第7話 少年VS猫又少女

「あぶニャいっ!!」


 とっさに葉樺の前に飛びだしてかばった美猫が、その光の直撃を受ける。


「ああああああああっ」

「美猫っ!?」


 その光に当たり、悲鳴をあげながら悶える美猫。その猫らしく縦に割れた瞳が、焦点を失い虚ろになる。


 ふらり、と葉樺の方に向き直ると、かばったはずの葉樺に向かって右手の爪を突き出して、棒読み気味に無感情な口調で言葉を放つ。


「バンコクのロウドウシャよダンケツせよ…テイコクシュギをダトウせよ…」

「「は?」」


 思わずハモる父子。洗脳されたらしい、ということは分かるのだが、美猫の口から出てきた言葉は、明らかに美猫の郷愁ノスタルジー心理的外傷トラウマとは無縁そうである。


「これはもしや…」


 何か思い当たる節があったような裕次郎だが、その続きを口にする前に美猫が葉樺に襲いかかる。


「チッ、美猫、正気に戻れ!!」

「死ね、ファシスト!」


 葉樺の呼びかけにも敵意ある言葉を返して攻撃する美猫。猫又憑きの身体能力は高い。連続して爪をふるい、回し蹴り、足払い、腹部狙いのストレートとたたみかけてくる美猫に、葉樺は防戦一方に追い込まれる。


 先ほどのように妖斬刀の血禍羅ちからを放出して美猫を操っている妖気を相殺すれば正気に戻るのだろうが、その隙を与えてくれないのだ。


「一瞬でいいんだが…」

「ドラキュラのときと同じ手は使えんのか!?」


 思わずこぼした葉樺に、裕次郎が問う。以前にドラキュラの魔眼によって美猫が操られたことがあったのだ。しかし…


「たぶん無理だ。今じゃ、あの程度の言葉、慣れてるだろうからな」


 どうやって魔眼の洗脳を解いたのか。実は愛の告白だったりする。当時すれ違い気味で「ダメなのかも」と思っていたところに、美猫が洗脳されて戦うハメになってしまったのだ。戦っている最中に、それまでの思い出がフラッシュバックしてきて、つい思いのたけを告白してしまったのだ。それが美猫の心に届いて、洗脳が解けたのである。「愛の奇跡だな」と裕次郎には散々からかわれたものだ。


 しかし、それが元で晴れてカップル成立した今となっては、デートのときとか、ロマンチックなムードになったら愛の言葉ぐらい散々ささやいているのである。あのときのような強烈なインパクトを与えることはできないだろう。


 そんな会話をしている間も、美猫の鋭い攻撃が葉樺を襲う。妖斬刀で受けたり、かわしたりするのにも限界があり、学生服には既に何か所も切り傷ができていて、一部はその下のシャツや皮膚にまで到達している。


「何でもいいから、ショックを与えて一瞬でもいいから動きを止めろ! 愛の言葉が通じないなら、それこそ弱点か心理的外傷トラウマをえぐるようなネタでもいい!!」

「んなこと言ったって…ん、心理的外傷トラウマ?」


 裕次郎の言葉に反論しようとして、何かを思いついたらしい葉樺が、牙をむきだして襲いかかろうとした美猫に叫ぶ。


「美猫、やめないとマタタビのあとダブルピースで記念撮影だからな!」

「ゑ!?」


 変なうめき声を上げた美猫が一瞬硬直する。もとより、その一瞬の隙を狙っていた葉樺がそれを見逃すはずもない。


「妖気退散!」


 妖斬刀から放たれた緑の光が美猫を操る妖気を消し飛ばす。


「あたしに何させる気よぉっ!?」


 それで正気に戻った美猫だが、最初に受けた妖気が少なかったのか、それとも本人の身体能力が高いせいか、小名木のように気絶はせずに葉樺にくってかかる。


「ナニだよ」

「な…」


 非常にシンプルに、しかし発音に意味を持たせて葉樺が答えると、絶句した美猫の顔が真っ赤に染まる。


「まあ、それは今度のお楽しみとして、今はあの妖怪を倒すのが先だ」

「誤魔化さないで! …とか言ってる場合じゃニャいね」


 妖気の源に向き直って警戒する葉樺と美猫。


 そんな2人をあざ笑うかのように、パン、パン、パンと軽い拍手の音が響く。


「お見事。それも肉体オルグの一種になるのかしら」


 先に聞こえたアニメ声が、しかしその声質とは裏腹の内容を皮肉な調子で語りつつ電車のドアの向こうから近づいてくる。


 拍手しながら乗車口から姿を現したのは、葉樺たちと同じくらいか少し年下に見える金髪碧眼の白人の美少女だった。

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