史上最強の妖怪

結城藍人

第1話 激闘、酒呑童子

 ソレは異形だった。人型ではある。だが身長3メートルはあると思われる巨体は、とうてい人間のそれではない。何よりも、その額から突き出す角が、その存在が人とは似て非なるモノ、鬼であることを主張していた。


「グオォッ!!」


 咆哮と共に繰り出された巨腕によるパンチを、しかし狙われた側は紙一重でかわしながらその腕の側面を鋭い爪で切り裂いていく。


 セーラー服の少し短めのスカートの裾が翻る。その下に隠れていたスパッツと共に、ソレがあらわになる。猫の尻尾。


 遠目には普通の女子高生に見えるかもしれないが、近づいてみると彼女もまた異形であった。猫耳。そして縦に割れた瞳と鋭い爪。


 飛び退りながら、ニヤリと口の端に笑みを浮かべる顔は、かなりの美少女である。ショートの茶髪と相まって、普段は活発で人懐っこそうな雰囲気を醸し出しているのだが、今は闘志をむき出しにした戦士の顔だ。


美猫みねこ、もういい!」


 鬼の後ろから鋭く少女の名を呼んだのは、紺色…というよりは青色に近い学生服を着た少年。すらりとした長身で、顔の右半分に長い前髪がかかっている。優美、繊細、あるいは人によっては耽美と呼ぶかもしれない雰囲気をまとった少年の手には、しかし、その雰囲気に似合わぬ得物が握られている。


 日本刀、それも仕込み刀のようで、白木のつかだけでつばが無い。アニメの三代目怪盗の仲間の侍が愛用している鉄をも斬る剣によく似ているのだが、違う点がひとつ。柄の根元部分、刃との境界の間近に大きな目玉が付いているのだ。


 飾りだとしても異形であるのだが、さらに異常であるのは、その目がギョロリと動いて鬼の方を見たことである。


「よし、血禍羅ちからも貯まったことだ、一気に決めるぞ!」


 そう言った声は、先ほど少女を呼んだ少年の声とよく似ているが、少し野太い中年の男性のものである。だが、この場には鬼と少年、少女のほかには誰一人としていない。携帯電話や無線機のようなものもなく、周りのビルにも人の気配は無い。


 いや、そもそも、この場からして通常の空間ではない。日の光は無いのに暗くはない。そして、空は赤い。


 周囲の建物も地形も、ごく普通の町中、ビルの立ち並ぶ少し大きな駅の商店街の裏道でしかないはずなのに、生き物の気配はまったく無い。


 妖魔ようま結界。そう呼ばれる異空間を作り出して、ほかの生き物が戦闘に巻き込まれるのを防いでいるのだ。


「言われるまでもない!」


 少年は、誰とも知れぬ声に言い返すと、異形の刀を顔の脇に立てた八相はっそうの構えをとり、巨大な鬼を睨みつけ、叫ぶ。


「終わりだ、酒呑童子しゅてんどうじ! 妖怪魔裂斬ようかいまれつざん!!」


 少年は叫びながら鬼に向かって駆ける。一瞬のうちに数メートルの間を詰めると、刀を高く振りかぶり、そのまま袈裟斬りに刀を振り下ろした。その瞬間、刀身が妖しく輝き、斬撃の軌跡を追うように緑色の光がはしる。


 ドザシャ!!


 普通ならば刃が届かぬ高さにあるはずの巨大な鬼の肩から脇腹にかけて、斜めに緑色の光の線が通ると、それを追うように赤い線が現れる。そこから膨大な量の血を吹き出しながら、鬼の体が二つに分かれていく。


 だが、噴出する血は、すぐに液体ではなく妖しげな赤色の光の粒子となる。その粒子が刀に吸収されるように集まってきて、刀身の中に消えていく。やがて、二つに分かれた鬼の遺体も、同じように光の粒子となって刀に吸収されていった。


 殺したのではない。妖怪とは、人の恐れや憎しみ、あるいは逆に敬意や思慕の念が、自然現象や動物、あるいは死んだ人間などに集まることで「この世」に生まれる超常の存在である。生き物ではないので「殺す」ことはできない。その存在を構成する「人の念」、すなわち「妖気」を散らすことによって「この世」から一時的に消し去ることしかできないのだ。人に忘れられた妖怪なら、再びこの世に現れることは無いかもしれない。だが、酒呑童子ほどの有名な妖怪なら、あらためて人々の念を集め、そう遠くない時期に再びこの世に現れるだろう。


 刀を振り下ろして残心の構えを取ってた少年は、酒呑童子が消え去ったのを見届けるとおもむろに刀に血振りをくれてから、鞘に収めるのだった。

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