第2話 少年と刀の親父

「必要ないだろう!」


 先ほどの中年男の声がわめいた。どうやら、刀の柄のあたり、あの奇怪な目玉のところから声が出ているらしい。確かに、鬼の血は光の粒子となって吸収されるのだし、そもそも刃が鬼の体に届いておらず刀から発する光で斬ったのだから、刀身に血はついていない。いちいち刀を振って血を飛ばす必要はないのだ。


「気にするな、様式美だ。大丈夫か、美猫?」


 その抗議を一蹴すると、少年は猫少女に声をかける。


「ニャハハ、大丈夫だよん。名うての酒呑童子だって、天下の猫又ねこまた様にとっては遅い遅い♪ キー君も怪我はないよね?」


 美猫と呼ばれた猫少女が笑いながら足音も無く軽やかに近づいてくる。この少女、名前をみね美猫みねこというのだが、本人が言うとおり猫又きなのである。戦闘が終わったので猫又モードを解除したのか、その特徴である猫耳、手の鋭い爪、尻尾などが縮んで消えていき、普通の女子高生に戻る。


「ああ、かすり傷もないさ」


 キー君と呼ばれた少年が答える。


「あたしたちも強くニャったよね~。あの酒呑童子を無傷で倒せるニャんて。これで、おとーさんにも『童子切どうじぎり裕次郎ゆうじろう』とかいう名前が付くのかニャ?」


 美猫が白木の日本刀を眺めながら言う。ちなみに、時々ナがニャになるのは猫又としてのキャラ立てのためにわざとやっているので、別に猫又憑きになったらそうなるというワケではない。また、少年の前でしかやっていない。


 と、その刀からの声が抗議する。


「美猫ちゃん、オレの銘は『ストームブリンガー』だといつも言ってるだろう!」

「あんたの銘は『妖斬刀ようざんとう』だろうが! だいたい、いくら名前がだからって、『嵐を呼ぶ男ストームブリンガー』とか似合わねえよ。不気味目玉日本刀のくせに」


 美猫ではなく少年の方が刀の抗議を一蹴する。秀麗な外見に似合わず、口が悪いようだ。


「目玉の付いた刀の何が悪い! 火星古代史第三章には…」

「あんたは、それ以上進化できないだろうが。それに、そんな古い漫画のネタ言ったって、もう分かるヤツ少ないぞ」

「お前は分かってるじゃないか!」

「ねえ、キー君…」

「あんたのがネットオークションに出しても二束三文にしかならないようなボロい漫画の山しか無いからじゃないか! 父親なら父親らしく、息子に少しはマシな資産を残したらどうだ?」


 派手な口喧嘩を始めた少年と刀を仲裁しようと美猫が声を挟もうとするのだが、少年はエキサイトしているせいか美猫の呼びかけを無視する。


「子孫に美田は残さん! 息子よ、父は悲しいぞ。いつから親の遺産を期待するようなさもしい子になってしまったのだ…」

「ねえ、キー君ってば!」

「あんたが妖怪に殺されて、こんな変な刀になっちまった時からだよ! おかげで高校生活、ほとんど妖怪退治に明け暮れる毎日になっちまったじゃねーか!!」


 改めて仲裁しようとした美猫だが、またも無視されて少しむくれたような表情になる。


「そう言うなよ、喜多…」

「その名前で俺を呼ぶなっ! 確かに『シルクロード』のテーマ音楽とか、いい曲なのは認めるが、あんたが見境も無く自分の好きなアーティストの名前を自分の子供に付けたりするから、俺が苦労するハメになるんだ!!」


 名前を呼ぼうとしたちちおやを遮って少年が叫ぶ。かなり鬱屈した思いがあるらしい。だが、刀の方は慣れているのか柳に風と受け流して飄々ひょうひょうと答える。


「だがなあ、オレだって裕次郎なんだぞ。爺さんは勘寿郎だったし。好きな有名人の名前を付けるのは我が家の伝統だ」

「名字を考えろって言いたいんだ! ウチの名字は『葉樺はかば』なんだぞ。『墓地』ってあだ名になるのはしょうがないとしても、俺に限って言えば、名前のせいで必ず『ちゃんちゃんこは着てないの?』とか『下駄は?』とか、散々からかわれるハメになったんだからな!!」


 前年末に原作者が大往生を遂げた某超有名妖怪アニメは、ちょうど9年前に第5シリーズが放送されている。当時、小学生だった葉樺は、まさにストライクの直撃世代なのだ。まして、その翌年には深夜枠で初期原作準拠のアニメも放送されており、名前のせいでからかわれることが多かった葉樺が自分の名前を嫌いになるのも無理はなかった。

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