神眼の一族

 図書館から出ると、初めて唐澤と話したベンチに二人で腰掛けた。

「暑いですね」

「そうですね」

 他愛もない一言を口にしてから、俺と唐澤は空を仰ぎ見る。

 夏こそ本領発揮! というように燦々と太陽が熱と光を発していた。ジリジリと肌を焼き、座っているだけでも汗が滲み出る。しかし、俺も唐澤もその場から動こうとはしない。

 しばらく眺めていると、唐澤が口を開いた。

「森繁さんは、あの神社のことを調べていたんですか?」

「ええ、そうです」

 俺は素直に答える。先程唐澤は机の資料を目にし、それを見た唐澤が外で話さないかと言い、こうして二人きりの状況になった。端から見れば男女が仲良く座っているように見えるかもしれないが、二人の取り巻く空気はそんな明るいものではない。

「......やっぱり、相澤さんの件で?」

 幾ばくか躊躇いながら唐澤がこちらに振り向きながら聞いてきた。

「そうです」

 誤魔化すことなく俺はすぐに答えた。相澤の事件があった後にその神社について調べているのだ。無関係なわけがない。それを理解した上で唐澤は人の少ない外に俺を連れ出したのだろう。

「まだ警察から連絡も来ていませんからあの事件はまだ解決していません。だから調べようと思ったんです」

「どうして自分で調べようと思ったんですか? 警察に任せれば......」

「待てないから自分で調べようと思ったんです。何せ俺は一度犯人扱いされましたからね」

 俺は肩を透かして唐澤を見た。

「それに、あの事件は不可解な部分が多すぎます。最初は通り魔とかの犯行かなと思っていましたが、俺達は誰一人そんな人物を目撃していない。じゃあ俺達の誰かが? それでも誰にも犯行はできない気もするんですが、そうなると相澤さんを殺したのは一体誰なんだって事になるんです。一人一人疑っても先が見えなかったんで対象を変えてみたんです」

「それであの神社のことを?」

「はい。もしかしたら、あの神社のことを調べれば何か手掛かりが見つかるかもしれないと思ったんです」

 実際にそう思ったのはレイだが、当然口には出来ない。

「それで、何か分かりましたか?」

「ええ。蛇神様、というよりはその村の事についてですが......」

 一つ間を開けてから続けた。

「その村のある一族は、の持ち主だったらしいですね」

 唐澤は口を出さずに先を促した。

「村に一人の女の子がいましたが、その子は蛇神様である白蛇が心を許し身を寄せた唯一の人間だったそうです。まるで仲良しの姉妹のように毎日遊んでいました。そしてその子が十歳になったとき、ある出来事が起きた」

 俺は先程自販機で買っていたお茶で一度喉を潤し、話を続けた。

「村で作っていた農作物が実り、四日後には収穫する予定でしたが、その女の子はそれに異を唱えた。村人がなぜかと問いかけると、女の子は三日後に嵐が村を襲うと公言した。村人は半信半疑でした。というのも、ここ何年も村には嵐などに襲われず、最近ですら天気に恵まれていました。嵐が来るなど到底思えない。しかし、その女の子は蛇神様が唯一身を寄せる人間であり、彼女の言葉を無下には出来ない。村人は四日後ではなく、二日後に収穫をしました」

 唐澤を見ると二度頷き、「それで?」とまた聞きに回った。

「すると女の子の言う通り三日後に大嵐が村を襲いました。彼女の予言が的中したんです。それを目の当たりにした村人は、この少女は蛇神様の使いに違いないと、彼女を蛇神様同様崇めるようになりました。そして、何か知りたいことがあれば懇願し、女の子も語ることすべてが現実に起きました。それからその女の子の一族が長となり村を仕切り牛耳るようになった」

 そこまで話してから俺は手にあるお茶を一気に飲み干した。暑さからすでに生温くなっており、後味が悪かった。

「俺が知り得たのはそんなとこです」

 そう締め括ると、唐澤が拍手をしてきた。

「よく調べましたね」

 驚いた様子は見せず、褒め称えるような表情で俺を見ていた。

「もしかして、知ってましたか?」

「はい。すいません、あまりにきちんと調べていたので口を挟むのは申し訳ないかなと」

 よくよく考えれば、唐澤達のグループはその手のいわばプロであり、知らないはずがないだろう。俺は徒労に終わったなと思った。

「くそ、最初から唐澤さんに聞けばよかった」

「でも、そこまで調べたのは大したものですよ。興味がなければまず知り得ません」

 少なからず誉められたことに達成感が得られた。

「じゃあ、間違いとかはありませんでしたか?」

「大丈夫です。正確に捉えていましたよ。強いて挙げるなら、その女の子は未来視だけでなく心眼も宿していたようです」

 心眼とは目に見えない真実や本来の姿を見抜く眼であると説明を受けた。

「未来視や心眼といった神の眼を持つ彼女の一族を村人は『神眼の一族』と呼んでいたそうです」

「神眼の一族......」

 神の社を建てて崇め、さらにはその神の力を宿した一族の誕生。まるで一種の宗教団体の印象を受けた。しかし、似非団体ではなく本物の力を発揮した団体。

「でも、その村は廃村になったんですよね? それだけの力がありながら何で廃村に?」

「諸説ありますよ。一族が力を無くし、そのせいで未来が見えず、一度も起きなかった疫病や飢饉に襲われたとか。他には一族が村を捨てて出ていったとか」

「出ていった? その一族は村の長なんですよね?」

「その一族の力を聞き付けた大名に誘われ出ていった、という説があります。長が出ていくなら自分達も、といった具合に徐々に人口が減っていったみたいです」

 随分と自覚のない一族だなと半ば呆れてしまう。

 神社や村の由来は理解できた。しかし、もう一つ知りたい情報があり、それを唐澤に尋ねてみた。

「じゃあ、数字は何なんですか?」

「数字?」

「相澤さんの地図の所々に数字が書いてあったじゃないですか。あれは何の意味があるんですか?」

 そう、相澤の地図には数字が書かれていた。数もバラバラで、わざわざ地図に記していたのだ。必ず何かしらの意味があるはずであり、その矛先はこの神社や村に関係することの可能性が高い。以前から知っていた唐澤ならその数字の意味が分かるのではないか。

 しかし、唐澤からの答えは俺の望みを打ち消した。

「いえ、私も分かりません」

「分からない? 本当ですか? 神社や村に数字が関係している事柄とかないんですか?」

「それは確かにないんです。実は永生さんも同じ疑問を持ったみたいで、一度みんなで話し合ったんですが、結局分からないままなんです」

 唐澤の様子を見て嘘は言っていないようだ。話し合いをしたという点からも、本当にあの数字については不明なのだろう。

「じゃあ、あの数字は一体何を意味しているんだ?」

 相澤は、なんのつもりで地図に数字を書いたのだろうか。その意味は今のところ、相澤本人しか知り得ないことだった。



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