第24話 未だ来ず予め知る


「未来予知です……」

 目の前の少女はそう言った。

 真理マリと名乗る章子のしもべは、

 目の前にいる四人の少年少女たちに向かって、

 そのたった一言で、思いもかけない絶大な希望を披露してみせていた。

 それは確かに、聞き間違いようのない希望だった。

 章子も含めた誰も彼もが、これを希望とは思わずにはいられないだろう。

 それだけの絶望という闇が、今のこの全ての世界には蔓延しているのだから。

 現実世界は全て、一進法だけで支配されていると断言され。

 全ての命は死後、また同じ人生を繰り返すだけだと断定され。

 さらには過去と未来が、ただの軽さと重さだけで隔たれているのだと決定され。

 最後には、

 全ての行動が、実は既に決定されているという決定事項を突き付けられた、

 今のこの現実世界の暗黒の中で。

 誰もが逃れられようのない絶対的な絶望を抱いていた、

 この時に、

 この眩しい希望が現われたのだ。

「未来……予知……」

 呟いたこの言葉は、

 今や、

 一つの魔法となっている。

 冷たく、重くなるだけだった筈の暗黒の未来を、

 何をしても、何もかもが既に決まりきっていた筈の閉ざされた未来を、

 自分たちのあるべきだった、

 最も明るいのだと約束されていた筈の将来が、呆気なく握りつぶされてしまった残酷な未来を、

 この言葉は、

 打ち破り、

 切り開き、

 取り戻す可能性を、章子たちに見せつけていたのだから。

 だから四人の少年少女たちは、

 これを驚きと歓迎と躊躇いを持って受け取っていた。

 この力があれば、これから何が出来るのかを、

 即座にすぐさま考えていた。

 そして考えれば考えるほど、

 失われた将来という像が、鮮やかな色彩を取り戻して蘇っていくのが分かっていた。

 暗闇ばかりだった、先の見えない未来に、

 一筋の光が差す瞬間が見える。

 そこで照らし出され、現われるのは、

 希望という名の未来が実現されるだろう理想郷だった。

 それをこの未来予知という言葉の力が、

 章子たちに魅せていたのは間違いなかった。

「……?……」

 だが、ここで一人の者が思考を止めた。

 手放しで、この可能性の存在を歓ぶべき時に、

 一人だけ思考を止めた者がいた。

 その者がなぜ、この時に思考を止めたのか?

 それは止めた本人にも不思議だった。

 なぜ、止めたのだろうか?

 まだ何か、不安に感じることがあるからだろうか?

 まだどこかで、決して安心してはならない、

 この少女の言葉に油断してはならない、

 という経験上からの危険予測が警告音を鳴らしているからなのか?

 だが、それを自己の心に問うてみても判然とした答えは返ってこない。

 そうではない。

 そうでは無いような気がする。

 自分は何かに引っかかっている。

 何かに引っかかって、喜ぶべき思考を止めている。

 喜ぶ前に、それ以上の何かがある。

 それだけを確実に確信している。

 なぜだ?

 なぜ止めているのだ?

 なぜ自分は今もここで立ち止まって思案している?

 なぜ?

 皆と一緒になって、今のこの驚きを共有して共感し合わないのか?

 それができない理由がどこかにあるのか?

 ならそれは何処にあるのだ?

 人知れず根拠を探す者は、

 誰にも気づかれない短い時間のあいだに、違和感を探し求め、

 時を駆け巡っていた。

 それは遙かな時の旅路だった。

 もはやもう戻れない、過去を思い出し、

 もはやもう変えられない、過去を反芻し、

 もはやもう己の死をもってでしか辿り着くことのできない、

 遥かな過去の中で、今までの出来事の中から、

 忘れているかもしれない〝根拠〟を懸命に探し出している。

 なんだ?

 何を見落としている?

 この目の前の神秘の少女と出会ってからここまで、

 いったい、今までに起こった出来事の中で何を見落としている?

 ……わからない。

 わからないが、確実に何かを見落としている。

 そんな気がしている。

 そして、そんな自分を切り捨てられない自分がいる。

 だから必死になって探してしまう。

 一体何を……。

 だが、いくら探しても探し物は見つからない。

 そもそも何を探しているのかも分からないのだ。

 何を探しているのかも分からないのに、それを見つけられるはずもない。

 だからは、何に違和感を持ったのかを逆に探った。

 何を聞いて、自分は違和感を持ったのか……?

