誰が?

 次の日、俺はレイとの約束通り白之蛇神社へと向かった。平日ということもあり、車内は比較的人が少ない。以前とは違い座席に腰掛け、唐澤達と肝試しをした日と同じように、電車の動きに身体を揺られながら恵比下駅を目指している。

 昨日のトラブル時は明日は無理だと思ったが、幸いお腹の調子は朝になると平常に戻っていた。軽くお腹を擦りながら窓からの景色を眺める。

 今日も清々しい程の天気で、昼間でありながら太陽が燦々と輝いている。青い空に白い雲が所々に浮き、数羽の鳥の群が空を飛んで降り、錯覚だろうが生き生きと翼を羽ばたかせているように見えた。窓から見えるその光景は一つの絵画のようだった。

 車内の人達も天気のおかげか明るい表情をしている人が多い。まるで天気から元気というエネルギーを貰っているかのようだ。特に斜め前の主婦らしき女性三人君は、人が少ないことをいいことに大きな声で笑いを交えながら楽しそうにお喋りをしていた。一人が褒め、一人がそれに便乗し、もう一人が謙遜する。それがローテーションで回っていた。

 そんな中俺一人だけは、とても明るい気分にはなれなかった。これからやろうとしていることを考えれば当然だ。人が死んだ現場へと足を運び、調査しようとしているのだ。遊びに行くわけではない。

 そして、肝試し時に感じた殺気のような気配も俺をさらに身を引き締めさせる。あの時感じた殺気は一体何だったのか、誰のものだったのか、なぜ俺に向けてきたのか。これも一つの謎だった。もしかして、それは相澤を殺した犯人のものだったのだろうか。

 そんなことを考えていたら恵比下駅に到着した。向かう先に対して警戒しているからだろうか、たった二駅だったが以前よりも長い時間がかかったような気がした。

 

 

 駅前の花屋で花を購入し、俺は白之蛇神社へ向かう。花を購入したのは、いくら関係者とはいえ、ただ近付いては怪しく見えてしまうだろう。その理由から亡くなった相澤に花を添えに来たという名目のために持っていった方がいい、とレイが俺に提案してきた。だが考えてみれば、相澤が死んでから俺は一度も足を運んでいないと気付き、名目抜きに花を添えてやりたいと思った。あの時初めて会った人物とはいえ、共に会話し肝試しをした仲なのだ。失念していたことに少し申し訳なく感じてしまう。

 前回と同じように一般道からの脇道を下り、白之蛇神社へ至る林の前に着いた。入り口には誰もおらず、黄色い規制線も張られていない。警察が既に調査し終えたのか、もしくは神社に規制線が張られているのだろう。

 昼間という時間のおかげか、目の前の林からは威圧感が感じられない。肝試しの際には飲み込まれるような暗闇が佇んでいたが、今はただの緑に生い茂った木々が隣接している林であった。昼と夜でこうも顔が変わるものなのか、と少し驚きながらも安心し、俺は林の中へ足を踏み入れた。

 当然だが、肝試しをした夜とは違い、今は足場や周りがはっきりと目に見えていた。左右にある木の表面は灰色と白との斑模様で、たしかブナの木であったと記憶している。通路も舗装はされていないが、凹凸が少なく大きな石も落ちていない。人の足で踏み固められたのだろう比較的平らな土の道が続いていた。

 肝試しの時に貰った林の地図を見ながら歩いているが、スラスラと難なく歩けていた。前回は暗さも加わり、どの曲がり角で曲がるのか分からない状態で歩幅も少なくして進んでいた。しかし、今は立ち止まることなく易々と歩を進めている。

「なんだ、案外分かりやすい道だな」

 何度も確認しながら歩いた肝試しとは違い、地図と道を交互に見ながら俺は右に左に曲がっていく。そして、肝試しの時が嘘のように簡単に白之蛇神社に辿り着いた。時間も恐らく半分くらいしか要していないだろう。

 辺りを見回すが、白之蛇神社の周りにも規制線は張られておらず、どうやら警察の現場調査は終えたようだ。俺は神社に近付き、正面から対面する。

 神社の崩れ具合。絡み付いた草木。どこから見ても肝試しで見た白之蛇神社であるが、雰囲気は別物であった。怨霊神社と呼ばれる棘々おどろおどろしさは感じられず、今回は月明かりではなく太陽の光が神社を照らしているのだが、まるでその太陽の光が浄化しているようだった。

「昼と夜で随分雰囲気変わるな」

 一通り眺めてから俺は相澤の遺体が見つかった場所へ足を向けた。花を置き、手を合わせて祈る。すると、何かの匂いが鼻腔に入ってきた。

「ん? 何の匂いだ?」

 スンスンと匂いを嗅ぎ、その居所を探る。

「これは......お香?」

 そう、お墓参りでよく嗅ぐ線香の匂いがどこからか漂っていた。匂いのする方へ近付くと、その先に神社同様崩れた小さな祠があり、どうやらそこから発生しているようだ。裏へ回り、覗いてみると確かに線香が置かれていた。煙を出しながら匂いを出し、あと一、二センチで燃え尽きるところだった。

「誰か来たのか?」

 唐澤や永生達の誰かが同じように相澤のお参りをしに来たのだろうか? しかし、それなら神社に手向けるはずだ。こちらの祠にお参りすることはないだろう。

「別の誰かが来たのか?」

 事件のあった直後だ。無関係の人間が来たとは思えない。だが、一体誰なのか。そして、何のためにこの祠に線香などを焚いたのだろうか。

 俺が見つめる中、線香は残りの分を燃やし尽くし、その火は完全に消えた。

  

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る