第7話 流星群の夜
わたしには三つ違いの兄がいます。名前を朔太郎、橘朔太郎(たちばなさくたろう)と言います。申し遅れましたがわたしの名前は楓、橘楓(たちばなかえで)と申します。
それは兄が大学に、わたしが高校に入学して間もない頃でした。その日は土曜日で、わたしと母は庭に植えられた満開の桃の花を縁側から眺めていました。穏やかな日差しと暖かい風に乗り桃の花の香りが辺り一面に漂っていました。
そんな昼下がりの穏やかな午後の空気が兄が帰宅して賑やかな感じに一転しました。兄は丑年ですが周りの人をも巻き込んで陽気な感じを振りまく人なのです。
「ただいま~友達連れて来たんだ。何か食わせてくれないか」
わたしと母が出迎えると大柄な兄に負けない背の高い方が兄の後ろで立っていました。
「おう、紹介するよ。同じクラスになった香月凛太郎くんだ。こちらは母と妹の楓だ」
兄に紹介された香月凛太郎さんは一礼をして
「香月凛太郎です。宜しくお願い致します。朔太郎くんにはいつもお世話になっています」
そう自己紹介をなさりました。その姿を見て「とても礼儀正しい方」だと思いました。
「さあ、上がってください。朔太郎と同じもので良かったら用意してありますから、どうぞ」
母の言葉に二人が上がります。脱ぎっぱなしでそのまま歩いて行ってしまう兄とは対照的に凛太郎さんは後ろ向きになり自分の履物をきちんと揃えられました。「そのような事はこちらがしますから」と言うと凛太郎さんは「いいえ、自分の事ですから」とお笑いになりました。靴を揃える姿と、言い訳の言葉が慣れていらっしゃるので、きっと御両親の躾がきちんとなされた方なのだと思いました。兄も他所の家に行ったら同じようにして欲しいとその時思いました。
わたしと母は既にお昼は終えていますので、兄と凛太郎さんの二人が食堂で並んで座っています。今日のお昼はうどんでした。
もう季節が終わるから、と母の里から牡蠣が送られて来たのです。昨夜は生牡蠣で家族で食べたのですが、残ってしまったので母が「牡蠣うどん」にしたのでした。
うどんは水沢うどんを使い、醤油のお出しで薄味に仕立てます。葱を斜め切りにして沢山入れます。そこに別な鍋で片栗粉をまぶして茹でた牡蠣を入れるのです。プリプリの牡蠣と腰のあるうどんに葱の甘みが絡んでわたし達家族の好きな一品です。
凛太郎さんはうどんを目にして
「牡蠣ですか! 暫く食べてないなぁ~」
と顔を輝かせています。
「凛太郎さんも牡蠣がお好きなのですか?」
わたしの質問に凛太郎さんはニコニコしていて
「大好きなんです。でもこの冬は食べてなかったので、今日こうして目にして喜び爆発と言ったところです」
そのおどけた言い方で本当にお好きなのだと判りました。
「ご馳走さまでした。美味しかったです。うどんのお汁が出汁が効いていて旨味があって牡蠣と良く合いました」
兄もそうですが、男の方の食べる仕草は見ていて気持ち良いものだと思います。
食べ終わると兄が
「今夜は何とか流星群が見られるそうじゃないか、それで香月を連れて来たんだよ。こいつの家は街中で、真冬なら空気が澄んでるから夜空も綺麗に見られるそうだが春になるとやはり霞んでしまうらしい。それで今日は連れて来たんだ。だから今夜は泊まらせるから、宜しくな」
兄が凛太郎さんを我が家に連れて来た理由が判りました。わたしも両親も賑やかなのが好きなので大歓迎です。
凛太郎さんが夕食を一緒になさるならわたしも母のお手伝いをして一緒に夕食を作ります。いつも手伝っているのですが、何だか今日は気持ちにも張り合いがあります。おかしなものですね。
夕食はポークソテーにしました。キャロットグラッセと粉ふきいもを添えます。サラダはサラダボールに山盛りの生野菜を入れて各自コングで自分の小さなボールに取り分けて戴きます。お好きなドレッシングを掛けて貰います。
そこに揚げ出し豆腐が加わります。降ろした生姜と白髪葱が沢山載っているのです。凛太郎さんは初めて見たのか、食べる前にしげしげと眺めていました。わたしはそれを見て申しわけ無いと思いましたが少し笑ってしまいました。わたしは未だ子どもなのだとその時自覚しました。
流星群は夜の十時過ぎから見られるそうです。時間になると縁側に両親とわたし。庭に兄と凛太郎さんが立っています。
煌々と月が輝いています。果たして流星群は見られるでしょうか?
それからどのぐらいでしょうか? 皆で雑談をしていたら西の空を指さして凛太郎さんが
「楓さん、ほらあそこ!」
凛太郎さんの指さした方向を見ると小さな流れ星が落ちて行くのが判りました。思わずわたしはお願い事を頼んでしまいました。『ここに居る皆がいつまでも平穏に暮らせますように』と願ったのです。
「楓さん。願いごとならこれから沢山見られるから大丈夫ですよ」
凛太郎さんに言われて、確かにそうだと思いました。慌ててしまって少し恥ずかしかったです。
兄がその様子を見て微笑んでいました。
その後沢山の流星群が流れて行きます。わたしはその都度心の中で同じ願い事をしたのでした。
<了 >
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