第3話 ホワイトデーには

 生まれて一番緊張したかも知れない。

 2月14日はご存知「バレンタインデー」

 女の子がチョコレートを持って好きな人に愛を告白してもいい日だ。今さっき、わたしは、その一大事をやってきた所だった。

 同じクラスの和也くんに告白をして来たのだった。今年高校に入学してから知り合った子だった。

 特別にスポーツマンでもないし、成績も良くはない。まあ、わたしと同じぐらいで、真ん中あたりをうろうろしている。でも、気が付いたら好きになっていた。いいや正確には一日中和也くんのことばかり考えていることに気がついた。

『今、何をやっているんだろう?』

 とか、本を読んでも

『和也くんだったらどんな感想を持つかな?』

 とか気が付くと何時も考えていた。これって、好きになったと言うことなのかな?

 実は、今まで男の子を見てもこんな気持になったことはなかった。だから、この感情が恋と言うものだとは全く気が付かなかった。それを知ったのは友達の長月玲奈に言われたからだ

「美紀、それを人は恋と呼ぶんだよ」

「え、知らなかった。その人のことが気になると言うことが恋だったんだ」

 今時の高校生としては、余りにも酷い答えだったのか玲奈は呆れてしまった。

「美紀はもしかして初恋?」

 その玲奈の言い方には驚きと、呆れと僅かな嘲笑が混じっていた。でもわたしにはそれに反論する答えなんか持っていなかった。

「和也くん。カワイイ顔してるものね。それに何時も美紀に優しいしね。あの子も満更じゃないのかもよ」

 無責任な玲奈の言葉にわたしは舞い上がってしまった。そう言えば和也くんは他の娘よりわたしに優しい気もする。果たしてそうなのだろうか? 

「今度の2月14日にはチョコ送ったら?」

「2月14日……ああ、バレンタイン!」

「ほんとに鈍いんだから……仕方がない、協力してあげるわよ」

 小学校からの友人の玲奈はそう言ってわたしに協力してくれることになった。そういう玲奈は今年はパスだそうで、来年に賭けるのだそうだ。要するにわたしに関わることで暇つぶしをしようと言うことなのだと考えた。でも正直ありがたい。持つべきは親友だ。


 それからは作戦を練ることになった。

「いい、手作りだからね! 素材のチョコはベルギー産のよ」

「そんなに高いの使うの? 国産でもいいやつ使えば……」

 戸惑うわたしに玲奈は

「駄目よ! ベルギー王室御用達。というのが貴重なのよ。第一夢があるでしょう」

 言われてみて、そうか夢の部分も必要なのだと思った。そして、わたしにそれが一番欠けてる部分だと気がついた。

 街の市場にある高級洋菓子の素材を売っているお店に行き、色々と揃える。買うものは多い。チョコの他にも色々と買わなくてはならない。型だってそうだ。ハートの大きな型が欲しかった。

「型はわたしのを貸してあげるわよ。色々と持ってるから。それから次は包装屋さんに行き、ラッピングの素材も買うのよ」

 玲奈はテキパキとわたしに指示をして行く。もしかしたら、わたしより乗っているかも知れない。こういうことって女の子の何か刺激させるのだろうか? 

 わたしは自分のことなのに何処か他人事みたいに感じていた。

 湯煎で溶かし、型に入れる。冷やして、表面にホワイトチョコのペンでメッセージを書いて行く。他の色で下手だが薔薇の絵も書いてみた。そんなことをしているうちに自分がこれを本当に和也くんに渡すのだとやっと実感が湧いて来た。想像するだけで耳まで真っ赤になる。

「あんた今から何上がってるのよ。失敗しちゃ駄目よ」

 一緒に作るのを手伝ってくれた玲奈が隣で呆れていた。

 でもそれやこれやで遂にバレンタインに和也くんに渡す手作りチョコは完成した。綺麗にラッピングも終わり、後は渡すだけとなった。

「あんた、呼び出せないでしょうから、呼び出すまでは手伝ってあげるからね。その先は頑張んなさいよ」

 本当に玲奈には感謝しきれないと思った。


 当日、放課後に校舎の裏手に和也くんに来て貰った。勿論玲奈が和也くんに声を掛けたのだ。

「もうじき来るはずだから頑張りなね」

 玲奈はそう言って消えてしまった。一人になると急に心細くなって心配になって来た。我が高校にはある種のルールがあって、男子は女子からバレンタインにチョコを渡されたら決して拒否してはならない。というものだった。それは、OKの返事ではなく、心を込めて作ってくれた女子に対する礼儀だと言うもので、返事は翌月のホワイトデーを持って返事とする。というルールがあるのだ。だから和也くんがわたしのチョコを貰ってくれないということは無いのだった。

 2月も半ばになると陽が伸びて来て、夕方でもかなり明るい。お陽様が長い影を作っていた。校舎の角から人の影が僅かに頭ひとつ飛び出して来たように見えた。やがてそれは完全に人の形となった。角を曲がって現れたのは和也くんだった。

「長月が校舎の裏で待ってる人が居るから行きなさい。って言うから来たのだけど、美紀ちゃんとは思わなかった」

 和也くんは明らかに戸惑っている感じだった。今日、こんな時刻にこんな場所に呼び出したら目的はバレているよね? 

