怨霊神社
「次の永生さんはいつも通り十分経ってから行ってくださいね」
「分かってるよ」
永生は腕を伸ばしたり、身体を捻ったりとストレッチを始め、出発前に準備を整えていた。
十分経ってから次の者が向かう。これも相澤達のルールだそうだ。唐澤が林に姿を消してから五分ほど経っているので、次の永生が行くまであと五分。
「それよりも、大丈夫かい相澤さん?」
「たぶん」
足首を回しながら永生が相澤に心配の声をかけた。
俺は二人の会話の意味が気になり、尋ねてみた。
「相澤さん、どこか悪いんですか?」
「ああ、実は僕ね......方向音痴なんだ」
「ええっ?」
俺は思わず声を出して驚いてしまった。
「そうなんですか?」
「どうも地図が苦手でね」
そう言いながら地図の紙をヒラヒラさせる相澤。しっかりしていそうな印象を持っていたが、思わぬ欠点があったものだ。
「これまでホラースポットを巡ってきたんだけど、
北村が呆れたように言った。相澤は必ずと言っていいほど行く先々で迷子になり、その度に北村達が探しに行っているらしい。
「いい加減地図の見方覚えてくださいよ。毎回探す僕達の身にもなってください」
「僕だって好きで迷っている訳じゃない」
「当たり前です。故意に迷子になっているんなら懐中電灯で殴ってますよ」
ブン、と北村が懐中電灯を持つ腕を振り下ろした。懐中電灯の光が俺の顔を一瞬照らし、軽く目が眩む。
「神社までの道程、分かってますか?」
「大丈夫! ......たぶん」
最初は胸を張って言うが、最後には曖昧に答える相澤。
「どっちですか?」
「やっぱり、不安かな」
「もう。ほら、地図を貸してください」
北村が相澤の地図に何やら書き出した。
「ここの曲がり角で左に行って--」
「ふんふん」
どうやらルートをペンで書いて示しているようだ。
俺も少し不安になり、順番が来る前に道順を把握しようと地図を見た。
入り口を南とするなら、林は東西に広がっており、その中を道はうねうねと延びていた。
まず西に向かうが、それも分かれ道が多く、地図がなければ間違いなく迷ってしまうだろう。曲線が多く、蛇神様だからか、まるで蛇の動きを写したような道だった。
迷わず道を辿れば北東の位置に鳥居の形をしたマークがあり、そこが目的の怨霊神社だと分かった。神社を囲むように大きめな丸が描かれ、開けた場所に建てられているようだ。
そこから東に道が延び、こちらは分かれ道なくほぼ真っ直ぐ続いていた。そして角、北東の位置まで延び、そこにも何か描かれていた。形からどうやら祠と見受けられる。大きさは神社のものより少し小さい。
そして南に折れ曲がり、またうねうねと道が続く。こちらも分かれ道が所々あるが、行きの箇所よりは少なかった。最終的に入り口付近の道で合流し、ここに戻ってくる。ぐるっと一周する道程であった。
大まかに言えばそうだが、うねうねとした道により、かなりの距離を歩くことになりそうだ。ましてやこの暗闇。懐中電灯だけでは心許ない。
ある程度頭に道順入れといた方がいいだろうと思い、俺は地図の道程を辿った。えっと、まずは二個目の角を左に......。
「じゃあ、僕も行くよ」
十分経ち、永生が声をかけてきた。
「あ、気を付けてくださいね」
「うん、ありがとう」
俺は林に向かう永生を見送った。
「なるほど、次は三個目の角を右に--」
「違いますよ、二個目です。三個目じゃ行き止まりです。どこ見てるんですか?」
隣ではまだ北村が相澤に道順を教えていた。
****
「相澤さん、大丈夫ですかね」
「かなり不安ですね」
永生の後に狭山、相澤と順番に林に入ったが、先程行った相澤が心配になりそう口にすると、北村もその言葉通り不安な顔をしている。
「しかも、行く直前にこけるし」
自分の番になった相澤は張り切って「行ってくるよ!」と意気込んだはいいが、振り向いた瞬間躓いたかなんかで転んでいた。どうやら靴紐がほどけたらしく、慌てて結び直していた。立ち上がるが、どこか痛めたのか動きがぎこちなく、声をかけたが問題ないと答え、相澤は出発した。そんなやりとりがあった後では北村が不安になるのも無理はない。
そして、とうとう俺の番になった。先頭の唐澤が林に入って四十分経っているが、彼女はまだ帰ってこなかった。どうやらそうとう長い道程なのかもしれない。気を引き締めて行った方がいいだろう。
「じゃあ時間なんで、俺も行ってきます」
