仁王様?
二時間後。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ......」
俺の口からは荒れた呼吸が繰り返されていた。大量の酸素と二酸化炭素が肺を行き来している。
「だ、ダメだ~。も、もう動けねぇ」
現在地は白之蛇神社に入る林の入り口だ。汚れるのも構わず、俺は脱力して地べたに腰を下ろした。
「はあ、はあ、はあ......」
心臓がバクバク脈動するのを感じながら息を整え、治まったところでスポーツ飲料を飲む。これだけの暑さの中捜査をするため、熱中症にならないように家から持ってきていたものだ。大量の汗を流したのでゴクゴクと飲み、喉を潤す。かなり温い。
「あ~、死ぬ」
『だらしないわね。あの程度でそんな疲れるなんて、体力無さすぎるんじゃない?』
傍らに置いたひらがな表記にレイがしゃがみこみ、説教じみた顔つきで語りかけてきた。
「いやいや、お前そりゃないだろ。結構な距離歩いたぞ」
あれから俺とレイは地図を便りに林の中の道をすべて歩いた。地図と照らし合わせながら繋がっている箇所はないか、どこか記されていない道がないかなど、一本一本確認してきたのだ。ざっと見るだけでも十本近い分かれ道が存在し、行き止まりを確認したら当然引き返すので、歩いた距離はかなりのものになるだろう。
『悟史は男でしょ。男ならあれぐらい平然とこなしなさいよ』
「男女関係ないだろ。しんどいもんはしんどいんだよ」
『体力ない男って格好悪いわよ』
「ご忠告ありがとう。けど、無いもんは仕方ない」
『私なんかピンピンしてるのに』
そう言って、レイはその場でスキップしたりなんか知らない躍りをし出した。
「嫌みかこら。お前は疲れないだろ」
レイも俺の後を付いてきて一緒に廻ったのだが、幽霊であるレイは当然肉体がない。それにより筋肉疲労が起こらず体力が削られるということがないのだ。
『まあね。でも、精神的な疲労は起きるわよ?』
「今回にそれは当てはまらないだろうが」
林の中の道を廻り捜査する行為は、どちらかというと肉体的疲労の方が遥かに大きい。
『まあ、鈍った身体にはちょうど良い運動になったじゃない』
「こんなとこで、そんな理由で歩き回ったわけじゃねえよ」
俺がここに来たのはあくまで事件の捜査のためであり、体力増強のためではない。ふぅ~、と一度大きく息を吐き、呼吸がだいぶ整ってきているのを感じとり、またドリンクを飲む。温いので正直飲みたくはないが、汗をかいた身体に水分補給は不可欠だ。
一息付き、落ち着いたところでレイに話しかける。
「んで、捜査の結果は......」
『ええ......』
そう、汗水流したその結果は......。
「何も分からなかった」
うん。つまり......。
「骨折り損のくたびれ儲け、チャンチャン。......チキショー!」
俺は頭を抱えて上空に雄叫びをあげた。
二人で捜査したところ、曲がり角付近を注意深く探したが、怪しいものは何も見つからなかった。結局、相澤の記した数字はいまだに判明していない。
「本当になんなんだろうな、あの数字。なんの意味があるんだよ」
また考え始めるが、疲労と暑さ、そして徒労に終わった結果から次第にイライラが募り、残りのドリンクを一気に飲み干し、空になったペットボトルを林に向かって投げてしまった。
『ちょっと悟史、ゴミを捨て--』
「こらー! 何をしとんじゃー!」
突然の怒鳴り声にビクッと身体が反応する。後ろを振り向くと、一人の老婆がこちらに歩いてきていた。
「なんつー罰当たりなことをしとるんじゃ。ゴミを投げ捨てるやつがおるか」
「あ、いや」
「全く、自然が汚れるじゃろうが。幼子でもキチンと守れるもんを、最近の若いもんときたら」
怒りを募らせながら老婆が迫ってくる。頭にタオルを巻き、白いシャツにブカブカのズボンという昔ながらの田舎のおばあちゃん風の出で立ちをしていた。杖を突き、片手を腰の後ろに回しゆっくりと歩いているのだが、その身体からは畏怖する何かを滲み出していた。
なぜだろう。老婆の背後に仁王像が見える。
老婆は俺の正面で立ち止まり、鋭い眼光で見下ろしてきた。その目付きはまるで蛇の一睨みのようで、ことわざにもあるように蛇に睨まれたカエルの如く、身体が全く動かなかった。
「お前さん、何をしとんだ?」
「......えっ?」
俺は辛うじて声を絞り出した。一言だったが、その声は自分でも分かるくらい震えていた。
「何をしとんだ?」
「えっと、あの~」
「さっき、ゴミを捨てたじゃろ?」
「あ、いや、それは......」
「捨てたじゃろ?」
「......はい」
俺はそう答えることしか出来なかった。いつの間にか正座をしており、隣ではレイも同様に震えながら正座している。まるで二人して教師に説教されている生徒の気分だった。
そのせいか、ふと頭に小学校の頃の音楽の先生が浮かび上がった。その先生は学校で厳しい先生と有名で、怒りが頂点に達すると口から火を吹きだすとか、足を踏み出すと学校をせの衝撃で学校を一部損壊させたことがあるという噂話があったのだ。今思えば小学生らしい表現だと笑えるが、当時は先生のその怒りっぷりから本気で信じていたような気がする。そして、今目の前にいるこの老婆も同じような雰囲気を感じとり、音楽の先生とダブって見えた。
「だったら、分かるじゃろ?」
ズイッと顔を近付けて、さらに鋭く俺を睨み付けてくる。
ヤバイヤバイ怖い怖い。このばあちゃん半端ない圧力あるよ。
燦々と輝く太陽の下、暑さからの汗ではなく冷や汗が額や背中から溢れだしていた。
「な、何をでいかがでしょうか?」
恐怖のあまり口から意味の分からない言葉が発せられた。
「さっき投げ捨てたゴミを拾ってきなさい」
そう言いながら老婆は林に向かって指を差した。
「は、はい......」
そう答え、俺とレイはゆっくり立ち上がる。どういう訳か動きがシンクロしていた。ギギギッ、という音が幻聴が聞こえるくらい俺達の身体はガタガタだった。
刺激をしないようにゆっくり歩き出したが、どうやらそれが逆効果だったようでまた怒鳴られた。
「走って取ってこんか!」
「はい!」
俺とレイは林へと飛び込んだ。
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