神の復讐
事情聴取
先程までの暗闇と静寂が嘘のように、今の林は明るさと活気に溢れていた。木々の肌や地面の凹凸が、あちらこちらに飛び交う人工のライトによりはっきりと見てとれ、大勢の足音で林がざわざわと騒いでいる。
それらの原因は青い制服、俺達が呼んだ警察の人によってもたらされている。通報してから最初は一台で二人ほど来たのだが、実際に相澤の遺体を見せると警官は応援を呼び、人が集まり出してこのようになった。
俺や永生達は今、発見現場の神社の片隅で固まっていた。現場を荒らさず、なおかつ遺体の確認やいくつか質問もしたいという理由でその位置に誘導されたのだ。だが、誰一人として口を開かず、全員黙ったまま警察の動きをただ眺めていた。
今も警官はせわしなく動いている。相澤の遺体を発見した神社まで車では近付けず、ましてや細い道。一人の持てる荷物にも限度があることから、運んではまた戻ってと警官が何度も現場と警察車両とを往復していた。時期が夏ということもあり、顔には汗粒が浮き出て、シャツの背中はぐっしょりと濡れていた。
すると、一人作業をせず辺りを見回している男がいた。近くの制服警官に一言二言話すとこちらに目線を向け近付いてきた。
「失礼。みなさんが遺体の発見者ですか?」
男が声をかけてきた。
「え、ええ。そうです」
永生が代表して答えた。
「そうですか。私はH県警の渡部といいます」
そう言って、渡部は身分証を見せてきた。
名前は渡部敏充で、身分証の顔写真と瓜二つだった。ミドルショートの黒髪に尖った鼻筋。目は上につり上がり、年は俺と大して変わらなそうだが、新人ではなく物腰はベテランのように落ち着いていた。
「いくつか質問しますが、よろしいですか?」
「はい。構いません」
「ありがとうごさいます」
そう言って渡部は手帳とペンを取り出した。
「まず、あの方はあなた達のお知り合いで間違いありませんか?」
渡部が手で相澤の方を示した。相澤は数人の警官や、ドラマで見るような鑑識らしき人達に囲まれ、写真を撮られたり調べられている。
「はい。間違いありません」
「名前は相澤清司さん?」
「そうです」
「お友達ですか?」
「はい。ここにいるみんなそうです」
永生がそう言うと、渡部が全員を一瞥し、何か不思議そうな顔をした。
「率直な疑問なんですが、あなた達はここへは何しに来たのですか?」
「肝試しです。私達はネットで知り合った仲間で意気投合し、こうして実際に会ってイベントを起こしているんです」
「あ~、なるほど。ネットですか。どうりで年代がバラバラなんですね。納得です」
先程の不思議そうな顔は俺達の年の差が広いことに疑問を感じていたようだ。
「ネットなら年は関係ありませんからね」
「ええ。私達もそんなことは気にせず、同じ趣味を持つもの同士、分け隔てなく交流しています」
「いや、羨ましいですね。僕もそんな友人を作ってみたいです」
永生に笑顔を向ける渡部。社交辞令とも取れるが、俺には彼が普通にそう思っているように感じた。
「では、次に--」
「おい、渡部!」
渡部が次の質問をしようとした時、誰かの声がそれを遮った。
「あ、勝さん」
渡部が声がした方へ振り向き、俺達もつられて見ると一人の男がこちらに歩いてきた。
「遅いですよ、全く何を」
「アホウが!」
勝さんと呼ばれた男が近付くと、いきなり渡部の頭を殴った。
「いった~。何するんですか」
「こっちの台詞だ。何やってんだ」
「見ての通り事情聴取ですが」
「違う! 何勝手に先に行ってんだ。車に置き去りにしやがって」
「勝手にじゃありませんよ。ちゃんと声かけましたよ?」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないですよ。何回も声かけましたし、身体も揺すりましたよ。でも、勝さん起きなかったじゃないですか」
「起こすまで起こせ」
「え~」
「基本二人一組で行動するということを忘れたのか?」
「子供じゃないんですから、現場には一人で来れるでしょ?」
