■3■ 白昼の銃撃戦

 ランディは素早く、相手の戦力を分析した。

 自動拳銃が二人、リボルバー拳銃が一人、ナイフが三人、メリケンサックが一人、素手が一人。全員がそれなりに筋骨隆々としており、頭を使うのは苦手だが荒事には慣れていそうな手合だ。

 ステファンとハリネズミ亜人は動かず、カウンター席で静観を決め込んでいる。

 店内で遮蔽物しゃへいぶつになりそうなものは、五つの丸テーブルとビリヤード台、それにバーカウンターくらいだろうか。丸テーブルは床に固定されていないようなので、倒せば盾にできそうだ。ビリヤード台までは距離が離れている。

 ランディの体が一番手前の丸テーブルへ向かって撥条ばねのように躍り、蹴り倒し樣、その陰に身を滑り込ませる。

 直後、激しい銃撃が、木片を巻き上げながらランディの隠れた丸テーブルに着弾した。木製三センチの天板は、なんとかその凶弾を防いでくれているようだ。

 懐からガバメントを抜いて安全装置セーフティーを外しながら、相棒の無事を確認する。

 マーシーもまた、銃撃を避けるために跳躍していた。横向きにトンボを切った体が着地するまでの、二秒にも満たない時間の中、その右手が閃いた。彼女の驚異的な身体能力が可能せしめた超人技である。

 ホルスターから引き抜かれたマンバが、ドンドンドンッと三発もの電光石火の反撃を見せた。

 ランディからは丸テーブルが遮蔽になり相手の姿は見えない。だが、カラカル亜人である彼の聴力は、スピーカーから大音量で流れる音楽と激しい銃撃戦の中、二人の男が呻き倒れる音を聞き逃さなかった。同時に、自分に向けられる銃撃が止むのを感じる。

 丸テーブルの陰から身を乗り出し、ガバメントを構える。自動拳銃を持っていた亜人二人が床に倒れているのが見えた。リボルバー拳銃を持った一人は、弾倉の六発を撃ち切ったらしく、排莢しながら左手でジーンズのポケットをまさぐっている。

 あの一瞬でマーシーは、装填数の多い自動拳銃を持った敵だけを狙い撃って見せたのだ。

 ランディは改めてマーシーが戦闘時に見せる地力じりき、そしてそれを支える驚異的な集中力を目の当たりにして、舌を巻いた。

 ガバメントの照星しょうせいを、弾込めに手間取っている男に向け、二度引き金を引く。.45ACP弾に右肩口と左脇腹を打ち抜かれ、男の体が弾かれるように吹き飛ぶ。男たちがポーカーに使っていた丸テーブルが倒され、酒の入ったグラスとトランプが宙を舞う。

 その間に床で一回転して体勢を立て直したマーシーが、残りの亜人達に向かって突撃した。

 一人目が突き出すように打ち込んできたナイフの切っ先を、左手で握り込むようにして受け止める。革手袋越しとはいえ、手でナイフの刀身を握り止めるという予想外の対応に、男の目が驚愕に見開かれれる。その隙を見逃さず、マーシーはナイフを握っている左手を引いた。前のめりに姿勢を崩した男のこめかみを、マーシーの右肘が横薙ぎに強打した。

 もんどり打って倒れる男の手から離れたナイフを、体を横に回転させながら別の亜人に投擲。呆気にとられたナイフ持ちの一人が、右足の甲にそれを受けて悲鳴を上げる。深々と突き刺さった刀身は、亜人の足を床に固定していた。

 八人の中で一番体格に優れていたメリケンサック装備の亜人が、前傾姿勢でマーシーとの間合いを詰める。ボクシングを習得している者特有の素早い足捌きだ。

「マーシー! 後ろだ!」

 ランディの叫びに反応して身を翻したマーシーを、強烈なハンマーフックが襲う。

 遠心力と体重を十分に乗せて撃ち込まれた一撃が、咄嗟に構えたマーシーの左前腕に炸裂し、異様な音を上げた。それは紛れも無く金属同士が激しく衝突する音だ。吹き飛ばされ床で二回転したマーシーの右手が再び閃き、うつ伏せの姿勢からドンドンッと二度マンバが吼える。胸を撃ち抜かれたメリケンサックの亜人の背中で赤い花が咲き、巨体がバーカウンターを乗り越えるように倒れる。

