神の力?

「な、何で僕なんですか?」

 犯人と指摘され、戸惑いながら北村が渡部に問いかけた。

「君が犯人だと手掛かりが言っているんです」

 渡部は軽く笑みを浮かべながら言った。

「ちょっと待ってください。僕には不可能ですよ」

「なぜですか?」

「だって、相澤さんは僕よりも前に林に行ったんです。しかも、間に森繁さんが出発しているんですよ? 森繁さんに気付かれずにどうやって先の相澤さんに追い付けるんですか?」

 北村の言う通りだ。疑いをかけられたが、犯行が可能なのは相澤の前後に林に入った狭山と俺ではないだろうか。それを含めて香川は最初に、男である俺に疑いを持ったに違いない。

「それも可能ですよ」

 しかし、渡部は狭山と俺ではなく最後に出発した北村を犯人と決めつけた。

「渡部、なぜ北村が犯人なんだ?」

 全員に容疑があると香川は言ったが、俺と同じ考えからか半信半疑に尋ねた。

「香川さん、『金田一少年の事件簿』って漫画知ってますか?」

「漫画? 知らん」

「ですよね。まあ、当然っちゃ当然か」

「おい、遊びに来てるんじゃないんだぞ」

「分かってます。僕は真剣に話しているんですよ」

「漫画の話で何が真剣だ」

「聞いてくださいよ。実は、今のこの状況がその漫画のある話に似てるんですよ」

「何?」

 渡部の言葉に香川が反応した。

「どういうことだ?」

「今説明します。その金田一少年の事件簿は、主人公が高校生の男の子で、あの有名な金田一耕助の孫という設定で、事件を解決していくという--」

「そんな説明はいい。この状況と似ている、ってとこを話せ」

「せっかちですね。まあいいでしょう。その金田一少年の話の中に、『天草財宝伝説殺人事件』ってお話があるんですけど、その内容と似ている部分があるんです」

「それはなんだ?」

「犯人が殺人を犯すんですが、そこで使われるトリックに地図があるんです」

「地図だと?」

 地図という単語に香川がまた反応した。

「はい。その地図に、空白補完効果ってトリックが使われているんです」

「くうは--何だって?」

「空白補完効果です。人類補完計画じゃないですよ? 空白補完効果です」

「何を言ってるんだお前は? まあいい。んで、その空白がどうしたって?」

「その空白補完効果なんですが、錯視の一つとされていて、文字にもある通り勝手に補ってしまうことを言うんです」

「何を補うんだ?」

「例えば、そうですね~。香川さん、この道とこの道はどうなっていますか?」

 渡部は地図を香川に向けた。ある二つの道を指で示し、その二つは繋がっていない。

「どうって、離れているな」

「そうです。これを見れば二つの道はお互い行き止まりで、繋がっていないことは一目瞭然です。でも、もしこの二つの道の間が破れて穴が空いていたり汚れていたりしたらどうです? 二つの道は元々繋がっていたように見えませんか?」

 渡部の説明を聞き、頭の中でイメージしてみる。たしかに、二つの間に穴があった場合、そこには道があるように思えた。

「たしかに、そう見えなくもないな」

「それが空白補完効果です。何もないはずなのに、二つの間に空白や障害物があると人は頭で勝手に『そこにも何かある』と補ってしまう。その漫画の話でも同じことがされていたんです」

「意味は分かった。だが、それが何だというんだ?」

「鈍いですね。そのお話で地図がトリックに使われた。そして、この事件にも同じように地図が使われた。?」

 渡部の説明に香川がハッとした。

「見ての通り、ここの林の道もうねうねして分かれ道も多いです。そして偶然にも行き止まりが向かい合っている所もちらほらあります。もし、被害者の地図が行き止まりへと誘導するような地図だったらどうです?」

「ちょっと待て、それじゃあ......」

「はい。北村さんは被害者である相澤さんを。それにより、森繁さんが後に出発しましたが相澤さんが行き止まりで折り返したことで入れ替わり、『相澤さん→森繁さん→北村さん』という順番が、『森繁さん→相澤さん→北村さん』という順番になったんです。たぶん、地図に穴があいたりして被害者が道を間違うような痕跡があるはずです。だから、彼らの地図を見比べれば」

「おい、全員地図を出せ」

 香川の指示に俺達は従い、地図を渡した。

「きっと細工がしてあるに違いありません。こうして見れば一目瞭然......」

 しかし、地図を見比べた渡部が固まった。

「何だよ。

 渡部の横で一緒に見ていた香川がそう言った。

 俺達も気になり地図を覗いてみた。うねうねとした道に行き止まりの数。破れたり汚れたりもしておらず、すべて全員の地図と同一で違いは見つからなかった。

「そんな......ありえない」

 渡部は心底驚愕した表情をしている。

「違いがあるわけないじゃないですか。同じプリンターで印刷してきて、そのままみんなに渡したんですから」

 北村が抗議し、若干呆れが含まれていた。

「じ、じゃあ、被害者が道を間違うようにルートを誤魔化して」

「いや、それもない」

 香川が渡部の意見を否定した。

「見ろ、汚れや穴もないからお前の言う空白なんたらも発揮しない。行き止まりは一目瞭然だ。そんなとこをわざわざ行くか?」

「か、彼にそう指示されたのでは?」

 ちらっと北村を一瞥する渡部。

「だったら、? 途中で会うなら必要ないだろ」

 香川の言う通りだった。相澤の地図にはぐるっと一周するようにルートが示されていた。入り口で北村に教えて貰ったものだろう。

 もし本当に北村が犯人で相澤に会う約束をしていたのなら、ゴールまでのルートを自分で把握する必要がない。途中で会うのだから、そこまでの道順だけを把握していればいいだけだ。

