神の存在

たいせつなあいぼう

「それじゃあ、お疲れさまでした~」

 そう一声かけてから俺はバイト先を後にし、アパートへと向かい始める。

 相澤の事件が起きてから今日で五日経っていた。あの日、北村の犯行が否定されてから他のメンバーである俺達のことも疑いを持たれたが、凶器及び指紋といった犯人と断定できる証拠は見つからず、結局連絡先を教えてその場は解放してもらえた。今日まで警察から犯人逮捕の連絡は来ておらず、どうやら捜査は平行線を辿っているようだった。

 アパートに着き、疲れからすぐにでも寝ようとベッドに横になるが、なかなか眠りに就くことが出来ない。どうも頭の中にモヤモヤしたものが溜まり、それが眠気を邪魔しているようだった。だが、この原因は分かっている。ここ数日は必ず一日に一回は考えていることだった。

 誰が相澤を殺したのか......。

 その疑問が頭から離れなかった。というのも、まず最初にあの香川という刑事に俺が疑われたことに始まる。

 香川は、まず俺が犯人ではないのか、と言ってきた。その理由としては、まずあの林の道程が挙げられるだろう。

 林の道はウネウネと延び、分かれ道が数ヶ所存在していた。しかし、その道はすべてが行き止まりであり、入口から出口へと繋がっているのは肝試しで巡った一本の道順しかない。その事から、犯人は相澤の前後、狭山と俺が一番に疑われたのだ。

 なぜなら、もし唐澤や永生、北村が犯人なら狭山と俺どちらかと出会っていなければならないからだ。例えば、前の唐澤や永生が誰にも気付かれずに相澤に会うには分かれ道に隠れ、狭山が通りすぎた後道を戻れば相澤には会える。しかし、そうなると前に歩く者に気付かれずに追い抜き、林を出ていなければならない。だが、唐澤、永生、狭山は順番通りに林を抜け出たと言っていた。

 最後の北村の場合は俺に気付かれずに追い抜き、相澤に会う必要がある。だが俺は北村とは一度も会わず、ましてや道を間違えることなくまっすぐ出口に辿り着いた。

 その事から香川は前後を歩いていた狭山と俺、そして男である俺に一番に疑いを持ったのだ。首を絞めるという行動はたしかに腕力が必要だろう。女性よりも男性の方が犯人として疑われるのも分からなくもない。

 だが当然だが俺は相澤を殺していない。そうなると狭山の犯行か? とも考えるが、どうも納得できない。狭山の体格からは相澤を絞め殺せるとは到底思えないのだ。

 そこで渡部の推理を思い出す。渡部は北村を犯人と指摘した。空白補完効果だったか、まあ要するに道を間違えさせるようにしたということを話していた。たしかに、これなら相澤を誘導して俺とすれ違わずに北村は会うことができる。

 だが、発見された相澤の地図には何も細工は施されておらず、北村に教わった出口までの道順が書き示されていたのだ。これはつまり、相澤は道を間違わずに進んでいたという

証拠だ。よって北村にも犯行は不可能。

 つまり、

 では、一体誰が犯人なのだろうか?