渡部と勝さんと呼ばれた二人のそんな様子を俺達は呆然と眺めていた。見る限り、勝さんという人は渡部の上司か先輩みたいだ。
「おい、お前らが通報したのか?」
「え?」
勝さんと呼ばれた男が急にこちらに振り向き、俺に目を向けて聞いてきた。
「え? じゃない。お前らが通報したのかと聞いているんだ」
「えっと、その」
「どうなんだ!」
「は、はい! そうです!」
勝さんの怒鳴り声に反射的に答えた。身体もピンと伸び、直立姿勢になってしまった。
「勝さん、そんな怒鳴ったら相手が萎縮しちゃうじゃないですか」
「うるさい。だが、まあそうだな。悪い兄ちゃん」
「い、いえ」
勝さんは俺に頭を下げて謝った。
「俺はH県警の香川勝久。この事件の捜査員だ」
勝さんこと香川が自己紹介した。
スポーツ刈りの頭に鍛えられた身体。身に付けているシャツも筋肉が押し上げ、二の腕も格闘家みたいなほど膨れ上がっている。まさに体育会系の人間で、警察という職がピッタリに見えた。顔は強面だか、素直に頭を下げる所を見ると根は優しいのかもしれない。
「いくつか質問するが--渡部、どこまで聞いた?」
「被害者と彼らの関係までです」
先程の言い合いがなかったかのように、二人は真面目な顔をして切り替わっていた。
「そうか。最初に被害者を発見したのは誰だ?」
「あ、ぼ、僕です」
北村が恐る恐る手を挙げた。
「あれ? あなたが発見したんじゃないんですか?」
渡部が永生を見てそう言った。
「一番最初に見つけたのは北村さん、唐澤さん、森繁さんの三人です。私と狭山さんは三人の後です」
「そうでしたか。いや、貴方が受け答えしていたので、てっきり」
「ちゃんと確認しろ、ったく。じゃあ、今の三人は発見した時のことを話してくれるか?」
香川の質問に俺と北村、唐澤がお互いに思い出しながら、相澤を発見するまでの経緯を伝えた。ついでに、俺達がここに来た経緯も一緒に。
「ふ~ん、肝試しね」
事情を説明し終わると、香川が訝しげに呟いた。
「この神社はそんなに有名なのか?」
「ええ。昔から、とは言えませんが、ここ最近はネットでは話題になっています」
「蛇神様ね~」
永生の答えに、香川がまた疑惑の言葉を吐いた。
「あ、あの、刑事さん」
狭山が恐る恐る声を出した。
「なんだ? 何か思い出したか?」
「相澤さんなんですけど、もしかして蛇神様に呪い殺されたんじゃないんですか?」
「呪い殺された?」
「狭山さん、いきなり何を」
「だって、この神社は蛇神様が怨霊となっていると言われているんですよ? ここに近付いた者を呪い殺すと。過去に三人死んだという話も聞いています。だから、相澤さんもきっと......」
「バカバカしい」
香川が狭山の言葉を遮った。
「呪い? そんなものあるわけないだろ。ふざけたことぬかすな」
「でも、現に相澤さんが--」
「いわくのある場所だから被害者は死んだ? だったら何でお前らは死んでいないんだ。お前らもここに来たんだろう?」
香川の言うことも一理あった。俺達はここに一人ずつ全員が通ったのだ。いわくのある場所なら相澤だけが死んだのはおかしい。
「きっと、相澤さんだけ蛇神様の怒りを買うようなことをしたんですよ」
「狭山さん......」
唐澤が声をかけるが、狭山は止まらなかった。その顔は恐怖なのか嬉しさなのか、虚ろな目で彼女は話していた。
「やっぱりいるんですよ、蛇神様は。相澤さんはきっと失礼なこと、あの神社か祠に何かしたんじゃないんですか? だから蛇神様から呪いを受けて--」
「いい加減にしろ!」
香川がまた怒鳴り声をあげて、狭山の話を遮った。
「何が呪いだ! お前さんがたの友達はそんなもんで死んだんじゃない」
「じゃあ、何で相澤さんは死んだんですか?」
「それを今調べているんだ。ただ今言えることは」
一呼吸置いてからこう言った。
「あんたらの友達は呪いじゃなく、誰かに殺されたということだ」
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