 それは当然、未来予知という言葉だ。

 この言葉を聞いて……、

 この場にいる誰もが希望を……、

「未来……、

〝予知〟……?」

 章子は急激に覚醒した。

 未来……、

「予知」……っ。

 この言葉を、いつかどこかで聞いた事があったからだ。

 そうだ。

 章子は聞いた事がある。

 この未来という言葉を。

 いつか、どこかで、

 この場ではない、

 この目の前の少女と〝同じ声〟から、

 

 あれは何時だった。

 それは何処だった?

 その時にその場所で、

 その声は何と言っていた?

〝ただ……〟

 ただ……?

〝彼だけは……〟

 彼だけ……?

〝彼だけは別なのかもしれない……〟

 微睡みに迷う、

 二度目の覚醒寸前にいる章子は、ついにそこで大きく口を開ける。

〝彼は一度だけ経験している……〟

 答えに辿り着こうとしている章子は、とうとうその者の姿を見た。

〝“予知”というものを……〟

 章子は茫然となったまま、そのに顔を向けていた。

 彼に視線を向けて、

 凝視して、

 見つめていた。

 そうだ……。

 正面に立つ少女はそう言っていたのではなかったか。

 今でもここで、章子以外の二人の少女が希望に抱き、

 瞳に色を蘇らせているこの時に、

 この傍らにいる少年こそが、

 既にその〝予知〟とやらを経験している筈なのだとっ。

 ……だが、章子が脅威に放心している表情に反して、

 誰もが気付かない、

 当の少年の顔は至って素朴そのものだった。

 純朴に純粋に、

 未来予知という思いもかけない言葉に、二人の少女と同じく表情を変化させて、

 同じ驚きを顔や態度で表現している、

 その少年。

 そんな顔を目の当たりにして、

 章子は訝しんだ。

 なぜだ?

 なぜ、驚いているのだ?

 そこは驚きではないだろう。

 そこは、驚きであってはならないはずだ。

 経験した事があるのなら!

 一度でもそれを体験した事があるのなら。

 それと同様の言葉を聞いた時。

 そこは発見して然るべき所作のはずだろう!

 体験した過去を、現在の示唆の中で!

 そこまでの言葉を、

 大声で糾弾したい衝動をひたすらに押し込み、堪えて、

 章子はただ恐ろしいほどの目で、少年を凝視している。

 なぜ、

 なぜ、言わない?

 それを自分も経験した事がある、となぜ言わない。

 普通の人間であったならば、それを言わない筈がない。

 自己に少しでも顕示欲があれば、それをしない筈はない。

 現に章子であれば、それを完全に主張している。

 主張して、あれは何だったのかと問いただしている。

 そうすれば、自分の下僕が答えを返してくれる。

 返してくれれば、自分たちはその先をさらに進める。

 それが出来るのに!

 なぜこの少年はそれをしないのかッ?

 もどかしさが憤りに変わり、そこまでを考えると、苛立ちに任せて唇を噛む章子は、

 同時に他の可能性をも疑心する。

 この少年は隠している?

 ……だがそうではない。

 隠しているような、ワザとらしい素っ気ない繕った表情は感じない。

 ならば、本当は経験していないのか?

 本当はこの少年は何も経験してはおらず。

 章子は嘘を教えられ、謀られたのか?

 章子はとっさに、その張本人でもある下僕に向く。

 だが、そんな被害者妄想の可能性はすぐに消えた。

 目の前の少女、

 真理の目の力が、章子の疑心暗鬼を払ったのだ。

 真理の表情は、章子と同じだった。

 いや、見た目は違う。

 章子は昇を不可解に感じて見つめていた。

 だが目の前の少女は、

 神の娘、

 シン真理マリは確信を持って、昇を見据えていたのだ。

 真っ直ぐに昇という少年を見て確信している。

 その視線を見て、章子は理解する。

 あれは……、

 あれは……、

 をかけている目だ。

 真理は、半野木昇という少年にカマをかけている。

 カマをかけて、次の言葉を窺い知ろうとしている。

 そういう目だ。

 そういう目だった。

 あれは女子特有のそういう眼だ。

 罠を張り、獲物が次にどういう行動に走るのかを観察している。

 ならば……、

 は夢ではなかったのだ。

 アレのどこからが夢で、どこまでが夢だったのかは知りたくもない。

 だが、あの言葉だけはそうだったのだ。

 あの夢の中で聞いた彼女の言葉は、

 現実の、章子と真理の中で共有されている。

 他の誰もが知らない二人だけの真実。

 章子には新鮮で強烈な驚きだった。

 自分の見た夢が、他の誰かと共有できたことなど一度も無かったのだから。

 あの夢の中のどこまでを、この少女と同じく体験していたのか。

 それは章子にも分からない。

 分からないが、

 今この場ですべきことは分かっていた。

 章子はもう一度、少年に向く。

 まだ何も知らない他の二人の少女と同じように驚いて、希望を感じているだけの少年。

 その少年を、真理と同じように章子も観察している。

「……?

