第35話 幸せの連鎖

  あたしが小学校5年の時にあたしの学校は他所の学校と併合になった。名前も変わってしまった。

 あたしの住んでる街は大別すると、川沿いの昔からある街並みと、丘の上にある後から出来た新興高級住宅地とに別れる。丘の上の街も一時はとても大きくて、人も沢山住んでいたし、あたしの住んでる川沿いの街では買えない様なおしゃれなものまで色々と売っている大きなショピングモールがあったりしたのだが、バブルと言う現象がはじけてからは、往時の勢いが無くなり、段々と人も少なくなっていったそうだ。

 その為幼稚園や保育園、小学校とか中学も閉鎖になり、あたしの通ってる学校と併合になった。だから本当はあたし達は元のままで良いのに、何故か名前を丘の上にあった学校の名前に変えられた。皆、口々に「おかしいよね」と言い合っていたが、その実誰も大人に訊いたりはしなかった。

 あたしも腹には思ったが、決して口には出さなかった。何故だか知ってるから……。

 あたし達の通っていた学校の名前は、昔のこの辺りの街の名前だったからだ。その名を聴くと、殆んどの大人はその街の名が、かって遊郭が沢山あった街の名だと思うからだ。正直、あたしもこの名前は嫌だった。今ではそんな事とは全く関係無い街なのに、その名のおかげで、何時も色眼鏡で見られていたのが嫌だったのだ。

 だから、丘の上の洒落た名前になるのは自然だと思った。でも、小学校でもそうだったが、そのまま進学した中学ではその傾向が顕著だった。

 それは、学校内にある住み分けの選別の線だ。衰えたとは言え、丘の上の連中の家の一年の収入は平均1000万を超える家も普通にあるらしい。

 それに比べてあたしが住んでる街の家の年収はその半分にも行かないと思う。

それは、色々な処に現れていて、乗ってる車から買い物をする場所。その他色々な処でそれは出ている。

 この街で外車を見れば殆んど丘の上の家のものだ。それに衰えたとはいえ、今でもあの辺りの街並みを歩くと、日本とは思えない街並みが続く

「こんな外国の映画みたいな街に住んでるのはどんな人だろう?」

 と歩きながらも想像してしまうのだ。

 だから、進学した中学でも生徒会や風紀委員とか大事な役目は丘の上の子達で締められている。数の上ではあたし達の方が多いが、学年の成績では上位は殆んどあの子達で締められている。

 まるで「貧乏人は頭も悪い」と云われている様だ。家が貧乏なのは仕方がない。今でもあたしの家はパソコンは1台しか無く、家族で共有している。それも父が自作したデスクトップだ。

 家の居間の隅の電話の傍に置いてあり、各自がパスを入力して使っているのだ。ネットはADSLで光回線ではない。父いわく

「このへんは田舎だから光でもADSLでも速さは同じだ」

 と言う事らしい。でもあたしは知っている。それが嘘だという事を……。


 雅也君の家に行った時はちょっと驚いた。まるで映画に出て来る様なお洒落な家で、大きな庭があり、家の中はフローリングで床がピカピカで、台所はシステムキッチンで、洗浄機からスチームオーブンまで揃っていた。

 おまけに、パソコンは一人に1台あり、家中に無線LANが張り巡らされていて、しかも光回線で、あたしはちょっといじらせて貰ったら家のADSLより余りにも早いので驚いた。

 雅也君の部屋もとても大きくて、焦げ茶のフローリングにセミダブルベッド、高そうな本棚には図書館の様な本がいっぱい並んでいて、テレビから何から何まで揃っていた。

 でも本当に驚いたのは、物凄く物が多いのに、何も置いていないスペースが呆れる程広かったと言う事だ。

 あたしの家とはまるで違う。あたしの家はあたしが小学校に上がる頃に父が建売をローンを組んで買ったものだ。

 一階は玄関や台所、お風呂場トイレ等が締めていて、部屋は八畳もあるリビングだけだ。

それは家の横が車の駐車場になっているからだ。

 一応車はあるが、もう十年以上乗ってる大衆車だ。二階は十畳と八畳の部屋があり、この十畳を弟と二人で使っている。八畳は父と母の寝室だ。三階と言うか天井裏はロフトとなっていて、物置となっている。

 あたしは二卵性双生児で弟と言うのは同じ歳だ。今では十畳の部屋のまん中にアコーデオンカーテンを掛けて仕切っている。兄弟でも一応プライバシーはあるからだ……みんな筒抜けだけど……。

