帰らぬ者

 神社をお参りした後、ゆっくり道を確認しながら(一度道を間違え引き返したが)俺はスタート時点に無事に戻った。

 永生達が集まっているのを見つけると、俺は小走りで近付いた。

「おかえり。どうだった?」

 永生が俺に感想を聞いてきた。

「正直舐めてました。暗さもそうですが、神社の様を見て普通に怖かったです」

「ですよね! すっごく最高でしたよね!」

「私も、もしかしたらベスト一位になったかもしれません!」

 唐澤と狭山が興奮した状態で話している。

「よかった。どうやらちゃんと肝試しになったようだね」

「永生さんはどうでしたか?」

「私も楽しんだよ。いやいや、今日は最高の日だよ」

 二人と比べて永生は落ち着いた態度を取っているように見えたが、心の中でははしゃいでいるのだろう。彼の顔は満面の笑顔をしていた。

 そこで、俺はあることに気付いた。

「あれ、相澤さんは?」

 唐澤、狭山、永生はいるが、相澤の姿が見えなかった。

「ああ、彼はまだ帰ってきてないよ」

「え? それって」

「間違いなく迷ったね」

 はあ~、と溜め息をつく永生。

「まあ、たしかにここの道は入り組んでいるから分からなくもないが」

「どうして相澤さんはこうも迷うんですかね?」

「それが方向音痴のさがだよ」

「ここまできたら迷子の達人ですね」

「迷子の達人! 狭山さんそれいい! 今度から相澤さんは迷子の達人って呼びましょうよ」

 今度は相澤のことで女性二人が話に盛り上がっていた。

「探しに行きますか?」

 俺は心配になり、永生に聞いてみた。

「いや、北村くんが戻ってくるまで待とう。そうしないと、今度は北村くんが困ることになる」

 たしかにそうだ。戻ってきたが誰もいないとなると北村が可哀想だ。結果、北村が戻るまで待ち、それからみんなで探しに行くことになった。

 俺が戻ってから十分するかしないかで、北村が林から姿を現した。俺達の姿を見つけるとこちらに近付いてきた。

「あれ? 相澤さんは?」

「いつも通り」

「またですか。あれほど丁寧に道を教えたのに」

 がっくりと項垂れる北村。

「北村さんは相澤さんと会わなかったんですか?」

 狭山が北村に尋ねた。

「会ってませんよ。それに、会ってたら一緒にここまで来てます」

 もっともだった。どうやら相澤の迷子は確定したようだ。

「しょうがない。北村くんも戻ってきたし、相澤さんを探しに行こうか」

「本当に世話の焼ける人ですね」

「今日はごはんは相澤さんの奢り決定ですね」

「焼き肉でもいきますか?」

 わいわい言いながら俺達は相澤を探すため、再び林の中へ入った。


 

 相澤と行き違いにならないよう東と西両方から探すことになり、二手に分かれた。西へは俺と唐澤と北村。東からは永生と狭山が行くことになり、分岐点で俺達は分かれた。

「お~い、相澤さ~ん」

「どこですか~?」

「返事してくださ~い」

 暗い中を探すこともあり、見逃しがないよう声を上げながら俺達三人は歩いた。

「反応なし」

「もっと奥ですかね?」

「でしょうね。方向音痴は基本立ち止まらないですから。道が分からないのにどんどん進む」

 北村が上にライトを向けながら話す。

「時間的にも、こっちにいる可能性はないような気がしますね。おそらく、永生さん達の方で見つかると思います」

 幸いなことにこの林の中の道は、分かれ道がすべて行き止まりだった。俺達が肝試しで辿った道順しか出口に出られない構造で、間違いと分かれば引き返すしかない。迷いはするが、ずっと出られなくなるわけではなかった。もちろん、同じ道を歩き続けた場合は例外だが。

