第6話 少年VS老ハンター

 振るわれた杖を咄嗟に妖斬刀で受け止めながら相手を確認した葉樺は、そこで驚愕した。


小名木おなぎの爺さん!?」

「ウソ、おじいちゃんなの!?」


 知り合いだったのである。美猫もナをニャに変えるのを忘れるほど驚いている。


 少し小柄ながら鍛えられた体を品のよいスーツに包んだ初老の男の名は小名木おなぎ仁次郎じんじろう。葉樺の祖父、勘寿郎の後輩にあたる大ベテランの妖怪ハンターであり、葉樺や美猫にとっては妖怪ハンターとしてのイロハを教えてくれた師匠の一人なのだ。いわゆる団塊の世代であり、表向きの仕事では定年を迎えているが、妖怪ハンターとしてはまだまだ現役で活躍できる力を持っている。


 気さくな人柄であり、葉樺も美猫も実の祖父のように慕っているので「爺さん」とか「おじいちゃん」と呼んでいるのだが、実は本人は頭頂部がすっかり寂しくなってしまって実年齢よりも年寄りに見られるのを気にしていたりする。


 だが、今の小名木の様子は明らかにおかしい。目が血走り、顔はひきつっている。愛用の杖は、葉樺の妖斬刀と同じく妖怪に対抗できる武器なのだが、それを葉樺に向けることを疑っていないようなのだ。


「どうしたんだよ、一体!?」

「ジコヒハンせよ!」

「「は?」」


 葉樺の問いに対して答えた小名木だったが、その言葉の意味が分からず、葉樺も美猫も困惑する。


「ジコヒハンせぬブルジョワジーはソウカツする!!」


 そう叫んで杖を縦横無尽に振るってくる小名木。それを必死に受け止めながら後退する葉樺。普通なら美猫が相手を攻撃して助けるのだが、相手が小名木なので躊躇して攻撃できないでいるのだ。


「何言ってるのかサッパリ分からないが、妖怪に洗脳されてることは間違いないな!」

「おじいちゃんほどのハンターを洗脳するニャんて…でも、やるしかニャいか!」


 どうやって洗脳されたのかは分からないが、今は完全に敵意を持って襲いかかってきている以上、敵として対処するより他に方法はない。そう覚悟を決めれば対処は簡単である。美猫も、いつもの調子が戻ってきたようだ。


「こっちよ、おじいちゃん!」


 挑発しながら横合いから美猫が跳び蹴りをしかけるが、これはもとより葉樺と引き離すための攻撃でしかない。


 とっさに飛び退る小名木。そのわずかな隙で十分。


「妖気退散!」


 妖魔刀を空振りしながら叫ぶ葉樺。振ると同時に刀身から緑の光がほとばしり、小名木を撃つ。


「うぐぁ、何とハンドウテキなっ!」


 そう叫んだ小名木だったが、次の瞬間には体から妖気が抜け、力を失ってクタクタっとホームに倒れ込む。頭を打たないよう、慌てて美猫が飛びついて支え、そっとホームに下ろす。


「大丈夫、気を失っただけだニャ」

「よし。だけど、まだ洗脳が解けたかどうかは確実じゃないから、そのまま寝かせとけ」


 様子を見ていた美猫が言うのに答えながら、葉樺は警戒を緩めない。大元の巨大な妖気が、まだ電車の中から感じられるからだ。


「それにしても何ニャんだろうね、今回の妖怪は?」

「人の記憶…郷愁ノスタルジー心理的外傷トラウマを利用して洗脳するようなタイプかもしれんぞ」


 小名木を下ろして、自分も警戒態勢に戻った美猫がつぶやいたのに対して、さきほどからまったく話していなかった妖斬刀裕次郎が答えた。


郷愁ノスタルジー心理的外傷トラウマ?」

「さっきの小名木さんの変な言葉な。アレは1960年代後半から70年代初頭の頃の学生運動の言葉なんだ」

「学生運動?」

「大学紛争とか、あさま山荘事件とか…知るわけもないか。オレだって物心つくかつかないかの頃なんだからな。テレビで見たあさま山荘の鉄球だけは印象に残ってるが」


「あ、ドキュメンタリー番組かニャんかで見たことある!」

「それさ。小名木さんは全共闘世代…つまり大学紛争とかに、ちょうど参加していたんだ。昔、ちょろっと聞いたことがある」


 裕次郎にとっても小名木は妖怪ハンターの先輩にあたり、生前は何度も組んで妖怪退治をしていたのだ。その折りに昔話を聞いていたのである。


「なるほど、その頃の記憶を利用して洗脳された可能性があるのか…」

「嫌らしい妖怪だニャ」


 軽く顔をしかめる美猫。まだ郷愁ノスタルジーを抱くような年ではないが、軽い心理的外傷トラウマになるような記憶のひとつやふたつはあるのだ。


 だが、美猫がそうつぶやいた次の瞬間…


「そう毛嫌いされたら、わたし悲しくなっちゃうな~」


 かん高い、いわゆるアニメ声と共に、ドアが開いた状態の乗車口の奥から妖しい赤色の光がほとばしった!

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