第3話 少年と猫又少女

 そんな葉樺を、むくれ気味の顔で見ていた美猫が、「ピン!」と何か思いついた表情になると、ニヒヒと笑いながら、甲高い裏声で少年に呼びかける。


「オイ、キタロ…」


 ガシッ!!


「モガッ!?」


 美猫の口を右手で強引に覆って妖怪アニメの眼球型親父のモノマネを遮った葉樺は、魂まで凍り付きそうな視線を美猫に浴びせながら、底冷えのするような低い口調で宣言する。


「今度そのモノマネやったら、マタタビ嗅がせて犯す」


 逆鱗に触れたことを悟って、慌ててコクコクとうなずく美猫。


 もっとも、実はこの二人、今時の高校生カップルらしくヤることはとっくにヤってる関係だったりするので、言葉上の印象ほどに過激な脅しではなかったりする。


 それでも美猫にとって脅しになっているのは、興味本位で一度マタタビを試したときほど「好奇心は猫を殺す」ということわざの意味が骨身に染みたことはなかったからだ。みだれすぎてしまい黒歴史にしているのである。葉樺に対しても「アレだけは嫌」と言って、二度とやりたくないと逃げているのだ。


 にも関わらず、ときどき葉樺が本気で嫌っているネタを美猫が小出しにしているのは、「キー君に無理強いされたらしょうがないよね」みたいな言い訳エクスキューズがあったら、もう一度やってみてもいいかな、と思うくらいに気持ちよかったことも事実だからだ。乙女心は複雑なのである。


 実は葉樺の方もそんな美猫の葛藤(笑)を見抜いており、次にマタタビ使ってヤるときは「口じゃあ嫌がっていても体は…」みたいなベタなセリフを言ってやろうか、とか思っているのだからお似合いのカップルと言えよう。


 晴れてカップル成立してからはまだ半年ぐらいとはいえ、高校に入って同じクラスになり、すぐに妖怪退治のパートナーとなってからは、もう1年近くになる。お互いのことはそれなりに分かっているのだ。


 父親を妖怪に殺され、その魂が宿った妖怪を封じる刀を手に入れて「妖怪ハンター」となった葉樺が、ハンターとして初めて担当した事件の相手が美猫だったのだ。猫又憑きの能力が発現したばかりで暴走して人を襲いそうになっていた美猫を止めて、強すぎる妖気(妖怪ハンターが使う場合は「血禍羅ちから」と呼ばれる)を削って力をコントロールできるようにしたのが2人の馴れ初めである。


 それ以来、共に妖怪退治の仕事をこなすようになり、命がけで妖怪と戦ううちに、吊り橋効果も含めて自然と互いを意識するようになって、パートナー→親友→友達以上恋人未満→誤解とすれ違い→やっぱり好き→強敵と戦う中で告白…というありがちなコースをたどったあげく、恋人同士になったのが夏の終わり。


 それ以降、普通に高校生カップルらしく、いろいろイベントを楽しもうとしているのだが、何しろ妖怪ハンターなんかをやっているので、妖しい事件への遭遇度が半端ではないのである。


 ハロウィンを楽しもうとしたら本物の西洋妖怪「ジャック・オー・ランタン」を退治するハメになる。学園祭ではカップル成立をネタにクラスの出し物の劇「ロミオとジュリエット」の主演に祭り上げられたものの、本番上演中に妖怪が出てきてしまい活劇アクションになってしまう。嬉し恥ずかし初クリスマスのはずが、本来悪い子を罰するだけのはずなのに良い子まで見境無く襲おうとした西洋妖怪「クランプス」の暴走を止めるハメに陥る、などなど。


 今回も節分だから一緒に恵方巻きでも食べようかとか思っていたら、何とあの大江山の酒呑童子が復活してしまったので鬼退治するハメになったのだ。


「次もまた何かあるんだろうなあ…」

「しょーがニャいじゃん」


 思い返してため息をついた葉樺の様子を見て、怒りが収まったと見た美猫が普通に相づちをうつ。


「そうだな…んじゃ、帰るか。妖魔結界、解除」


 空の色が青に戻っていくのを見て妖魔結界が解かれたことを確認すると、二人と一本の刀は家路につくのだった。

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