「で、ですが」

「いい加減にしてください! そんなに僕を犯人にしたいんですか!」

 北村の怒りがとうとう爆発した。無理もない。いくら推理とはいえ、漫画のネタを理由に犯人と名指しされたのだから。

「でも、あなたが一番怪しい......」

「それも今否定されたでしょう! 地図を用意したのだって今日が初めてじゃない。毎回僕がみんなに渡しているんです!」

「そうです。地図を持ってきたのが北村さんという理由だけで疑うなんていくらなんでも酷すぎます」

 唐澤も北村と一緒になって渡部に抗議した。

「しかし......」

「まだ言いますか。だったら、僕が犯人という明確な証拠を見せてください。今すぐ!」

「ぐっ」

 北村の指摘に渡部は答えられず、唸るだけだった。

「そんな曖昧な根拠で犯人にされたんじゃたまったもんじゃない」

「でも、あなたが」

「渡部。もういい」

 香川が渡部を止めた。

「勝さん」

「彼の言う通り、地図を渡したというだけじゃ犯人とは言えない。何かしらの細工がされていれば疑う余地はあるが、同一の地図と分かった以上彼が犯人と断定はできない」

「......」

 渡部は項垂れ、沈黙していた。

 部下の早とちり、あるいは漫画を参考にしたという呆れから一つ溜め息をつくが、また地図を見た香川が何かに気付いた。

「ん? この数字は何だ?」

「数字?」

 香川が地図をこちらに見せてきた。たしかに道の所々、分かれ道の所に数字が書いてあった。43......21......58......と、その数字はバラバラだった。

「何ですか? これ?」

「何かの数字ですかね?」

「知らないのか?」

 口々に話す唐澤達に香川が尋ねた。

「いや、分かりません」

「お前達の地図にはないな」

 たしかに、俺達の地図にはそんな数字は書かれていない。

「たぶん、相澤さんが書いたものだと思います」

 永生が香川に答えた。

「何の数字だが分かるか?」

「いや、私も何かは」

 永生を始め全員が首を横に振り、誰一人その数字が何なのか分かる者はいなかった。

「香川さん」

 また、一人の捜査員が香川に近付いてきた。

「どうした?」

「被害者の検証は終わりました。搬送してもよろしいですか?」

「ああ、頼む。何か新しく分かったことはあるか?」

「ええ、実は一つ気になることが」

「何だ?」

「被害者の膝なんですが、真新しい傷がありました。おそらく犯人に抵抗した際の傷だと思われますが」

「それのどこが気になるんだ?」

「あっ」

 俺は覚えがあることから思わず声をあげてしまい、香川がこちらに振り向いた。

「何だ? 何か知っているのか?」

「えっと、その」

「その傷、たぶん転んだ傷だと思います」

 あたふたと慌てる俺に代わり、北村が答えてくれた。

「実は相澤さん、林に入る前に転んだんですよ。結構強めに転んだ気がしますので、その時にできたんだと思います」

「そうですか。いや、しかしそうなると......」

 北村の説明を聞いた捜査員は余計に何か疑問が強くなったようだ。

「何だ、どうした?」

「いえ、犯行時の傷ではないとなると少し妙なんです」

 捜査員は続けて説明した。

「鑑識も最初は抵抗傷と見ていましたが、調べていくにつれ傷があったとしてもおかしいとも言っていました」

「あ? 何言ってるんだ。犯人に抵抗したはずなんだから別におかしくも」

「いえ、鑑識が言うにはみたいなんです」

「何?」

 香川の眉がつり上がった。

「どういう意味だ?」

「そのままです。首を絞められて殺害されたことに間違いはないようなのですが、その際身体を捻るなり足をばたつかせるなり暴れて抵抗するはずですが、着衣の乱れやそういった痕跡が少なかったみたいなんです。だから、膝にあの傷があるのはおかしい、と」

「それは誰かが抑えてた、つまりもう一人いたということか?」

 もう一人、つまり共犯がいたと香川は言っている。しかし、捜査員はそれを否定した。

「いえ、現場の状況から犯人はおそらく一人だろうと」

「ちょっと待て、それはおかしいだろう。大人の男を絞め殺すのはかなりの重労働だ。首を絞めつつ逃げられないよう身体を押さえ付けなければならないんだからな。そして、殺されようとしているならどんなやつでも必死に抵抗する。抵抗が少ないなら押さえ込まれていた、つまり二人以上の犯行のはずだ」

 香川の意見には納得した。大人が子供を、筋肉質な者が華奢な者を、というなら話は別だろうが、相澤は華奢でもなく普通の体格だった。それならば人並みに抵抗できたはずだ。

「しかし、犯行は間違いなく一人によるものだと言っています。だから鑑識も悩んでいます。と」

「そういった痕跡はないのか?」

「はい。縛られたことによる圧迫もそれらしき紐や縄も見つかっていません」

 捜査員の言葉に香川を始め、俺達全員は何も口にすることができなかった。

 何かに縛られていた。俺はその言葉を聞いて一つの考えが浮かんだ。

 蛇神様。

 そう、この神社にいるという怨霊と化した神様。その姿は様々であるようだが、一説には蛇のような身体をしているとも聞いた。

 まさか、蛇神様が相澤さんを縛った?

 ニュルニュルと延びる身体を相澤に巻き付け、抵抗できないようにした。そんな妄想が頭に浮かんでしまった。

 本当にいるのか?

 俺はまた恐る恐ると神社に目を向けた。実際に見えたわけではないが、神社に巻き付くように身体を巡らませ、こちらをじっと見つめている蛇神様の姿を見たような気がした。


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