容疑

 鑑識が祠の調査を終え、別の場所を調べ始めると永生はようやく暴れるのを止めた。しかし、顔にはまだ怒りが滲み出ており、完全には治まっていない様子だ。腕を組み、足を鳴らして落ち着きがない。もう暴れることはないだろうが、その気迫からは予断は出来ない。そのせいか、香川はいつでも対応できるよう永生に注意を払っている。

「ふ~。彼も少しは落ち着いたようですから、またお話を伺ってもいいですか?」

 緊迫した空気を変えようとしたのか、それとも耐えきれなくなったのか、渡部がそう切り出した。

「え~、簡単に確認をしますが、みなさんはネットで知り合い意気投合した仲間で、ネット上だけでなく、実際に会って交流するまでになった。そして、これまでもホラースポットに全員で巡り、ここにも同様に肝試しに来た。ここまでに間違いはありますか?」

 渡部の説明に北村達が頷いた。

「今回のが何か特別な集まりだったとかはありませんか?」

「いや、特には」

 答えたのは北村だった。

「相澤さんに何か変わったとこは?」

「いつも通りでしたよ」

「相澤さんだけでなく、今日だけ何か変わったこととかは?」

「それも、特には。あるとすれば、森繁さんが加わったことぐらいですかね」

 北村の言葉を聞いた渡部が俺に振り向き、矛先を変えてきた。

「森繁さんは今回が初参加なのですか?」

「ええ、そうです」

「同じくネットで?」

「いや、唐澤さんに誘われました」

 俺は図書館で唐澤と知り合い、参加に至るまでの経緯を話した。

「なるほど。森繁さんが参加して相澤さんが亡くなった、と」

 渡部のその台詞に、俺は少なからずムッとした。

「ちょっとなんですか、その含みのある言い方は?」 

「あ、いや」

「俺を疑っているんですか?」

「いや、そういうわけでは」

 そう言う渡部だが、目には疑いの色が出ていた。

「そうだな。疑うには十分だと思うが?」

 濁す渡部とは対象に、きっぱりとそう言ってきたのは香川だった。

「今まで何事もなく終わっていたのに、お前が参加した今回の集まりで死人が出た。状況を見たら怪しいと思うのは当然じゃないか?」

「ふざけないでくださいよ。俺が参加したのは誘われたからであって、自分からお願いしたわけじゃないです」

「たしかにそうだ。でも、もしそれが狙いだったら?」

「は?」

「彼女から誘われるように仕向けていたら?」

 香川の言葉が全く理解できない。このオッサンは何を言っているのだろうか。

「お前は相澤を殺したいと思っていた。だが単純に近付くことは避けたい。そこで、同じネット仲間である唐澤から接触しようと考えた。その図書館にはお互いよく行っていたのだろう? だったら彼女に接触できる機会もそれだけあったはずだ」

「何でそんな回りくどいことを」

「決まってる、偶然を装うためだ。あたかもたまたま誘われたようにすることで、相手に警戒をさせないようにした。こちらから近付いたら怪しまれるため、機会を伺い、そして今回成功した。そして目的であった相澤に会い、ここで--」

「何言ってんですか。俺は今日初めて相澤に会ったんですよ」

「それも調べればすぐに分かる。本当かどうかな」

 そう言って疑いの目を向けてくる香川。

 俺は疑われたことに腹を立てたが、同様なのだろう香川の横で姿を現したレイが、何度も彼の頭を殴っている。幽霊なので素通りしてしまっているが、怒りの限りレイは腕を振り回していた。

 そんなレイの行動を視界に入れながら俺は香川を睨み付けた。お互い目を反らさず、しばらく睨み合いが続く。

「......という見方もできる」

「は?」

 香川の言葉に俺は呆気にとられ、レイもピタッと殴る腕を止めた。

「今みたいな考えもあながち的はずれではない。そういう可能性もあるということだ」

「冗談だったんですか?」

「冗談? 違う。疑っているのは本当だ。だがお前だけじゃない。ここにいる全員が容疑者だ」

「なっ!」

「ちょっと」

「嘘?」

 北村達が一斉に驚きの声をあげた。

「待ってください。何で僕達が」

「何で? 当たり前だろ。お前達の仲間の一人が殺されたんだ。一緒にいたその仲間を容疑者とするのは当然だ。まだ外部犯、別の人間の可能性もあるが、今のところ一番疑いがあるのはお前達だ」

「だからって、僕達が相澤さんを殺すなんて」

「そうですよ。私達はずっと仲良く交流していたんです。相澤さんを殺す人なんてこの中にはいません」

 狭山も黙っていられなかったのだろう。北村に加わり香川に詰め寄る。

「それも分からん。もしかしたら、誰かが恨んでいた可能性もある」

「可能性可能性って、そんなこと言ったらキリがないじゃないですか」

「その通りだな」

「だったら」

「だが、それが警察の仕事だ」

 香川の一言に狭山の口が止まった。

「事件が起きた場合、ありとあらゆる可能性を検証するのが俺達の仕事だ。たとえ限りなく不可能であっても、可能な部分が少しでもあればどんなことでも疑う。たとえそれが些細なことでも一つずつ検証し、真実を見い出す。それが捜査だ」

「で、でも」

「勝さん」

 すると一人の捜査員が香川に近付いて声を掛けてきた。

「何だ?」

「向こうの茂みでこれを見つけたんですが」

 そう言って見せてきたのは一枚の紙だった。

「ん? こりゃ地図か?」

「ええ。どうやらここの林を記した地図かと」

「それって、相澤さんのじゃ?」

 唐澤が紙を見て答えた。

「被害者の物だとなぜ分かる?」

「私達全員地図を持っているからです。ここの入り組んだ道に迷わないように北村さんがみんなに配ったんです」

 そう言った後に唐澤は自分の地図を取りだし、香川に見せた。

「なるほど、同じ地図だ。どうやら被害者の物に間違いなさそうだ」

 地図をさっと一瞥した香川が納得の声をあげた。

「地図?」

 しかし渡部は小さな声でそう言うと、何かを考え始めた。

「他に何か見つかったか?」

「ゴミやら神社の一部らしき物は見つかりますが、他にこれといったものは」

「凶器もまだか?」

「はい。しかし、現在も捜索中です」

「分かった。引き続き頼む」

「了解しました」

 そう言うと捜査員は捜索に戻っていった。

「地図......分かれ道......林......」

 香川が捜査員とやり取りしている間も、渡部は何かぶつくさと呟きながらまだ考え事をしていた。何か引っ掛かることでもあるのだろうか。

「......そうか」

 すると何かに気付いたようで、渡部の瞳が大きく開いた。

「おい、渡部。何をさっきから」

「勝さん、分かりましたよ」

「あ? 何が?」

「僕、犯人分かっちゃいました」

「ああ、そうかい--何?」

「え?」

「は?」

 渡部がとんでもないことを口にした。あまりに突然だったのでみんなの反応が若干遅れるが、それを聞いた渡部以外の全員が驚きの表情をし始めた。

「今、なんて言いました?」

「犯人が分かりました」

 俺の問いにきっぱりと、はっきりと渡部は答えた。

「本当か? 渡部」

「はい」

 渡部は笑顔で頷き、自信満々の顔をしていた。

「誰だ犯人は?」

「犯人は--」

 渡部がゆっくりと腕を上げていき、犯人と推測した人物に指を差した。

「北村さん、あなたですね?」

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