第13話 海辺のラブ・ロマンス

 海岸沿いの国道を南に走ると、その店があった。この辺りでは一番洒落た店で、白い屋根の上に赤いネオンがあり、陽が暮れると毎晩赤く輝いていて、それが妙に格好良かった。

 店の前の駐車場に車を停めて店のドアを開けるとビックバンドの曲がかかつていた。今どきジャズ喫茶でもあるまいし、こんな曲を流してる店なんか都会では無い。そうここは海辺の静かなジャズが流れる店。


 マスターは何も言わなくてもカウンターに座った俺の前にいつものバーボンのオンザロックを滑るように置いてくれる。

 なに? 飲酒運転だって? ふん、笑わせるんじゃない。呑んで運転すればだろう? 俺は呑んだら運転はしない……そう決めてある。

 帰る方法なんか幾らでもある。運転代行を呼んでも良いし、車を置いて歩いて帰っても良い。

自由だと思う。どうやって帰ろうが俺の自由だ。

「マスターおかわり」

 俺は飲み干したグラスをマスターの前に滑らせた。ほど無く二杯目が俺の前で止まった。マスターも野暮なことは言わなかった。

 不意にテラスに出てみたくなった。木製の枠にガラスがはまったドアを押すと、「ギギギ」という音と共に海風が体を包んだ。

 テラスの一番海寄りの場所に女が一人佇んでいた。湿った海風が女の髪をいたずらに靡かせている。それはまるで過去を嫌な思い出を忘れさせてくれることを願っているみたいだった。

 俺にも経験がある。嫌な思い出は忘れたい海風となって海に消えて行って欲しかった。

 女が皿に盛ったピスタチオの殻を湖風に靡かせた。そのうちの幾つかが俺の頬に当たって砂浜の方に流れて行った。

「あら、ごめんなさい。そこに人が居るとは思わなかったの」

「いいさ。別に、ピスタチオの殻を風に流すことで、君の心の傷が癒やされるなら俺は別に構わないよ」

「優しいのね」

「いや意気地なしなだけだ。今だって君を口説き落としたいのに、その勇気さえ無いんだからな」

「まあ、お口がお上手だこと……でも嫌いではないわ」

「それはどうも……隣、座っても良いかな?」

「どうぞ……でも、私の隣は高くつくわよ」

「構わないさ。何なら俺の残りの人生を賭けてもいいよ」

「まあ、でもいいわ。それなら売ってあ・げ・る」


 その夜に俺達は乾杯をした。

「後悔はさせないわ」

「いや、やはり後悔はするだろうな」

「どうして」

「なんで、もっと早く出会ってなかったのか。という後悔をね……」

「ふふふ、それなら私に期待させて悪かったと思わせないでね」

「ああ、それは無いと約束するよ」


 月が天柱に登った時、俺は彼女を抱いて、浜に降りていた。昼の間に温まった砂が素足に気持ちが良い。

「今夜は何だかお月さまが大きな感じがする」

「本当ね。きっと私達の行為を見て大きくなったのかも知れないわ」

「どうしてさ」

「だって月日の“立つ”のは早いものって言うでしょう!」

 大きくなる対象が違う気が……


 了

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