第36話 夏が来る

 衣替の季節になり半袖が心地よくなると、暑さが顔を覗かせる。夏の太陽のお出ましだ。 その頃になると、その昔、母はわたしたちに良くお昼に素麺を茹でてくれた。大きな鍋にお湯を沸かして、白い色の素麺を茹でて、竹で編んだザルに山盛りによそってくれたけ。

 わたしや弟は、その中の白い麺の中から、青や赤や緑の色の素麺を見つけ出して、お互いに取られない様に真っ先に食べてから残りの白いのを食べたものだ。最後に色のついたのを何本食べたか何時も自慢しあっていた。

「姉ちゃんはずるい!」

 弟が頬を膨らまして口を尖らせる

「どうしてよ?」

 わたしは弟の言いたい事を判っていながら、からかう様に知らんぷりをするとムキになって

「だって、それ俺が狙っていた奴だったのに!」

 そう言うのが判っていても、わたしは言い返す。

「ぼやぼやしてるのが悪いんでしょう」

 すると、何も言い返す事が出来ずにただ、口を尖らせていた。

「ぼやぼやしてると伸びちゃうよ。急いで食べなさい」

 このタイミングで決まって母が割って入ってくれた。

 そんな事を何時もやりあっていた……この時期になると思い出す。それも昨日の様に……


 子供のうちは葱が辛いから嫌いだった。本当に嫌いで、母が勝手に入れてしまうと、半べそを掻きながらひとつずつ箸で摘んで取り出していたっけ……それが、いつの間にか好きになって、今では自分の娘にも入れている。歴史は繰り返すだね。

 娘はやはり頬を膨らませながら取り出している。その姿が可笑しい。

 あの頃、豪華な玉子焼きも胡瓜もさくらんぼも無かったけれど、楽しくて、そして美味しかった……夏になると思い出す。

 残って茹で過ぎた素麺は夕食に形を変えて出て来た。焼きそばもどきだったり、ミートソースもどきだったり、その変身した”もどき”をウンザリしながらも食べていた。

 きっと我が家の夏の風物詩になっていたのだろう。

 

 それと夏といえばカレーライスも良く母は作ってくれた。母は既成品のルーを使うのが嫌いなので、小麦粉を炒って作っていた。

 わたし達姉弟も良く手伝っていた。やはり大きな鍋に小麦粉やカレー粉を入れてコンロに掛けてしゃもじで炒っていたっけ。

 カレー好きな弟は何時も張り切っていた。私も手伝ったけど。私の役目は野菜を切る事。人参やじゃがいもや玉ねぎを切りそろえると、母のチェックが入る。

 我が家のカレーはキノコや茄子なんかも入っていた。夏野菜がカレーに良く合った。その影響か、今のわたしの家のカレーにも同じ野菜が入る。これも弟が本当に好きだった。


 何時も母の元に集っていたわたしたち……それが我が家の形だと理解したのは大人になってからだった。その母も、遥か昔に逝ってしまった。

 今年も夏が来る……ひとあし早く向こうに旅だった弟。その新盆がやって来る。好きだった素麺とカレーを供えてあげようと想った。

 いっぱい食べるんだよ……


                       <了 >

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