第5話 妖怪になる現象

「ふーん、そっかあ…そっちは分かったけど、1000万人殺したって方は?」

「多くの人を殺した『現象』はそれだけ人の怨念を集めやすい。それで妖怪化するんだ。例えば『黒死病ペスト』とか『天然痘』みたいな伝染病な。アイヌの疫病神『パコロカムイ』は天然痘への人々の恐れが妖怪化したモンらしいぞ」

「ああ、ニャるほど!」

「今は、どっちも細菌やウイルスによるものだと分かっている人が多いから、逆に妖怪として復活する可能性は低いけどな。天然痘は存在自体が絶滅宣言出されてるし」

「そっかあ…それにしても、1000万クラスの妖怪として実体化とか復活するのって、一体ニャんだろうね?」

「分かんねえが、とにかく目の前に出てきたら倒すだけだろ。ほかのハンターも何人も動いてるだろうから、誰かが倒してくれる可能性も高いしな」


 そんな話をしながら歩いていると、駅の近く、人通りの多い所に来たので、妖怪がらみではない他人に聞かれてもいいような無難な話題に切り替える。


 やがて、駅のホームに着いたので電車を待つ。それぞれの家の最寄り駅は同じ方向なので、途中までは一緒に帰れる。


「何だ?」


 突然、背筋にゾワッと悪寒が走った葉樺が、思わずを感じた方角を見やる。その視線の先には、ブレーキをかけて減速しながらホームに入ってくる電車の姿があった。


「何よ、これ!?」


 一瞬遅れてに気付いた美猫も叫ぶ。


「妖気だ。それも、かなり強い」


 他人に聞こえないよう、小声でささやく葉樺。その強力な妖気を感じて、葉樺の髪の毛が逆立つ。


 普段の美猫なら「やっぱり髪の毛がレーダーなんだ」くらい言うのだが、実は美猫の髪の毛も妖気にあてられて逆立っている。それ以上に、うかつに言葉を発せないくらいの超強力な妖気が電車から発されているのだ。


 電車が停止し、圧搾空気の音と共にドアが開く。


「妖魔結界!」


 その瞬間、葉樺が叫ぶと世界の色が変わる。わずかに夕焼けの赤が残っていたものの、ほぼ紺と黒に塗りつぶされていた空が、一気に毒々しい赤色に変わったのだ。


 それと同時に、周囲にあふれていた帰宅ラッシュの人々が一瞬にして消え去り、駅のホームは葉樺たちを除いて無人になる。


 通常空間とは切り離された、妖気を持つ者のみが動ける空間、妖魔結界。それを展開することで、一般人が妖怪を認識することや、逆に妖怪に害されることを防ぎ、思う存分に戦えるようにするのだ。


「妖斬刀!」


 続けて葉樺が叫ぶと、その顔の右半分にかかっていた髪が、一瞬風にあおられたかのようになびき、隠されていた右目が露わになる。その瞳が深紅に変じると同時に、その瞳と向き合うように空中に不気味な目玉のついた白木の鞘の日本刀が出現する。


 妖斬刀は、その名の通り妖気を斬って霧散させることができる刀なのだが、斬った妖気を吸収する能力もあり、使い手は刀に蓄えられた妖気を自分のものとして扱うことができる。


 葉樺の家は、この刀を受け継ぐことで先祖代々妖怪退治人ハンターを続けてきたのだ。もっとも、葉樺の父親である裕次郎のように、死後にその意識を刀に宿らせたような例は初めてなのだが。


 美猫が猫又憑きとして目覚めたばかりのときに、発現したてにも関わらず強すぎてコントロールが効かなくなっていた彼女の妖気の一部を削ってコントロールできるようにしたのも、この刀の能力である。


 葉樺は、その刀を掴むと一息に抜き去って鞘を放り捨てる。横にいる美猫も、葉樺が妖斬刀を呼び出している間に猫又モードになって中腰に構え、戦闘態勢を整えている。


「オイ、乱暴に扱うな!」

「非常事態だ! この妖気が分からないのか!?」


 文句を言う妖斬刀ちちおやを一蹴すると、葉樺は刀を構えて油断なく周囲を警戒しつつ、妖気を発する源である電車の方を見やる。


 その瞬間、電車の中から飛びだしてきた人影が葉樺を襲う!

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