「退いていろ役立たず共が!」

 ステファンの甲高い一声と同時に、パラララララッという短機関銃の銃声が響く。着弾した椅子やテーブル、床から木片が巻き上がり、倒れていた亜人の一人が数発の直撃を受け痙攣した。

 バーカウンターの奥に隠してあったと思わしきイングラムM10を腰だめに構えて仁王立ちしたステファンが、狂気の笑みを浮かべながら血走った目を床に伏せた状態のマーシーに向ける。

 それに気づき、転がりながらビリヤード台の陰へと向かうマーシー目掛けて、床を這うように9×19mmパラベラム弾の着弾が追う。間一髪遮蔽へ逃れたマーシーは、一度深い深呼吸をしてから、左手の革手袋を外す。

 現れたのは生身の手では無かった。彼女が身に纏うスーツよりも艷やかな、真紅の手だ。光沢のある外装の隙間から覗く黒い駆動系が、それが義手であることを語っている。

 マーシーは義手の指先を何度か動かし、先程受けたハンマーフックの一撃が駆動系に影響を与えていないことを確認すると、五指を開いたまま軽く手首をひねった。

 手首の付け根に近い掌部分の外装がスライドし、そこから六発の弾丸をセットしたスピードローダーに似た機構が露出し、排莢したマンバの弾倉をそれに引っ掛けるようにしながらリロードする。この機能は、リボルバー拳銃を愛用するマーシーの為に特別に備え付けられたもので、最大で二十四発の弾丸を義手内に収納することが可能となっている。

 二〇五〇年代にドイツ連邦共和国で引き起こった内戦を皮切りに、戦闘用義肢の技術は飛躍的に発展した。それがもたらした恩恵は凄まじく、腕や脚を失った兵士が容易に戦線に復帰できるようになっただけでなく、その性能を目当てに、五体満足の兵士がわざわざ肉体を戦闘用義肢に換装することも珍しくない。

 マーシーの左腕は肩口から先が全て筋電義手バイオニック・アームという、筋肉の電気信号を介して操作できるタイプのものに換装されている。

 国内義肢メーカーの最大手であるスプリッグス社が、女性用軍事モデルとしてデザインしたこの戦闘用義手には、美と戦を司る女神“アフロダイティ”の名が冠されている。その性能は、スマートなシルエットからは想像もできない耐久性と精密さを誇り、出力は二枚重ねの一ドル硬貨を指先で軽くへし曲げる程だ。

「大丈夫かマーシー」

問題ないわノー・プロブレム

 心配げに自分の名を呼ぶ相棒に軽く返しながらも、マーシーは内心舌打ちをしていた。相手が短機関銃まで用意しているなどとは思いもせず、備えるべき準備を怠たり立ち回りを誤った自分を恥じてのものだ。

 もう一度深く深呼吸してから、ランディにハンドサインを送る。それを受けた彼の表情が強張る。「危険だ」というハンドサインを返すランディを無視し、マーシーはビリヤード台の陰から躍り出た。

「待てマーシー!」

 ランディが鋭く叫ぶが、彼女は止まらなかった。

 ハリネズミ亜人から受け取った新しい弾倉をイングラムM10に取り付けたステファンと彼女の視線が交差する。イタチ顔が笑みに歪み、再び短機関銃の銃口が火を吹いた。身をひねり射線を躱そうとしたマーシーの首筋と左足首を、弾丸が掠める。衝撃と激しい熱痛に彼女の体勢が崩れる。

「死ね! マーシー・マクフォール!」

 宿敵を仕留める絶好のチャンスの到来に、ステファンが歓喜の叫びを上げる。

「ステファン! こっちだ!」

 その声にステファンが「しまった」という顔を向けた時には、既にランディは丸テーブルの陰から立ち上がり射撃体勢を取っていた。両手でしっかりと狙いをつけたガバメントが、正確にステファンの右肩を撃ち抜く。衝撃でステファンの体が踊るように回転し、カウンターチェアにぶつかりながら倒れる。残った二人の亜人とハリネズミ亜人が両手を上げたことで、白昼の銃撃戦は幕を下ろした。