……ぇ?

……ど、どうしたの?

咲川さん……?」

 その視線があまりにも度が過ぎていたのだろう。

 怖いぐらい恐ろしい目で自分を睨みきる章子に気付いて、

 昇は狼狽え、一歩を退いていた。

「……な、なんでも……ない」

 章子は、

 自分の気持ちなど何も知らない少年の顔を見て、それを言うだけが精一杯だった。

 拍子抜けをした。

 そんな言葉が最も当てはまる気分だった。

「ホントに大丈夫?

まだ気分が良くないんじゃない?」

 気遣う昇に、章子は首を振る。

 目の前の少年は、章子が放つ悪意ある視線を勘違いしている。

 これは一体どういう事なのだろう?

 隠しているようには見えない。

 だが、真理が嘘を吐いている様にも見えない

 そこから推察できることはたった一つだった。

 少年は経験している。

 間違いなく。

 真理という少女ですら、カマをかけて昇の心を窺い知ろうとするぐらいなのだ。

 それが経験していない筈はない。

 だが、それを少年自身が自覚していない。

 自覚していないのか、

 はたまた、少年にとってはそれが「未来予知」では無かったのか……。

 そんなことがありえるのだろうか?

 他人からは予知に見え、自分では予知ではないと感じる。

 そんな現象があるのだろうか?

 そんなことを章子はいつまでも考えていた。

 今のこの状況が、章子には一番わからない。

 ただ無意味に過ぎていく時だけが、

 混沌と希望がない混ぜになっていくこの場に深さを増していくだけだった。

「……半野木くん」

 その空気に耐えきれず、

 章子が、昇に声を掛けようとすると、

 ふぅ、と、

 息を一つ継ぎ、

 肩を竦めてみせたのは真理だった。

 どうやら根競べは終わったようだった。

「どうやら……、

要らない、ぬか喜びをさせてしまったようですね……」

 その言葉で、誰もが抱いていた未来への希望が、一瞬で暗闇に消え去っていく。

「ぬか喜び……?」

 章子は自分の下僕を見た。

 そのぬか喜びという言葉は、間違いなく、

 主である章子だけではなく、

 章子も含めた全員の期待を裏切る言葉だった。

 それを確認して、真理も頷く。

「そうです。

は、未来予知に使えるような代物ではなかったのですよ。

これはね?

章子。

未来を予知するものではなく……、

未来を……ためのものなのです……」

 その言葉は、今度こそ章子たちの想像を超えて追い抜いて行く。

「未来を……」

「実現……?」

 章子たちにはその言葉の意味が理解できない。

 だが真理の視線だけは力強かった。

「そうです。

この「円縮レンズ効果」。

これは円周の長さを内周率2.97で割り、

さらにまたその増えた直径を円周率3.14で掛けて求めて、

繰り返す。

と、いうものだと教えましたよね。

そして、彼らギガリスはこの数字の動きを発見した時、

すぐに未来予知という希望を見出します。

さらに間を置かず、

実際にそれを現実の動きに当てはめて実行することも試してみせた。

そこで出る結果を、彼らは固唾を飲んで見守ります。

しかし、その結果として実現された現実は……、

だったのです……」

「は?」

「そのまま……?」

「そうです。

そのまま。

彼らの力、

その科学ちからは真理学。

その学問は全てを統べることができる。

そして、その力はいつの間にか、

未来を予知することと、

未来を実現すること、とを、

同価値とさせてしまう科学水準にまで到達させてしまっていたのですよ」

「それって……」

「そんな……」

 章子たちの茫然となった顔に、真理は首を振る。

「では、お聞きしましょう。

未来を予知することと、

未来を実現することでは、何が違うと思いますか?」

 聞いて、即座に答えを言おうとする章子やオリルたちは、

 すぐに口を噤んでしまう。

「言えないでしょう?

予知と実現は何が違うのか?

それは力の規模の違いです。

予知とは視ること。

実現とは達成することです。

ではこの二つの中で、どちらがより困難で、

どちらがより達成するために必要な力が求められるのか?

その答えは簡単です。

当然、実現することなのですから!

未来を予知したところで、

それに対処できなければどうしようもない。

実現できなければ、意味がないのです!

けれどね?

彼らギガリスの力は、

既に、その欲しい未来を実現できる力は備えていたのですよっ!

それを手に入れる為の力は既にあった。

持っていた!

ギガリスは既に持っていたのです!

