのか。

 耕太を見るとあまり機嫌がよさそうな感じではない。消えたポーチの心配をしているようにも見えない。

「なにムスっとしてるの、真剣に捜しなさいよ。廊下にも落ちてる様子はなかったし、絶対この部屋にあるはずなんだから」

「あーそうだな」

「あっ、でももしかしたら外でライター使った時にしまい損ねて、外に落ちてるかも?」

「その可能性もあるな」

「……ちょっと、なんか気が抜ける返事ね。ポーチを取りにここまで来るのがそんなに嫌だったの? 落した先輩に対して不満でもあるの?」

「いやまあ皐月に不満があると言えばあるんだけど」

 姉に対してもはっきり物を言う耕太にしては、奥歯に物の挟まった言い方だ。私が問いただそうとすると、遠くから昭彦さんの声が聞こえてきた。

「皐月さんのポーチ、見つかったよー」

 私たちは入ったばかりのリビングを出て、奥の部屋へと戻った。

「見つかったって、どこにあったんですか?」

「皐月さんのポーチは椅子の下に転がっていたよ」

 昭彦さんの返答に、先輩は不服そうながらも付け足した。

「わざわざ探しに行ってもらったのに悪かった」

 手には探していたポーチがある。部屋の中でポーチほどの大きさのものを見失ってしまうなんて、私たちも結構抜けているようだ。

 そう考えると最初は不満そうに見えていた先輩の表情も、照れ隠しにしか思えなくなってきた。私が先輩の立場だったら、逃げ出したくて顔から火を噴き出すかも知れない。先輩にとっては、ライターいらずで便利かも。

「……繭ちゃん、いま失礼なこと考えてない?」

「いえっ、見つかってよかったですね!」

 再び昭彦さんが部屋の電気を消し、先輩は見つかったばかりのライターを点火させ、ロウソクに火をつけ始めた。



「お前あれだけケーキ食って腹壊さないのか?」

「あれぐらいどうってことないでしょ。先輩もそうですよね」

「そうだね。繭ちゃんにとっては取るに足らない量だったかもね」

 昭彦さんの家を出てから駅まで歩く。私は2人と家も近いので降りる駅まで一緒だ。

 ケーキを食べ終わったあとはプレゼントを渡して、いつも通り勉強にも取り組んだ。

 なんだかんだで長居してしまった。夕焼けが眩しくはあるけど、心持ち涼しい風が吹いている。

「あんなにおいしいケーキ、生まれて初めてですよ。それもお腹いっぱい食べられるなんて。先輩には感謝してます」

「ここまで感謝されたのは、これが初めてかもしれないな。あれだけおいしそうに食べてくれたら、ケーキを用意した昭彦も喜んでると思うよ」

「とっても満足です!あれだけ上等なケーキを食べたあとだから、家に帰って夕飯を食べても味気ないものになりそう」

「まだ食欲残ってるのかよ」

 そう言いながら、耕太はあきれた顔をしていた。先輩も似たような顔をしていたけれど、ふっと表情を引き締めるとその足の動きを止めた。私たちもワンテンポ遅れて立ち止まった。駅が近いので、電車の音も聞こえてくる。

 先輩はポーチを取り出し中を少しガサゴソやってから、少しバツが悪そうにつぶやいた。

「ごめん、昭彦の家に煙草置いてきたみたい。取りに戻るから、先に帰ってて」

 私が待ってますよと言う前に、「じゃお先に」と耕太が答えた。来た道を戻り始めた先輩に背を向け、2人で駅に入っていく。

 改札を抜けホームで時間を確認したが、次の電車は5分と経たずに来るようだ。ただ会話のきっかけがつかめず、何となく気まずい。最近はちょくちょく顔をあわせるとはいえ、いつもは先輩や昭彦さんがいるからだ。

 耕太の表情はなぜか冴えない。いや特別落ち込んでいるわけではないようだけども……この年でお姉さんの誕生日会に参加するというのが微妙だったんだろうか。

 距離感が分からなくなってしまったが、ここはえいやと飛び込んでしまうに限る。

「しかし今日は楽しかったね! ケーキも美味しかったし!」

「またケーキの話題かよ。それより、もともとは受験勉強が目的だったはずなのに、ちゃんと勉強進んでるのか」

「うっ、今日は先輩の誕生日祝いなんだから、そっちが優先でしょ。てか耕太の誕生日プレゼント、飴ちゃんの詰め合わせってあれなによ。もうちょっとマシな物を・・・・・・ってまあ別に、その、贈る物が重要じゃないよね」

 耕太は何を言いたいんだという表情でこっちを見てくる。

「いやだから、男子高校生としてはお姉さんの誕生日を祝うなんて恥ずかしいとか思ってんのかも知れないけど、私は家族のお祝いをするのはいいと思うよ。先輩もなんだかんだで嬉しかったと思うし」

 私は早口でそこまで捲し上げた。耕太は鳩が豆鉄砲でも食ったような顔をした後、「おおう」と相槌ともなんとも言えない言葉で濁した。

 

 この時間帯、ホームで電車を待っている人はまばらだ。前回この駅に来ていたときなどは、団体さんなどがいてわりと騒がしかったのだが、人数に比例して今日はわりと静かな気がする。

「そういえば、もう志望校とか決めた?」

「私はまだ決めてないよ。地元がいいし学力的に考えるとある程度は絞れてるけど。耕太はどうなのよ」

「・・・・・・いや俺も。目標があった方が張り合いでると思ってるから、そろそろ決めたいんだけどな」

 そばにある自販機から缶が落ちてくる音がした。どうやらおじさんが飲み物を買ったようだ。自販機の横に張ってあるポスターは近くのイベントの告知。そしてその横に張ってあった「駅構内は禁煙」を知らせる告知文を見た時、私は唐突に今日の出来事の真相にたどり着いた。

「あっ」

「なに?」

「今日の先輩のポーチ、あれは見失ってたんじゃなくて、隠されてたんだ」

 急な発言だったが耕太に驚いた様子はない。

 その時、待っていた電車がやってくる合図があった。滑り込んできた電車に乗り込み、私は言った。

「犯人は、耕太。あんたよ」

 ドアが閉まり、私たちを乗せて電車は動き出す。

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