 彼らに注意を払いながら、ランディは倒れたマーシーに駆け寄った。

「無茶をするんじゃない、死んだらどうする」

「どっちかが囮にならなきゃ、どの道どん詰まりだったじゃない」

 首筋をさすりながら立ち上がったマーシーを、ランディは険しい表情で睨んだ。

「二度とやるんじゃない」

 それは、マーシーが彼とコンビを組んでから初めて聞く、静かだが怒りのこもった声色だった。これまで数々の問題を起こし、その度にランディを巻き込んできたマーシーに対して彼が小言や文句を言ったことは数え切れない程あった。だが、こんなにもはっきりと怒りの感情を露わにしたことは一度もなかった。

 だからだろうか。

「……ごめんなさい」

 思わず口から漏れた言葉に、マーシー自身も驚いた。まさか自分が亜人に向かって謝罪するなど考えたこともない彼女である。ハッとしてランディを見ると、彼もまた鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「わかればいいんだ。ステファンからは俺が話を聞く。君は応援を呼んでくれ」

「……了解」

 二人は気を取り直すように同時に咳払いを一つしてから、店内に散らばったナイフや銃を回収し、ステファンたちの被害を確認した。

 イングラムM10の乱射を受けた亜人とマーシーに胸部を撃たれた亜人の合計二人が死亡していたが、ステファンを含む他の亜人は、治療を受ければ命の危険は無さそうだった。

「さあステファン、“ビースト”について洗いざらい吐いてもらうぞ」

 ステファンのシャツを破り、それで彼の肩口の応急手当をしながら、ランディはドスの利いた低い声で言った。

 ステファンは痛みに顔を歪ませ呼吸を荒くしながらも、笑みを作ろうと口の端しを引き攣らせる。その瞳が、何も喋るつもりはないと語っていた。

「お前は小物だが頭の回る男だステファン。そのお前が、我々が〈亜人法〉の規定に則り、お前を拷問にかけることもできるのを知っていて尚、口を閉ざす……つまり、その情報を漏らしてしまった場合、拷問よりも凄惨な不幸がお前の身に降りかかることを予期しているというわけだ」

 つまり、とランディは一度言葉を区切った。

がいるなステファン? お前らも“ビースト”をばら撒くための下っ端に過ぎないということか。情報を漏らしたら、お前はそのボスに制裁を受けることになる」

「へっ……」

「新興マフィアのお前ら如きが〈外〉とパイプを持っているとは考え難い。大方、あのサブマシンガンも上からの支給品みたいなものだろう。違うか?」

 ステファンは答えない。

「まあいい。お前の今後は専門家に任せるとしよう。だが、精々頑張ることだ。のやり方は、この肩の傷より痛いぞ」

 言いながら、ランディは指をステファンの傷口に押し込む。激痛に呻き、脂汗を流しながらも、ステファンは不敵に笑う。それを見て、これ以上彼から情報は得られないだろうとランディは察した。

「マーシー、一度本部に戻るぞ。情報を洗い出す必要がある」

「そいつがそんなに口の堅い男だとは思わなかったわ」

「同感だ。それだけ恐ろしい奴が糸を引いているとも取れる。気を引き締めよう」

 しばらくして到着した局員たちにその場を任せ、二人はDAB本部へと車を走らせた。

 車内でスーツの懐をまさぐりながらマーシーが渋い顔をする。

「どうした、怪我が痛むのか?」

「店に煙草を落としたみたい」

「……そうか」

 ランディが差し出したラッキーストライクの箱を、マーシーは左手で軽く押し返した。

「あたしはジタンしか吸わないの」

 小さく鼻で溜息を吐き、ランディは箱から一本を取り出して火を点けると、箱を懐へと戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

亜人区デスペラードス 裏楽シムニ @simuni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