故にギガリスにとって、図らずも

未来予知などは、すでに無力で無価値な時代遅れの科学技術でしかなかったのです。

そして……、

彼らはこの事実を知った時に、

真の絶望を味わった。

当然ですよね?

彼らは、欲しかったのですから……。

欲しかったのは力ではなかったのです。

彼らが欲しかったのは……、

その絶大な力の……未来の形つかいかた

それだけだったのですからッ……」

 真理は見たくもない遠い目を努めてして、過去のギガリスを視る。

「彼らは使い方が欲しかった。

力はあるのです。

ただ、その力の使い方が分からない!

あなた方にはとても想像することができないでしょう?

なにものをも可能とさせる力を持っていたのならば。

どんなことでも可能にできる、

そう思ってしまいますよね?

そして事実、彼らもあなた方と同様に考えられるだけの使い方で、

万能なる真理の力を使った!

使い切ってみせた!

寿命を!

知識を!

資源を!

利便を!

解明を!

宇宙の果てへの探求を!

彼らはそれを全て!

で覇した!

一瞬でですよ?

『事』は、全宇宙の直径速度を掌握します。

たったの一秒でね?

それを可能にさせないわけがない。

そして、

命を克し!

富を覇し!

資を覇し!

知を覇し!

ついには、

世をまでをも覇して!

その最期に残った物が……、

繁栄だったと思いますか……?

何を……繁栄させるのですか?

自分たちを繁栄させるのですか?

老いず、死なず、奪わず食さずに生きられる自分たちを増やし……?

増えて……どうするのです?

その後にあらゆる未知の惑星に根付く?

根付いて何をするのです?

自分たちで、同じ太陽系という円盤を、上から下まで二重三重層に段々重ねに発生でき、

尚且つ、

さらには地球でさえ幾つも作り上げ、造り変えることが出来るのに?

どうして、

わざわざそんな遠くを目指し、遠くで生きる?

ここから見れば、「0の先」以外の全てが見通せるというのにです。

それ以前に、増えてどうします?

死ぬわけでもないのに自分たちを増やす?

その意味は?

賑やかだから?

それが生き物というものの使命だから?

それで増えて、

一体、これからを生きるのですか?

食も知も、全てを克服してしまったら、

他に何を過ごしていけばいいと思われる?

娯楽?

そんなタカが知れない単純な刺激に飽きない自信は?

生身で宇宙空間に漂う事さえ可能なのにですよ?

そして彼らは暗い宇宙の揺り籠の中で、深い底にある、青く小さな地球を見下ろします。

宇宙では時の流れが格段に速い。

当然です。

それは0の篝火、暗黒エネルギーという絶対零度がそれをさせる。

地球上よりも急激に重くなっていく中で、時間だけが延々と過ぎさっていく。

しかし彼らでさえ、時を過去へと遡ることは出来ない。

そんな気力など毛頭ない。

あるのは未来だけ。

重くなっていく未来だけ。

さらに、そこで恐怖が狩り立てます。

このままでいいのか?と。

そこでそのまま漂っていていいのか?と。

恐怖が彼らたちを狩りたてる。

当然ですよね?

そのままでいれば、203回目のビッグバンが確実に迫る。

彼らもそれは分かっている。

だが、どうすることもできない。

彼ら真理学のギガリスでさえ、ビッグバンの向こうへと渡ることは出来ない。

0を0で飛び越えることはできない。

203回目のビッグバンで自分たちは確実に「最初」に戻される。

重さが決定的に違うのですから。

そして、そこで気づくのです。

自分たちの存在が、あらゆる可能性を押し潰しているという事実に!」

 真理は言う。

「自分たちが居るかぎり、地球の未来はこのままだと。

自分たちが現実ここにいる限り、

宇宙の未来はこのままで終わりを迎えるのだと。

それは円縮レンズ効果による未来予知が教えてくれる。

未来予知をどれだけ試しても、

未来は常に

ギガリスの力がそれをさせる。

させてしまうのです。

では……どうすればいいのか?

それはもちろん、この力の他の使い方を見出すしかない。

探すしかないのです。

だが、

他の使い方のヒントともなる未来予知の結果は、

常に同じ答えしか弾き出さない。

ギガリスという「0」が、全てを「0」にしている。

自分たちというギガリス万能がいる限り、その先の未来は「0」だったのですよ!