 それでも、わたしはめげずに手提げから作ったチョコを取り出した。それを見た和也くんは表情を変えない。やはり嬉しくないのかな?

「正直に言います! 前からずっと想っていました。これを受け取って下さい!」

 今の自分に言えるだけのことを口に出して言った。ちゃんと言ったつもりだったが、声が震えてしまって上手く言えなかった。でも、わたしの告白を聴いた和也くんは

「ありがとう! 大事に食べさせて貰うよ。返事は決まり通りにホワイトデーにちゃんとするからね」

 和也くんはそう言ってわたしのチョコを、大事そうにしまうと帰って行った。暫くして玲奈がやって来て

「どうだった? 上手く言えた?」

 かぶりを振るわたし……

「声が震えちゃって……」

「そうかぁ、でも返ってそれが真剣だって感じが出て良かったかもよ」

「そうかなぁ……」

「そうだよ!」

 わたしは、この時の玲奈のポジティブな言葉にかなり救われた。思えば、いつもわたしが落ち込んでいた時に前向きなことを言って励ましてくれたと思い出した。

「こんな言葉もあるじゃない。『家宝は寝て待て』とか『人事をつくして天命を待つ』あるいは『細工は粒々、仕上げはごろうじろ』あ、これは違うか」

 わたしは例え和也くんに振られても、これほど友達のことに一生懸命になってくれる玲奈が嬉しかったので気持ちが楽になった。今度、玲奈の番になったらわたしが頑張ろうと心に誓った。


 2月は日が経つのが早い、あっという間に3月になった。和也くんの返事を貰えるホワイトデーはもうすぐだ。でも、その前に期末試験がある。わたしは必死に勉強した。あまり成績が悪くて和也くんに嫌われたくなかったからだ。

 試験前は部活も禁止になるので皆家に帰るのが早い。明日から試験だという日、わたしもホームルームが終わると急いで鞄を持って昇降口に降りて行った。廊下の角を曲がれば下駄箱だという所まで来た時に人の声が聴こえた。誰だかは直ぐに判った。玲奈の声だった。誰かと話をしているみたいだった。

「じゃあ、後で家に行くからね。厳しく教えてあげるからね」

「お前に教えて貰えると助かるよ」

 もう一人の声の主が誰かは直ぐに判った。間違えるはずがなかった。和也くんだった。そっと廊下の角から顔を半分だけ出す。数メートル先には玲奈と和也くんが並んで立っていた。

「じゃ、後でね」

 玲奈が和也くんの肩を軽く叩いて走って行った。鞄を持っていたからそのまま家に帰るのだろう。わたしは呆然とその後姿を見送って、和也くんに気が付かれないように、そっとその場を逃げ出した。早足で歩きながら涙が出て来て止まらなくなった。

『どうして二人が一緒に勉強するほど仲が良いのだろう?』

『いつの間にか仲が良くなったのだろう?』

『前からそんな関係ならはじめに言って欲しかった』

 わたしは失恋と友達に裏切られた想いを抱えて制服を濡らしながら小走りに学校を後にした。

 翌日からの試験は散々だった。入学して一番酷い成績になるだろうと想像がついた。友達がわたしに元気がないので色々と心配してくれる。その中には勿論玲奈も居た。でもわたしは正直口も利きたくなかった。そんなわたしの変化を玲奈も感じたのだろう。学校の帰りに待ち伏せをしていた。

「美紀、最近どうしたの? おかしいわよ」

 何でもハッキリさせたがる玲奈は、わたしの行く道を塞ぎながら腰に手をあてて仁王立ちしていた。それなら、わたしだって言いたいことがある。

「それはこっちの言い分よ。言わないでおこうと想ったけど、あなたがそう言うなら、わたしも言わせて貰うわ。どうして和也くんと親しい関係なら最初に言ってくれなかったの! 一緒に家で二人だけで勉強するなんて普通の関係じゃ無いじゃない」

 玲奈はいきなりわたしが、事の本質に迫ったことを言ったので、少々慌てて

「ちょっと、こんなところで、そんな大事なことを大声て言わないでよ」

 玲奈はわたしの腕を掴むと近くの公園に連れ込んだ。奥の人の来ないベンチに腰掛けると

「美紀見ていたんだ……誰にも知られたくなかったのだけど……」

 ちょっと放心したように下を向きながらつぶやくように言う。

「試験の前の日に下駄箱の所で約束してるのを見たの」

 わたしは事実をそのまま言うと玲奈は観念したように

「見られたのなら仕方ないわね」

「何時からなの? もう長いの?」

「長いわよ。ずっとだから」

「ずっと?」

 なんだか話が噛み合わないと感じた。

「誰にも言わないでね。学校でも知ってるのは担任と校長先生ぐらいだと思うから……わたしと和也は苗字は違うけど兄弟なのよ。幼い頃に両親が離婚したの。わたしと和也は二卵性の双子なのよ。驚いたでしょう。わたしが姉で和也が弟なのよ」

 驚いたなんてものではなかった。

「似てないからね。親が離婚して、わたしは父に、和也は母に引き取られたの。幼稚園の時だった。離婚の理由はよく知らないけど。それからわたしと和也は離れて暮らしたの。たまに逢っていたから、お互いの事はよく判っていたの。それで、せめて高校は同じ高校に進もうって誓い合ったのよ」

「知らなかった。玲奈に双子の弟が居たなんて、しかもそれが和也くんだったなんて……」

「黙っていてゴメンね。何時もは別々に勉強してるのだけど、この前ねアイツ『試験勉強教えてくれ』って言って来たのよ」

 玲奈は学年でも10位以内に常に入る成績上位者だ。教えて貰うには都合が良い。

「アイツね、なんて言ったと思う?」

 ポカンとしているわたしに玲奈は

「真っ赤な顔をしてね『美紀ゃんに相応しい成績を上げなくてはならないから』って言ったのよ。それは必死だったわ」

 そうか、そうだったのかと心が軽くなったのと、自分の早とちりを呪った。

「だから期待しても良いと思うわよ」

 玲奈の言っていた通りに期末試験の結果が貼りだされた。わたしは、やはり下がったが思っていたよりは酷くなかった。玲奈は何時もの位置をキープ。和也くんは700人中で200番以内に入っていた。二学期の期末に比べると150番以上のUPだった。わたしは赤点を免れただけでも良しとしよう。


 3月14日月曜日、登校すると下駄箱に手紙が入っていた。開いてみると和也くんからの手紙だった。

『放課後、この前の場所に来て欲しい』

 それだけが書かれていた。その文字を見ただけで心臓が鐘を打つようにドキドキして来る。遂にこの日がやって来たのだ。あと数時間で結果が現れるのだ。玲奈は

「心配しなくても良いと思うよ。あ、でも他にも貰ったみたいだけど。そっちはどうするのしらね?」

 などと物騒な事を言って人を混乱させて喜んでいる。

 結局、試験後なので大した授業が無かったのだが全く頭に入って来なかった。私立なんかは試験休みだそうだ。羨ましいと思う。

 放課後、飛び出しそうな心臓をやっとの思いで胸にしまって、校舎の裏手に急ぐと和也くんが既に待っていた。

「ゴメン、待った?」

「いいや、大丈夫だよ。それより何か誤解させるような事をしてしまって申しわけない。俺、美紀ちゃんに告白されて嬉しくて、それなら美紀ちゃんに相応しい男にならねばと思ったんだ。だから普段は頼まないのだけれど、玲奈に勉強を見て貰ったんだ」

 和也くんは真っ赤になりながらも正直に言ってくれた。そして……

「俺も、前から美紀ちゃんのことは想っていて、本当に嬉しかったんだ。今日は何をお返ししようか考えたのだけど、あんな素晴らしい心が篭った贈り物には買ったクッキーなんかでは釣り合わないと思ってね。それならモノではなく一緒に楽しい思い出を作ろうと考えたんだ」

 そう言って和也くんが出したのは白い封筒だった。

「開けてみて」

 中を開くと有名な遊園地リゾートの1日パスポート券だった。わたしも随分前に行ったきりで暫く行っていない。

「一緒に行けないかな?」

 微笑みながらも僅かに上目遣いでわたしを見る和也くん……駄目な訳があるはずが無いじゃない。

「喜んで……」


 その後春休みに二人はリゾートに一緒に行ったのだが……

「ねえ、どうして二人のデートなのに玲奈が付いて来るの?」

「ゴメン、二人で行くと言ったら、自分の分は自分で出すから一緒に行くって利かないもので……」

「当たり前じゃない! 弟と親友が初めてのデートするのよ。それも地元を離れて……心配じゃない」

 そうなのだ。今日は何と玲奈が一緒について来ている。信じられない事実だが、まあいいかと思うことにした。だって三人なら今日は楽しくなりそうな予感もするからだ。


 その日、わたしは和也くんにリゾートのキャラクターのクッキーを買って貰いました。



                               了

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