第4話 日傘と手

 美咲の通っている市立佐神高校は地域では有数の進学校だ。国立は勿論、東大に進学する者もかなりの数になる。それだからという訳ではないのだろうが、この学校の文化祭は毎年五月の末に行われる。秋だと三年生の受験に影響するからだそうだ。

 その文化祭では部活動を行っていない生徒達でクラスごとに催し物を開催するのが恒例となっていた。

 美咲の所属する二年E組は今年は「占い喫茶」なるものを開催することになった。普通の喫茶ではインパクトが無いので女子に人気の占いを加味したのだ。喫茶に入ったお客に希望すれば占いをして、良い結果が出たら料金を割り引くという趣向だった。ちなみに悪い結果でも割増はしない。

 二年E組ではおよそ半数の生徒が部活動をしていなかった。勿論美咲も部活動はしておらず帰宅部となっていた。

 そんな中で催し物の会議で、美咲は他の男子生徒二人と買い出し係に任命されてしまったのだ。最初は面倒くさいと思ったが、文化祭当日は比較的楽が出来るので引き受けることにした。

 他の二人は、幼なじみの祐輔と、背が高く女子からは人気のある賢治だった。賢治はこの前のバレンタインでも沢山女子からチョコを貰っていて、それが話題になったほどだった。中学時代まではバスケをしていたのだが、試合で足を骨折してしまい、それ以来バスケを辞めたのだ。普段の生活なら問題無いが、バスケの様な動きの激しい運動は出来ればしない方が良いと医師に宣告されたからだ。


「ああ、やっぱり土曜日の朝に買い物に行くなら別の係が良かったかな」

 美咲は日傘の柄をゆっくりと回しながら呟く。隣を歩いていた賢治が

「美咲ちゃん。その日傘は新しいのかい? 可愛い柄で美咲ちゃんに良く似合ってるよ」

 そう言って距離を近づけて来た。爽やかな感じを漂わせる賢治が至近距離に入って来たので美咲も少し構えたが、その距離が絶妙だった。女子に近親感を抱かせつつも警戒心を起こさせない距離だった。

 美咲は先日買ったばかりの日傘を褒められて、少し嬉しくなっていた。後ろから付いてくる祐輔は

「傘なんか持っていたら荷物が持てないじゃないか」

 そう言って頬を膨らませたのだった。

「市場の場外で買えば1日で済んでしまうだろう。その方が結局面倒くさくないと思ったのさ」

 祐輔の言葉に美咲は納得しながら、それでも大事な土曜日が潰されたことが惜しいと思った。

「傘を持って来たのはやはり日焼け対策かい?」

 賢治が買い出しとは全く関係の無い話題を振ってきた。

「うん、そう。紫外線対策だけど。今日は暑くなるって天気予報でも言っていたから」

「そうか、美咲ちゃんは色が白いからね。だいじにしなくちゃね」

「ありがとう! そんなこと言ってくれるのは賢治くんだけよ」

「そうかい、僕なんかいつも美咲ちゃんは綺麗だと思っていたよ」

 後ろから二人の会話を聞いていた祐輔は

『やっぱりコイツは直ぐ女子に調子の良いことを言うのだな』

 そう思っていた。

「ほら、祐輔、ちゃんと歩いて来ないと遅れちゃうわよ」

 時々思い出したように美咲が声をかけてくれるが、殆どは賢治との会話が聞こえて来た。


 市場の場外の店を幾つか回り、大きなものは贈って貰うように手配をして、幾つかの小物は袋に入れて貰って持って帰ることにした。

 賢治と祐輔が大きなビニール袋を両手に下げて歩いている。美咲は手ぶらだ。本当は一つは美咲も持つと言ったのだが、賢治が

「自分が持つから美咲ちゃんはいいよ」

 と言って一つ袋を美咲の手から奪ったのだ。その為、賢治は左手に袋を二つ持っていた。

「ありがとう賢治くん。やさしいのね」

 荷物を持たなくて済んだ美咲は機嫌が良い。そして相変わらず賢治と楽しそうに会話をしている。祐輔は荷物の重さで手を赤く腫らしながら二人の後を付いて歩いていた。実は賢治の荷物は二つとも軽いのだ。もとより美咲が持つはずだった荷物は重い訳がなく、数では三つ持っていたが、重さでは祐輔の荷物の方が遙かに重かったのだ。重いものをぶら下げているのでどうしても歩くのが遅くなる。時々二人が振り返りながら歩いているが、わざと遅くなっている訳ではないので仕方ない。


 祐輔にしてみればやっとの思いで学校に到着した。手際よく美咲が買って来たものをしまって行く。

 全部しまい終わると賢治が美咲に

「この後暇ならお茶でも飲んで帰ろうよ」

 そう誘ったのだが美咲は

「ゴメン、この後用事があるんだ。また誘って」

 拝むように手をすり合わせると

「じゃ、月曜に!」

 そう言って教室を出て行った。その後姿を見送りながら賢治は

「あ~ふられちゃったか! まあ良いか……」

 そう独り言を口にすると

「祐輔、僕も帰るから、戸締まりは宜しくね」

 そう言うが教室を後にした。残された祐輔はぼんやりと見送り、ポケットにしまった鍵を取り出して教室の入口の扉を回した。

 職員室に鍵を返して昇降口まで行くと、下駄箱の所で美咲が待っていた。

「用事があったのじゃないのか?」

「あれは嘘、それより手、見せて」

 何を言っているのか理解出来なかったが、言われた通りに美咲に手の平を上にして見せた。

「やっぱり真っ赤。祐ちゃん、ひとつぐらい賢治くんの荷物と交換して貰えば良かったのに」

「いいよ別に、このぐらい何でもないし」

「賢治くん調子いいからね。わざと軽いのばかり自分で真っ先に持ってさ、重いのを祐ちゃんに残したんだよ。すぐに判った」

 美咲の手が祐輔の手を包み込むようにさすり始めた。初めてのことに祐輔は戸惑ってしまった。

「な、何だよ……いきなり驚くじゃないか」

「真っ赤にさせた責任の半分は私だよ」

「どうして、お前の責任なんだ?」

 不思議がる祐輔の手をさすりながら美咲は

「だって、今日、私が日傘なんか差して来なければ、軽い荷物は私が持って、重い荷物は祐ちゃんと賢治くんで持ったはず。だからこんな手にしてしまったのは半分は私の責任なの」

「いいよ、そんなに責任感じなくても。もう済んだことだし」

「祐ちゃん前に色の白い子が好きだって言っていたわよね?」

 美咲に言われて、ずい分前にクラスの数人で好みのタイプを言い合ったことがあった。その時にそう言った記憶があった。

「あんなこと、覚えていたのか!」

「嘘だったの?」

「いいや、本当だよ……第一、お前は色が白いじゃないか……好きになった子が色白ということで……」

「え……」

 祐輔の言葉に、思わず今までさすっていた手を放した。

「そ、それって……」

 驚く美咲に祐輔は

「最初は仲の良い幼なじみと思っていたけど、中学の頃には意識するようになっていたな。出来れば進学先も同じ所に進みたかった。お前は成績が良かったから、ここに進学するって聞いていたから、俺は必死で勉強したよ。俺は出来の良い方ではないからさ」

「そういえば、中三になってからの祐ちゃんの成績の伸びは凄かった!」

「おかげで何とか滑り込めたけどな」

「知らなかった……そんな昔から思われていたなんて」

「ああ、遂に言ってしまったよ!」

 祐輔は苦笑いをして、下駄箱から靴を出して履き替えた。校庭に出ると美咲は傘を畳んだ。

「少し陽に焼けても良い?」

「うん?」

 美咲の真意を理解出来ない祐輔は目をパチクリしている。

「だって、日傘を差していると手を繋げないじゃない」

 美咲はそう言って右手を祐輔に差し出した。

「一緒に帰ろ……」

 祐輔が美咲の手を取って繋ぐ。

「もう赤いのは取れたわね」

「ああ、さすってくれたおかげかな」

 誰も居ない校庭を二人が手を繋いで歩いて行く。



                  <了>

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