だからギガリスは途方に暮れる。

暮れて気が付いた時。

彼らは鍵だけを残して、綺麗にこの現在世界からいなくなったのです。

それが、彼らの出した結論だった」

 昔話を終えて真理は、おもむろに手を翳した。

 翳した手の平の上では、太陽に似た白い光の光球が小さく、現われ、

 ピンポン玉のような大きさで、浮いている。

「彼らは足掻きましたよ。

もちろん足掻きました。

しかし、その結果がコレだった。

彼らの想像力とは、結局コレどまりだったのですから」

 真理が見せる白い光球。

 それが何なのかは彼女自身の口から語られる。

「これが何なのか、気になりますか?

これはね?

1つの原子核に、

118個もの陽子と、180個もの中性子を抱え込んだ……、

元素の同位体です……」

「え」

「え」

「え」

「え」

 章子たちは茫然となる。

 その存在は、ビッグバンの引き金になる。

 その事を鮮明に思い出さずにはいられない。

「安心してください。

今のこの状態では、この物質はビッグバンを引き起こしません。

コレがこの次のビッグバンとして起爆してしまう為には、条件が必要なのですよ。

それは、すでにご存じでしょう?

完全零度、摂氏マイナス299.97度。

その変数でなければ、こいつはビッグバンを引き起こさないのですよ。

その時でないと……コイツは超伝導状態にはならない……」

「超伝導……?」

「そうですよ?

絶対零度近辺では、よくこの状態の物質が確認されるでしょう?

超伝導物質、

または、

超電導物質とも表現する、あの物質の状態のことですよ。

この状態をより分かりやすく言えば……」

「電気抵抗ゼロ……っ」

 衝撃を受けて呟くオリルを真理は肯定する。

「その通りです。

電気抵抗

この現実世界にある三つ0の内の一つ、

「静止する0」。

その静止する0。

つまり「完全0」には当然、

電気抵抗0という「0」も、漏れなく含まれる。

そして、

その超伝導状態を、

「第四の火」ビッグバンという最悪規模にまで発揮発展させてしまうのが、

この118個の陽子と180個の中性子を、

1つの原子核に持った、この新元素の同位体なのです」

「でも!

でも、それは摂氏マイナス299.97度にならないと出現しないんじゃないのッ?」

「もちろん、そうですよ?

自然的にはね?」

「え?」

「私は言った筈です。

真理学は全てを可能にさせると。

さえあればね?

だから、完全零度を待たずとも、

この元素の同位体を強制的に模倣し、出現させることは可能なのです。

にはね。

そして、

これを「召喚発生」と云うことも、もちろん既にご存知でしょう。

その為、これは、

全く同じ性質でありながら、

それと同時に、

全く別の性質も持つ、全く同じ別の元素の同位体でもあるのですよ。

今ここにあるこの元素の同位体と、

摂氏マイナス299.97度の時に初めて現われるその元素の同位体は、全く同じでありながら、

全く違う物でもあるとね。

だから、

、同じことをヤりましたよ?

手当たり次第にやりました。

考えられるだけの!

あらゆる限りの物を生み出したっ!」

 言うと、

 真理も次々に新たな白い光球、黒い闇の黒球を生みだしていく。

「それがコレらですよ。

これらの光球、黒球たちは、

全て、

原子番号、地球質量番の元素「テラニウム」

そして、

原子番号、太陽質量番の元素「サニウム」

さらに、

原子番号、天の川銀河総質量番「ギャラクシウム」、

果ては、

原子番号、第202回宇宙総質量番号をもつ「ユニバシウム」です……」

「……は……?」

「……え?」

「……な」

 章子たちは既に、

 この出鱈目で、

 現実味を遥かに超えた極限の光景、事態に驚き、言葉さえも出ない。

「これがね……。

覇都ギガリスの想像力の限界なのですよ。

彼らはこの様な物象でしか、

未来を捉えることが出来なくなってしまっていた。

ただ世界を重くし、

増やすことだけでしか、その先を想像することしかできなかったのですよ!

そして、それらは簡単に達成させることが出来た。

シュバルツシルト半径!

考えうる最大最高の現存する質量数を、元素原子規模の小ささにまで圧縮する技術。

そんな技術など真理学にとっては造作も無いこと!

故にこれらを発生、存在させることは、いとも容易い!

で?

これが一体何の役に立つと思います?

こんな、地球の全質量を!

太陽の全質量を!

銀河の全質量を!

バカの一つ覚えみたいに元素の小ささにまで縮小して、

それが一体、何の未来の姿になるというのです?

あなた方には想像ができますか?

そんな事は想像するまでもない!

こんなものは、

ただの無駄な徒労なだけですッ!

重さと重さが、

更にそれ以上の重さを競り合うだけの、真っ暗闇な世界なだけなのですよっ!

だから、

彼らの瞳の先も、暗闇に覆われた。

覆われて、自分たちの命の位置さえも分からなくなったのです。

彼らには、自分の光る位置さえも分からなくなった。

その結果が、この結末です……」

 真理は背後の水平線を見て言う。

「それは何も、

シュバルツシルト半径だけにとどまらない。

自転回転力を発揮し、説明する、

ジャイロ効果に。

弱い相互作用にだけ現われる、空間の左右を決定する性質。

パリティ非対称性。

光の中で、超光速を実現している。

光速度中にある光の「群速度」。

それらの存在理由でさえ、この「一進法」という性質で説明できる。

「静止する0」には「自転する0」の位置による向きが分かるのですからねッ。

真理学の力があれば、

宇宙は「増大」することさえ可能なのですから!

そして、

この事実は、

これから来る未来を生きて行かなければならない、

現在の我々にも例外なく、襲いかかってくるッ!」

 言って、真理は、

 咲川章子でもなく、

 オワシマス・オリルでもなく、

 半野木昇でもない、

 サナサ・ファブエッラを見た。

「サナサ・ファブエッラ。

あなた方、

五番目の文明世界があなた方の国家間での折衷策、仲裁策、折半策で、

過去の地球に投下した槍が

今もこの新惑星『転星』で鼓動を続けているのですから!」

 その鋭い視線に堪らず、

 サナサは考えるよりも先に、半野木昇の背後に隠れてしまった。

 その仕草を目にして、

 真理は更に、目を険しく鋭くさせる。

「やはり、サナサ・ファブエッラ。

あなたを、

これから先の、

この我々の旅の仲間に加えることはできない!」

「……えっ」

 悲壮な表情を全面に出すサナサに、

 真理は無情な通告を続ける。

「あなたを、これから先の我々の旅の仲間に加えることは出来ません。

あなたにはその資格が無い。

その資格を、あなた自身がもう手放してしまったのですよ。

サナサ・ファブエッラ。

目の前の事実に負け、

その少年の背に、

自ら進んで隠れてしまう様では、この先の旅路は耐えられない。

それは、あなた以外の、

章子にオリルが分かっている。

分かっているから……、

彼女たちは最初から……、

何があってもの背後に隠れようとは決してしない!」

 真理が言い切ると、

 章子もそれは重々に承知していた。

 章子たちは、この少年に依存していてはならないのだ。

 この少年は、頼るべき存在ではない。

 頼ったら最後、この少年は消えてしまう。

 章子はその事を既に知っている。

 隣のオリルから聞かされているのだ。

 この少年、

 半野木昇に、これから訪れようとしている未来の結末を。

 だから章子は、半野木昇には頼らない。

 依存しない。

 半野木昇というたった一人の少年を、

 絶対にここから失くさない為に。

「だから……、

名残り惜しいものはありますが、

あなたとは、ここでお別れです……。

サナサ・ファブエッラ」

 真理の別れを惜しむ、かすかな言葉が、

 章子たちとサナサのこれからの未来を隔てる。

 章子たちとサナサの間で、隔たれてしまった時間が完全に別々の時として流れようとしている。

 すると、その時、

 小さな鐘の音が聴こえた。

 鐘の音は、ベルの音だった。

 けたたましい目覚まし時計に似た音を、もう幾分、可愛らしくした音だった。

 その音は、どうやらオリルの腰にあるポケットの辺りから鳴り響いているようだった。

 オリルがその場所に手を入れて探ると、音源の出どころを掴んで外に取りだす。

「これ……」

 言って、オリルが手にしていたのは懐中時計だった。

 銀色の綺麗な懐中時計。

 その懐中時計の蓋を開けると、オリルはその時計の中をしばし見つめ、目を小さく驚かせていた。

「どうやら……決まったようですね……」

 海から吹き荒ぶ潮風を受けて、

 目を瞑っていた真理は言った。

「決まった……?」

「そうです。

とうとう決まったのです。

これから訪れる我々の未来ッ。

新世界のこれからの行く末を決める、唯一の救い。

新世界会議。

メサイアがっ!」

 そして、

 ゆっくりと目を開けた真理はオリルを見る。

「この新世界会議メサイアに参加する予定の世界の国々は、

初代文明である第一紀リ・クァミスと、

新世界会議の舞台ともなる開催文明世界、第二紀ヴァルディラを除いて、

あと二つ。

それが、過去の地球上で栄えた三番目の世界。

第三紀、ルネサンセルから、

その最大軍事大国であるエグリアが一つ、と。

そして、第六紀。

地球上で六番目に栄えた地球世界。

ウルティハマニから、二大超国家の片割れ、

ムー」

「ムー……っ」

 その国の名を、章子は生涯忘れない。

 忘れられるわけがない。

 なぜならその世界、

 その国家こそが、

 章子のこの人の身体というものを……。

「ぼくたちの身体を、造った文明……」

「そうです。

邂逅の時はついにやってくる。

あなたたち、七番目の地球文明の二人が最も恐れ、

出会いを極端に忌避していた、彼の文明がですよ。

それがとうとう、あなた方の目の前にやってくる。

生体構造管理国家、『ムー』

その国家と会いまみえる日が来るのは、

今日より約一か月半後。

その日に、

第二紀ヴァルディラの地で、我々は、彼らを間違いなく目にすることになる」

 言って、真理はサナサを見た。

「では、

ここで、もう離れ離れとなる。

あなた。

サナサ・ファブエッラには、

最後になるお別れのプレゼントをお贈りしましょう」

「……、

贈り物プレゼント……?」

 サナサが茫然と言うと、

 真理も当然だと頷く。

「そうですよ。

サナサ・ファブエッラ。

あなたには、今まで私たちに手厚く心を砕いて接してくださった感謝の印に、

最後の贈り物を差し上げたいと思います。

だからよく聞いていて下さい。

これは、

これからのあなたにとっても、とても必要になるものだ」

 言うと、真理はまた海の方角を見る。

「……あなた、

サナサ・ファブエッラという少女は、

いつか、私にこう尋ねた事がありましたよね?

『我々は、一体何の為に、この世界を生きて行かなければならないのか』と。

『いったい何の為に、我々はこの世界で生きているのか?』

その真理こたえを、私に代わり、

あなたからサナサへと答えて頂けますか?

