第39話 天の川の指輪

 人類が惑星間航法を身につけてから数百年。すでに太陽系外の外宇宙に旅行で出かけるのは日常となっていた。

 マレンは天の川のほとりを散策していた。実際、天の川などというものが宇宙に存在するとは思ってもみなかったのだ。俗に言われている天の川は実際は惑星が近距離で存在するように見える空間であり、そこには川などは存在しないと判っていた。

 だが、俗に牽牛と呼ばれるアルタイルに実際に川が流れていて、その川を宇宙連盟は「天の川」と命名したのだった。


「しかし、随分大きな川だな。地球ではこんなに広大な川は存在しない」

 マレンが独り言を呟くと、後ろから声が聞こえてきた。誰だかは直ぐに判った。一緒に旅行している恋人のカレナだった。

「向こう岸に渡るまで、地球の二十世紀の船だと一週間はかかるそうよ。尤も今の地球には昔ながらの船なんて無いけどね」

 カレナは背中まである長い髪をアルタイルの風にそよがせながら遠くを見つめる表情をしてみせた。

「もし、本当に七夕の伝説があったのなら、君だったらどうする?」

 マレンはカレナの肩を抱き寄せて耳元で呟いた。

「そうねえ、天帝の怒りなんだから仕方がないんじゃないかしら。逆らえないんだし」

 現実主事のカレナらしいとマレンは思った。

「一年に一度の逢瀬か。他の日々は恋人のことを想って暮らしてるんだろうか?」

「あら、違うわよ。牽牛と織姫は恋人同士じゃないわよ。二人は夫婦なのよ。だから余計に切ないなんじゃない」

「じゃあ、天帝は夫婦の仲を裂くようなことをしたのかい?」

「まあ、そう言うことになるかしらねえ」

 マレンはもう一度見えない向こう岸を見つめた。その時、マレンの足に当たるものがあった。注意深くそれを取り上げ、掌に乗せてカレナに見せた。

「なあに? 何かあったの?」

 カレナとしてみれば、こんな宇宙の果てに、何か貴重なものがあろうとは思ってもみなかった。

「これ何だろう?」 

 マレンに言われて注意深く見つめると、それはどうみても人工的な物に見えた。

「何だか指輪に見えるわね、まさかねえ」

 マレンはそれを天の川の水で洗ってみた。泥が落ちて綺麗になって行くと次第にそれは姿を現した。

「水晶の指輪? アメジストかしら」

 カレナはやはり女性だ。この手のことには詳しい。

「でも地球じゃないから、一概にそうだとは思えないけどね」

 マレンはそう言ってカレナの説を否定した。

「でも、誰か地球から来た観光客が落としたのかも知れないじゃない」

「そうか、その可能性が高いな」

 二人は、その指輪を近くの岩の上に置いて帰ることにした。落とした主が戻って来れば、直ぐに判ると思ったのだ。


 それから暫くして、七夕も近い夏の夕暮れに誰もいない天の川のほとりを歩いている者がいた。

「この辺で無くしたんだよな。もう無いかも知れないな。あってもきっと川の中だろうし、探すだけ無駄かも知れない」

 独り言を言いながら下を見て歩いて行くと近くの岩場の上で光るものがあるのを発見した。期待に胸を膨らませて近寄ると、果たしてそれは彼が探していたものだった。

「良かった。これは織姫が流した涙が固まって出来た指輪なんだ。昨年自分が作って渡したのだけど、手違いでこの川の畔で、落としてしまったんだ。本当に見つかって良かった。きっと誰かが見つけてくれて、この岩の上に置いてくれたんだな。本当にありがとう。きっと織姫も喜ぶと思うよ」

 彼はそう呟くと大事にその指輪をしまった。もうすぐ逢える恋女房の織姫に渡して、永遠の愛をもう一度誓うつもりなのだ。

 離れていても、年に一夜しか逢えなくても、自分の気持ちは変わらないと……。

 そう、彼の名は彦星。そして、もうすぐ七夕……。


<了>

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