 雅也君の部屋に入った時、人生で1度くらいはこんな部屋で朝目が覚めてみたいと思ったものだ。でも、その時は初めて男の子の部屋に二人だけで入ってちょっとドキドキしていて、そんな余裕は無かったのだけどね。

 あたしももう中学2年生だ。ちゃんと年頃の娘らしくなって来たと思う。色々な男の子から告白されたけど、今までは皆川沿いの街の子だった。丘の上の子から告白されたのは初めてだった。

 あたしは、やはり嬉しかったんだと思う。雅也君がどうのより、丘の上の子があたしを好きになったと言う事が嬉しかったのだと思う。そうしてあたし達は付き合い出した。


 それからある日弟が珍しく「話がある」と言って話しかけて来た。普段はあまり口も利かない仲だが、たまには真剣な話もする。アコーディオンカーテンを開けると私の領域に入って来た。

「お前さあ、高橋と付き合ってるんだって!?」

 高橋と言うのは雅也君の苗字だ。

「うん、告白されたからね」

「お前ら、学校で目立つぞ……先輩達も学年の奴らも皆見てるぞ……」

 そうなるだろうとは思っていた。

「別にいいじゃ無い。なんかあるの?」

「お前、結構色々告白されたけど、皆断ったろ」

「うん、だってその気にならなかったんだもん」

「だからさ、断られた奴らがさ、面白く思ってないみたいなんだ」

 それは逆恨みだろうと思う。

「そんなの一々考えていたら何にも出来ないじゃない。で、気をつけろ!って言うの?」

「まあ、それもあるけど……なんて言うかな、お前もっと自覚して欲しいって皆思ってるんだよ」

 自覚?何の事?

「なにそれ?」

「つまりさあ………お前、まあ俺もそうだけど、結構顔いいじゃん。だからさ下の街の連中からはさ、一種の希望なんだよな……」

 弟は川沿いの街の事をこう呼ぶ。あたしは、確かに他の娘より器量が良いらしい。子供の頃から大勢の大人に

「大きくなったら大変な美人さんになるわね」

 と何回も云われた。

 あたしは、顔の造作なんかは親からの貰い物で自分で獲得したものじゃ無いから、あまり正直感心は無かった。

「その希望の星は自由に彼氏作ちゃいけないの?」

「いや、そうじゃなくて、せめて下の街の連中から選べは……」

 なんであたしが川沿いの連中から彼氏を作らなくてはならないのだ。

「冗談じゃ無いわよ。そんなのあたしの勝手でしょ」

 それを聞いて弟は答えが判っていたらしく

「まあ、そう言うと思ったよ。でも気を付けた方がいいぞ」

 そう忠告してくれてカーテンを締めた。


 この街の経済は丘の上の連中が握っている。川沿いの連中はその下で働いている者が多い。だから中学生ともなれば、丘の上の住人である雅也君に直接嫌がらせをするなんて事はしない。

その代わりに同じ川沿いのあたしに直接嫌がらせをするのだ。

 今日も雅也君と別れた後で、あたしの周りを取り囲んだ。そして、流石に女の子に手出しはしないが、口々に罵ったり、付き合いを辞める様に言ったりする。

でも、やがて何時かは力ずくで……。

 その前に何とかしなくてはならないと思う。連中がおめでたいのは、あたしが雅也君に告げ口をしないと決めている事だ。散々やられて言わないハズが無いじゃない。

 次の日からピタット嫌がらせが止んだ……その凄まじさに驚く……。

 でもこれで、あたしは雅也君意外の男の子とは付き合えなくなってしまった。あたしは、本当に雅也君が好きで付き合っていたのだろうか……。

 もう、遅いかも知れない。

 雅也君があたしを飽きるまで、あたしは雅也君の彼女であり続けるしか無いのかも知れない。


 あたしは勉強した。勉強すればこの街から抜け出せると思ったからだ。そして県下でも有数の進学校へ合格した。

 雅也君も当然の様にそこへ進学をした。苦しい中だったが親は大学に行かせてくれた。

学業資金が足りない処は奨学金を貰った。


そして10数年……

 あたしは、結婚して子供にも恵まれ、まあまあの生活をしている。生まれ故郷からは離れ、ある街に夫と暮らしている。

 朝、学校へ行く子供達を見送る。

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい。坂の下の子達とは話したらダメよ。分かってるわね」

「はぁい。判ってまぁす」

 陽気な声を出して子供達は元気に走って行く。

 どうか、この生活が何時までも続きます様に……

 それは過去の自分への復讐なのかも知れない。


 何処かで繰り返す。”幸せの連鎖”

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