半野木昇?」

 真理がワザとらしく見た矛先を、

 章子やオリルたちも思わずに追う。

「……、

ぼくは……、

ぼくたちは、

『この世界で、……足りない物を埋める為に生きている……』」

「この世界に……足りない物……?」

 章子が不可解に言うと、昇も黙って頷いた。

「そうだよ。

ぼくたちは、この現実世界で足りていない物を補う為に生きているんだ。

そう……聞いてる……」

「聞いてる?」

 章子が訊ねると、昇もさらに頷く。

「ぼくの言葉じゃないんだ。

これはぼくが考えて言った言葉じゃない。

教えられたんだ。

教えられたんだよ。そう言われて。

ぼくの……兄キから……」

「あなたの兄君、

半野木兄貴はんのきあにたかさんですね?」

「半野木……兄貴あにたか……?」

 思わず吹き出しそうになる口元を抑えて、章子は言った。

「そうだよ。

半野木兄貴。

それがぼくの兄キの名前だ。

だから気を付けた方がいいよ。咲川さん。

ウチの兄キさ、

名前や「アニキ」ってあだ名で呼ばれるの、すごく嫌いだから」

 それは……そうなのかもしれない。

 と章子は一瞬だけ思ってしまった。

 そんな冗談みたいな名前を実際に付けられたら、

 章子でさえ両親を恨みかねない。

「兄貴っていう名前は、おじいちゃんが付けたらしいんだよ。

ぼくの祖父だ。

ぼくが物心ついた時にはもういなかったから、かすかにしか憶えてないけど。

ぼくの「昇」って名前も、その祖父が付けたらしい。

兄キの方は、お前は長男なんだから兄貴になるのは当然だ。

だから「兄貴」なんだって、そんな名前を付けられて。

ぼくの「昇」って名前は、

お前より先を行く兄貴を追いかけるために付けられたんだって、父さんからは聞いてる。

兄キは、お前の兄になる為に生まれてきたんだから、て……」

 そこまで言って、

 半野木昇は過去を振り払うように首を振った。

「そんな話はいいんだ。

それで、そんな話を、兄弟ゲンカをする時にも、しょっちゅう言っちゃうんだよね。

そんな事の為に生まれてきたんじゃない、て。

兄キを追いかけることなんて知ったことじゃない、て。

そしたらある時、

兄キがそう言ったんだ。

俺たちは、こんなこの世界で足りない物を補う為に生きてるんだって」

 昇は当時を思い出すようにしみじみと言う。

「兄キもどうやら、この言葉をおじいちゃんから聞いたらしくてさ。

ヘンな名前だから、小さいときから、よくからかわれてたみたいなんだよ。

それで、ちょっと体の弱くなってたおじいちゃんを責めたらしいんだ。

子供って残酷だよ。

でも、おじいちゃんは真剣に兄キの言葉を聞いて、言ったらしいんだ。

お前は「こいつ」の兄貴になる為だけに産まれてきたんだぞ、て。

それ以外の為にお前は生きていないんだ、て。

「こいつ」には、兄貴はお前だけしかいないんだ。

その為だけの「お前」なんだって。

で、兄キも言い返すんだ。

じゃあ俺は?って、

俺には兄貴がいないじゃないかっ、て。

そしたら、おじいちゃんはこう言った。

お前には、おれが「おじいちゃん」としているだろう、て。

お前の「おじいちゃん」の為だけに、おれは生きてるんだ、て。

それを聞いた時、兄キもさすがに祖父のスネを軽く蹴ったらしいよ。

ジジイにはジジイ以外にもいろんな呼び方があるだろう、て。

父の父であり、他の従兄弟たちの祖父でもある。

兄キはそんなことを言いたかったらしい。

で、それに対する祖父の答えはこうだった。

『だからお前も、後からいろんな事の為に生きることが出来るようになる』

それ忘れんな、て。

『この世界で、自分が足りないなと思ったことを見つけたら、それを埋める為に生きていくことがお前が生まれた意味なんだ』って、

『それを埋める事ができるのは、気付いたおまえにしかできないことだ』ってさ。

兄キは、祖父との会話で、それを一番よく覚えてるって言ってた」

 半野木昇の語る、家族の思い出を聞いて、

 章子は同じ言葉を呟く。

「この世界に足りない物を……満たす……」

「そうですね……。

だいたい私が言いたかったことは、

今は亡き、

あなたのお爺さまがおっしゃってくれている」

 章子と同じように自然と口遊んでしまう真理に、

 昇は確信に満ちた目を向ける。

「じゃあ、やっぱり……」

「その通りですよ。

我々がこの世界で生きている意味とはそれだけでしかない。

この残酷な現実世界で足りない物、不足しているものを、

補い、埋めて、満たすためだけに、

我々はこの現実世界に存在しているのです。

0の中にある0を満たすために、

その為だけに、

我々は「唯一無二の0」、「ただ1つの0」として存在しているのですよ。

だからサナサ・ファブエッラ。

あなたが感じている永遠の疑問には、

私から即座な真理の答えを、言い表しきれない感謝の証として、お贈りしましょう。

『我々はこの現実という世界で、

何の為に生まれ、

何の為に生きて行かなければならないのか?』

その真理こたえは、

『この現実で、足りない物を補う為に生きている!』

と、いうことです」

「この現実で……この私が……」

 茫然と呟いたサナサは。

 答えを求め続けていたサナサは、それを胸の奥深くに刻もうとする。

「そうです!」

 断言して真理は、サナサから他の全てを見る。

「あなた方には今、

この現実の世界で、一体何が一番足りないと思って生きていますか?

それは安息?、混沌?、

あるいは平和?、平等?、未来?、命?

愛?、喜び?、悲しみ?、憎しみ?、恐怖?、怒り?、

もしくは、

痛み、……か……。

果てはそれとも、

その他、諸々のあらゆる所に欠けているもの?

もちろん、それらは数え切れないほどにあるでしょう。

けれど、もし!

それらの中にある、確実な一つが!

確実に、この現実世界に足りていないと確信して思うのであれば!

それが、あなた方の生きている意味だ!

この現実という世界で、

他の命を奪ってでも生きている「あなた」が存在している意味なのです!

それを埋めるために生きるのも、

更に押し広げるために生きるのも「あなた」の自由だ。

だが!

その為にあなたはいる、という事実をあなた方は決して忘れてはならない。

なぜなら、

私は前にも言ったでしょう?

あなた方は、

この全宇宙の中にある、唯一無二の、たった1つの0なのだ!、とね?

そして、その足りない物がなんなのかは、

が知っている。

あなただけには分かっている。

0には、のだから……。

だから、

0というあなただけが足りないと思ったことが、

0というあなたが存在しているたった一つの理由であり、意味なんだと。

これでお分かりいただけたら、これ以上嬉しいことはありません。

そこまでをしっかりと、きちんと理解し、

分かっているあなたにはもう、

真理わたしという存在などは必要ない……っ」

 言って真理は告げる。

「では、サナサ・ファブエッラ。

あなたとはここでお別れです。

しかし、案ずることはありません。

この新惑星「転星」という惑星で、我々は一つに繋がっている。

そして、その新世界の姿は、もう間近にも迫っている。

まだ見ぬ、

未来という形として、我々の目の前にっ!」

 真理が見た、遥かな水平線の先では、

 確かにあった。

 これから訪れる遥かな未来の先で、それが存在していることを、

 既に知ることが出来ていた。

 まだ輪郭も分からない、

 新世界の扉が開く瞬間が、もう目前にまで迫って来ていることが……。


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