第37話 花守人

 桜が咲くと街が一斉に色づき始める。隆はこの時期が一年で一番好きだった。隆の住んでる街は住宅街だが、散歩していると家々にも色々な花が咲いているのが判る。

 桃の花だったり、桜でも八重桜や枝垂れ桜などがある家もある。そんな街並みを散歩するのが好きだった。

 天気の良い日曜の午後、隆は散歩していた。今日歩くコースには大きな桜によく似た木が植わってる家がある。実はここに住んでいた人は老人だったのだが、かなりの大金持ちで街でも有名だったのだ。だが昨年老衰で亡くなり、家は空き家になっていた。それがこの春に誰か引っ越して来たと言う噂だった。それが本当なのか隆は今日の散歩で確かめてみたかった。

 その家がある小路に入る。この辺は大きな家ばかりが続くが、その中でもひときわ大きな家が目的の家だった。

 隆は慎重に観察しながらその家の前を通りかかる。表札が門にはめ込まれていて、確認すると「小鳥遊」としてあった。難解な苗字として今や有名な「小鳥遊」だからすぐに「たかなし」という家だと判った。以前がどうだったのかは覚えていなかった。

 見ると目的の大きな桜に良く似た花をつけた木は今年も沢山の花を咲かせていた。その木や庭に水を撒いてる娘が目に入った。きっと引っ越して来た人なのだろう。どんな娘かと歩きながら見ていると、その娘がこちらに向かって顔をあげた。

 驚くと言うか、あまりの美しさに隆は歩みを停めて見つめてしまった。きっと口も半開きになっていただろう。

 肩にかかった漆黒の髪。二重のパッチリとした目、すうっとした鼻、上品な唇、健康的ながらも色白な肌。全てが隆の理想だった。

 見つめていては悪いと思いながらも視線を外すことが出来ない。吸い寄せられるような感じだ。それはまるで魂を吸い取られる感じにも似ていた。

 すると、その娘と視線が合ったのだ。その途端彼女がニコリと微笑んだのだ。隆はどうして良いか判らず「ど、どうも」とぎこちなく返事をしてしまった。

「今度こちらに引っ越して来た『小鳥遊』です。わたしは小鳥遊薫です。どうぞ宜しくお願い致します」

 美少女はそう言って挨拶をしてくれた。

「ま、丸山隆です。市立高校の今度二年になります」

 まさか、口を効いてくれる等とは思っていなかったので、驚いてしまった。

「まあ、それならわたしと同じ歳ですね。わたしは隣の聖華学園に編入したんです。公立は編入手続き」が難しいので」

 薫はそう言うと

「お花に興味がおありになるのですか?」

 隆に語りかける。その声がとても心地よく感じる

「あ、興味というか、こちらのこの木なんですが、桜に似ていますが、何か違う感じがして、毎年見に来ていたんです。それが、新しく誰か引っ越して来たと言うので、興味が湧いて……すいません」

 隆が半分謝るように言うと薫はニッコリと笑顔を見せて

「いいんです、そのおかげでこうして隆さんとお話が出来ました。これを機にお友達になって戴けませんか?」

 思いがけない言葉だった。自分がこんな美少女と繋がりが出来るなんて夢にも思わなかった。

「僕でよければ……」

「よかった……この街に来て誰も知り合いも居ないんです。隆さんみたいな方と友達になれてとても嬉しいです。良かったら、門からこちらに入っていらっしやいませんか?」

 気がついてみれば隆と薫は垣根越しに会話をしていたのだった。

「それじゃ、おじゃまさせて戴きますね」

 薫が誘ってくれたのだ。遠慮しては申しわけ無いと思い門に回って正面から庭に踏み入れた。その途端、隆は何か体が一瞬軽くなる感じがしたのだ。その時は気のせいだと思ったのだが……

 庭に入っると薫が待っていて、色々な草花を説明してくれる。そして、隆が桜に似ていると思った木は

「これは実はアーモンドの木なんです。桜に良く似ていますし開花時期も同じなのです。日本には余り無いので桜や桃と間違えますけどね。小豆島では栽培されているんですよ」

「薫さんはよくご存知ですね。ここは元は老夫婦が住んでいたと思いましたが……」

「はい、わたしの母の叔父夫婦でした。子どもが無かったので唯一の姪の母が相続したのです。税金が高かったので売却しようとも考えたのですが、大叔父はこのアーモンドの木を大切にしていたので、わたしがその意を受け継いだのです」

「そうだったのですか、確かにこれだけの木なら守るだけの価値はあるかも知れませんね」

 その後、隆は薫の母にも紹介された。薫の母も大層な美人でしかも若い! 黙っていれば高校生の薫と姉妹と思ってしまうほどだった。今なら「美魔女」と言うのではないかと思った。

 お茶でもと誘われ、薫の手作りの菓子を名前も初めて聞く紅茶と一緒に戴くと不意に眠たくなってしまった。居眠りでもしては申しわけ無いと帰ろうとするが体が動かない

「眠くなったら、少しの間、そこのソファーでお休みになったら良いですよ。少しでも眠るとスッキリしますから。薫、隆さんに毛布を持ってきてお上げなさい」

「はいお母様」

 薫は母親に言われた通りに奥から毛布を持って来てソファーに横になった隆に掛けてくれた。その途端意識が薄れて行った……


「どう眠った?」

「はいお母様。眠ってしまいました。これで後は彼から気を戴くだけです」

「このアーモンドの花がこの街の気候では通常咲かないのにね。それが咲いてるのはこの家が結界になっているからなのよね。叔父様が大事に大事に育てて来たこの木、枯らせてはならないわ」

「はいお母様、だからわたしも今日は一生懸命でした。しかも彼は思ったより美少年でした。美しい少年の気を与えてやれば来年もその次もきっと良く花が咲きます」

「あら、あなた、この子が好みのタイプだったのね。それで積極的だったのね」

「もう絶対彼を離しはしません。一生掛かって気を抜かせて貰います。この木に素晴らしい花が咲くように彼には頑張って貰います」

「そうね。これだけの美形なら亡くなった叔父様も文句は言わないでしょう」

「アーモンドの花言葉は『希望、真心の愛、永久の優しさ』ですからね」

 薫はそう言って二つのティーカップに紅茶を注ぐと一つ母親に手渡した。母親はそれを受け取ると

「でも、アーモンドには『無分別、愚かさ』と言う言葉もあるのよ」

 そう言ってニッコリと笑って紅茶に口を付けた。


 それからも小鳥遊家のアーモンドは毎年美しい花を咲かせたのだった。


 その後、近所でも評判の美少年だった丸山隆の姿を見た者はいない。警察がくまなく操作して一時はマスコミでも話題になったが、いつしか「神かくし」として忘れ去られてしまった。だが人々は見ていたのだ。隆の姿を……。

 アーモンドの木になった彼は、必死に街の人々に語りかけていたのだ。


「誰か僕を……僕はここに居ます……」

 

 彼は自分の存在を知って貰う為に今年も見事な花を咲かせる……


  <了>

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