「だいぶ暗いだろうから気をつけてください」
後ろの北村に一声かけ、俺は林の中に足を踏み入れた。
外から見たときは完全な暗闇に見えたが、実際に入ってみるとそこまでではなかった。木々の枝や葉に月明かりが阻まれているが、光が全くゼロというわけではない。虫食いのような小さな隙間から光が差し込み、ほのかに辺りを照らしていた。だがそれでも数メートル先は見えない程なので、懐中電灯の光が唯一の光源と言っても過言ではない。
懐中電灯で前方と左右、足元を交互に照らしながら進む。始めてきた場所であり尚且つこの暗さも加わり、普段のペースでは歩けない。歩幅も小さくし、ゆっくりと進むざるを得なかった。目を凝らしながら慎重に俺は進んだ。
二個目。ここだ。
左側を注意深く見ながら歩くと最初の曲がり角に到着した。俺はすぐには曲がらず一度地図に懐中電灯を照らし、次の曲がり角を確認する。次は三つ目の所を右か。
迷わないよう再確認してから、俺は再び歩き出した。
その後も地図と道を何度も確認しながら右に左と曲がり、しばらく歩いていると道の先、林の奥がぼや~と明るくなっていることに気づいた。そこに辿り着くと開けた場所に出た。
ここ一帯は木々がなく、遮蔽物なく月明かりがそのまま照らしていた。石畳が敷き詰められているが、隆起している箇所もあり少しばかり荒れている。欠けたり壊れている部分も見受けられ、長い間放置されていたことを物語っていた。
そして、敷地の奥には目的の怨霊神社があった。
これが、怨霊神社......。
思っていたほど大きな社ではなかったが、屋根は崩れ、壁には穴が空き、まともに形を成している箇所などどこにもない廃神社がそこにあった。草や苔に覆われ、無惨な姿を晒している。過去に神が祀られていたとはとても思えない有り様だった。
「怨霊ってのはあながち間違いじゃなかったな」
怨霊の住みか。生きたままでは辿り着けない場所。そんな風にも言われていたが、神社の様子を見ればその理由も分かる気がする。ただ、もう一つ不思議なことがあった。
「なんか、涼しい?」
そう。ここに着いた途端、先程まで暑い中を歩いてきたはずなのに、ここではその暑さが一切感じられない。心地良いと思えるほどだった。
「ここだけ上空に何もないからか?」
上を見れば月と星達が綺麗に輝き、夜空を照らしている。人工の光といった余計なものがないので、星そのものの輝きを見ることができた。
星が見えることから塞いでいるものはなく、そこから風が入り涼しく感じるのだろう。俺はそんな風に考えた。
「おっと。さっさとお参りを済ませないと」
星から目を反らし、俺は神社に近付いた。
神社に着いたら必ずお参りするように、ということを相澤達から言われていた。肝試しとはいえ、元は神を祀っていた場所なのだ。たとえ廃れたとしても礼儀は通すべきだ、と。
神社の目の前に立ち、二度手を叩いてから俺は目を瞑りお参りする。
ゾクッ......。
え?
目を伏せた瞬間悪寒が走った。俺は慌てて顔を上げ、周囲を見回した。
誰もいない......よな?
当たり前だが、今ここには俺しかいない。いや、正確にはもう一人いる。
「レイ、何か感じたか?」
俺が声をかけるとレイは姿を現した。しかし、首を横に振って否定した。
「そっか。んじゃ俺の気のせいか?」
俺の様子にレイが『どうしたの?』というように顔を向けてきた。
「いや、なんでもない」
俺はそう言って手を振った。
幽霊のレイが何も感じなかった。ならばおそらく自分の勘違いだろう。
「お参りもしたし、戻ろうぜ」
俺はレイにそう言った後、神社に背を向けて東へ延びる道へ歩を進める。歩きながら俺は先程の感覚を思い返した。
あの悪寒は初めての感覚だった。寒いには寒かったのだが、これまでにない感覚だった。表現するなら、寒いというよりは冷たかった。そう、悪寒の質が違ったのだ。誰かにじっと見られているような、心臓を鷲掴みされたような、自分の魂が警報をならしたような、そんな感じを俺は受けたのだ。これまでにない経験だったが、今挙げたものを表す言葉が一つ浮かんだ。
殺気......。
そう。あれは殺気だったに違いない。なぜ? 誰が? と疑問に思うが確認する勇気が持てず、その殺気の凄まじさから俺は神社に振り向くことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます