神の捜査

テヘペロはお早めに

「んじゃ、始めるか」

 隣にいるレイに確認を取ると、彼女は頷いた。

「さて、どこから手を出していく?」

 そう聞くと、レイは神社の横、相澤が発見された辺りを指差した。まずは遺体発見場所から捜索していくようだ。

「まあ、当然っちゃ当然だな」

 事件でなくても、何か手掛かりを探す際は問題となった場所を起点にするだろう。物を無くした時など、自分が置きそうな場所を始めとしてその範囲を広げていく。遺体があった場所をまず最初に調べていくのも自然な流れだ。

「よっしゃ、始めるか!」

 一声上げて気合いを入れてから、俺達は行動を開始した。

 


「ん~!」

 俺は両腕を頭上に上げて伸びをした。

 開始して三十分ほど経っただろうか。しゃがみ込んだり、伏せたり、前傾姿勢で辺りをずっと捜索していたので、身体があちこち固まり出していた。一息つくため身体を起こし、筋肉を伸ばす。そして一言......。

「うん、何もないな!」

 辺りにはゴミ一つとして何もなかった。普通ならペットボトルの蓋や何かの錆びた金属片など落ちていそうなのだが、全くと言っていいほど綺麗であった。

「警察が持って行ったのかもな」

 現場付近にある物は事件に関係している可能性があり、それが犯人に繋がる重要な手掛かりになることだってある。もしかしたら、手当たり次第拾い集めて、そこから捜査しているのかもしれない。

「なあ、レイ。もしかして、俺達無駄足だったんじゃないか?」

 そう言ってレイに振り向くと、彼女はなぜか忍び足で俺から遠ざかろうとしていた。

「おい、何処に行く?」

 俺の声にレイの身体がビクッと震えた。それから恐る恐るという風に俺に振り返った。

「はっは~。まさかとは思うが、お前無駄足ということに気付いていたんじゃないだろうな?」

 そう聞くと、レイは舌を出し『てへっ!』という、いわゆる「テヘペロ」の仕草をした。

「てへっ! じゃねえよ! 気付いてたんなら言えよ!」

 さすがにこれは怒りが募った。無駄と分かっていながら暑い中、ずっと捜索していたのだから。

「いつからだ。いつから気付いてた?」

 俺はレイの前にひらがな表記を差し出し、言葉を紡がせる。

『え、え~と~』

 レイの目はひたすら泳ぎ、俺に目線を向けてこない。

『お、怒らない?』

「うん、怒らないから」

 笑顔でそう伝えると、レイはホッとしたのかこう言ってきた。

『悟史が「よっしゃ、始めるか!」って言った直後くらい』

「ほぼ最初からじゃねぇか!」

 俺はレイの真横で怒鳴る。

『お、怒らないって言ったじゃん......』

「途中だと思ってたんだよ! 始めてだいぶ時間が過ぎていたから言いづらくなったとか思ってたのに。開始直後なら言えよ!」

『え~と、開始直後だから余計言いづらくなったというか......』

「俺がただ疲労するだけとは思わなかったのか?」

『ご、ごめん......』

「全く、この暑い中熱心に探した俺がバカみたいじゃないか。お前、さすがにそれは酷いぞ」

『だ、だから、ごめんってば! 私が悪かったって!』

 泣きそうな顔で俺に謝るレイ。どうやらきちんと反省しているのだろう。縮こまった姿は一回りか二回り小さく見える。

 正直まだまだ言い足りないが、レイばかりに責任を押し付ける訳にはいかない。俺自身にも落ち度はある。

 少し考えれば分かることだった。既にプロの警察が現場を捜索しているのだ。そのことを考慮すれば、警察の捜索の後に探したところで何かが見つかるはずがなかった。そのことに全く気付かなかった俺も俺だ。これ以上レイを責めたら責任転嫁もいいとこだろう。さすがに可哀想だ。

「まあ、いいよ。んじゃあ、帰ろうぜ。ここにいたってもう意味ないだろ?」

 手掛かりはない。これはハッキリしていることだ。これ以上ここで捜索する必要性はないだろう。

『あっ、待って。一つ確認したいことがあるの』

 レイがそう俺に言ってきた。

「確認? 何を確認するんだよ?」

『道』

「道?」

 レイは俺に近付き、地図を指で差してきた。

『この地図が本当に正確な地図か確認したいの』

「確認ってどうやって?」

『決まってるじゃない。歩くのよ』

「誰が?」

『悟史が』

「......」

 その一言を聞いた俺は、冷めた目でレイを見つめる。

『そ、そんな目で見ないでよ! 悟史しかいないんだから協力してよ』

「ああ、確かにそうだな。お前が捜索したいなら必然的に俺が動くしかないからな。だけど、それ本当に必要なのか?」

 さすがに、また無駄に疲労するだけになるのは勘弁してほしい。

『だ、大丈夫。今度はちゃんと理由があるから』

「ほう、その理由を聞かせてもらおうか」

 俺は顎に手をやり、レイに正面から向き合う。

『まずは、今言ったみたいに地図が正しいか照らし合わせること。もしかしたら、地図にない道があるかもしれない』

 なるほど、確かに一理ある。前回は夜という視界が悪い状況だったが、今は昼間だ。草木や道はハッキリと目に見える。これなら見逃しなく確認できるだろう。

『二つ目に、地図にあった数字の意味を調べる』

「ああ、相澤さんの地図にあった数字な」

 ここに来た本来の一番の目的はその数字の意味を調べるためだった。しかし、結局は徒労に終わったと俺は思っている。

「でも、地図を巡って分かるのか?」

『さあ?』

「さあって、お前......」

『だから調べるのよ。その調査に意味があるかどうかは、後から判明するのよ。現段階ではそれはまだ分からない』

「そりゃそうだが......」

『それに、悟史気づいてる?』

「何が?」

『相澤さんの地図にあった数字はバラバラだったけど、その数字のあるとこはすべてだったということに』

「ちょっと待て、それ本当か?」

 相澤の地図を見たとき、数字が書いてあり、たしか58やら47と数は記憶していたが、それがどこの部分に書いてあったかまでは見ていなかった。

『相澤さんはルートをペンで書いて辿っていたでしょ? そのルートの曲がり角に書いてあったから間違いないわ』

「じゃあ、そこに行けば何かが......」

『分かるかもしれない』

 レイの言葉に俺は納得しかける。しかし、ふと気付いたことがあった。

「あれ? でもその道は俺が巡ってきた道だろ? 何もなかったような気がするが......」

『何言ってるのよ、悟史。ただ巡ってきただけで、いちいち曲がり角付近を観察なんかしてないでしょ?』

 その通りだった。ここみたいに屈んだりしてよく探したわけではない。

「じゃあ、戻るか」

 早いに越したことはない。すぐに曲がり角付近の捜索をしよう。そう思って俺はここまで来た道を戻ろうと歩き出したが、レイが前に立ち塞がった。

「なんだよ。行かないのか?」

 レイは首を振り、反対側の肝試しコースを指差した。

『まずは地図の整合さを確認しましょ』

 レイはコースを巡り、一周してから曲がり角の調査をしようと提案してきた。

「そっちからか。へいへい、了解」

 



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