「......だあぁ、分からん!」

 頭を抱えて俺はベッドの上を転がる。

「ああもう、やめやめ」

 ベッドから立ち上がり、冷蔵庫にある麦茶をコップに注ぎ、一気に飲み干す。

「ふぅ~」

 飲み終わると、レイが姿を現しコルクボードに掛けてあるひらがな表記で俺に語りかけてきた。

『何か分かった?』

「何が?」

『何が? じゃないわよ。悟史、あれからずっと事件のこと考えているんでしょ?』

「......まあな」

 俺は二杯目の麦茶をコップに注ぐ。

「でもレイ、よく俺がそれを考えてるって分かったな?」

『何言ってんのよ。丸分かりじゃない』

「マジか......」

 どうやら顔や態度に出ていたらしい。

『バカの悟史が今悩ます事柄なんてそれしかないじゃない』

「おい、今なんつった? バカって言ったか?」

 俺の質問には答えず、レイは話を続けた。

『悟史は誰が犯人だと思ってるの?』

「いや、誰も。というよりは誰にも不可能としか考えられない」

 そう言ってから麦茶を一口飲む。

「ずっと考えてるけど、やっぱり無理だと思うんだよ。そうなると......」

『そうなると?』

「通り魔やら変質者の犯行じゃないか、としか思えなくてな」

 俺達の中の誰でもない。それならば、あとは俺達以外、別の者による犯行。そう俺は考え始めていた。

『ん~、まあたしかにそう思えなくもないわよね』

「なんだよ、レイは違うのか?」

 俺はレイの意見を聞いてみた。

『私としては、外部犯の可能性の方が小さい気がするのよね』

「何でそう思うんだよ?」

『まずあの林の入口は悟史達が入った箇所が唯一という点。そこに入らなければ林には入れない』

「そうとは言い切れないだろ。たしかに道がないとはいえ、ただの茂みなんだ。人が入れる余裕は十分にあるはずだろ?」

『無理よ。そんなとこ入ったら音で一発でバレるわ。幽霊の私じゃあるまいし、物音一切立てずに歩くなんて不可能よ』

 レイの言う通りだった。どんな忍び足で歩こうとも、足音及び物音を立てずに歩くことは無理だろう。

『次に明かりが全くなかったことね。あんな暗闇を明かり無しで歩くのも不可能。だけど、明かりを目撃したという話は誰からも出なかった』

「誰かのと間違えたんじゃないか? 明かりが見えたけど、順番が決まっていたんだから「あ、○○だ」と思ったままかもしれないだろ」

 そう言うと、レイが目を見開き驚愕していた。

『悟史......』

 どうやらレイはその可能性を見落としていたらしい。

「ふっふ~ん、俺だってたまには--」

『悟史がマトモなこと言った』

「おい、それどういう意味だ!?」

『どうしよう、何か恐い』

「何でだよ!?」

『悟史、目を覚まして!』

「ひどくね!?」

 普段の俺ってそんなに的外れなこと言っているのだろうか。

『まあ、それは置いといて』

 いや、俺的には置かずにきちんと片付けたいんだが。

『悟史が今言ったのも結局無理よ』

「何でだよ?」

『考えてみてよ。明かりが自分の前後どちらかの明かりだと誤認させたとしても、その明かりがルートを外れたりしたらいくらなんでも気付くわ』

「犯人はちゃんとルートを辿ったんだろ? 簡単じゃないか」

『だったら入口で待つ永生さん達が目撃しているわ。あそこしか林を出られないんだから』

「あ、そうか。なら明かりを消してルートを外せば--」

『それもさっき言ったでしょ? 道を外れたら音がする。あと、分かれ道で身を隠したとしても、それなら警察がとっくに発見して逮捕しているわ』

 もっともだ。今日まで犯人逮捕の連絡は受けていない。

『悟史達以外に林に近付いた者もおらず、抜け出した者もいない。そうなると、やっぱり悟史達参加者の中に犯人がいるとしか思えないのよね』

「いや、でもさっき俺も言ったけど、俺達の中の誰にも犯行は無理だぞ?」

『そうなのよね~』

 レイとの話し合いの結果、結局誰にも犯行は不可能、ということが判明した。いや、これ何も進展してないじゃん。

「何だよ。思わせ振りなこと言っといて結局それかよ」

『し、しょうがないじゃない。私だって分からないんだから』

 文句を言うが、俺も人のことは言えないので強くは出れない。

『で、でも、手掛かりならあるじゃない』

「手掛かり?」

 そんなものあっただろうか。

『ほら。相澤さんの地図にあった数字と、抵抗が少なかった、ってこと』

 そういえば、そんなこともたしかにあった気がした。

「でも、それが何なんだ?」

『いや、そこまでは』

 そう聞くと、レイは俯いてしまった。

 相澤の地図にあった数字。たしか40だか50だかバラバラの数字が書かれ、意味はいまだ分からず。そしてなぜ殺されそうになりながら抵抗が少なかったのかも謎のままだった。

『ねえ、悟史。アプローチを変えてみない?』

 レイがそんな提案をしてきた。

「どういう風に?」

『調べてみましょう、蛇神様を』

「蛇神様?」

 なぜここで蛇神様なのだろうか。

『もしかしたら、あの数字は蛇神様に何か関係があるのかも』

「そうか?」

 俺にはいまいちピンと来なかった。

『そうよ。何か意味があるはずよ。でなければいちいち地図に書いたりしないわ』

「いや、まあたしかに意味はあるだろうけど」

『そうと分かれば、行くわよ』

 そう言ってレイは玄関を指差した。

「行く? どこへ?」

『図書館よ。決まってるじゃない』

「蛇神様を?」

『調べに!』

 もう一度玄関を力強く指差すレイ。

「いや、お前の方の調査じゃなくていいのかよ」

『そう言ったって悟史、こっちの事件が気になってどうせ心此処にあらず、みたいな感じでしょ? だったら先にこっちを片付けましょ』

「まあ、お前がそう言うなら」

 レイの言う通り、このままではレイの事件の調査も身が入らないだろう。

『そうと決まればさっさと行くわよ! 私達で犯人を捕まえるのよ。そして、あのハゲオヤジとキツネをギャフンと言わせるのよ!』

 そう言ったあとレイは腕で殴る動作をした。

「ハゲオヤジ? キツネ?」

 誰のことだと考えたが、頭に浮かんだ人物が二人いた。

「もしかして、香川と渡部っていう二人の刑事のことか?」

 俺の言葉にレイは頷く。

『そうよ。あの二人、いきなり悟史を疑うなんてふざけてるわ』

「いや、剥げてもないし、キツネ顔でもないと思うけど」

 香川は坊主、渡部は細い顔というか尖った顔付きをしていたが、似てはいないだろう。

『悟史はムカついてないの? 犯人にされそうになったのよ』

「そりゃあ、腹は立てたが」

 当時はそうだったが、冷静になり、今考えると理にかなっているようにも思える。

『あの二人、悟史のこと何にも分かっちゃいない。悟史が殺人なんかできるわけないじゃない』

「レイ......」

 俺の無実を唯一知っており、そしてそれほどまで俺のことを思っていることに胸が高鳴る。レイがまるで聖母のように見え始めた。

『悟史みたいなバカでビビりで物覚えが悪いチキン野郎に殺人なんが犯せるはずないじゃない。そうでしょ?』

 あ~、うん。目の錯覚だった。いつものレイだった。俺を罵り、生意気で、俺のかけがえのない、たいせつなあいぼうだ。

『何よ悟史、そんな冷めた目しちゃって。安心しなさい。私が必ず犯人を見つけてやるんだから』

 俺の心中を察しず、真逆にレイはやる気に満ちていた。

 俺は静かに支度をしてレイと共に部屋を後にする。正直信じていないが、藁にもすがる気持ちで心の中ではこう叫んでいた。

 蛇神様! こいつに天罰を!

 

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