「方向音痴の人は何で迷うんですかね?」

 俺は何気なく聞いてみた。

「たぶんだけど、そういう人はゴールを目指さずに、ただ道を歩いているんだと思います」

 北村が答えてくれた。

「ゴールを目指さない?」

「はい。もちろん、目的地を決めはしますが、いざ歩いたら忘れるんだと思います。ルートを決めたとしても、ここで右に曲がる、ここの建物の横にある、という意識が抜けるんじゃないですかね。ここの道だっけ? こっちだったかな? なんてその場の気分で勝手に変えるんじゃないんでしょうか」

「それって、どうしようもないじゃないですか」

 唐澤が呆れたような声を出す。

「方向音痴って治るんですか?」

「治るみたいですよ。きちんと道順設計を立てるように日頃から行えば身に付くみたいです」

「へ~。よく知ってますね」

「相澤さんのために色々調べたんですよ。本当に酷いですからね。結局まだ本人には身に付いていませんが」

 ふと、俺はあることを思い出した。

「あれ? でも、みなさんが最初に会ったときはちゃんと集合場所に来たんじゃないんでしたっけ?」

「あのときは知り合いに送ってもらったみたいです。まあ、そうでなければ一生相澤さんとは会えなかったでしょうね」

 話を聞く限り、相澤の方向音痴さは飛び抜けているようだ。早く見つけないと可哀想だと思い、俺達は先へと進んだ。

 相澤の姿が見えないままどんどん奥まで進み、再び神社に来てしまった。

「やっぱ、夜の神社って不気味ですよね!」

 また来れたことが嬉しいのか、唐澤の声のトーンが上がっている。そして神社に歩を進め始めた。

「唐澤さん、今は相澤さんを探すのが先ですよ」

 ピタッと止まる唐澤。

「......分かってますよ」

 北村の止める声にそう言った唐澤だが、その反応は間違いなく忘れていただろう。本当に好きなんだな。

 唐澤の反応に頬が緩む。そのおかげか、先程感じた悪寒のせいで目を反らしていた神社に、俺はゆっくり目を向けた。

 崩れた屋根。穴の空いた壁。同じ様子の神社があり、しばらくじっと見ていたが悪寒を感じることはなかった。やはり、気のせいだったのだろう。

 ホッ、と安心して、先へと歩く北村の後を追う。

「あれ?」

 すると唐澤が疑問の声をあげた。

「どうしたんですか、唐澤さん?」

「あれ、見える?」

 唐澤は神社を指差し、俺と北村はその先を見てみた。

 特に何も目ぼしいようなものは見つからないと思ったが、神社の左側、影になっているところに違和感があった。

「あれって人の足、ですかね?」

 北村の指摘に俺は納得した。靴を履いてズボンを身につけた足が見え、そして目を凝らすと胴体と頭も見えてきた。身体を神社に預け、足を投げ出した状態で人が座っている。

「あれって......」

「相澤さんですね」

 北村の言う通り、その人物は相澤であった。

「あんなとこに座って何やってんだか」

「疲れたんじゃないんですか? 迷子になって。お~い、相澤さ~ん!」

 唐澤が声をあげ、手を振りながら相澤に近付く。俺と北村も彼女の後に続いた。

「相澤さん、何やってんですか。心配したんですよ」

 北村が声をかけるが相澤は返事をしない。

「全く、いいかげん迷子を治してください」

「罰として、今日のごはんは相澤さんの奢りですからね」

 唐澤も声をかけるが相澤は無反応だった。相当疲れたのだろうか。

「ほら、さっさと行きますよ」

 唐澤が相澤の肩を叩いた。すると相澤の身体が横にずれ、倒れてしまった。

「え?」

「あ、相澤さん?」

 再び声をかけるが、相澤は何も答えず、倒れたまま一才動かない。そんな相澤の様子に俺達は不安を持ち始めた。

 ちょっと待て、これって......。

 俺は相澤の様子と似た状況を最近見たことがあった。そう。一ヶ月前に館で行われたミステリーイベントだ。しかし、実際はイベントではなく--。

「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 唐澤の甲高い叫びが神社に響き渡る。北村は呆然とし、次いで尻餅をついた。目の前の現実に俺達三人は悟った。

 相澤は死んでいる、と。


 



 

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